Rauta 作:Ubiquintetous / 五劫偏在
ケッセウスがthouの手を引いてやってきた場所。「商談」のあったところ、ではなく、その次に向かった場所。
そこは、
「おんや、おんや、ケッセウスさん? お久しぶりですねぇ、今日は何かご入り用で?」
「お久しぶりです、所長。今日伺ったのは取引の件ではなく、しばらくここで彼女を働かせてくれないか、というご相談でして」
「彼女?」
希少種族──ドワーフらしき女性。所長と呼ばれたそのドワーフは、ケッセウスの背後にいるthouを視界に入れる。
背丈が違うから彷彿とさせることはないけれど、どこぞの誰かに倣ったのであろう腰まで届く黒色の長髪。非常に整った顔の造形はキャラメイクに時間をかけた努力の象徴であると同時、「人間の美醜観」を学んでたかだか二週間とは思えないほどに万物を魅了する美を体現している。
吸い込まれるほどに透明感のある瞳。あどけない表情。それらに反するもじもじした仕草は「一級品」であり、ケッセウスに良識が無ければ中層や下層のオトナの店を進めていたであろうくらいには庇護欲をそそる出来となっていた。
そんな彼女を見て。
「ごめんねぇ、今従業員は募集していないんだよ」
「周囲にプレイヤーのいない環境で三年を過ごしたからか、彼女には一般的なプレイヤーとは一線を画す嗅覚が備わっています。生命研究に大いに役立つと睨んでいますが、どうでしょう。テストだけでもさせてはいただけないでしょうか?」
「うーん。……まぁ、ケッセウスさんの頼みとあらば、かな。ちょいや、ちょいや、お嬢さん。あなたの名前は?」
「あ……thou、言います」
「ザウちゃんだね。さて、じゃあテストをしようか。今から三つ、植物を持ってくるから、どれが違うか言い当ててみておくれ」
「ど……れ……?」
種族における得意不得意禁忌唯一などもここが調べ上げているほか、デスゲームとなってからは情報共有の欠かせない新種や亜種の研究もここで行われている。初見のクリーチャーに出会ったら、情報を観察・記録したのちに緊急脱出を行い、ここへ情報提供、すべての全貌がわかってから再度挑むように……なんて一団クランで言い含められるくらいには機関として成り立っているのだ。
そんな場所で、thouがどんな力になれるのか。
ケッセウスの読みが正しければ。
「はい、これと、これと、これ。どれが"違う"のか、わかるかい?」
カウンターテーブルの上に置かれるのは三つの植物。根の部分から二股に別れた茎だけのもの、茎や葉の至る所に花弁がついているもの、花弁が明らかに動物の口のような形をしているもの。
ケッセウスには「どれも違う」ようにしか見えない。しかし設問は「どれが違うか」だ。恐らくなんらかの分類において、どれかだけが分類外のものになるのだろう。
「左、のは、真ん中と右と違って、お水が欲しい、みたい。真ん中のは、左と右のと違って、酸の土が、不味いって。右のは、左と真ん中と違って、栄養が足りない……みたイ」
「……ほほー。こりゃ、こりゃ……成程ケッセウスさんが薦めるだけはある」
どうやら余程に意地悪な問いだったらしい。それぞれがそれぞれ分類外な部分がある、だなんて。
「えいよ、えいよ。とりあえず一週間働いてもらおうか。給与はどうしようね、ええ」
「一週間は無給で結構ですよ。その間の賃金は私が出しましょう。一週間後、使えると判断したのであれば、その時また雇っていただければ幸いです」
「了解した。ザウちゃん、これからよろしくねぇ」
「は……はイ! 頑張る、ります!」
ケッセウスと同胞でありながら、より世界寄りの存在。彼はthouをそう睨んでいたが……やはり狂いはなかったらしい。
「それでは私はこれにて失礼」
「あいよ、あいよ、また来てな、ケッセウスさん」
「はい、また」
踵を返す。
ようやく一つ肩の荷が下りたと安堵して、次は、と。
