Rauta   作:Ubiquintetous / 五劫偏在

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心細いさざ波のような1140日目

 爆走して駆けつけるは棺桶の鼻先。高い壁に囲われている街のその先。吹きさらしの、そして棺桶の心臓が発する熱を遮っていない、人が立ち入るべきではないその場所に私はいた。

 ヒーローのように襲われているところへ駆けつける……なんて。私がするはずもない。というか百歩譲ってやったって何の解決にもならない。説明している時間もなかったし面倒だったから強引に出てきたけど、少し考えたらわかることだろうに、余計な時間を使わせないでほしい。

 私が今ここにいるのは事態の解決のため。そう、つまりここが。

 

「トンデモ座標の投影元。そうだよね、エドワード・クリーキング・ハース。その中にいるなにもできない騒霊(ポルターガイスト)、って呼んだ方がいいかな」

「……」

 

 振り返りこちらを見遣るは金髪の偉丈夫。だるまを思わせるフェイスペイントの特徴的な現地民。

 

「亡霊たちは一枚岩じゃない。悪人だけは乗っ取ってもいいと考える人、NPCなら乗っ取ったって構わないと考える人。そういう免罪符の一切を考慮しないで強いプレイヤーを乗っ取りたい人。君は後者で、且つプレイヤーではなくより強靭でより堅固な存在……ボスNPCを乗っ取ろうと考えた人だ」

「……通称、スノープリンセス。類稀なる問題解決能力と、関わった亡霊の悉くが姿を消すことから、運営、管理者のどちらかなのではないか、と疑われていたモノ。大正解と、そう見ていいのかね?」

「半分はそうだね。で、話の続きだけど……エドワード・クリーキング・ハースは確かにボスNPCだ。だからそんじょそこらのプレイヤーより強い。けど、ストーリーNPCなわけだから、調査クエスト……該当するストーリーのクエストを発生させられるやつがいないと乗っ取るのも難しい。亡霊にはクエストを発生させるためのフラグが励起できないから、恐らく人間側、ないしは乗っ取ったプレイヤーの協力者がいると見てまず間違いない。それもわざわざ調査クエストを一章クリア前で止めているようなやつが」

 

 エリアログに溜まっている小麦屋の馬車クエスト。決められたポイントを軸に処理の開始とループの行われているそれらを一つ一つ丁寧に解いていく。壊していく。

 よし、とりあえずこれで……アカラたちのところにいる幽霊馬車は消え去ったかな。

 

「だと、したら?」

「クエストを進めていないだけなら問題はない。ゲームをどういう風に遊んだってプレイヤーの自由だ。ただし、クリーチャーやNPCを操ろうって魂胆は良くないし、プレイヤーの乗っ取りは普通に犯罪だ」

「犯罪。殺人犯(運営)がそれを言うのかね」

「管理者が犯罪者なら管理該当区域にいるすべての存在に対して行う犯罪が罪に問われないと言いたいのかな。素晴らしいね、どこの世界から来たのか教えてほしいくらいだ」

「プレイヤーはともかくとして、NPCやクリーチャーに遠慮をする必要はないと言っているのだよ。犯罪者の玩具だろう、こいつらは」

「おや、NPCやクリーチャーにも魂があると理解したからの行動だったのだろう? それとも自身が入り込んだことでNPCの自我データに記憶を磨り潰されたのかな」

「貴様らが彼らをNPCと呼ぶからそれに倣っただけだ」

「プレイヤーではないのは事実なんだ、良い呼び名だろう。──しかし君、余裕があるね。もしやこの期に及んで私に勝てるとか逃げ切れるとか思ってる?」

「どちらも必要なかろう。なんせ貴様らは私達を拘束することしかできない。私達の同胞が何人か貴様らに捕まっているようだが、時間の問題だ。乗っ取った肉体が死せばまた私達は亡霊に戻る。もう一度やり直せばいいだけのこと。なんせもうノウハウは得たのだから」

 

 口角を上げる。嗤って魅せる。

 いや、嘲って魅せる。

 

「テイマースキル:サモン:ハイドラハネラエ」

「っ!?」

 

 チュノスケの使う拘束術。私にはテイマースキルなんて備わっていないのでこれは運営パウワーだ。

 それによって召喚されたミズダニがエドワード・クリーキング・ハースを体内に収める。

 

