Rauta   作:Ubiquintetous / 五劫偏在

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手応えのたしかな1175日目

 結局。

 二週間の時を経ても、今いる囚人のもとへは『Vesi』が現れる様子はなかった。

 単純に興味の無い囚人だったのか、私がいることをなんらかの手段で察知したか、他に何かやるべきことでもあったか。

 アクションの無いままに──今日、守護霊実装日である。

 

 突貫作業での新要素構築。世界の片隅に開発環境を構築し、世界にある法則等々を再整備した上で行うデバッグ作業。テスターは一人も連れてきていないため、裏方ーズから暇なやつを片っ端から連れてきての使用感チェック。

 基本はオートで動く設定の守護霊だけど、ゲームらしい要素の詰め込みや、逆に自然な、この世界的な要素の組み込みなど合わせに合わせた大アプデ。

 これを「世界のアップデート」なしにやるのだから、どれほど大変かには幾らかの共感が得られるだろう。

 

 フラグをどうするかについては、未だ一切の疑いの向けられていない潜伏運営を用い、「報酬欲しさに調査クエを進めたらなんか起動しちゃったっぽくてヤバい」にしてもらう。これで彼が疑われてもまぁコラテラルダメージである。切り捨てればいい。

 これが行われると、どこにいようと全プレイヤーがクエスト進行状況を共有する。クエストを進めた該当プレイヤーの名前は当然のように表示されるため、実行後はどういうことだの嵐になるだろうけど、それもコラテラルダメージである。頑張れ。

 

「あー、あー。聞こえる? もういいよやっちゃって。時間過ぎて良いことないし」

「こちらユニフォーム・マイク。えーでは、守護霊実装クエストうっかり起動しちゃった、のヤツ。開始しまーす」

「こっから色々大変だろうけど頑張れ上田正敏」

「地球人名で呼ばないでくれるかな!?」

 

 通信が途切れる。そこから五分足らずで──脳裏に「植原柾雅によって守護精霊獲得クエストが開始されました。このクエストは全プレイヤーで進行度を共有します」という文字が現れる。

 よし、ちゃんと動いた。あとは成り行きに事を任せるとしよう。

 

 ──この時の私達は予想だにしなかった。知る由も無かった。

 この「勝手」に大層な怒りを抱いた吸血鬼のトップが、あんなことを企てていたなんて──。

 

 

 守護霊。実装名は守護精霊。

 可視状態はON/OFF可能であり、OFFにしていると自分でもいることに中々気付けない仕様。

 この精霊には身の回りのことにおける自動化を頼むことができて、たとえば「歯を磨く」だとか「爪や髪を切る」だとか、時間がないと中々後回しにしてしまいがちなことを自動化できるほか、「その日使わなかった魔力をポーション化しておく」とか「武器屋採掘道具のメンテナンス」なんかも代わりにやってくれる。

 最初は勿論新しいものへの怯えや気味の悪さの目立つ守護精霊だろうけど、次第にその便利さは知れ渡っていくんじゃないかな。

 そして、この守護精霊の目玉機能は勿論「相互参照再構築式」だ。これのおかげで亡霊の立ち入る隙が消滅した。プレイヤーにも守護精霊にもアクセスできない──正確に言うとアクセスはできるけれど変更を維持していられない状態に陥る。過去・現在・未来の相互参照であるため、その参照を崩すのは困難なのだ。

 

 正直これの実装で難事件らしいものは軒並み消滅しそうだな、という感想。

 別に急かすわけじゃないけど、『Vesi』はこれでよかったのかな。もうなんにもできなくなっちゃったわけだけど。

 ……なんてこっちの方のフラグを立てても何かが起きる気配は無し。

 

 これで本当の意味で私の仕事はしばらく無さそうだな、とカマクラマイハウスに帰ってくれば──。

 

 溜まりに溜まっている蒸気人形(スチームマタ)のメンテナンス、と。

 ……趣味みたいなものだからね。やるけどね。

 

「"お()さん、今いいですかい?"」

 

 と……やっぱりなんか不具合出たのかな、と思うようなタイミングでの連絡。しかも通信の方ではなく念話。

 

「"なに? 緊急? 秘匿しないといけないもの?"」

「"ええ、ちょいとまだ検証の済んでいないことなんでお姫さんに連絡するか迷ったんですが、こういうのは早ぇ方がええと思いまして"」

「"君の判断を信じるよ。それで?"」

 

 脳裏に映像が流れる。これは視界の共有か。基礎能力をしっかり取り戻していっているようで何より。

 

 映し出されたのは──背中から心臓を刀で一突きにされている女性プレイヤーらしき遺体。

 ……?