スケジュールにあるとおりの、別の荷物を背負いに彼は歩き出す──。
上層・三番商店街。
一番が日用品、二番が冒険用だとすれば、三番商店街は「ちょっとニッチな需要」に対しての商売が行われている。
その内の一つ、【あなたも庭師スキルを磨きませんか?】で商談──というより相談の予定が入っていた。
「──以上のことが、庭師スキル及び
「なにも……なにも言い返せません……!」
「改めて言われると深く傷つく……いえ大丈夫なのですが……」
始まりは商談だった。「
それほどケッセウスのセミナーは人気なのだ。本人はあまり自覚していないが。
なお、余談ではあるが、元のケッセウスはセミナーなど開かなかったし、話す内容もそこまで好かれてはいなかった。ここまでの人気を得たのは全て現ケッセウスの人柄や能力によるものである。無論、それが良いか悪いかは、誰にとってであるかは、また別の話だが。
「つまりですね、受動的であると、このスキルやこちらのスキルが外部へ露出しないため──」
「三年を経てプレイヤーは皆保守的になりつつあります。新しいことに手を出すのが怖いのです。ゆえに──」
「また、私が考えた案にはなりますが、こういう意外な場所でも活躍できるのではないかと──」
喋っているのはケッセウスだけ。そんな一時間から二時間程度の軽いセミナー。
けれど、庭師含む不遇ジョブのプレイヤーが一生懸命にメモを取っているあたり、この短時間にどれほどの「有益」が詰め込まれているかわかるというものだ。
誰も彼の話を遮らないし、彼もどこかでつっかえたり時間を持て余したりしない。
双方の本気が伝わるゆえの、非常に有意義な時間。それがケッセウスのセミナーである。
「──以上を持ちまして、皆様方の意識改革、及び今後どのようにしていくべきか、についてのセミナーを終わります。ご清聴ありがとうございました」
万雷の拍手が飛ぶ。質疑応答の時間は発生しない。あまりにもわかりやすく、誰も置いてけぼりにしない内容であるがためだ。
よってケッセウスはお辞儀を一つ挟んでコートを羽織る。──次の現場へ行くために。
その後、午前中だけで四つの現場を回ったケッセウスは、上層のとあるカフェにて小休憩を挟んでいた。
相変わらずの寒空だが、ガーデン席であっても店の敷地内なら暖かい。こういうところはデスゲーム化……否、現実化したことに感謝ですね、なんて独り言ちる。
この店はプレイヤー経営ではなく現地民経営。だから、出てくる料理の味が完全に均一で、注文後すぐにコーヒーや軽食が出てきて、休業もない──スケジュールに組み込むに最適な場所。
ヒトの手の温かみが足りない、というおかしな理由でプレイヤー経営の店の方が混みやすい現状、こういう現地民経営の店は時間がゆったり流れるので、彼にとっては最上位に数えられる程度にはお気に入りとなっているのである。
「誰にも邪魔をされない安らかなひと時に乾杯。──ああ、そうですね。はい、口にした私が悪かったですね」
乾杯の瞬間に舞い込んできたメールに溜息を吐く。
送り主は──同胞。ケッセウスと同じ境遇で、あの時に「生き返り」を果たした仲間。
やれやれ、と目を伏せ肩を竦めてケッセウスは席を立つ。注文時に支払いは終えている。食器類の片づけは自動で行われるので気にしなくていい。
「ご馳走様、また来ますよ」
相変わらず返事はないけれど。
現地民にも魂があると知っている彼は、毎度の如くそれを言って、足早に"要請"へと向かうのであった。
彼がそこへ辿り着くと、少し離れたところにいた犬耳の女性がそれはもう尻尾をぶんぶん振って走ってきた。
「ケス兄! やった、やっぱ来てくれるのはケス兄だよね!」
「その口ぶりからして、他の兄妹にもメールを出したのですか?」
「うん。でもみんな忙しいとか放っておけばいいとか言って全然来てくれなくて」
