Rauta 作:Ubiquintetous / 五劫偏在
片手剣と括られる武器種の重さは木刀程度。両手剣ならばそれの二倍くらい。斧なんかになると鉄棒程度になってきて、一番重いのが文字通りの
どれもプレイヤーなら基礎STRでぶん回せるような重さになっているからすっぽ抜けたりなんだりは発生しない。意図的に投げる場合を除いて。
前肢による一撃を受け止め、押し返す形で腰を入れつつ弾く。
吹き飛ばされた巨大ユスリカは空中でぐりんと体勢を立て直し、再度此方へ向かってくる。その頭部へと突き刺さるのがチェスカの放ったボウガンの矢で、さらに炸裂までするのがその矢の特徴だ。
べちゃ、という音を立てて落ちるその躯体。それも束の間、すぐにしゅわしゅわと泡になって消えていって、残ったのは「耐酸のコア(小)」、「ユスリカの腕肉」、「ユスリカの複眼」というアイテム。セーフティフィルターをオンにしているとこれがポップに見えるのだけど、生憎私もチェスカもそれをつけていないのでちゃんと見える。
すべて一応なんらかの素材にはなる。無駄はない。肉は食用になるけど、このままだと汚染されているため除染が必要である。
思うに、昔の人間が虫肉を食べられなかったのは「小さくてぐしゃぐしゃしていたから」だと思う。魚は全般いけるけどシラスは無理って人結構いるしね。
ここまで大きいと、普通の肉類とあんまり変わらない。私は元からそこまでの忌避感の無い方だけど、こっちへ移住してきたプレイヤーもそのほとんどが虫食に忌避を失くしているらしい。昨日のパーティでこれでもかというほどに虫料理が出ていたし。
ま。
そうじゃなきゃ食べ物が少ない、というのは、あるのだろうけれど。
「あちゃー、あっちに蚊柱立ってんねー。進路変更しよっか」
「私は良いけど、他の人達は?」
「今のプレイヤーに安全策取って嫌な顔する人いないって」
ならいいけど。
移動だ。
当初、敵モンスターが虫ばかりというのはどうなのか、という声は上がっていた。大抵移住に知識のない純地球人なスタッフからの声で、私達からすると既にそうであるものに文句を言われてもな、という気持ちだったのだけど、『Rauta』のプレイヤーは思ったより適応が早かったように思う。
スチームパンク好きだから、あるいはハクスラに慣れているから。こういう場所が舞台のゲームだと敵が虫になりがち、というのは知識としてあるのかもしれないな、と。
虫以外がいないということはないけれど、どうしても虫が多くなってしまうのは、偏に体内のイオン調節能力の問題だ。酸性雨や酸性雪のせいでそれらができない生物は死にゆくしかない。体構造的に除染構造を持つ生物や細胞の耐酸性に特化していった生物もままいるけれど、イオンバランスの調節能力を有するユスリカ系の虫が覇を握るのはそうおかしな話ではなかっただろう。
「雪姫、そっちどう?」
「洞窟内にレーダー反応なし。大丈夫だと思う」
「おーし、んじゃちゃっちゃと採掘済ませちまうか」
この『Rauta』の世界において、虫の生態系は二極化している。
一つは先程も倒したモンスター・クリーチャーとしての巨大な虫。彼らは非常に凶暴な肉食種でもあり、殺害人数においても環境問題においても人類種の天敵を名乗れるほどにまで到達している。
もう一つは微細化した虫。巨大化した虫の捕食圧が増えたことで、巨大化していない虫たちは自らの隠蔽性を強化した。また、餌の減少を受けてそれに耐えられるよう身体を最適化し、中くらいの大きさの虫……ダンゴムシから甲虫サイズくらいの虫は姿を消した。残っているのは二、三ミリくらいの寄生虫や微小昆虫ばかりで、時たま超小型の甲虫がいるな、と思うくらい。
アリのひと噛みと呼ばれるような激しい痛みを齎す虫はほぼいない。いたとしても防護服に顎を突き立てられるレベルのはいない。だから洞窟の中は安全地帯になる。レーダーの反応が無ければ、だけど。
採掘。蒸気機関における石炭の採掘を指すけれど、それ以外の鉱石も採掘者の狙い目だ。素材になったり単純に高く売れたりするから。