「……突然行動するから驚いてしまったが、やはり拘束止まりかね?」

「いいや。これは君達がしでかしてくれたことへの対処から生まれた技法でね。確かに、残念ながら君達亡霊を殺す、というのは難しい。肉体が死して魂が離れた精神だけの存在。それが君達だ。自らのものであっても本来干渉できないはずのプレイヤーIDをコアにして存在する不可視の亡霊。それが君達だ」

「──まさか」

 

 何かに気付いたように暴れ出すエドワード・クリーキング・ハース。頭の回転が早いね。良い気づきだ。

 すべて無駄だけど。

 

「なれば呑み込んだものと融合し、そのプレイヤーIDを変質させることで消失と為す君達の手法を模倣し、その処刑を完了しよう」

「待て……やめろ、いや、いいのか、エドワード・クリーキング・ハースまで巻き込まれることになるぞ」

「生憎ながら、単なるNPCは生命でも、ストーリーNPCはいくらでも出せる駒なんだよ」

「待て! そうだ……私の持つ情報を喋る! そう、私は、私達は、組織立って動く──」

 

 融合、完了。

 ……JOY福の剥離法はまだ見つかっていないけど、どうやったら融合できるか、はこれで立証できたか。

 

「そういうわけだよ口裂け女。いいや、口裂け女を装うことで、都市伝説の再現であるというミスディレクションをかけた彼の仲間。最後に我が身可愛さに言っていたね、組織であると。私がいまここで名付けてあげてもいいけれど、自分たちで付けた名前があるのならそれを名乗るといい」

「……『Vesi』」

「そうかい。じゃあ『Vesi』諸君。──叩き潰すから、首を洗って待っていてね」

 

 それでは一度、さようなら。

 

 

 会話ログから『Vesi』という言葉を吐いたプレイヤーの行動ログを洗い、変質プレイヤーと思しき存在の全てを捕まえることに成功した。

 これでしばらくは動けまい。事のいきさつを聞いたカルアルンからは「外道」と罵られたけどなんのこっちゃである。

 

 ちなみにアカラたちは無事だったみたい。

 ただし、現場が現場……救援要請をしてきたプレイヤーのマイハウス内の出来事だったので、対策が必要だね、という話に。もっと言うのなら、一連の事件自体が「トンデモ座標の投影でマイハウス内部に干渉できるかどうかの実験」だった臭いな、というのが私の見解。

 実のところマイハウスを含む「一瞬のロードを挟む別インスタンス」なエリアというのはすべて同じ水平平面上に存在している。恐らくはそのことについての検証及びテストを『小麦屋の馬車』を使って行ったのではないか、と。なぜそのクエストだったかと言えば、エドワード・クリーキング・ハースが関連クエストとして操れるという点と、序盤クエストで誰しもが励起できるものであること、そして非常にたくさんの距離を移動するクエストだから、だろう。

 調査クエストは結構な数があるけれど、ここまでの距離を移動するクエストは『小麦屋の馬車』と『吸血鬼の謎を終え』、『シリンダー点検工の一番長い日』、『火御鳴成』くらいだ。その中で一番起こしやすいクエストが狙われたと見てまず間違いない。

 

 流石に『Rauta』内部からマイハウスのインスタンス座標を変更する、というのは難しい。だからトンデモ座標の入力そのものを封じた。元々封じてあったけど、より堅固に封じたというべきかな。

 

 ……けど、捕まえた変質プレイヤーの中に口裂け女はいなかった。「歩行不可メッシュの檻」から逃げた時もそうだったけど、どうにもあの女にはスキャンや不可といった面制圧を透過できる能力があるっぽい。あの存在が希釈したような現象については未だ解析中で、しかし欠片も理解できていないのが現状だ。

 

 ──そんな折で、チャイムが鳴る。

 これはちゃんと予定されていた来訪。すぐにマイハウス前にいる存在を検証し、変質プレイヤーではないことを確認。ドアを開ける。

 

「やっはろー姫っち。アカラ様のご登場だぜ」

「やっほー。ていうか来て早々だけど、大変だったらしいじゃん。なんでヒメトラマン呼ばなかったの?」

「呼んだけど来なかったのはそっちだし」

「マジか。私のカラータイマー壊れてるかも」

「カラータイマーに呼び鈴機能無くね?」

「確かに」

 

