第五特異点逸聞 北米終末荒野ガーデン・オブ・エデン   作:名詮自性

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第13節:Bloody Mess

中腰の状態で、音を立てないように地下道を進む。

所々に弱い照明。足元には壁や天井だった瓦礫。壁際にはゴミ箱とヌカ・コーラの自販機。

見慣れた光景だ。遠い世界まで来たというのに、何の新鮮味も……ちょっと待って。

じ、自販機!ヌカ・コーラの自販機!!

開けていいの!?いいよね!!やったーヌカ・コーラだあああぁぁぁ何も入ってないぃぃぃぃぃぃ!!!

Pip-Boyも[空]って書いてくれてるわ。興奮のあまり見えてなかった。

え、何?元から空だったの?それとも誰かが先に取ったの?私のヌカ・コーラを?

誰の所為なの?誰を殺せばいいの?誰を殺せばヌカ・コーラ飲めるの?

いったぁい!ドッグミート、なんでお尻噛んだ!?

真面目にやれ?やっとるわ!!!こちとら大真面目じゃい!!!!!

あっ、こらっ、ヤメロぉ!スーツ破れる!ピーチが出ちゃうぅ!!

 

――――――――――――――――――――――――

 

「ヌカ・コーラ欲しさに我を忘れました。すみませんでした……」

「ワウッ」

 

ドッグミートの前で正座したリッカが深々と頭を下げる。ほぼ土下座である。

執拗に尻を噛み続けるドッグミートに、命懸けの死闘の前にピーチがまろびでるのは流石に、あ、そうだ私これから死地に行くんだったわ、とリッカが思い出し、謝罪するに至った。

普段、ドッグミートがリッカの行動を咎めることはほぼない。

だが、ここは集中を乱していい場所ではない。お互いに生きて出られるかわからない地獄の底だ。

全力を以てしても生き残れなかったのなら、仕方がない。ウェイストランドはそういう土地だ。

しかし、ダラダラとやって無為に死ぬのは許さない。

お前だってそんな最期、望んではいないだろう。

……といった内容が込められていそうなドッグミートの眼差しを正面から受け止め、そうだね、とリッカが呟く。

 

「悪かったよ。改めて、こっからは本気だ」

「バウッ」

 

自身の頬を叩き、気合を入れて立ち上がるリッカ。

準備した武器の配置や、サイドパックに入れたスティムパックを確認し、視線を地下通路の奥へと向ける。

Pip-Boyが視界に映すレーダーには、敵性反応を示す赤いマーカーが所狭しと点灯し、まるで帯のようになっている。

リッカはPip-Boyを操作し、集落を吸収してから取り出せるようになった薬品の名前をタップしていく。

サイコ、ジェット、バファウト、モルパイン。

酒も残っているというのに、筋肉増強や痛み止めなどの効果がある薬を立て続けに摂取する。

地下鉄探索前の恒例行事だ。良い子も悪い子も真似をしてはいけない。立香のような現代人なら、良くて失神、悪ければ即死だ。

全身を冷たさと熱さが同時に駆け巡るのを感じながら、何度か深呼吸をするリッカ。

血管が膨張した影響で流れ出てきた鼻血をペロリと舐める。

 

「うん、いい感じだ」

 

薬の効果時間は有限だ。しかし、焦って突撃しても袋叩きに合うだけ。雑魚だけならまだしも、ヤツがいるのならただの自殺行為だ。

 

「ドッグミートはいつも通り突撃、私は向かってくる奴を迎撃。アレと会う前にどれだけ減らせるかが勝負の分かれ目だな。ホント、シシケバブかサムライソードがあればなぁ」

「ワンッ」

「無い物ねだっても仕方ないか。よし、行こう。ドッグミート、生きてまた会えるといいな」

「バウッ!」

 

ドッグミートの背中をぽんぽんと叩き、通路から天井の高い中央部へと進む。

見慣れた地下鉄の内部。今いる場所は橋のように高い所に掛かっており、エスカレーターで繋がる下部にはかつてのホームが並んでいる。

正面には、反対側の出入口への通路が見える。曲がり角の先が瓦礫で塞がっていなければだが。

通路上には、3体のフェラル・グール。リッカが捕捉した時には、既にドッグミートが飛び出していた。

 

「ガァウッ!!」

「シャアアアアアッ!!」

 

グール側もドッグミートに気付き、しゃがれた雄叫びを上げ迎撃態勢に入る。

常人なら腕の一振りで重傷を負うグールの攻撃も、ドッグミートにとってはゴキブリやネズミの一噛みと変わらない。避ける素振りも見せず直進し、足に噛みついて引き倒し、顔面を噛み砕く。

