Rauta 作:Ubiquintetous / 五劫偏在
スチームパンクなVRMMO『Rauta』。
棺桶と呼ばれる巨大鋼鉄街列車を舞台に描かれる、昨今のフルダイブVRMMOブームの中に現れたとりわけ特徴のないゲーム。ゲームシステムもオーソドックスの域を出ず、ストーリーに何かとんでもない伏線だのなんだのがあったわけではない……そんなゲームだったけど、新しくない代わりに安定して面白い、というのがあって、そこそこのプレイヤーを確保できているゲームでもあった。
そんなゲームの、クリスマス直前アプデの日──事件は起こる。
散々創作で語られ、様々なところで論じられ、けれど「やるにはあまりに机上の空論」とされ続けてきた現象──ログアウト不可、からの集団意識消失……つまりデスゲームの開始。
外部との通信は切断され、何らかの手段でフルダイブの中止方法を有していたプレイヤーもログアウトができない状態に。
──恐ろしいことに、そこから、三年の時が過ぎた。
助けが来る気配は無く──ただただ時間だけが過ぎて、三年。順応するには世界が厳しすぎる。けれど、ああ、これまた恐ろしいことに、空腹値というシステムが生きていたから……腹を満たすためには順応せざるを得なかった。
こうして。
当時同時接続数一万人の地球人を引き連れて、『Rauta』の世界にお引越しがかなった、というわけである。
あ、私は素知らぬ顔をしている運営さんです。
はふ……と白い息を吐く。
ボンボンのついたフードごと顔を上げれば、頭の上に乗っかっていた雪が落ちる。
もう何時間ここに立っているのか。待ち人来ずとはまさにこのこと。約束では少なくとも二時間前が集合時刻だったのに。か弱い少女を一人寒空に放置とか、これは最早計画殺人だと思う。
と……遠くの方から馬車が走ってくるのが見えた。それは馬の駆ける足と噛み合わない速度で減速し、私の前で停まる。
扉が開けば。
「やーやー、やーやーやー! 待った? 待っちゃった?」
「あ、来た」
「いやゴメンじゃん~……ちなみに寝坊なんだけど謝ったら許してくれる?」
「寒冷値緩和アイテムなんか一個ね」
「お安い御用で!」
赤ら顔な、明らかに「私飲んできましたよ」って顔をした、もっこもこ服の女性が一人。
彼女は「ささ、乗って乗ってお姫様!」なんて都合の良い言葉を吐いて搭乗を促してくる。御者の居ない馬車。逆向きの真っ黒なカボチャみたいな見た目の馬車だ。
「飲酒運転でしょ」
「おやおやぁ~? でもあたしからお酒の臭いしないでショー?」
「臭気系はやっぱり無理矢理にでも実装されるべきだったよね」
「ノン、臭いがキツいゲームとか、視覚は大丈夫でも無理ってプレイヤー多かっただろうし、どの道実装されなかったよー」
それはそう。私はリアリティ向上のためにと微かでも良いから実装を頑張ったけど、考えられるほとんどが実装されずに終わった。
クエストに必要な毒とか薬の臭いはちょっとだけ実装されたけど。
私が乗ると、馬車は一人でに動きだす。彼女が操作しているから当然ふらふらしていて……いやいや。
「なんで自動操縦にしないの」
「あれカクカク曲がるから嫌いって前言わなかったっけー?」
「いや聞いたけど。危ないでしょ」
「ちぇー。気持ち悪くなって吐いたらごめんミ☆」
「嘔吐も実装されてないから大丈夫」
思えばあっちにいた頃はリアリティばっかり追求していたように思う。そして、実装しようと思えばできていたところを主任たちに止められていた。今思えばゲームが売れるための判断だったのだろうけど、異邦人の数を優先するか異邦人の質を優先するか……悩みどころではあったな、って。主任が。
「それで、田舎暮らしの雪こもり姫が、今回はどんな風の吹き回しなのさ」
「そっちが呼んだんじゃん」
「呼んだよー? 毎年恒例プレイヤー同窓会! まぁまだ二回目だけどネ。一年目はやんなかったし」
「だから来ただけ。一回行かなかったくらいで一生行かないと思われるのは癪」
「この集まりは二回目だけど、お姫様は基本集まり来ないじゃん? だからなんでかなーって」
「……別に、気分。今はやりたいことが特に無かったから、暇だった、ってくらいかな」
「なるほのー」
私はまぁ、運営なので。