 軽口を叩きながらも……どこかキョロキョロしているアカラ。トラウマ、とまではいかないかもだけど、警戒するよねそりゃ。

 

「そんなアカラに、はいこれ。プリセット変更!」

「ん……。……いや、頭悪」

「なにをぅ!?」

 

 この家は最上級に堅固なので心配無用、と言うわけにも行かず、わざわざプリセットを設定しておいたのだ。そう──家具:装備スタンドに立てかけた盾盾盾盾。

 四方を固める四枚の盾は、それぞれ私が持っている最上防御力の盾。まぁ前線でガツガツ戦うプレイヤーの所有品には遠く及ばないけど、馬車の突撃程度なら止められる。

 

「もうちょっと……美意識っつーかさ。あるじゃん」

「これが一番安心できるでしょ。ま、バグはバグだし、確かもう検証? 解明? されたんでしょ、起きる条件」

「ん……解明はされたけど、解決はしてない感じに終わったね。どうにも特定の馬屋を使うとなるっぽいってだけ。そこ以外を使っても起きないから、ちょっと面倒だけど遠くで馬車借りて移動するしかない」

 

 ということにした。恐らくあれのトリガーは二種類あって、アカラが襲われた馬屋で馬車を借りるインタラクティブタイプと、エドワード・クリーキング・ハースのような「自分がフラグを有しているNPC」が起こすアクティブタイプ。どっちも封じたから今後は起きないだろうけど、「フラグを有するNPC」が乗っ取られると今後も類似の事件が起きると思われる。

 トンデモ座標は潰したけど、次は何で来るか。今から少し頭が痛いよね。

 

「馬車の衝突回避についてはチキン鳥井とかマルハノ刃が頑張ってくれたしね。あ、そうだ。マルハノ刃は役に立った?」

「……遺憾ながら、少しときめいたくらいには」

「えっ……そのままゴールインある?」

「まぁ……どうだろ。ウチもそろそろ身持ち固めなきゃな、とは思ってるから……でも……まぁいいや、姫っちに恋バナしてもピンキリな答えしか返ってこなそうだし」

「よくわかってるね」

 

 じゃあ結婚したらいいじゃん、か、止めといた方が良いよそれ、しか言わないぞ私は。

 

「しかし、バグね。……この世界って結局まだゲームなのかな。異世界なのかな」

「ウチらのグループでもそれは話題になってたわ。UIとか、それこそマイハウスとかはゲームゲームしてるけどさ、お腹の減りとか空気の味とかは現実なんだよね。VR機器で再現できるレベルを超えてる……ように思うけど、空腹値自体はゲーム時代からあったし、その時から同じだけの空腹を感じてたって人もいるしでよくわからん」

 

 ま、それが狙いだったし。ゲーム時代からリアリティを追求することで現実と誤認させること。それによって馴染みを良くすること。

 こちらの狙い通りの効果が期待できているようで何よりだ。

 

「怖いこと話していい?」

「なに、まだ馬車怖いの?」

「そうじゃなくてさ。ウチ思うんだけど……このまま過ごしててさ。いつか……こういうメニューとメルボとかのUIが消えたら、ホントに現実になっちゃうっつかさ。もう三年も経って……助けも来ない時点で何言ってんだって話だけどさ、なんつーかな……実はこの事件でウチちょっと安心しててさ。この世界はまだゲームなんだ、って……だから、クリアかログアウトか、消えているだけでその概念はあって、……今は、こう、なんつーのかな。医療とかケーサツとかの技術が『Rauta』運営に劣っているから助けられないだけで、いつか……それこそ気が付いたら……眠って目が覚めたら、現実に戻ってんじゃないか、って」

「……優しい言葉とつらい現実どっちがいい?」

「優しい言葉は姫っちに似合わないかなー」

 

 まだ希望を持っているプレイヤーがいたとは驚きだけど、それはありがたい。

 少しでも希望を有しているのなら、クリアをしたら解放されるのではないかと思っているのなら、こっちが尻に火を付けずともいつかクリアをしてくれる。

 そうしてクエストの概念からプレイヤーが解き放たれる時、アカラの懸念した通り……ゲームゲームさせてしまっているUIからも解き放たれる。

 