その頃には、残り2体もリッカのピストルで頭部を破壊され、地面に散らばっていた。

意識して深い呼吸をしながら、リッカは周囲を見渡す。

通路からは気付かなかったが、下部へ続くエスカレーターのほとんどが倒壊しており、上り下りの1セットしか残っていない。

これなら背後を気にせず戦える。神と幸運に感謝していると、ドッグミートがエスカレーターを駆け下りていった。

下部のあちこちから聞こえるグールの雄叫び。足音を立てないようにエスカレーターに近付き、覗き見る。

 

「うへぇ……」

 

いるわいるわ、無数の、そして色取り取りのフェラル・グールが。

しかしヤツの姿が見えない。通路の真下か、倒れた車両や瓦礫の陰か。

捕捉できないのなら仕方がない。こういう時に数を減らす、と素早くPip-Boyを操作して取り出したのは、5つのグレネード。

黄色に発光し暗闇でも目立つ、光りし者と呼ばれるグール目掛けて放る。

ドッグミートの現在地はわからないが、彼なら巻き込まれても問題ない。あとでちょっとお叱りを受けるだけだ。

立て続けに起こる爆発。下位のグールなら即死する威力だが、レーダーに映る赤い点の数はほとんど変わりがない。

もう一度爆撃するか。そう思いPip-Boyに視線を落とす直前、リッカの視界にグールが映る。

フェラル・グール・ローマー。ボディアーマーを着た、先程始末したグールよりは頑丈で強力な個体が、エスカレーターを上り向かってくる。

しかしリッカにとっては、通常のフェラル・グールと同じ対処で問題ない相手だ。

V.A.T.S.を発動し、ピストルを頭部に数発。首から上が弾け飛んだローマ―の身体が、エスカレーターを転がり落ちる。

息吐く暇もなく、同胞の亡骸を踏み越え、我先にとフェラル・グール達が駆け上ってきた。

グレネード投擲の際に視認されたようだが、遅いか早いかの問題だ。弱い奴等が殺されに来るのなら寧ろ好都合。

事前に決めた通り、ローマーまでの下位種はピストルで、光りし者には近距離ショットガンで対処し、先程までグールだった肉片を量産していく。

このまま大多数を葬れれば。リッカの淡い期待は、見事に裏切られる。

弾切れになったピストルを2つ放棄した頃、ヤツが姿を見せたのだ。

 

「来やがったかっ!」

 

エスカレーターから、1体のグールが上がってくる。

黒ずんだ全身から発する、おぞましく濃密な瘴気が、空間さえも歪めている。

リッカが生還し報告するまで存在すら知られていなかった、常人が遭遇すれば死が確定する、地下世界の絶対強者。

死神ですら生ぬるい。誰が呼んだか、地獄の具現。

フェラル・グール・リーヴァー。出会った相手の全てを強奪する者が、その目にリッカを捕捉した。

持っていたショットガンを放り出し、リッカはリーヴァーとの距離をあえて詰める。

 

「神様、お願い!」

 

生き残れるかは運次第。祈りを叫んだリッカは、V.A.T.S.を発動し徒手空拳でリーヴァーに挑む。

 

1撃目。はずれ。

リッカの攻撃は相手の腕に阻まれた。同時に振るわれたリーヴァーの腕が、リッカの右乳房をえぐる。

 

2撃目。はずれ。

胸部に当たったが浅い。鼻ごと顔の左半分を持っていかれた。目は見えているから問題ない。

 

3撃目。はずれ。

またも腕に阻まれる。今度は左乳房が飛んでいった。肩が軽くなってちょうどいい。

 

4撃目。

 

「もらった!」

 