 

「"これは?"」

「"先日、ケッセウスさんが見つけてきたでしょう。巨大アルマディリディウム。そいつですよ"」

「"……まさかクリーチャーがプレイヤーに変質した?"」

「"ええ、どうもそのようで。んでこのプレイヤーを調べてみたんですがね、プレイヤーIDがどこの誰とも一致しないと来た。『Vesi』がプレイヤーの生成方法を覚えたのかとも思いやしたが、そういやぁ直近でお姫さんが器の生成をやっていたなぁと思いまして"」

 

 ……ああ、ケッセウスの同胞か。乗っ取りを拒んだ亡霊たち。魂のリソースは無限ではないから、新たな人間となってくれるのならそれほど喜ばしいことはないと私が産み出した命。

 それを真似た、と。……失態だな。

 

「"んで、どうにもね、こいつ消える気配がないんでさ。オレはお姫さんと違って技術屋じゃないんで単なる推測になるが、プレイヤーが死んで消える仕組みに、プレイヤーIDの付随した器の生命活動停止があるんじゃないですかい? そのフラグが立たねえと死亡判定が行われねえ的な"」

「"まさにそうだよ。だからその遺体は初めから死体として構築されたものになっているんだと思う。死体という背景。死体というオブジェクト。だから消えない。……が、プレイヤーIDはあるんだよね?"」

「"ええ"」

「"自我が宿る可能性があるな、それ。今後の実験的価値、利用価値を考えないのなら、早く焼くなり斬り刻むなりして再度の死を与えてやると良い。見なかったことにするってこと"」

「"……いえ、まぁ。昔なら……そうしたやもしれやせんが、今のオレは井坂チュノスケ。『Rauta』運営の一人だ。気にしないでくだせぇや"」

「"そうかい。じゃあその子、そのままで実験室の方へ置いておいて"」

「"へい"」

 

 "我々"には地球人になる前というものが存在している。その中で、私とカルアルンは同じ括りにいた存在だったけれど、チュノスケは別の括りにいたヤツだ。ジャンルとしてはthouに近いかもしれない。

 だから思うところあるんじゃないかな、と思っての提案だったけど……要らない世話だったかな。

 

「"しかし……成程。守護精霊でプレイヤーIDの変質を封じられたから、今度は別のものをプレイヤーにする、って手を取ってきたか"」

「"なんつぅか、まるで子供の遊び相手をさせられているようですね。できることを片っ端からやっていく子供みてぇな……"」

「"あながち間違いではないかもね。シェフルに始まったNPC化実験も亡霊の我慾とは裏腹にやっていることは杜撰も杜撰で、まるで子供がやりたい放題をしているかのようだった"」

 

 できること、できそうなことを一から百まで全部やる。行動自体は機械的な、衝動は子供。そんな感じ。

 ただ……ケッセウスに始まり、大体の亡霊は普通に大人で、考える頭もしっかりある。全部が全部thouのようであったり、人間の一側面しかプッシュアップされていないというのなら理解もできるけれど、どうしてこんな「やんちゃ」に思える行動ばかり取るのだろう。

 

「"お姫さん。オレは今嫌な未来を想像しやした。今回はクリーチャーでしたけど、連中の手札にゃアイテムやオブジェクトなんかが揃ってる。もしこれが……一斉に人間になったら、どうだ。単純にポルターガイストが起きるよりもでけぇ混乱になりませんか?"」

「"至る所に死体が転がる未来か……。……ううん、想像できてしまうのがなんとも。けど、プレイヤー以外に守護霊を実装するのは正直難しいんだよね。付喪神方式にすると流石に無駄が多すぎるし"」

