Rauta 作:Ubiquintetous / 五劫偏在
またあったそうだ。何がって、つまり。
「殺人、ねぇ。……なんかしょーもない事件になりそー」
名探偵の出番である。
現場は中層、
とはいえ起こるハプニングが想定されたハプニングだけだ。まさか殺しなんてことが起きるとは店側も想定していなかっただろうし、利用客も皆真っ青になって事態を飲み込めずにいる。
画像表示によるKEEP OUTの張られたそこに入っていけば、すぐに咎めるような声が飛んできた。
「あー、英語できない人? KEEP OUTってね、立ち入り禁止、って意味なの。わかってくれると嬉しいなー」
「頼るくせに疑ってくるからもう依頼は受け付けないよ、って言ってたのにそれでもって縋ってくるから顔を出したってのに連絡行ってないの? 流石にダルいよ帰るよそれは」
「はぁ? なんか意味わかんないことつらつら喋られても困りますー。帰ってくれるならどうぞ帰ってくださいー。邪魔だからー。現場荒らされたら堪ったもんじゃないからー」
よし、帰ろう。
気分を害したので本当に帰ってやった。ら、マイハウスについた辺りでブラックダリアから長文の謝罪メールと現場のスクショ、説明などが添付されたメールが飛んできた。
責任者は大変だねえ、なんて思いつつ、今回は連絡不行届が悪いので同情はしない。
さて、今回の事件の詳細は。
現場はまたぞろマイハウス。まぁそうだろう。だって中層だろうがPVP禁止エリアに変わりはないから。
バー風に模様替えをしたマイハウスだけど、ハプバーにするために部屋がいくつもある仕様になっていて、全体図は両翼を開いた……「三口三」みたいな形。殺人は右翼最奥の部屋で起きた。
被害者はsinohumiという男性プレイヤー。ジョブはハイウォーリア。装備を全て脱いでいたことから「最中」に殺されたものと見られる。凶器はシーフなどが良く使う銀の短剣。ただし客の中にシーフはいなかった。
ちなみになんでハプバーの中でPVPが可能になっていたのかと言うと、まぁ、そういうプレイを楽しめるように、だそうだ。それで殺されてちゃ世話無いね。
一応添付されたスクショも見る……けど、これは、なんというか、私でも名前の知らない豪華なベッド付きの……うわぁ、生々しっ。
容疑者は死体発見時から三十分前まででパートナーのいなかった男女三名。
料理人、カットラス33。女性。
格闘家、シュリンプ・タベタスギー。男性。
ハイテンプラー、あああWwwWW。男性。
その他の客はパートナーを見つけて盛っていたのでアリバイ有り。家主でありマスターである男性も中央の部屋でずっと客に見られていたのでアリバイ有り。
両翼の部屋の最奥にトイレがあって、左が男性、右が女性用になっていたことから一番怪しいのはカットラス33。被害者の部屋に近付いても誰にも怪しまれない位置だから。ただしパートナーになっていない……つまり同意のない状態で部屋に入る、というのはなかなか難しいらしく、嫌がっていたらすぐにわかるとのこと。殺したのが彼女だったとしても、sinohumi自ら迎え入れた可能性が高いという話だ。
また、男性二人はパートナーがいなかったのは事実だけど、いないからこそほとんどの時間を中央のバーで過ごしていたし、席を経ったのはお手洗いの二回だけ。両者ともにその時間はバラバラだけど、そこまで気になるような長時間じゃなかったとマスターが証言しているという。
順当に怪しいのはカットラス33。
被害者が男性であるので女性を怪しむのも妥当。ただし、『Rauta』がゲームである性質上、中身の性別はわからないし、そもそもソッチの可能性もあるのでこの辺は判断材料にならなそう。
……ま、ここまで考えたけど、こっから何かをひらめくということが無さそうなので、ログを見る。
そこには赤裸々も赤裸々なログが溜まっていた……のでそれを「うげー」となっている裏方ーズに回して。
ものの数分で私の欲しいものを見つけ出してくれた裏方ーズ。sinohumiの会話ログから。……なんで会話ログから? まぁいいけど。
そこに。
殺される直前の彼が、「はい、よろこんで」と言った、という記録を発見する。
……ええ。亡霊案件なの、これ。
「はい、よろこんで。よろこんで……この命、捧げます、Vesi様」
その言葉を吐いたと同時、銀の短剣を持ったsinohumiが大きく吐血し、うつ伏せに倒れ、そのまま死亡。
現場が少し特殊なマイハウスであったことから浚い出せた映像記録付きのログ。
Vesi様。まぁ亡霊確定だ。なら容疑者は関係ない……のか?