リッカの掌底が、リーヴァーの左胸を打ち据える。

途端、腕を振り上げたままの姿勢でリーヴァーが動きを止め、地面に倒れた。

『Paralyzing Palm』。リッカの習得している『Perks』の1つで、相手の心臓を強く叩き、一時的な虚血状態を引き起こして昏倒させる技だ。

心臓を持ち血が流れている相手なら、誰にでも通用する。たとえそれが、銃弾や刃物、核爆発さえ物ともしないリーヴァーであっても。

ただし、相手が動けない時間は30秒ほど。その間リロードなしで撃ち続けられる銃も、壊れずに振るい続けられる刃物や鈍器も手持ちにはない。

ならばどうすればいいか。決まっている。多少壊れても攻撃し続けられる武器を使えばいい。

リッカは倒れたリーヴァーをまたいで膝立ちになる。そしてリーヴァーの頭部目掛け、己の拳を振り下ろした。

軽いジャブでは意味がない。一撃一撃に全力と体重を込め、自慢の『Iron Fist』を叩き付ける。

ガッ。ゴッ。ガッ。ゴッ。

リッカの拳が振るわれる度に、嫌な音が地下中に反響する。

その間、他のフェラル・グールが黙って見ているはずもなく、エスカレーターから上がってきた10を超える個体が所狭しとリッカに群がっている。

無数に振るわれる汚れた腕がリッカの背中を、腕を、頭部を抉る。リッカの血と髪と肉片が赤い池を作っているが、周囲にリーヴァーがいないことを確認したリッカは意に介さない。

ガッ。ゴッ。ガッ。ゴッ。

 

「いい加減に、こ・わ・れ・ろ!」

 

バギャリ、と異様な音が響く。

リッカの拳がリーヴァーの頭部を砕き、ついでにその下のコンクリートにヒビを入れた音だ。

リーヴァーの絶命を確認した刹那、リッカは立ち上がりざまにアッパーを繰り出し、前方にいたフェラル・グールを粉々にした。

出来た隙間から転がるように飛び出し、グールの塊から距離を取る。

血塗れの左手をサイドパックに突っ込み、千切れかかった指でスティムパックを無理矢理掴む。

優先すべきは攻撃手段の保持。そう判断したリッカはスティムパックを咥え、器用に両腕に注入した。

グールに付けられた腕の裂傷も、骨が見えていた甲も、あらぬ方向を向いていた指も修復されていく。

ただ、スティムパックといえど万能ではない。重傷箇所に注入した場合、薬液が足らず他の傷までは治してくれないのだ。

髪ごと削られた頭部。鼻ごと抉られた顔面。千切れ飛んだ胸部。所々骨が見えている背中。

重傷ではあるが、直ちに命に関わる傷ではない。

リッカは空のスティムパックを放り投げ、腰に下げていた虎の子のアサルトライフルを構える。

こちらへの距離を詰めていたグール達に掃射して数を減らし、弾が切れたらライフルを捨て拳で砕く。

そうして自分に集っていたグールがいなくなった、その向こう側に。

 

新たなフェラル・グール・リーヴァーが立っていた。

 

「まずっ!?」

 

距離があるにも関わらず、大きく手を振りかぶったリーヴァーを見て、咄嗟に横へ飛ぶ。

リーヴァーは自身の肉体の一部を千切り、投擲してくる。その剛腕から放たれる一撃には、直接殴られるのと大差ない威力があるのだ。

今あれを食らうのはまずい。そう判断して回避を選択したリッカだったが。

 

「しまっ」

 

動揺の余り、自分が高架の端にいて、跳んだ先に床がないことを認識できていなかった。

足が手すりに当たる衝撃で失態を悟るも、時既に遅し。リッカは空中へと身を投げ出してしまった。

 

V.A.T.S.を発動していないのに、時間がゆっくりと流れている。

リッカはこの状態を何度か経験したことがある。

死の際で発揮される集中力によって周囲の状況を確認すると共に、過去の経験を思い出すことで生き残る道を模索する、生存本能の発露。いわゆる走馬灯だ。

下を見れば、無数のフェラル・グール達がこちらを見上げている。その中には、リーヴァーも何体かいるようだ。

ドッグミートの姿は見えない。別の所で暴れているのか、それとも、もしかして、既に。

 

「流石に無理かなぁ」

 

弱音を吐くと同時、唐突に視界が歪む。薬の効果が切れた合図だ。

痛み止めも切れたはずだが、不思議と何も感じない。

脳裏には、ウェイストランドで出会った人達の姿が次々と過っていく。

父親、アマタ、モイラ、キャラバンの面々、スリードッグ、レッド、ライリー……

皆、笑顔だ。まるでリッカを褒めるように、称えるように、そして、許すように。

だが、いつも最後の一人だけは。

 

「サラ」

 

彼女だけは、怒っている。

今回は、後ろに立香達の姿も見える。

あの子達を見捨てるのか。私やあなたのような目に合わせるのか。

今にもそう叫びだしそうな顔で、こちらを睨んでいる。

 

「厳しいなぁ」

 

ま、そこがいいんだけどね。

その呟きは、リッカが地面に叩き付けられる音で掻き消された。

 

 

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