あの時生き返った亡霊たち。彼らは自らをして兄妹と定め、独自の基準で兄、姉、弟、妹を名乗り始めた。
横島中身からは「あんまり繋がり作るとあとで芋づる式になりかねないから止めといた方が良いと思うけど」と言われていたけれど、やはり伏せきれない繋がりがあったのだとケッセウス自身愚考する。
「マルギッテ。それで、私に解いてほしい事件、というのは?」
「あ、そう。こっちこっち!」
マルギッテ・マグレダッテ。本人はかっこつけてM.M.と呼んでほしい……なんて言っているけれど、当然のように誰もそう呼ばないプレイヤー。
彼女は元亡霊であるが、誰も乗っ取っていない。最後まで乗っ取りを拒否し、結果「横島中身」の手で生き返ることができた稀有な例である。
「ここ、ほら、見える? あれ」
「……テイムクリーチャー?」
マルギッテの指差す方向にいたのは、なんらかの巨大甲殻類クリーチャー。ただし背を刀によって貫かれて死している様子だった。
吹き曝しのフィールド。周囲にあるのは街灯くらいで、他に目ぼしいものは無い。そしてなにより──雪に足跡がついていない。『Rauta』は元ゲームだけど、足跡なんかはずっと残る。現実化したからではなくゲーム時代からそうだ。
つまり。
「実質密室、というやつですね」
「そー! ケス兄好きそうだと思って!」
「……いえ別にそんなことはありませんが」
雪は積もっているけれど、今朝はそこまで降っているわけではなかった。だから足跡が積雪によって埋まってしまった、という線は薄い。
あのクリーチャーが飛行可能であればどこぞかで致命傷を負ってふらふら飛んできて途中で力尽きた、の論が使えたけれど、その様子はない。
なにより棺桶内のほとんどの場所がPVP禁止エリアだ。それは当然テイムクリーチャーにも及ぶ。同時に。
「どうしてあのモンスターは消えていないのか。そして誰のテイムクリーチャーなのか」
「私三十分くらいここで見守ってたけど、誰も来てないよー?」
こういうのはそれこそ「横島中身」の領分なのですが、とは口にしないケッセウス。
改めて現場を見渡す。
周囲にはマイハウスになり得るような建造物もなく、先程述べた通り街灯が一本突き立っているだけ。その傍らにテイムクリーチャーの死体があって、その背に刀が一本突き刺さっている。
刀はそこまでの技量を求められない普遍的なもの。チェスカの作るようなオーダーメイド武器とは違う、現地民売りの量産品だろう。
と、そこまで考えて、気付く。
「あのクリーチャー、かなり防御力が高そうですが……あのような刀で貫けるものなのでしょうか」
「あー、どうだろ? 私は無理かも。STR足んなそ~」
威力を通すだとかダメージを入れる、ではなく、刃を貫き通す、ということをするには相応のステータスが必要になる。
遠目で見た限りでは非常に硬そうな甲殻に守られているところを突き刺している様子で、隙間を狙ったという風ではない。
ここまでのSTRを持つプレイヤーとなると結構数が絞られる。ステータス振りを極振りに近いところまでやらなくてはならないからだ。
しかし、ケッセウスの知る限りで極端に高いSTRを持つプレイヤーは上層にはいない。いないし、全員今仕事中か冒険中だ。こんな場所でテイムクリーチャーを突き刺して遊んでいる者はいないと思われる。
消えないクリーチャー。突き刺さった刀。街灯。足跡の無い雪。
これらを上手いこと成り立たせようとする中で、ケッセウスの中に「ある仮設」が生まれる。
「即ち、突き刺さったのではなく……ですか」
伴って、溜め息。
この思考回路はケッセウスであるが故に生まれ出でるもの。となれば、また罵詈雑言を吐かれることを覚悟しながらでも、その仮説を「横島中身」に送るしかない。
しばらくして、メールの返信が来る。
「偉い。今君の目を通してそれをスキャンしたけど、確かに
