Rauta 作:Ubiquintetous / 五劫偏在
吸血鬼のトップによる宣戦布告及び侵略宣言。
これに対し、
「ま、様子見だね」
「だなー。これも人間の営みなわけだし」
「カルーアパイセンちっとその言い方キモいッス」
「んだと!?」
関わらない、である。
……いやね、どうにも守護精霊実装というプレイヤー全体に関わることを「うっかり」でやってしまったのがヒト種、というところがブチギレの発端らしいんだけど、だからといってそれで種族間戦争にまで持ち込むのはそちらさんの勝手。
それによる諍いにまでは手を出さない。私達がやるのはあくまで亡霊関連……つまり、この世界を半ばシステム化したことによる被害の方だけだ。
これでヒト種が滅ぼされるようなことがあっても大いに結構だし、逆に吸血鬼が殲滅されたって何も思わない。バルサ巫女ッスとティアラン、ダンスダンスがそれに巻き込まれても、だ。
そも──基本的に悪天候&主な戦場が洞窟ということもあってブイブイ言わせている吸血鬼だけど、日光だけはちゃんと弱点だ。「ヒト種に迷惑をかけるから」だけではなく、自分たちが住み難いからという理由で去った上層を取り返してなんになるのか。私にはてんでさっぱりである。
なお、そもそもPVP禁止エリアなのにどうやって戦うんだ、という声もあったけど、あちらさんはマイハウスでの決闘がご所望らしい。マトモに相手をしないとどうなるのか、については既に被害報告が上がっている。冒険に出た上層プレイヤーが吸血鬼たちによって妨害行為などの迷惑行為に遭ったそうな。トップ……ヴラデスト君は平気で斬りかかってきたとも。
これに対し、一団クラン側も「そこまで言うならば」と声を上げた。
それは、吸血鬼全然保全クエストやらない問題。下層で貴族面している吸血鬼は保全クエストに手を付けない。冒険で高級石炭を持ち帰ってくる、それを納品することはあれど、メンテナンスなどの作業の一切を行わない。……まぁこれは私にも該当するので個人の意見は閉口するけど。
だというのに棺桶の施設の恩恵を受けているのはおかしい、と。ゲーム時代はできなかったことだけど、今はできるのだから──保全をしないのならば降りろ、と。棺桶を降りて地上で暮らせ、と。
ついにその意見が出たかー、というのが運営としての感想。
冒険クエストで発見できるように、この世界にも「地上での文明の名残り」が存在する。が、すべて名残りだ。
まぁどっか……地底の奥底とかでひっそり生きている民族がいる可能性はあるけど、ほぼすべての人口が棺桶に乗っているといって過言ではない。人口集中どころではないレベルでぎっしりと。
そこから降りろ、と。
ちなみにこれ、できるできないで言えば当然できる。世界であるのだから。冒険時に貸与される
ただし果たして地上に住み得る場所があるか、という話になってくるだろう。
この世界の環境問題は地球の比じゃない。いや、地球とは課題が違う、と言った方が角が立たないか。
大規模な大気汚染により防護服無しでの呼吸、生活は困難。殞晶酸化物(Qo2)による煤煙公害が世界規模で起きているので、防護マスク無しに呼吸をしているだけで呼吸器系疾患や心臓病が発病することだろう。吸血鬼という種族関係なしに起こる病だ。
その点棺桶内部は空気清浄のインフラが整っているし、防護服も帰還の度に洗浄・除染される。私もやっている通り、上層郊外では土を敷いてそこで農業、なんてこともできるくらい空気が良い。
また、酸性雨もとんでもない。
森林は枯死していて、農地らしきものは消滅。湖や川はあるけれどどこも酸性化していて水生生物に恵まれることはない。外にある文明はどれも石造建築で、どこもドロドロである。
棺桶内で特に優秀なのがこれらに対する水の循環及び酸性中和システムだ。列車先頭についた塔は実は煙突ではなく冷却塔で、街全体の蒸気機関から立ち昇る蒸気の除染と凝縮を担う。
街の至る所にある排水口、排水管も実は優秀な働きをしていて、集めた水を石灰フィルターや炭層フィルターに通して中和しているし、生活排水などもほとんど外に漏らさず再利用する。『Rauta』は特に渇水値が設定されているから、健康に害のない飲料がいつでも手に入るというのは非常に大きいはずだ。
なによりマイハウスが使えなくなるのは最大に痛いだろうなぁ。
一応地上の良い所を挙げるとすれば、洞窟や鉱山には枚挙に暇がないことくらいか。