デスゲームに悲観していたり、逆にゲームをクリアしてこの世界から脱出してやるぜ! みたいに息巻いているプレイヤーとは温度差がある。
とはいえ私みたいに冷めた……というか「できっこない」で生活しているプレイヤーも少なくはないからバレないだろうけど、あんまり世俗に関わらないと本当に置いていかれてしまうので、ちょっと"現場感"というのを味わいたくなった、というのが理由だ。
そこへ丁度このお誘いがあった。ようやくそういう「悲観に暮れたプレイヤー」だけでなく、すべてのプレイヤーがこの世界で生きていこうと順応し始めたこの三年目の段階で、プレイヤーの集会。渡りに船だった、というわけだ。
「チェスカは? って聞くまでもないか。ただ飯ただ酒だから、か」
「いやいやあたしにもふか~いワケがありますのよ海よりも深く谷よりも深いワケが」
「どっちかより深ければいいと思うけど」
「もー、いちいちツッコミがちべたいよ~。そんなんだから雪こもり姫なんて呼ばれるんですよ」
「まぁ、五十パーセントくらいは悪い響きじゃないから、実は気に入っている」
「可愛いよね雪こもり姫」
雪こもり姫。私のプレイヤーネームには一切掠っていないけど、私と親しいプレイヤーは皆そうやって呼ぶ。雪こもり姫、雪ん子、姫。その辺りが多いか。
姫プをしているというわけじゃなく、今の私の容姿……と、好んで使う衣装がお姫様チックであることからついたあだ名。実際マイハウスもかまくらだし。
「惜しむらくはこの雪が食べられるくらい綺麗なモノならねー」
「それは『Rauta』全否定なような」
「スチパンありがちだよね、雪が猛毒設定はサ」
多分に漏れず、である。
この世界の雪はとんでもない毒物だ。本来酸性雪はそこまで即座に害の出るものにはなり難いのだけど、『Rauta』の雪は食した瞬間にバッドステータスデバフがランダムで三つから五つ付与され、且つ一定時間の間体力が減り続ける、というバフも付与されるものになっている。
状態異常回復系のスキルやアイテムではこのバフの方は解除できないため、緊急の手段で雪を食べる、というのが百害あって一利なしな仕様になっているわけだ。
なお、通常の雨……酸性雨にも同じような効果があるので、こちらの飲水もオススメはしない。街中から噴き出す蒸気にもこれを薄めたような効果が付随しているから、一応これらを含んだ蒸気が雨や雪になっている、という設定なのだろう。……運営視点で言うとその水のサイクルは破綻しているので多分どっかで何か変な力が働いているのだけど。
カク、カク、という不自然なカーブを何度か経つつ、馬車が入っていくのは人影の多い街並み。
人の多さに比例して周囲の明るさも上がってきていて、自然と「おー」なんて感嘆が零れ出た。
「この人数を見るの何年ぶりよ姫」
「いやホント、多分三年ぶり。……リアルの話含めたら十年ぶりとかかも」
「まー全部オンラインでいいもんね基本」
「うん」
私が引きこもりだった、という話ではない。社会がそうなっていたという話だ。
リアル外出をする機会がほとんどなかった。オンラインロビーで誰かと触れあうことはあれど、あるいは仕事や趣味のすり合わせを小窓で行うことはあれど、人を人として……そう認識したのは三年前の「実行」以来だ。それくらい自身の部屋で完結する社会だった。
トレンチコートを着たケモ耳の男性。葉巻を咥えてしかめっ面をしているエルフの女性。寒そうに身体を抱えている見た目ヒトっぽい少年。
あれらはすべてNPC……プレイヤーではないけれど、さて、プレイヤーたちは彼ら彼女らを見て「本当にいい出来だ」とよく口にしていたか。
当然だ。そも、彼ら彼女らは本物……本当の異世界人なのだから。今やプレイヤーたちこそが異邦人なわけだけど。
私達運営は、お引越しを手伝っただけ、だからね。
「そろそろ着くけど、姫、なんか食べたいものとかある?」
「特には。あるものでいい」
「じゃあハジキリちゃんとこ行って焼き鳥買っていこう!」
「……料理スキル、チェスカはもってないんだっけ?」
「流石に専業料理人のやつの方が
「変わらないと思うけど……」
練度の差で味覚に何か影響するようには作っていないし。
いや……プレイヤーにしかわからない微小な差があったりするのだろうか。……検証のためにも食べてみるべきかな?