という内容。拝啓していないですよ、というツッコミをするほど愚かではない。
さらに程なくしてメイド服……というよりは給仕姿の女性が現れる。どこかで見覚えのある女性。
「だ、誰!? 綺麗な人だけど……誰!?」
「マルギッテ、落ち着きなさい。彼女の知り合いです」
「肯定。依頼により該当サンプルを回収しに参りました──周囲五百メートルに他プレイヤーがいないことは確認済みです。回収を開始します」
目を伏せ口にするのはどうにも機械的、システム的な言葉群。
けれど、その声を聞いて、ケッセウスは息をのんだ
「回収完了。お疲れさまでした。──それでは、またいらしてくださいね、ケッセウスさん」
「え! ケス兄、あんな綺麗な人と知り合い!?」
「いやですから、彼女の知り合いですよ」
なんてマルギッテを宥めつつも心臓の早鐘が抑えきれないケッセウス。
彼女は──彼お気に入りのカフェの従業員だ。ずっとずっと現地民だと思っていた従業員。
舌を巻く、とはこういうことか。
反逆するつもりはないけれど、魔の手はどこに潜んでいるかわかりませんね……なんて嘯いて。
一切話を聞かずに「ケス兄のイイ人!?」とか「結婚!? 結婚!?」とかはしゃいでいるマルギッテの鎮静化を図るケッセウスだった。
夕方。
これで晴れていれば夕陽が美しかったのだろう時間帯は、灰色の雲とスモッグによって遮られた微かな陽光しか届かない、なんとも不安になる色合いが視界を染め上げる現状となっている。
忙しい一日だった。午前中の六件に及ぶ用事。小休憩は同胞によって遮られ、午後からはのべ八件の商談とセミナーを回って、今。
時刻は十七時半。スケジュールを詰め込んでいるのは自身であるために、決して残業はしない彼は、この定時退社な時間に家へと帰る。
なお、上層にはそういう自営業且つ従業員がいない、というような店持ちが多いため、この光景は上層全体で見られることだ。
夜に営業をする店を除き、あと店自体がマイハウスなプレイヤーを除いて、皆一斉に帰る。長く続けるために無理をしない。
この後気の合う仲間と飲みに行ったり、ストレス発散に冒険へ出たり、溜まった保全クエストを消化したりと各々の過ごし方をするプレイヤーたちだけど、ケッセウスはそういう誘いのほとんどを断って家路に就く。
家──【R&R】の看板の掲げられた彼の店兼家。そこへ入って、自動販売&自動貸借システムにしているそれの売り上げや商品状況を確認して、一瞬算盤を弾いて記録を付けて、シャッターを下ろす。
自室に戻る……前にシャワー室へ向かい、装備をOFFに、お湯をONにして湯船に浸かる。「溜める/抜く」というプロセスを挟まずともお湯の有無を選べるこのシステムの風呂を彼は気に入っていて、疲れ切った身体をここでこれでもかというほどに癒し尽くすのだ。
さらに日課として行うのは鏡を見ること。
自覚。自認。
自らはケッセウスである、と。本来この顔が、この身体が自身のものではないという違和感を持つはずなのに、持つことができない……身も心もケッセウスになりきっている自身への自戒も込めて。
ケッセウス。殺された商人。ケッセウス。時折推理を披露する商人。
私は、ケッセウス。
「……無論、最早元の名前も思い出せなくなっているのですが」
言葉を吐く。これが「横島中身」による知識制限には思えない。それをする意味が無いから。
だとすればやはり、ただ単純に、知識が、記憶が、欠けただけ。
「ケッセウス。私はあなたを殺して生きて……私はいつか、あなたに食い殺されるのでしょうね」
いつか亡霊であったことさえ忘れてしまったのなら、その時はケッセウスの復活だ。
生きるとは忘れないこと。死とは忘却の裏面であると。
「……ネガティブモードに入る前に眠りましょうか」
湯から上がる。シャワーを浴びて、汚れを落として。
明日からまた、頑張るために、意識の断絶を以て──睡眠とするのである。