地球より人類史の長いこの世界だけど、未だ未だ手の付けられていない鉱山は存在するし、資源の再生速度も地球より若干早い。どこか住みやすい土地……なんてあるのかはわからないけど、そういう場所を見つけ、炭鉱夫の街を築き上げるのもまた道だろう。ただしその場合取引相手が棺桶になるわけだから、貴族らしい生活などできなくなるだろうが。
こういう「巨大すぎる問題」があるから隠れているだけで、当然この世界にも温暖化問題はあるし、クリアしなければならないSDGsも地球と同じくらいの量を挙げてしまえるけれど、蒸気機関に依存しまくったこの世界では当てるべき焦点が違うのである。
「ちなみに獣族はどうなの」
「オレたちは冷ややかな目で見てますよ。上層、中層、下層はそれぞれにやれることが違って、それぞれの文化圏を築きながら持ちつ持たれつでやっていくべき、って意見が強いですね。迎合する必要はないが、敵対する意味もない、と。んでまぁ吸血鬼の我が物顔にはみんな飽き飽きしてんで、いなくなってくれんならそりゃ最高で、って感じでさ」
「あ、中層も似た感じッスね。あたしはチュノスケパイセンほど中層の顔、みたいなことはしてねッスけど、吸血鬼の声明を聞いた時には何言ってんだこいつ状態でしたよ。あと、ブラダリさんとかその辺の中層トップの人達が、折角運営という共通の敵を前に一万人という人間が一致団結している稀有な時間を邪魔するな、みたいなことは言ってました。それが印象的ッス」
ブラックダリアはよくわかっているな。
これだけの人数がいて今までバラバラになったり深刻な亀裂が生まれたりしていないのは、偏に
そこに不和を落とすとか、正直言って正気の沙汰ではない。争いの生まれかねない問題提起や格差、不満などを全体にぶつける時は、明確な着地点が見えていなければ「やってはならない」。不満を言いたいだけなら身内だけで言っていろという話だ。これをして、果たしてなんのなるのか。
決闘がお望みで、それに頷かなければ嫌がらせとか、子供なのか。よしんばそれが通じたとして、そして決闘に勝ったとして、敗者が大人しく従ってくれると思っているのか。
「けど……どーせまた『Vesi』の妨害が入りそうだよなー」
「妨害らしい妨害、というか意思を以ての妨害をしてくるかはわかんないけどね」
「ベシ、あたしはまだ被害に遭ったことねーんでわかんないッスけど、鹵獲したっていうやつらを一旦リリースして情報探らせるとかできないんスか?」
「ミヤサケおめー、一度敵に捕まったやつが"なんか解放されたー"つって帰ってきて、そいつ信用するかよ」
「……しねッスね!!」
ミヤサケちゃんねー。中層に配置されている運営の一人だけど、どーもこの軽いのがな……。シゴデキではあるんだけど、カルアルンとはまた違ったベクトルで軽くて頭がクラクラするよ。
彼女のことはカルアルンに一任したいところ。
「そういやお嬢、地獄作りは順調ですかね? もし可能なら俺達クリーチャーデザイナー一門にも一つ噛ませてほしいんですが。鬼……獄卒やらケルベロスやらのデザインってやつをしたいって声が上がってまして。別にどこの神話大系に寄せたいってアレはないんですよね?」
「ああうん。いいよ、勝手に作っといて。とりあえずフレームはできたから……ああ、ただそれ関係で一個案が上がっててさ。案出ししたの、
「えーなに? 話聞いてへんかったです。もっかい言うてください」
「馬鹿、地獄を作るにあたっての新案だよ。話聞いとけタコ娘」
「カルーアパイセンにタコ呼ばわりされる筋合いあれへんねんけど。ほんで、ああ、新案すね。いや、折角幽霊……亡霊? やら言う存在が定着してるのやったら、もういっそのことコンテンツにしてもうたらええんとちゃうか思いまして。死ぬ前から見えてんのか死んでから見えるんようなるんかはお任せしますけど、カルマ値の導入やらええんやないですか?」
そう、カルマ値の導入である。
わざわざ地獄と銘打つのであれば、悪いことした存在に行ってほしさあるよね論。ただ人間の行動の善悪を数値化するってかなり難しいことなので、システム担当者と相談しながらじゃないとダメだ。まぁ不思議パウワーでざっくりとしたものを作ることもできるけど、結局担当者とデバッガーが苦労するハメになるのであんまり変わんない。
「んじゃ天国もいつか実装予定で?」
「んー、どうしようかなって。現状善行、ないしは悪行を行わなかった亡霊は生き返ることができているわけじゃん。それでもよくない? 死後、一定量のカルマ値を善行に倒したら蘇生可能、みたいな。全体に迷惑をかけない個であれば、今はいればいるだけ嬉しいしさ」