石炭の方も色んな種類があって、サービス開始当初は効率的な掘り方だとか高品質を見分ける方法だとか様々なノウハウが掲示板を騒がせていたけれど、それも次第に落ち着いていった。
……絵が動かないからね、とんでもなく。
ツルハシを持ってオート採掘設定にして、身体がオートで動くままに雑談をしている者もいれば、ドリルを持ってきてちゃんと掘っている者もいる。
この素晴らしく暇な時間は、けど私達モーション監修とか頑張ったんだけどなーというヒネた思いに塗り潰されやすい。
現役の炭鉱夫や発掘現場で働いている人を取材しにいって、これでもかってくらいリアリティを詰め込んだモーションなのに……一部の変態を除いて見向きもしてくれない。
況してや「Rautaで最もテンポの悪い時間」とか「課金アイテムでもいいから加速するものくれ」とか……。もっとこう、手に返ってくる土や石の感触を楽しんでよね。
「お、珍しい。
「こんな距離でも出るんだな」
「亡霊鉱石……今って何かに使うの?」
「んー、まぁ亡霊武器と……青いランプくらい?」
「吸血鬼の連中は日常的に使うんじゃなかったっけ?」
「下層のことはほとんどわかんねーからなー」
いや、その知識は正しい。種族を吸血鬼としたものを含む悪魔系の種族は亡霊鉱石を頻繁に使う。が、ヒト種が使うことはほとんどないはずだ。
そういうクエストはもう終わらせてあるだろうし、無用の長物になるんじゃないかな。
「雪ん子、要るか?」
「要らないなら貰うけど、お金ないよ私」
「いいよいいよこんなの。つかなんだっけ、雪ん子って今自給自足で暮らしてんだっけ? すげーよな」
「慣れたら社会にいるより楽かもね。
「一体メンテするのに何時間くらいかかんだ、それ」
「どんだけ効率化しても二、三時間くらい?」
「うへぇ、だったら外で冒険して帰って保全やって、の方が俺ぁいいわ。細かい作業無理だしな」
調査もやれ。
「ぼちぼち引き上げんぞー。オート勢はそろそろ切ってインベ整理しろなー」
オート採掘中は無制限に採掘を行う。当然インベントリに入りきらなかったものはその場に落ちるので、要不要を判断して持ち帰るもの選別するのはプレイヤーの仕事だ。
容量こそあれどインベントリはそこそこ四次元。防護服のポケットからわんさか出てくる土塊と不要鉱石の山々は、現地民が見たら何を思うのか。そしてにゅるりと吸い込まれて行く巨大鉱石の行方をどう案じるのか。
……なんて。
結論を急きすぎだ。やっぱり多くの人間と関わるべきではない。遠くで眺めている時は、結果が出てから動けばいいや、なんて思考だったのに……この焦りは良くない結果しか引き寄せないだろう。だから、このポーズだけの冒険が終わった後は、また辺境に引き籠るべきだ。
「おわっ!? ……は!? ちょ、誰かこっち来てくれ!」
洞窟の奥の方。特段ニュービーでもないプレイヤーからの、心底焦ったような声。
何事かとぞろぞろ人が集まる中で、その場を動かずに視覚情報の拡大だけを行って……息を呑む。
「子供!? は!? 埋まってたのか!?」
「この身長……キャラメイクでできたっけ? できないんじゃないっけ、子供すぎるのは」
「ドワーフ設定ならできるはずだけど、身体的特徴がどーみてもヒト。……というか防護服ナシはなんにせよマズくね?」
「なら俺の緊急脱出で送るよ。んで、誰か緊急脱出貸してくれ。ああ、俺のスキーは誰か持って帰ってくれよ? 壊してアイテム化してもまぁいいからさ」
「あいよー」
子供だ。ヒトの子供。
防護服ナシで、半身を土にうずめた子供。
すぐに解析を行う。彼ら彼女らの言う通り、プレイヤーのキャラメイクではこういう子供は作れない。よってNPCでしか成立し得ないその存在は、しかし防護服の無い状態で洞窟に埋まって長期間生き延びられるものじゃあない。
シェフル。歳、十歳。性別、女。種族、ハーフエルフ。
プレイヤーID……破損。データ鑑別、ストーリーNPC? それこそ馬鹿な。私の把握していないストーリーNPCがいるものか。
関連クエストサーチ。クエストID:0019e7890ab。……最終クエストの派生クエスト扱い? そんな、まだ最終クエストも発生していないのに?