「それも含めてお任せで」
「あいあいさー」
さて、三年経ったプレイヤーたちは、どんな面持ちで世界を見ているのか──。
「よーっす飲んでるかチェスカー」
「もちよもち! へへ、ただ酒ナイスぅ!」
「いや全員で資金出し合ってるからタダ酒じゃねーけどな」
「こまいねー童貞は。どーでもいいのさそんなこと!」
「童貞ちゃうわもう。……んでこっちはとんでもなく久々だなー。俺の事覚えてっか姫」
「チキン鳥井。出会い目的でチェスカに近付き、告ってフラれた三十歳」
「チェスカー?」
「おっと殺気! お姉さんは華麗に去るぜ!」
「ったく……。違うからな? まず告ってないし出会い目的でもねーし。三十歳だけは合ってる。ああいや、今年で三十三か、もう」
「さっきの口ぶりからして、もしや?」
「ん、ああ。昨年籍を入れたよ」
「……ちなみに誰とか」
「ああ、今日は来てねえけど、フランXjXjだよ。だよ、っつって知らなきゃそれまでだけど」
「知らない人……」
「そっか。ま、いつか紹介するさ」
「うん」
驚いた。結婚。もうそんな余裕を見せるプレイヤーが現れたのか。
いや、むしろ追い詰められているから? チキン鳥井といえば初めの頃は「このゲームをクリアして脱出してやるぜ!」なプレイヤーの一人だったはず。それが……。
とか。
「えー、雪ん子じゃーん久しぶりー!」
「五ヶ月くらい前に会った気がするけど」
「防護服アリの時とはまた違うじゃーん?」
「まあね。久しぶり、ハナミ」
「てゆか雪国仕様なのにお姫様スタイルなのは変わんないんだー。こんどウチの衣装屋来ない? 現地民と意気投合してさ、新進気鋭のデザインが目白押しって感じでさー」
「現地民と?」
「そー。あ、なんか偏見あったりするー? 変わんないよー現実の人達となーんにも」
とか。
「おや、珍しいプレイヤーがいらっしゃいますね」
「……? ごめん、見覚えはないかも」
「ええ、初めましてです。ですが、お噂はかねがね。私、中古品のリサイクル及びレンタル屋を営んでおりますケッセウスという者です」
「はぁ。……えーと、中古……だから、要らないアイテムを買い取ってる系の?」
「はい。現地民に売ってしまうとアイテムは消えてしまいますでしょう? ああ、その場での買戻しは可能ですが。その点私達はしっかり保存、そして貸し出しを行いますから、使わなくなったけど消してしまいたいわけではない、みたいなアイテムや、お金に困っているけれどいつか必ず取り返したい、みたいなときにご利用いただく形でして」
「ああ……質屋というかなんというか」
「そんな感じにございます。ぜひ、今後ともよろしくお願いいたします」
とか。
なんというか。
想像以上に……逞しい、というべきなのかな。
思ったより混乱が起きていない。思ったより絶望していない。思ったより……この世界に住まうことへ前向き。
運営としては嬉しい限りなんだけど、なんだかなー、という気持ちもあったりして。
特に誰が作っても味が変わらない気がするココナッツジュースを飲みながらパーティ会場を見遣る。
……まぁ、いいんだけどさ。
「ヘイ、スノープリンセス。ご機嫌ナナメかい?」
肘鉄をかます。
「うぐっ……まーまー、望んだ結果が得られなかったって気分はわかるけど、そうアタりなさんなや」
「そっちはどうでもいいけど、声が浮ついててイラついただけ」
「ひでェなそりゃ」
私の座るテーブル席。その隣に腰を寄せて立ったのは、スチームパンク世界に似合わない和っぽい異装の青年。
既に私達の会話は個別音声に切り替わっている。会話が誰かに聞かれる心配はない。つまるところ。
「カルアルン。不要な接触は避けた方がお互いのためだと思うけど」
「今はプレイヤーとプレイヤー。だったらここで多少内緒話をしたって疑いの目にゃならねえさ」
「だといいけど」
彼も運営の一人、という話だ。私とは違うアプローチでプレイヤーを観察、ないしは誘導する役目の運営。
「最終クエスト、全然進んでないみたいだけど」
「デスゲームになって、助けがいつまで経っても来ないとくりゃな、人間自分が可愛くなるってもんサ。ゲームをクリアして脱出を息巻いてた奴らは軒並み腰振りにお熱だよ」
「言葉選びが下品」
「普段はこれより汚いトコでギャハギャハやってんだ、こんなのは綺麗な言葉遣いの内だよ」
朱に交わればなんとやらか。
しかし、成程。命の危険が如実になったからこそ……そして未来へ閉塞を強く感じるようになったからこそ、順応と適応が早まった、と。
良い傾向ではある。ただ、クエストはクリアしてもらいたい。未だ残るクエストのすべてから解き放たれてこそ本当の移住完了なのだから。