「どうすかね、それは。いつか溢れた時……もしくは切り替えを行った時に大混乱と大不満が出そうですけど」
「別に混乱も不満も出させておけばいいでしょ。どこの神話見たって"明日からこれこれこう変わるので準備しておいてくださいね"なんて注意喚起する神様いないじゃん」
「お、神様気取り来たか? スノープリンセンスお前、いつか"もしこの世に神を名乗るものが出てきたとて、我々が食い尽くしてやる、というのはどうだろうか"とか言ってたのによー」
「……カルーアパイセンそれいつの話スか。スノプリの口調的に死ぬほど昔の話じゃないスか?」
「え、もしかして伝わんない? これがジェネギャ?」
茶化し阿呆の声は耳を通ってすり抜けるけれど。
ま、この辺も追々か。
「他、なんか議題ある人いる? なければ全体会議終わるけど」
「失礼。任されていたNPCシェフルに関する報告が一件」
「それ全体会議じゃなきゃいけない話題? 私に報告するだけでいいならメールしといて。見るから」
「……失礼。では取り下げます」
「うん。他はー?」
「あー……すみません、議題に上げるか上げまいか迷ったんですが、上げさせてください。こちら廃棄殞力リサイクルセンターです」
「げ、やべっ」
「はい今何か聞こえたように、みなさん毎月の廃棄殞力の項目チェック及び残量報告ができていません。お嬢さん、あなたもですよ。私は毎月使い切るから良いもんとでも言いたげですが、それならそれでゼロと残量報告してください」
「……はーい」
「本来こういう場でいう話でもないのですが、言わないと皆さんやらないので。はい、私の話はこれで終わりです。ここまで言ってやらなかった方には来月より殞量の強制徴収を行いたいと思います」
私の仕事量を考えてほしい。そういう細々としたことやってる暇ないんだって。
「えー、じゃあ、他。いなければ終わるよー。こういうお知らせ系でも全体に周知したい人は出てねー」
「あ、じゃああたしからも良いッスか?」
「良くなかったら出てなんて言わないから。はい言って」
もー、これでしょーもない話題だったら。
「今あたしの目の前に、刀で一突きにされて死んでる吸血鬼の死体があるんすけど、これどっか隠した方が良い奴スかね」
「──クルミナ、回収行って。最速で」
「了承。目的を遂行します」
うわ、出たか、もう。
変質オブジェクトからのプレイヤーの死体。
今のところ防ぐ手立ての無いこれが、等々吸血鬼の死体にできるようになったらしい。
これは……明確な意思を持った妨害ではないだろうか。
「"まーっずいですねお姫さん。下層にも結構な量の吸血鬼模造死体がありまっせ。偽物だって説明するわけにもいかねえが、これを吸血鬼が見た日には"」
「"抑えが利かなくなる、ってか。そんなあんたに凶報だ。中層、上層にもあるぜ。首筋に穴が開いてて、血の滴り落ちていないヒト種の死体が。奴さん、こんな小細工までできるようになったってのか"」
「"……その小細工はちょっと手が込み過ぎているな。カルアルン、クルミナが来るまで回収しておける? それと、手が足りないなら信用のおける運営に回収機能つける?"」
「"いや……止めといた方がいいでしょうね。モグラは一匹とは限らねえから"」
私もそう思う。だから今念話しているわけだし。
……うーん。
「とりあえず、これから見る消えない死体は全部模造品だから、見つからないように回収してほしい。ただし往来にあるのは細心の注意を払ってね。人狼系ゲームよろしく、さっき通った時はあったのに、君達が通った後に消えていた、で詰められる可能性も考慮して」
「ミヤサケ、その死体は背中一突きか? それとも別んとこ?」
「背中から多分心臓一突きッスねー。こんな量産刀でよく……。よっぽどSTRないとできないスよ。つまり、STR極振りプレイヤーが犯人スね!」
「その段階はもう越えてんだよ。クルミナに座標伝えたらとっととその場を離れな」
「了解ッス!」
ああ……けど、そうか。
身元不明の消えない遺体が上がったとて、そのできるできないの問題に持ち込まれた場合、STRの高いプレイヤーに濡れ衣がかかる。それは……たとえばブラックダリアなんかは要求ステータスを満たしていそうだから、彼が疑われたらマズいか。
種族間戦争には口を出さないつもりだけど、『Vesi』由来の不和はできるだけ取り除きたい。
カルアルンが確認した通り、現状刀の鞘を変質させることしかできていないようだけど……他もできない、と思うのは日和見が過ぎるな。
