第五特異点逸聞 北米終末荒野ガーデン・オブ・エデン 作:名詮自性
「レイダーの根城かー」
「レイダー、ですか?」
「うん、私の世界にいた、奪う、犯す、殺す、食べるを生業とする、見た目は人間で言葉や道具も使うけど話は通じないケダモノだよ。対処法は見かけ次第殺すこと。これがウェイストランドの常識」
「今、食べるって言った?」
「食べるよ。ほら、死体が吊るされてるでしょ?あれ、保存食。着てる服からしてあれもレイダーだね。あいつら共食いするから」
何故かニコニコしながら説明するリッカ。
反面、立香とマシュは顔面蒼白だ。
「捕まったら、私もあそこに吊るされるの……?」
「マスター、私が守りますからそうはなりません」
「いやー、リツカみたいなかわいい子は楽には死ねないぞー?まずは犯してー、手足をちょっとずつ削って食べてー、薬漬けにして犯してー、気に入られたら十月十日掛けて次の食料を」
「リッカさんやめてくださいマスターが吐きそうです!なんでそんなに詳しいんですか!」
「そりゃあ何回も目撃してるからだよ。あと、途中までなら私も経験した。どこまでされたか聞きたいー?」
「聞きたくないよぉ……なんで笑顔でそういうこと言うのぉ……?」
「この程度、ウェイストランドじゃよくあることだから。結果的に死ななきゃ安い」
「みらい、こわい」
「マスター、お気を確かに、マスター!」
すっかり憔悴した立香と、寄り添うマシュ。
しばらくはここから動けなさそうだ。もっとも、リッカも連れて行く気はなかったが。
「周囲に敵対反応なし。たまに湧いて出るから油断は禁物だけど、ひとまず今は大丈夫そうだね。立香、マシュ、しばらく二人で隠れててくれる?私だけで行ってくるよ」
「こいっていわれてもぜったいいかない」
「おひとりで大丈夫ですか?」
「平気。慣れてるから」
エンクレイヴの時と違い、満面の笑みのリッカ。
マシュの経験では、食堂でエミヤのスイーツを待つ立香がこんな笑顔をしていた。
人食い集団に飛び込む前にしていい表情ではない。マシュはまたリッカがわからなくなった。
「……わかりました、マスターを護衛しつつ待機しています」
「うん、よろしく。もしあいつらが寄ってきたら、変に抵抗せず逃げて。距離を取ったら追って来ないから。ほとぼりが冷めたらここに集合で。OK?」
「はい、了解しました」
「よしよし。じゃ、皆殺しにしてくるね」
語尾に音符マークがついていそうなほど楽し気に告げ、リッカは集落へと駆けていった。
「なんであんなたのしそうなの」
「わかりません……未来、怖いですね」
「みらい、こわい」
精神崩壊一歩手前のマスターの背中をさするマシュ。
道中、気丈に振る舞ってはいたが、ホワイトハウスからここまでの逃亡劇で疲労が溜まっていた所に、とどめを刺されてしまったのだろう。
マシュも強い疲労を実感している。マスターのためにも、弱音を吐く気はないが。
あの集落が解放できたとして、休める場所はあるだろうか。
絶え間ない悲鳴や発砲音を遠くに聞きながら、死体の転がった部屋で休むのは流石に嫌だなと思うマシュであった。
すっかり日が暮れて、夜の闇に包まれても、リッカは帰ってこない。
ただ、ずっと聞こえていた悲鳴や発砲音は、少し前に止んだ。
可能性としてはリッカが力尽きたケースも考えられるのだが、不思議とそれはない、と思う二人だった。
突如、マシュの感覚に何かが反応する。
「マスター、何者かが向かってきます。数は1。念のため、私の後ろに」
「わかった、でもリッカじゃないの?」
「暗くてまだわかりません。ご注意を」
盾を構え、暗闇を注視する。
誰かが走ってくる気配がする。
まず見えたのは、夜でもなお赤く輝く二つの光。続けて、筋肉質で大柄な人影。
現れたのは、大きなナイフを持ったモヒカンの大男だった。
向こうもこちらに気付いていたようで、走る速度を緩めず突っ込んできた。
「新鮮な肉だぁ!!」
「……!!」
リッカじゃない。あれは敵だ。レイダーだ。
相手の足が速く、気付いた時には既に間合いに入られていた。
リッカの語るレイダー像が、まるで走馬灯のようにフラッシュバックする。
何としても、マスターを守らなければ。
振り下ろされるナイフを盾で防ぎ、勢いそのままにシールドバッシュ。
「いってぇな、このチビ!」
ひるまず、今度はナイフを横薙ぎに振るってくる。
バックステップで空振りさせ、硬直している相手のナイフに目掛けて盾の側面を振る。
弾き飛ばされたナイフを横目に、今度は腹部へ盾の下部を叩きつける。
「ぐぇっ」
「やあぁぁぁっ!」
前屈みになった相手の横っ面に、盾をフルスイング。
モヒカンの男は、数メートル跳んで地面に転がった。
「まっ、待ってくれ!ちょっとした冗談だよ!許してくれ!」
地面に倒れたまま、両手を振って許しを請うレイダー。
対処法は見かけ次第殺すこと。
リッカはそう言っていたが、戦意のない相手に追い打ちするほど、マシュは冷徹にはなれなかった。
「行ってください。次はありません」
