第五特異点逸聞 北米終末荒野ガーデン・オブ・エデン 作:名詮自性
ぐるりと周囲を見渡し、知覚できる範囲に敵がいないことを確認。
ひとまず危機は脱したようだ。ピストルを腰に差し、大きく背伸びをする。
「空がきれいだなー……空気がおいしいなー……」
ただそれだけのことで、ここがウェイストランドでないことを理解する。
大気も、大地も、生物も、食べ物も、きっと水も、放射能やウィルスに汚染されていないのだろう。
見た目だけはウェイストランドのような荒野なのだけど、どうやら宇宙船よりも遠くに来てしまったようだ。
ここが何処で、彼女達は何をしていて、何故エンクレイヴがいるのか。
生まれたばかりの赤ん坊に戻ったつもりで、ちゃんと話を聞いて、今後の行動を決めないと。
その前に、私に似た彼女の怪我の治療か。
忙しくなるなーと微笑みながら、ふと地面に目をやると。
先程頭を吹き飛ばしたエンクレイブ士官の死体が、光の粒を発し始めていた。
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「ちょちょちょちょちょっ、ちょっと待って何で!?」
空を見上げていたリッカが急に慌て始めた。
足元にあった兵士の死体が、魔力の粒に還ろうとしている。立香やマシュには見慣れた光景だ。
「消えちゃう、消える!まだ装備漁ってないよ!待って、消えないで!」
さらっと物騒な言葉が出てきた。マシュの眉間にしわが寄る。
リッカがどれだけ喚こうと、魔力で召喚されたモノは、絶命すれば魔力に還るのがこの世界の摂理。
足元だけでなく、バラバラにされたり首をホームランされた兵士達も、例外なく光の粒となり、やがて消えた。
ついでに、リッカに降り注いでいた返り血も。
「……殺したいけど、消えてほしい訳じゃなかった……」
力無く、土下座のような姿勢で地面に蹲るリッカ。全身で絶望を表現している。
マシュが掛ける言葉に悩んでいると、岩を支えに立香が近付いてきた。
「見えてないと状況がさっぱりわからんのですが」
「ご安心ください、見ていてもよくわかりません」
「とりあえず安全にはなったのかな?」
「はい、私のわかる範囲に敵影は存在しません」
「じゃ、まずはお礼言わないとね。マシュ、悪いけど肩貸して」
「はい、マスター。ゆっくり行きましょう」
二人が近付いても、まだリッカは土下座したままだ。
「あのー、リッカ?」
「はぁーい……」
声を掛けるとようやくゆるりと立ち上がる。その顔はまだ深い嘆きでしわくちゃだ。
「えっと、助けてくれてありがとう。来てくれなかったら私達、ダメだったかも」
「お安い御用だよ、相手がエンクレイヴなら、幾らか払ってでも駆け付けてるわ」
そして殺す。
言葉としては聞こえてこなかったが、リッカの纏う空気がそう言っている。
「リッカさんは、彼等がどんな存在なのかご存じなのですね」
「よぉーく知ってる……基地を潰しても潰してもどこからか湧いてくるんだ、ゴキブリみたいに……ああ、そうか。どうせまた湧いてくるから、次こそ消える前に身ぐるみを剥げばいいんだ!よし、やる気出てきたー!」
着地点が最悪過ぎる。
両手を天に掲げ殺る気満々のリッカを見て、マシュの中でバーサーカー疑惑が強まっていく。
きっと生前は名のある山賊だったのだろう。海賊だってサーヴァントになるぐらいだし。
「ええと、これからどうしましょうか、マスター」
「あー、ホワイトハウスから遠ざかりながら、落ち着ける場所を探そう。私もマシュも、まずは休息が必要だと思う。リッカとの情報のすり合わせは歩きながらにしよう」
「了解しました、また背負いますね」
「あ、ちょっと待って。リツカの怪我はなんとか出来ると思う」
リッカがそう言って、自身の背中に手を回す。
そこにバットしかないことを知るマシュは、反射的に立香を抱えて飛んだ。
急な動きで傷が痛んだ立香が悲鳴を上げたことに申し訳なく思うも、その命には代えられない。
死んだらもう痛くないよね、とか言いながらリッカがフルスイングしてくる未来を幻視したのだ。
「あれ、バックパックがない」
そんなマシュに気付いていないのか、自身の背中をペタペタと触るリッカ。
そのまま手を腰に回し、あちこちを確かめる。
「サイドパックもない……Pip-Boyの在庫表はどうなってんだろ」
左手に装着している大きな機械を覗き込み、あれこれと触り始めた。
「スティムパックは……10個持ってる、どこにってうわぁビックリした!」
「どうしたの!?」
「あー、うん、私もよくわからないけど、とりあえず目的の物は手に入れたよ」
リッカの手には、注射器のような何かが握られていた。
「なんか在庫表タップしたら出てきた」
「魔力で生成されたんでしょうか。それがリッカさんの宝具ですか?」
「魔力に、宝具?よくわかんない。まぁその辺は後で調べるとして、リツカ傷見せて」