「あー、急募。守護精霊の仕組みは前説明した通りだけど、今あれとは逆のことが起きてるっぽくてさ。オブジェクトやクリーチャー、アイテムのプレイヤー化。どこの誰でもない死体にはなるっぽいんだけど、これを防ぐ方法考えついたらなんでもいいから私にメールして。付喪神方式はダルいからナシで」
「なんか開発段階を思い出す忙しさだなー。あ、俺らはアイデアとか無理だから、裏方ーズに徹するぜー」
「おれもー」
「他に議題もなさそうだし、とりあえずこれで解散。あ、プレイヤーとしてのロールについてだけど、その場の流れで種族間戦争に参加しないとおかしい感じになってたら参加しても良いよ。やり過ぎないようにね。……っていう注意喚起系含めてあとで会報の形で考えなきゃなんない議題をテキストにして送るから、それちゃんとタスクに入れといてね」
「りょ」
「はーい」
「では、失礼」
全体会議を終了する。ふぅ。
「"お疲れサンバ。ちょいと俺プレイヤーの集まりあるから抜けるわ。じゃーなー"」
「"はいはいお疲れ。チュノスケ時間ある? もうちょっと残ってほしい"」
「"勿論でっせ"」
はぁ、と大きく溜息を吐いて、問題を箇条書きにしたものを優先度順に目の前に表示する。
・プレイヤーの死体化問題
・地獄(冥界)の創世
・カルマ値について
・殞力のはなし
・種族間戦争
「"さっき少し話に出たけどさ、もしカルマ値を導入して亡霊をコンテンツ化するのなら、ある意味で亡霊という一種族になるわけじゃん"」
「"確かに?"」
「"なら、世界規模で我々関連の知識封印かけて、これも種族間戦争の一つ、ってことにして放置でもよくない?"」
「"パワーバランスに差がありすぎやせんか? そんで生者側の勝利条件がわかんねぇことになる。なんせ死んだらあっちの仲間入りなんだから"」
「"あー……確かに"」
「"カルマ値も微妙だとオレは思ってますよ。その種族ごとに善行と悪行があるし、こういうある種の問題提起は全部悪行として扱われかねなくなる。オレらのヤクザ屋産業も勿論悪まみれだ。インフラ整ってねえ荒れ地を整備した結果が地獄行きじゃあ納得いかねえ声も上がるってもんで"」
確かに……なぁ。
いやだから数値化はかなり難しいんだよなぁ。やっぱ地獄に一人運営配備して審判形式が一番丸いかなぁ。生前の行い見返して善悪判断する系で。
あと、腐っても彼らはプレイヤーだから、「簡単なことでの善行値稼ぎ」みたいな手段を見つけ出しそうなのが嫌。それで稼がれた善行値で悪人でも天国行きとかやってらんないでしょ。
「"……再考の余地ありだし、運営全体で賛否取った方がいいな、これ。じゃあ保留で"」
「"ええ、そうしやしょう。んで……殞力は、まぁ自分らで気を付けりゃいい話なんでそれもよくて。……やっぱりプレイヤー化についてですね。どこまで首を突っ込んで、どう対策するか"」
「"一つ案はあるんだよ。結構固い案。
「"てぇと?"」
「"棺桶の守護霊を実装するみたいな話だよね、要は。アイテム一個一個、オブジェクト一つ一つに付喪神るんじゃなくて、この街全体の守護霊の実装。そうすれば亡霊が行うおかしな挙動は全部抑えられる。代わりにソイツに不正アクセスできちゃうと、とんでもないレベルの情報が与えられちゃう"」
「"……一長一短、ってところか。ああだが、そいつもコンテンツ化するのはアリかもしれやせんね。そら、この世界は魔法が無い代わりに蒸気技術と錬金術があるでしょう。それでほら、手を合わせてアカシックレコードを……"」
「"流石に私『Rauta』がパクり扱いされるのは耐えられないかも"」
「"まぁンなもんは物の例えでさ。とにかくほら、賢者の石やエメラルドタブレットってのは全知や叡知の結晶なワケだから、片足だけでもアカシックレコードの存在に触れられる端末としてはそれっぽくありませんかい?"」
……案外乗り気なんだな、という印象。"元"を考えるとチュノスケはこういうのあんまり好きじゃなさそうとか思ってたけど。
「"じゃあ、仮案だけど、蒸気鋼鉄護式全量相互参照影霊型叡知結集層積記録演算装置でアカシックレコード出しておくね"」
「"なんて?"」
よーし。じゃあ……地獄作りに勤しみますか。
「"お姫さん、今の即興でなければもう一回言えますよね"」
「"なにが? 蒸気鋼鉄護式全量相互参照影霊型叡知結集層積記録演算装置のこと?"」
「"……おみそれしやした"」
「"よきにはからえ。くるしゅうないぞ"」
仕事仕事~。