「"奴さんの手がマイハウス内部にまで届くってのも厄介だ。トンデモ座標の設定は封じたんですよね?"」

「"封じたけど、この世界には絶対座標が二つあってさ。当然棺桶は動いているわけじゃん。封じることができたのは棺桶側の絶対座標……棺桶の中心部から考えての各エリアにおけるトンデモ座標で、世界の中心を見た上での配置、というのは防げないわけさ"」

「"ああ……そうか。棺桶の線路は世界の中心を軸に作りやしたもんね。それを参照されたか"」

「"多分ね"」

 

 棺桶……街列車発生の座標におけるトンデモは封印できても、世界に置いた座標は封印できない。

 冒険に出ると体感できるけれど、棺桶は結構な速度で運行しているから、予め線路上のどこかに何かを仕掛けておくだけで充分な威力を発揮できる。発揮できるし、それを防ぐ手立てがない。世界基準の座標設定を封じてしまうと、世界が天候や事象を変更できなくなってしまうから。

 だから「干渉しても無駄」な環境を作ったのだけど……ホント手を変え品を変えというか。

 

「"ごめん、また考えておく、しか言えないや"」

「"いえいえ、むしろ力になれねえオレたちを責めてくださいや。……んじゃオレは、ファミリーの奴らにだけでも周知しておくかね"」

「"あんまりやりすぎて疑われないようにね。いくらファミリーといっても、知り過ぎていたら疑心が生まれるよ"」

「"勿論でさ"」

 

 うーん。……やっぱり地獄、作るべきかぁ?

 作業量が途方もないけど……まぁ、やるかぁ。しばらくステータスを「応答不可」に設定しておこう。緊急の用事のみ受け付けます、とも書いて。

 

 

 吸血鬼の基本的な食事は勿論血液……であるが、別に普通の食事も楽しめる。玉ねぎや十字架は別に弱点ではないが、プラシーボ効果か、デスゲーム化してから苦手になった、というプレイヤーはかなり多い様子であるが。

 オールトエンド・ダンスダンスは吸血鬼で元亡霊な現メイドである。彼女の仕事はご主人様と奥様の身の回りの世話であり、奥様……ティアラン様が料理をされる都合上キッチンに顔を出すことはない。

 ただし、吸血鬼の本能が捨てられないのか、三人が三人とも発作的に血液を欲する時がある。

 今ダンスダンスが買い出しにきているのはそれが理由であった。腹は満ちたけれど、血液が欲しい──そうなったご主人様のご要望に応じて。

 さて、下層にはいくらかのヒト種が存在している。基本が異族の下層で人間に何ができるのか。

 

 ()──。下層における人間の役割の名前だ。役職の名でもある。

 文字通り餌となる行為。血液を提供する場合もあれば、精神力を提供する餌、果ては血肉を提供する餌もいる。

 プレイヤーはHPが全損しない限りは死なない。そしてこの世界には欠損や怪我をたちどころに治してしまえる薬品がある。

 これらのことから、異族のために文字通りの自らを提供する、という職業があるのだ。給料が良い上、痛覚軽減によって感じる苦痛が最小限であることから人気職でもある。何をする必要も無い。ただ専用の従事者が餌の血肉を取って、死ぬ前に治療をする。それだけ。

 そんなそれだけの場所で、新鮮な血液を買うこと。それがダンスダンスの今のミッションになる。

 

「はぁ」

 

 しかし、憂鬱だった。

 ここへ来ると鼻がヒクつく。施設外からわかる芳醇なまでの血液の香りは自然と唾を生成し、それが一層「自身が人間ではないこと」を知らせてくる鐘になる。

 三年。たかが三年、されど三年。もう慣れた、というプレイヤーも多い中で、ダンスダンスは中々慣れることができずにいた。

 無論、当然ではある。彼女の吸血鬼歴はそこまで長くないのだから。

 

「おや珍しい。オールトエンドさんじゃないの。ご入り用かい?」

「あ、あっぷあっぷさん。ええ、そう。ご主人様と奥様が新鮮な血液をご所望で」

「はいよ。指定のステータスは?」

「INT型が嬉しいそう。それをお願いできる?」

「おーけー」

 