「まず……私はもういいかな、とか思っちゃってるプレイヤーなんだよね。自給自足の生活も悪くないってさ。環境問題とか色々あるんだろうけど、どうしようもなくなるのは私達が死んでからの話だろうし、かんけーないし、って」

「サイアクの若者だ……」

「確かに技術の進歩は牛歩のそれだけど、『Rauta』運営の技術が他の何よりも優れているから助けられない、っていうのはかなり厳しい話かも。そんな能力あるならゲーム運営とかやめてもっと別な方法で色々できただろうし」

「ま……ね。その辺は夢物語ってわかってるよ。……でもさ、百歩譲ってログアウト不可はできたとするじゃん。ログアウトボタンを機能しないようにすればいいだけだから。でも……ゲームの世界を現実にしちゃう、っていう技術は、なに。っていうか技術なのそれ。魔法とかじゃないの」

「私に言われてもなー。まぁ、魔法だとしてだよ。なんのため? ってのは付き纏うよね」

「……それは、それこそ三年前からずっと言われてるよね」

 

 何のために私達はプレイヤーを引っ越しさせたのか。移住させたのか。

 ケッセウスにも問われたか。

 

「なんか持論ある? アカラは」

「ウチは……何かの目的のためにやったってより、ここの人口を増やすことが目的だったのかな、みたいな……だとしたらやり方が遠回りってのはそうなんだけど、デスゲームにしたくせに特に何の干渉もしてこなかったじゃん、運営。だから、ここに住んでもらうこと自体が目的なんじゃないかなって」

「私の持論ともちょっと似てるかも、それ」

「姫っちはどう考えてんの?」

「何かしてほしいことがあるっていうか、何かをすることを望んでいるんじゃないかって思ってる。それが何かはわかんないけど、人間がそこへ移り住んだ後、必ずやること。その何かが起こることを期待して、一万人ものプレイヤーを引き摺り込んだ」

「……名探偵の推理ってやつですかな」

「十割妄想だけどね。証拠無し!」

 

 この発言をどう受け取るかは自由だ。

 アカラの予想も間違いではないとは言っておこうか。

 

「姫っちの方に出た口裂け女ってのはどうなったの」

「まだ捜索中だって。私はなーんにも動いてないから知らないけど、チキン鳥井とかが調べてくれてる。大分キモい見た目してたから街中に出てたらすぐわかりそうなんだけど……今んとこ音沙汰なし」

「この世界がゲームかとかバグがどうとかより以前に、一番怖いのは人だ、っていうのがホントになっちってるよね。殺人とか盗みとか変質者とか……勘弁してよって感じ」

「どうなんだろうね。鯖? 車両? の違いはあるにせよ、一万人いて三年間でノー犯罪だった今までの方がとんでもなかったんじゃない?」

「あー……言われてみたらそうかも。人間だしね」

 

 ついでに言うとバレていなかっただけで犯罪は沢山あった。それこそケッセウスの詐欺とか火事場泥棒とかそうだし。

 人間というものは悪性が善性の薄皮を被って生きているようなものだと私は思っている。だからむしろここまでの秩序を保ったのは凄い方だ。

 上層中層下層でプレイヤー層が別れたことは幸いだったのかもしれない。下層は既にカオスに近いからね。

 

「……やだなー、疑心暗鬼になるの。『Rauta』は協力ゲームなんだからさ、仲良しこよしでいいじゃんかなー」

「ほんとにね。私も探偵なんて任されたけどさ、プレイヤーを疑いたいわけじゃないんだよ」

「平和が一番だよねー。……このままちょっと寝ていい? 緊張解けて眠くなってきた」

「こたつ出す? 私買ってあったんだよねこたつ」

「マジ? ぜひ」

 

 模様替えをする。テーブルをしまってこたつを出す。

 ラグマットはもこもこなので身体を痛める心配も無し。

 

「う゛あ゛……こたつは日本人の心……」

「ゲームが現実になった点で地味に良い所言うと、寝る時化粧とか皺になるとかそういうの考えなくていいの楽だよね」

「それはそうかも……おやす……」

 

 そのままくぅくぅと寝息を立て始めるアカラ。

 

 緊張がほどけた、って。

 不俱戴天の仇が目の前にいるっていうのに、気楽なことだよね。

 

 さ、私は仮想ウインドウでJOY福剥離の作業をしますかね。

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