裏方ーズの出した行動ログの方も見る。そっちはカットラス33の行動ログ。それはsinohumiが死亡した時刻、彼女がトイレの中にいたことを示すもの。同時刻、あああWwwWWもトイレにいる。シュリンプ・タベタスギーはバーにいるので完全アリバイ。
これだけで見れば単なる亡霊案件……不可視の亡霊がsinohumiを殺しただけになりそうだけど、少し様子がおかしい。
sinohumiの会話ログを見るに、彼はですます調では喋っていない。もっとぶっきらぼうな口調だ。神に祈るような素振りであったとはいえ、なんだろうな、イントネーションの付け方というか、少しだけ彼らしくない……声も身体も彼だけど、別人が喋っているという印象を受ける。
誰かに乗っ取られた? けど、それなら死んだ意味が分からない。
そもそも『Vesi』は捧げものを欲するのか?
sinohumiの倒れ方も妙だ。大きく吐血してうつ伏せに倒れる、というのは……何かしらの攻撃にあったか、毒物でも飲んだか、そういう倒れ方に見える。変質、同化、融合といったことをされたようには見えないのだ。
直感だけで物事を語るのならば、「Vesiのことを知っている第三者による模倣事件」に見えて仕方がない。生き返りたいだけのやつらのする所業ではない。
しかし……同時に、『Vesi』の名前を知っているのがまだ運営だけ、という話が出てくる。
とうとう来たか、裏切り。まぁ裏切ったのではないにせよ、後ろめたいことのある運営がいるんじゃないか、と。
……そうなると、と。
「"あーあー。てすてすマイクのテスト中"」
とりあえず、カルアルンとチュノスケかな。その二人を信頼できるものとして
数秒から数十秒時間がかかる。恐らく喋り方に苦戦しているのだろう。
まったく、たかだか数十年を地球人として過ごしたくらいでこんな基本機能まで忘れられちゃ困るんだけどな。
「"あ、あー。こうか? こうだな? 念話とか千年ぶりだわ。なんで個別通話使わねんだよつか"」
「"うう、この身体だと念話は慣れやせんね……"」
「"今はまだ勘でしかないけど、運営の情報が漏洩しているか、裏切り者、もしくは私に公にできないことをやらかしたやつがいるっぽい。それを突き止めるまでは大事な話はこっちにする"」
「"うげ……マジかよ。とうとう出たか。ってことはじゃあ、地球出身のやつらか?"」
「"さぁね。とにかくそういうことで。仲のいい相手であっても私達がこれでやり取りしてるって教えないように"」
「"あいよ"」
「"そんで、お
「"ああ、また殺人だって。お払い箱にされたから帰ってきたけど"」
事件自体は、そうか。「殺人に見せかけた自殺」になるのかな、これ。
裏方ーズの報告が確かなら、容疑者三人は変質プレイヤーではないし、ログを辿った限りではsinohumiに何かをしたという形跡がない。
だからこれは。
……待て。なぜ殺人に見せかける必要があった?
別に良いじゃないか、自殺ならどこでもできる。自らを変質させ、『Vesi』にその命を捧げる……もしくは乗っ取った何者かがそこで死ぬにしても、なんで殺人に見せかける必要があった。
恨みのある人物があのハプバーにいた? だとしたらそれこそ殺人をした方が早い。しかもシーフがいない場でシーフ武器を持って死ぬとか意味が分からん。プレイヤーなんだ、武器くらい色々用意できただろうに。
仮に。「殺人に見せかけた自殺」であると私がブラックダリアに伝えたとする。ただし証拠は何も無く、死亡した時刻すら伝えられないまま容疑者を解放。
そうした場合、容疑が晴れたわけでもないけどなんとなく許されただけの三人が世に放たれることになる。それが……プレイヤー間の不和や疑心暗鬼が狙いだというのなら殺人に見せかける意味も出てくる……が、たったそれだけのために命を蔑ろにするのか? 別に窃盗とかでも充分不和は起こせる……証拠の無い自殺が大事?
