第五特異点逸聞 北米終末荒野ガーデン・オブ・エデン 作:名詮自性
誰かが私を呼んでいる。
助けてほしいと泣いている。
目を開けると、暗闇に包まれた空間で、とても遠くに小さな光が見える。
体中の感覚器官が上手く働いていない。
過去の体験では、仮想空間にダイブしている最中に近い。
それでも、助けを呼ぶ声だけは聞こえてくる。
「わかった、今そっちに行く」
迷いなく、あるかどうかわからない手を、彼方の光へ伸ばそうとする。
だって、こんな自分なんかに助けを求めるってことは、それだけ追い詰められているってことだ。
そして、こんな自分なんかに助けを求めるってことは、望みはたった一つだろう。
見敵必殺。迫り来る敵を悉く皆殺しにする。
私に出来ることなんて、それぐらいしかないからね。
伸ばした手が、温かい何かに触れた気がした。
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荒野に虹色の風が吹き荒れる。盾の周りに、白い光の帯が三つ。
それらが重なり、天高く光の帯が立ち上る。
全てが収まり、そこに立っていたのは―――
「ハァーイ♪」
人懐っこい、場違いに明るい笑顔で手を振る女性だった。
現代のつなぎに似た、しかし体にフィットし機能的に見える青いスーツ。
右の腰にはピストル、背中には木製と思しきバット。そして左手首に大きな機械。
立香とマシュからは見えないが、スーツの背中には大きく「101」と書かれている。
何処の、何時の時代の人物かもわからないその女性の最も大きな特徴は、顔だ。
「私……?」
「マスターがもう一人……?」
「ワァーオ、私の小さい頃にそっくり!」
召喚に応じてくれた女性は、人類最後のマスター、藤丸立香に瓜二つだったのだ。
改めて聞いてみると、声もよく似ている。
ただし、似ているのはそこまでだ。背は立香より頭一つ高いし、何よりも。
「うぉ…でっか……」
でかい。でかすぎる。上からも下からも、スーツの悲鳴が聞こえるようだ。
それでいて腹部のくびれはどうだ。内臓ちゃんと収まってるのか。
「マスター?マスター!大丈夫ですか!?」
「……ハッ!?違いますこれはただの貧血で生存本能の発露でやましい気持ちは何も!!!」
痛む体を無理矢理動かし、立ち上がろうとする立香。
しかし、足に力が入らず、転ぶようにまた地面に座り込んでしまった。
「ぐえっ」
「マスター、無理をなさらず!」
駆け寄るマシュに苦笑いを向け、肩を貸してもらおうとする立香。
だがその前に、スーツの女性がしゃがみ込んだ。
「怪我してるんだね。悪いけど、もうちょっと我慢して。まずはこっちに近付いてくる奴等をなんとかしよう」
「やはり先程の召喚の光は目立ち過ぎましたか……」
「私はリッカ。あなた達は?」
名前まで似ている。驚きながらも、順に自己紹介をする二人。
「私は藤丸立香」
「マシュ・キリエライトです」
「OK、リツカにマシュね。なんか今にも死にます殺されますって感じの声が聞こえたから手を伸ばしたんだけど、一体どんな奴等に……」
言いながら、岩の向こう側を覗くリッカ。
連中の姿を確認したのだろう。その顔から、表情が消えた。
「エンクレイヴ……」
無表情ではあるが、それは大き過ぎる感情を表現しきれないだけ。
その奥にあるのは、怒り。
激怒とか憤怒とか、そんな言葉では表現しきれない、ただただ強烈な怒り。
人生も人間もまだまだ勉強中であるマシュでさえはっきりとわかる、凄惨な怒り。
リッカがその顔のまま二人の方を向いたので、立香とマシュは小さな悲鳴を上げてしまった。
気にする風もなく、リッカは短く告げる。
「あいつら殺してくるね」
「お、おひとりで大丈夫ですか?」
「平気。慣れてるから」
ピストルを構え、リッカは岩陰から躍り出た。
出来るなら援護を、とマシュは岩陰から状況を覗き見る。
近くにいたのは黒い機械鎧を来た兵士だ。
飛び出したリッカを視認した兵士が光線銃を構えるも、その動作が終わらぬ間にリッカはピストルを三度発砲。弾丸全てが吸い込まれるように当たり、兵士の持つ銃が弾き飛ばされた。
状況を飲み込めず棒立ちの兵士へ、リッカはバットを取り出しながら接近。
間合いに入るとひたすらに兵士を打ち始めた。
スイング。スイング。スイング。スイング。スイング。
木と金属の衝突する甲高い音が響く。何もやり返せず、苦悶の声を上げながらたたらを踏む兵士。
リッカは少しの溜めを挟み、気合の発声と共に下から上へ大きく振り上げた。
「ウゥウラァ!」
勢いを殺せず宙に浮く機械鎧、構わず振り抜かれるバット。
そして兵士は打ち上げられ、衝撃でちぎれた頭部や手足が、バラバラと地面に降り注いだ。
自分達があれだけ恐れた機械鎧の兵士が、荒野に散らばり赤い染みを作っている。
目撃したマシュは喜びや安堵よりも先に、強い恐怖を覚えた。
マスターそっくりの明るい笑顔と、今の戦いが結び付かない。
いや、今のは戦いというより、一方的な殺戮だった。
本人も言っていたが、やり方が手慣れ過ぎている。一体、どれだけ殺してきたというのか。
あと絶対バーサーカーです間違いない。
マシュがそんなことを思っている内に、リッカは岩と岩の間を縫うように次の機械鎧と接敵。
銃を落とし、バットで殴る。今回のとどめは頭部への横薙ぎフルスイング。
兵士の頭部が重厚なヘルメットごと彼方へと飛んで行き、胴体から吹き出る血がリッカの体を赤く染めた。
返り血も気にせず、リッカは再び駆け出す。
進行方向へ目を向けると、鎧ではなく軍服に身を包んだ兵士が何かを取り出した所だった。
手の中のあれは。
「手榴弾です!」
思わず叫んだマシュだが、その言葉は中ほどから爆音に掻き消された。
リッカの放った銃弾が、兵士の手の中のグレネードを撃ち抜き爆発させたのだ。
「びっくりした…マシュ、リッカは大丈夫?」
「あ、はい、無傷です。敵性存在、掃討されました」
「マジかぁ、すごいね」
「そう、ですね」
目撃していないマスターとの温度差がマシュの言葉を濁らせる。
警告も含めて、見たことを伝えた方がいいのだろうか。
マシュが悩んでいると、リッカが先程の爆心地へと歩んでいく。
あれだけの爆発に巻き込まれたのに、兵士はまだ息があるようだ。
リッカはツカツカと歩み寄り、兵士の鳩尾を踵で踏み付け、ピストルを眉間に押し付けた。
「ハァイ、死ぬ前にちょっと聞かせてよ。あなたはエンクレイヴね?」
「お、汚染された原生動物に語る言葉などない」
「うん、エンクレイヴね。今の指導者は誰?上の方の奴等はあらかた殺したはずなんだけど」
「汚い足をどけろ、原生動物!」
「よくわかったわ、お疲れ様」
ホワイトハウスから続いたカルデアの逃亡劇に、ひとまずの終了を告げる祝砲が鳴った。