「わかってる。お前の言いたいことはわかってるけど、まぁもうちょい待ちだな」
「忘れていないのなら、良い。……酔っ払いが帰ってきたから、早くどっか行って」
「んー、オレ達の関係性を見せつけるってのグフッ」
肘鉄を入れ直した。
蹲ったカルアルンを蹴り飛ばして、帰ってきたチェスカを迎える。
「なになに~? 人付き合いゼロお姫様のクセに、ちゃっかりイケメン捕まえちゃってんの~?」
「イケメンって。キャラクリでわざとぶさいくにしない限りはみんなイケメンでしょ」
「作り物のイケメンに価値はないってか~?」
「このココナッツジュースより低価なのは間違いないね」
「えー、目の保養だと思うけどな~」
中々退散しないのでもっと蹴る。あ、どっか行った。
まったく、今はプレイヤーとプレイヤーといっても限度があるだろう。こんな関係性であるのを見られたら。
「ほんとに気の置けない仲、って感じ。なに、リア友?」
「別ゲ友」
「あーねー」
こうやって仮初の関係性をでっちあげざるをえなくなる。
こういうの積み重なると本当に面倒なんだから、勘弁してほしい。
「このあとは何かやるべきことってあるの?」
「うんにゃ、なんにも。代表に挨拶も終わったし、あとは帰るだけ。……なに、もう疲れた?」
「ちょっとね。自分が案外人混み苦手だってわかった」
「それじゃもう帰っちゃおう」
「いいの?」
「あたしは別にいつでも会えるしねー。そんなことより可愛い姫の曇った顔を晴らしたい」
「ホストか」
「……この前現地民がやってるソウイウ店行ったんだけど、結構サマになってたよ」
「金持ちめ」
「大人気武器屋さんですから」
そんな感じで。
無事、私は、第二回プレイヤー同窓会からの撤退を果たすのであった。
スチームパンク系VRMMO『Rauta』のメインとなる舞台は巨大な列車である。街兼列車──棺桶と呼ばれる鋼鉄の街列車。
この列車は当然蒸気機関車で、この街列車自体が走るためにも、そして稼働するためにも蒸気を使用している。
プレイヤーは全員が一団クランというものに所属する採掘者とされる。また、基本的に、街列車の外で採掘や探索を行う冒険、街列車内部の揉め事や依頼をクリアする調査、街列車の機能を強化したり修繕を行ったりする保全、の三行動で以て世界に奉仕を行うものとされ、だからギルド対抗戦とか闇クランとかそういうものは発生し得ない。勿論グループを作成してそこでわいわいやる、というのはできるけど。
街列車は車両ごとにチャンネルが別れていて、一サーバーにつき六両編成。それが五サーバーあったので、この世界には少なくとも五台の街列車が走っていることになる。
とはいえゲームだった頃も他サーバーの様子はほとんど知ることができない仕様だったし、現実となった今でもそれは同じ。一応線路が隣り合う場所はあるにはあるけど、ほとんどのプレイヤーが他サーバー……他車両の存在を知らぬままに生涯を終えてもおかしくないだろう。それくらい滅多なことではすれ違わない。
冒険と保全、どちらが欠けても街列車の巡行に支障が出る仕組みであり、その二つが命に直結しているせいで、中々調査クエストが進まない、というのが現状。
単純にみんな忙しいと。ただそれだけの話。
「そういえば昨日なんかお酒入った頭で朧気に聞いたんだけどさー、半年くらい前に採掘行ってたんだって?」
「ああ、ちょっとね」
「なによ、お金困ってんの? 少しならお姉さんが融通したげるけど」
「借りても返せないからいいよ。その時もお金稼ぎじゃなくて過翠石欲しかっただけだし」
「なんかの素材?」
「
「実験の結果は?」
「中々よさげ。ステータスは伸びなかったけど、稼働時間が三時間アップした」
「すげじゃん」
「ね」
よって私はこの
……だとまぁ時系列が合わないので、「タイミングよく趣味が実益へ迎合した」が正しい。
「ま……煙たがられてなくてちょっと安心したかな」
「なにがー?」
「人付き合いも冒険も調査も保全もほとんどやらないプレイヤー、って自覚はあるわけで。そういうのガツガツやってる人らからしたら、こういう会合だけ出てくんのかよ、とか思われてそうだなって」
「卑屈か~? 誰も思ってないよそんなこと。みんな日常の大切さはよくわかってるし」
「だといいけどね」
「つか、そんなに気になるなら冒険行かない? 今行っておけば今後一切行かないことに対しての言い訳にもなるッショ」
「……アリ」
それはプレイヤーがやるもの、という認識だったけれど。
ここにいるのがただのプレイヤーなのであれば、後ろめたく思っているフリがしたいのであれば、むしろやっておくべきだろう。
「おーし決まり! じゃあ準備するから待ってて」
「り」
久しぶりの戦闘だ。
鈍っていないと良いけれど。