JOY福とsinohumiが言った「はい、よろこんで」にはどれほどの意味がある? 直前に誰かと会話していたというようなログはないのに、突然それを口走った二人。
「"今事件詳細読んだけど……ハプバなんてあったのなー。つか店側も店側だろ。SMやるつったって絶対殺すまではいかないんだから攻撃力九十パーセントとかにしておけよ。なんで殺人が罷り通るんだよ"」
「"ですねぇ。ただ言わせてもらうとこんなこと下層じゃ日常茶飯事ですよ。殺人まではいかずとも行きずりでやって盗まれてボコボコにされて、なんてよく聞く話で"」
「"うへぇ、だから下層ヤなんだよな……"」
確かに。
家主であるバーのマスターは……なぜそんな設定にしていたのだろう。少しでも痛覚軽減を減らしたかった、とか?
バーのマスター。毒物を仕込むのならお手の物だろう。sinohumiはそうとは知らずにそれを呷り、酩酊状態でおかしなことを口走っただけとか。……希望的観測が過ぎるな。
……少し頭の中を洗い流すか。
今までに起きた事件。中でもVesi案件は、実験があって事件があっての繰り返しだった。実験がそのまま事件になっていることはあったけど、その逆はない。
そういう意味で、まだ「トンデモ座標の投影」による事件は起きていないと言える。アカラの件は実験の一環だったから。私達の対処が早すぎたから事件を起こせていないだけ、というのも理解はできるが……今回の事件にこれを無理矢理当てはめると……。
……遠隔で……殺人をした? だから、遠隔で変質を行った……そうだ、今まですべての事件において、亡霊は自ら赴かなければプレイヤーやNPCを変質させられていない様子だった。JOY福のところにもわざわざチュノスケに変装して近付いてきたわけだし。
目の前でないと行えなかった変質。それが……『小麦屋の馬車』の実験を経て、遠隔で使えるようになって、今回はそれで起こされた事件という可能性。
それなら……やろうと思えばあのマイハウスにいた全員に犯行が可能になる。とはいえ……容疑者とされなかったが故に早々にハプバーを離れた客の中にも変質プレイヤーはいなかった。
んー……遠隔殺人は考えだすとキリがないから除外かなぁ。
やっぱりVesi模倣犯という説がこの中じゃ一番しっくりくる。今裏方ーズがsinohumiの直近一週間の行動ログを洗っている。そこから彼に接触した運営がいないかを確かめるために。
さらに上がってくるレポート。毒になるアイテムの使用履歴無し。そもそも寒冷値や空腹値などのdotダメージも無し。ハプバーを射程圏内に収める水平方向にあるマイハウスや馬屋でのトンデモ座標投影の痕跡無し。
sinohumiの具体的な死因は……刺傷によるHP全損? え、じゃあ銀の短剣が本当に凶器ってこと? 変質の痕跡も無し。……えーっ?
待て待て、じゃあなんなんだこのログは。吐血してうつ伏せに倒れて死亡……。……吐血してうつ伏せに倒れてから死んだ? だから、死の瞬間は倒れた後。
「"プレイヤーが吐血する条件ってなんかあったっけ"」
「"胸部、腹部へのダメージが頭部、脚部、腕部、腰部の四つを三倍上回っている時、ですねぇ"」
「"なんでそんなこと覚えてんだよ"」
「"ファミリーの方でちぃとね"」
「"こーわ"」
プレイヤーが吐血する条件は腹部、胸部へのダメージ過多の場合だけ。そうだ、吐血した見た目に惑わされていたけど、ダメージが入っているからそうなっているはず。ダメージを我慢するという機能はないし、痛みに耐えたからってダメージが遅れてくることもない。言葉を発したのち、その場でめった刺しにされて、倒れてから死んだ。
そもそも座っていたsinohumiがなんでうつ伏せに倒れる? 座位とは基本後ろ重心だ。初めから前傾姿勢だったのならわかるけど、その様子はない。
つまり。
見えない何かがsinohumiを後ろから刺した、のか? ……まぁ違ってたら違ってたでいい。とりあえず連絡してみる。
ブラックダリアへメール。
やっぱり現場にいた方がスムーズだったなぁ、色々と。
後日、極秘の報告があるので中層へご足労願えないか、という話が合って、まぁ、来てあげた。断っても良かったんだけど、私も気になったし。
「これは、雪殿。……先日は申し訳なかった。こちらが呼び立てたにもかかわらず……」