 ダンスダンスにはまだわからないことだけど、吸血鬼の皆さん曰く「ステータスによって血の味が変わる」らしい。STRやINT、DEXといったステータスの「尖り具合」によって舌で転がした時の深みや奥行きに差が出るのだとか。

 そういうこともあって、ステータスの高い()は高級品となっていたりする……のだが、仮にもバルサ巫女ッスは侯爵位。金は湯水のようにある。

 

「じゃあ、これ。INT特化型人間の血液四リットル。とれたて新鮮四十万セリンね!」

「はい。これでお願い」

「ん、丁度。まいどありー!」

 

 明らかに一度に失ってはいけない量の血液が売買されたけれど、先も述べたようにHPバーが全損しなければ生きられるのがこの世界のプレイヤーだ。

 だから急速に失われていくはずの命も治療を受ければ元通り。バルサ巫女ッスらのように時折で構わない吸血鬼はこうして買い出しで済むけれど、血液にハマりにハマった吸血鬼は自身の屋敷でヒト種を飼うことまでするという。

 ヒト種はもう餌でしかない。吸血鬼の上位者思想が生まれるのも当然の話であったのやもしれない。

 ちなみに血液以外……たとえば肉、たとえば骨。そういうものもそれぞれに食する種族がいるから、()の需要は途絶える様子がないのが現状である。

 

 帰路に就くダンスダンス。もし手提げ袋なんかで持ち帰っていたらつまみ食いをしてしまいそうになるくらい芳醇な香りがあったけれど、そこはインベントリ。匂いなんて漏らさないし、重くもない。御者のいない馬車に乗って目指すはバルサ巫女ッス邸。

 自動操縦に切り替えた馬車に背を預け、ふと思い出すは彼女……上層で雪こもり姫などと呼ばれている埒外の存在。

 彼女には一切の食指が動かなかった。健康なうら若い女性という「最良」の食材なのに、本能が食欲を湧かすことを拒否していたように思う。

 野生の勘だ。果たしてそれは大正解なわけだけど、彼女を冷たくあしらったというヘルカイザー公爵はこの感覚を覚えなかったのだろうか、なんて考える。

 絶対的強者、という感覚ではない。決して食してはいけない。決して侮ってはいけない。決して……決して、信用してはいけない。

 運営だから当然、なんて話ではなく。

 

 アレは、絶対的に、生物への背反者だ。

 吸血鬼であり元亡霊として断言できる。アレは「神」と崇められるような上位存在じゃあない。もっと別の、本来であれば関わってはいけない生き物であると思われる。

 

 さて、侯爵家へと戻ってきたダンスダンスは、ティーカップを二つ用意する。

 血液には嗜み方が様々あるけれど、ご主人様と奥様はどちらもストレートが好きだ。だから何の手も加えない赤をとくとく注いで、それをトレイに乗せて、一切揺らすことなく運ぶ。

 

「お、早かったな。空いていたのか?」

「はい。あっぷあっぷさんが対応してくださいまして、すぐに購入できました」

 

 ティーカップにたっぷり入った赤色。

 吸血鬼になった当初は抵抗感のあったそれも、もうそんなことはない。

 

「オルト、あなたのは?」

「いえ、私は結構ですので」

「いやいや、そんな目で言われても説得力ないって。買ってきたやつから注いでさ、一緒に飲もうぜ。こういうのは人数いた方が美味いんだ」

 

 明朗に笑うご主人様。ちなみにダンスダンスが彼を旦那様と呼ばないのは、そう呼ぶとティアランがほんのわずかに嫉妬するからであるとか。

 

「……では、失礼いたします」

「おう!」

 

 自身のカップを取りに戻るダンスダンス。

 

 ──彼も、彼女らも、知らないことだ。

 まさかこの日の晩餐が、ここから続くしばらくの抗争──その前夜の食事になること、など。

 

 その翌日。ヘルカイザー公爵家当主が直々の宣言を上げる。

 抗争……上層に住むプレイヤーへの宣戦布告と、その住処を奪い取り、一団クランをその手中に入れてやろう、という宣言を。

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