「ありがてぇ!恩に着るよ!」
立ち上がり、走り出すレイダー。
深いため息と共にマシュが盾を下ろすと、立香が駆け寄ってきた。
「マシュ、ありがとう。怪我はない?」
「はい、マスター。お互い無事で」
マシュの言葉を、銃声が掻き消す。
振り向けば、地面に倒れ伏すレイダーの姿が。
その先には、淡い光を放つ何者かの影。
立香をかばい、再度盾を構えるマシュ。
現れたのは。
「イェーイ、おまたせー☆」
右手にピストル、左手に大きな酒瓶を持ったリッカだった。背中には鞄のような物を背負っている。
左手のPip-Boyが発光して辺りを照らし、酒瓶の中身が半分以上減っているのもよく見える。
「いやー大量たいりょーう☆我慢できずに何本か開けちゃったアハハハハ☆」
すっかり出来上がっている。
立香が苦笑いしつつ労いの言葉を掛けようとするも、マシュの行動がそれを遮る。
つかつかとリッカに歩み寄ったマシュは、盾を強く地面に突き刺した。
「何故撃ったんですか!彼にはもう戦う意思はありませんでした!!」
「んぁー?何故撃ったかぁ?レイダーだからだよぉ☆」
「レイダーには生きる権利がないとでも!?」
「ないよ」
打って変わり、冷たく短く言い放つリッカ。マシュも言葉が出ない。
「私達ウェイストランダーに、生きる権利なんてない。レイダーは特にね。消えかけてるけど、死体をよく見てごらん」
リッカがPip-Boyの光をレイダーに向ける。
魔力の粒になりかけているその手には、ナイフが握られていた。
「はじいたはずなのに……」
「怪我したり武器をなくしたりすると、あいつらは命乞いで時間を稼ぐんだ。で、痛みが落ち着いたり武器を手に入れたりすると、また襲ってくる。こいつら夜目が利くから、はじいたのを拾ったんだろうね」
やがて光に還るレイダー。しかしそこにはナイフが残されていた。
何故魔力に還らないのか。マシュが疑問に思っていると、リッカがそのナイフを拾い上げ、マシュの首に添えた。
「えっ……!?」
「リッカ!?」
「当ててないし、切らないよ。頭を冷やすためのただの脅し。ちょっと黙って見てなさい」
立香の叫びに答え、リッカはマシュに向き直る。
「かわいいマシュに、ひとつクイズを出そう。あいつらは夜目が利くと言ったね。リツカがいるのにも気付いていただろう。ナイフを拾ったあいつは、先にどっちを狙うと思う?」
「そ、れは」
答えはすぐに出た。出たからこそ、触れてもいないのに首筋のナイフが冷たく感じられる。
「口に出してごらん」
「……武装していないマスター、です」
「正解。リツカを切って、慌てたマシュを刺して、あとは美味しくいただきます、だ。私も正直、ヒヤッとした。間に合って良かったよ。遅くなってごめんね」
ナイフをマシュから離し、自身の腰に差すリッカ。
事の重大性に今になって気付いたマシュは、俯きながら呟く。
「殺すしか、なかったんですね」
「いやー?マシュにもリツカにも、殺して欲しくないなー」
「は?」
呆けるマシュに、リッカは微笑む。
「だから逃げろって言ったの。向き合えば殺すしかなくなるから。私にとっては人の形をしたナニカだけど、あなた達は割り切れないでしょ?」
「そう、でした。私は最初から間違っていたんですね」
「ま、余裕がなかったんでしょ。でも一人殺すと、二人目を殺すのに抵抗がなくなる。それが五人になり、十人になり……仕舞いには、何十人も殺しながらケラケラ酒が飲める、私みたいになる」
そんな二人は、見たくないな。
そう呟いて、リッカは酒を呷った。瓶の残り全部。
「……げぇぇぇっぷ」
「リッカ、汚い」
「ごめんねぇ☆お酒がおいちいのが悪いのぉ☆」
「そもそものんびり酒なんか飲んでないでさっさと戻ってきてよ!」
「誤解だよぉ☆殺しながら飲んでたもん☆思ってたより数が多くてぇ☆」
「しゃべり方めっちゃ腹立つ!マシュ、酔い覚ましに一撃入れて!」
「申し訳ありません、今の私だと加減が出来そうにありません」
「うぇーん☆私がんばってお掃除したのにぃ☆ふたりともこわいよぉ☆」
「あんたが一番怖い!!!!!」
「それはよく言われる」
「うわぁ!急に落ち着くな!!」
さっきまでの真面目な空気は何処に行ってしまったのか。
無軌道な酔っ払いに立香とマシュが頭を痛め、マジで一回殴るしかなくね?と思い始めた頃。
集落目掛けて、空から何かが落ちてきた。
派手な墜落音が聞こえ、地面もかすかに揺れている。
「リッカ、あそこはもう安全!?」
「最後に一周してきたけど、敵の反応はなかった。多分大丈夫」
「じゃあ行こう!見覚えがあるんだ、あれは味方だよ!」
「はい、マスター!きっとあの方です!」
「えぇ……?」
駆け出す二人を追いながら、リッカは落ちてきたものを思い返す。
ほのかに輝いていたあれは、U.F.O.ではなかったか。
つまり、乗っているのは。
「エイリアンまでいるのぉ……?」
二人は味方だと言っていたが、リッカにはとても信じられない。
レイダーから奪ったハンティングライフルを構え、追い掛けるスピードを上げるのだった。