「結局あれなんだったの? 連絡漏れとかしなそーなのに」
「本人曰く、流し読みをしたせいで読み飛ばした、と。……既に奴は本件から外してあるし、今後一切雪殿には関わらせないことを徹底する」
そこまでしなくとも、とは思うけど、まぁ重要度、優先度の違いかな。
「ここからウィスパーでよろしいか」
「あ、うん」
「先日のメールでの指示通り、
「ああ……私も思い付きでの推理だったけど、本当にあったんだ」
よって真相は、「平時ではベッドであると判断されるほど擬態の上手いクリーチャーがいて、それがsinohumiを殺した」になる。真面目に考えて損した。自分で言ってて何言ってるかわかんないよもう。
でも、要は口裂け女が「クリーチャーの擬態実験」で、『小麦屋の馬車』が「遠隔でNPCを操作する方法の実験」であるのなら、理解も及ぶ……ような及ばないような。
マイハウス内部のソレも操れる、というのは先日のアカラの時で証明済みだった。だからやった……ってことなのかなぁ。
「正直な話、これをプレイヤーに公表するかは……難しいと考えている」
「まーね。家具に擬態したクリーチャーとか対処しようがないし。それで、家主……バーのマスターは?」
「行方はまだ掴めていない。……ただ、彼の私室というべきか、バーカウンターの裏に隠し部屋が見つかっている。雪殿にはそこを調べてもらいたくてな、こうして呼びつける無礼を働いた」
マイハウス内部にクリーチャーを召喚する、という行為は家主か家主の許可したテイマーしかできないこと。よってほぼ百で実行犯、もしくは共犯だったと思うバーのマスターだけど、家具クリーチャー騒ぎの混乱に乗じて逃げてしまったらしい。
一応裏方ーズに足取りを追うよう依頼をかけるけど、
そんなことをつらつら考えながら辿り着くは先日のハプバー。当然だけど今は経営していない。KEEP OUTも張られたままだ。
「てか家主いないのにどうやって入ったの?」
「このマイハウスは特殊設定でして、オープンなのだ」
「あ、オープン設定なんか使ってるプレイヤーいたんだ」
「俺も驚いた。不動産NPCのモデルルームくらいしか見たことがなかった故」
裏方ーズの言っていた特殊ってそういうことか。だからログが映像付きなんだ。
オープン設定。文字通りいつでも出入り自由になる設定。ただしこれにするには不動産購入時に設定をしなければならず、後から変更することはできない。
デスゲーム開始前なのか後なのかはわからないけど、決して安くはないマイハウスをそういう設定で買うやつがいたとは……。私マイハウス関連の整備やってないからあれだけど、用意したこっちもびっくりというか。
入る。途端襲ってくるキツめの性臭。……ああ、切断し忘れてた。
何も感じなくなった鼻をひくりとさせて、改めて中へ。
案内されるままに隠し部屋……バーカウンターの一部、ワインセラーの奥をぐ、とやることで開く扉。ロマンだねー。
──その中に。
コルクボードと……三枚の写真があった。私、チェスカ、アカラの三人の写真と、その下にWANTEDの表示。
「……えぇ、ストーカー?」
「これもまだこの部屋の発見者と俺しか知らない情報だ。これを見て俺は、今回の殺人事件は雪殿をおびき寄せるための事件だったのではないかと推測した」
「……確かに私が来る可能性は高いね」
「怪我の功名だが、奴が雪殿を追い払ったおかげでなにも起きなかった……もし雪殿が家主の居る状態でこのバーに足を踏み入れていた場合」
「クリーチャーがサモンされまくってリンチ、みたいな?」
「可能性は高いと考えている」
……恨み、ね。冷たく当たってきた相手は沢山いるから絞り切れないな。
あ、っていうか。
「安心してほしい。既にチェスカ殿、アカラ殿にも護衛を向かわせている。今度はしっかり精神鑑定まで行った人材だ。同じ轍は踏まない」
「しっかし……私とアカラとチェスカって……なんの共通点だろ。チェスカとアカラはフレですらないはずだし。私の友達だから狙われてるのかな」
「今は何もわからない。だが、こういうことがあった以上、もう雪殿を事件現場に呼ぶことはできなくなった。先の非礼を詫びると同時、その身の安全を第一に行動してほしい」
「そうするよ。名探偵を恨む相手なんて大抵逆恨みだからね。逆上した相手は何してくるかわかんないから怖い」
そんな感じで。