「あ、うん」
立香の胴体は、礼装の上から包帯でぐるぐる巻きにされている。
止血はエレナがしてくれたが、傷口をさらしたままにもしておけず、逃亡途中に隙を見てマシュが巻いたものだ。
基本的にマシュが背負って行動していたが、それでも動く内に傷が開いてしまったのだろう、包帯には少なくない量の血が滲んでいた。
「内臓こぼれた?」
「いや、流石にそこまでは。ちょっと左の脇腹がえぐれただけだよ」
「ふんふん、とりあえず一本いっときますか。ちくっとしますよー」
包帯の上から、リッカが注射器を大胆に打ち込む。
鋭い痛み、そして何かが体内に注入される違和感に呻く立香。
その効果は、注射器が抜かれてすぐに現れた。
「えっ、痛みが消えた」
恐る恐る包帯を外すと、破れた礼装から傷一つない肌が露出する。
「すごっ、完璧に治ってる」
「その量でこの回復力……リッカさん、それは一体?」
「あれ、スティムパックのこと知らないのか。見たことも聞いたこともない?」
「はい、私は初めて見ました」
「私も。回復魔術なら何度かお世話になっているけど」
「なるほど、遠い所に来たとは思ってたけど、本当に何もかも違うんだねぇ。これは見ての通り、人体を再生する薬だよ。私にとっては必需品。手足がちぎれようと、内臓がこぼれようと、頭蓋骨が砕けようと、生きてるのならこれを打てばすぐ回復する。傷の酷さによっては何個も打つ必要があるけどね」
「えぇ……凄すぎて逆に怖いんだけど。ちなみに副作用は?」
「あー……たまに指の数がおかしかったり、お腹から手足が生えたりするかな」
「マシュ!マーシュ!!私の体見てよく見て!なんか生えてない!?」
「大丈夫ですマスター!何処に出しても恥ずかしくないスベスベお肌です!!夏の水着はビキニで決まりですね!!!」
「ヤだよ恥ずかしい!マシュもビキニならちょっと考えるけど!あと撫でなくていいくすぐったい!」
騒ぐ主従を微笑ましく見ていたリッカの手の中から、空になったスティムパックが光の粒子となって消えた。
先程の死体と同じ現象に、リッカは首をかしげる。
「スティムパックの在庫が9になってる。他のアイテムはっと……あー、はいはいなるほど。待てよ、ステータスは?」
Pip-Boyを操作し各画面を隅々まで見ていく。
じゃれ合いを終えた立香とマシュが見守る中、確認を終えたリッカは左手を下ろし、天を仰いだ。
「スキルが全部25って……私、弱くなってる……」
「えっ、あの戦いぶりでですか!?」
「いやー、なかなか殺せないからおかしいなーとは思ってたの。エンクレイヴ兵がタフなんじゃなくて、私のスキルが下がってたのか。もっといい鎧の奴等だったら危なかったな」
「あー、最初に囲まれた時にいたかも。なんか鎧がバチバチしてたり、炎のマークがあったりする?」
「それそれ。ガワがいい奴は使う武器も強くてね。でもまぁ、中身は唯の人間だから。幾らでも殺しようはある」
エンクレイヴが絡むとすぐに会話が血生臭くなる辺り、余程の恨みや怒りがあるのだろう。
詳しく聞きたいが、今ではない。立香はリッカに真剣な表情を向けた。
「リッカ、正直に言うね。今の私達はあなたに頼るしかないんだ。だから、あなたが何が出来て何が出来ないのか、私達に教えてほしい」
「もちろんOK!と言っても、わかってないことも多いけど。その辺りはあなた達の情報が必要になると思う」
「ありがとう。じゃ、歩きながら話そっか。マシュ、方角どっち?」
「はい、当てはないですが、ひとまず北に向かいましょう。霊脈が集まるポイントが見つかればいいのですが」
「カルデアと連絡取りたいねぇ……」
「カルデア。あなた達の所属する組織?」
「はい、そうです。その辺りもこれからお話しますね」
三人は荒野を歩き始める。
一つの危機を乗り越えただけで、事態解決の糸口すら掴めていない。
それでも、生き延びた。生きているのなら、前に進もう。
立香もマシュも、そしてリッカも、ずっとそうやってここまで来たのだから。
「頑張って歩いた先がこれはちょっと辛い。上げて落とすにしても限度がある」
「気持ちはわかりますが、落ち着いてくださいマスター」
夕暮れ時、三人が辿り着いたのは、かつて集落だった何か。
遠目に建物が見えた時には喜んだものだが、いざ近付いてみると、もう集落とは呼べない、呼びたくない悲惨な状況になっていた。
壁や屋根はボロボロ。かろうじて残っている壁にはカラフルなよくわからない落書き。
そして軒先には、首や手足がない人間だった何かが所狭しとぶら下げられている。
辺りをうろつくのは、刃物や銃、火炎放射器など様々な武器を持った、妙に露出の多い男女。
誰も彼もが瞳をギラギラと輝かし、次の獲物を探している。
その集落は、ウェイストランドでレイダーと呼ばれる、人食い野盗の巣窟に成り果てていた。