プレイヤーの一人が一週間に一度開くことのできる緊急脱出のワープゲートを開く。スタックしてしまった時などに開くことで脱出を可能とする仕組みだけど、確かに衰弱した子供を送る最も安全な帰路としてはこの上ない通路だ。それを通ることができるのは一ワープゲートにつき一人までなので、もう一人が彼も送り届けて完了となる。
……なんにせよ、要注意。見た目の写真と特徴及びログをアウトプットし、カルアルン含む街に潜んでいる運営全員に注意喚起を送る。
プレイヤーだろうとNPCだろうと余計なことはさせない。私達はしめやかにプレイヤーたちの移住を終わらせないといけないのだから。そこに余計なさざ波は不要である。
「びっくりしたー。こういうのってあるんだね。もしかしてなんかのクエストなんかな」
「どうだろ。調査クエならまず街中で出るじゃん。外で受注できるクエってなんかあったっけ」
「お姉さんの記憶にはナッシングだねー」
当然だ。内部を調査するためのクエストなのだから。
外側に遺された謎、というのはほとんどない。酸性の天候によってボロボロにされた前文明の幾らかが見つかることはあるけれど、別にそれは超文明とかではない。同じだ。街列車を作った文明が、外で滅びている文明なのだから。
要注意。要監視。
これで調査に目を向けてくれるプレイヤーが増えるのなら喜ばしい。その場合は過干渉をしないで終わる。
だが、育児や守護にかまけて今以上にプレイヤーの目が曇るのなら──この手にかけることも辞さない。
「あたしたちもそろそろ引き上げよっか。バツガさんのスチームスキーどーやってもってかえろっかな」
「……ん。適当にロープで牽引、じゃダメなの?」
「結局破壊するのと同じくらいボロボロになりそー」
其、おまえは何者か。
なんて問いを投げつつも、私は内情を探る組ではない。
チェスカと別れて元の住処に返って、他の運営からの報告を待つこと一週間近くが過ぎた。
流石に……おかしい。
報告の一切が上がってこない。まさか全滅した、なんてことはないだろうけど……害があれそうでなかれ、報告の一切を入れない状況が思い浮かばない。
仕方がない。私自ら調査に繰り出すか。
農作物の世話を
──そのタイミングで、来客を知らせるベルが鳴った。
「……」
このゲームにミニマップなんて便利なものはない。レーダーはクリーチャーの類しか映し出さない。
来客の予定はない……が、そもそもこの家に来客予定を告げる者はほとんどいない。遠隔でやり取りのできる運営がアポなしで訪れることも、そもそもわざわざ「訪れる」ということをすることも考え難い。よって今来たのはプレイヤーの誰かであると推測できる……が。
誰が来る? こんな辺境も辺境に。何か一芸を持っているわけでもない私に、どんな用で。
「おーい、いるんだろうスノープリンセス。流石に寒いぜ俺も」
声……は、カルアルンのものだ。
だから余計に疑念が強まる。先述の通り私の家に運営が来る理由がない。
どこにいても繋がる個別通話を投げる……も、反応なし。うん、これもあり得ないかな。サプライズの類は嫌いだって知ってるはずだし。
システム的なインターフォンを起動し、声を掛ける。
「なに。何か用?」
「おー、やっぱいんじゃねえか。寒いんで中に入れてくれよ」
「断るけれど。用があるなら口頭でいいでしょ」
「冷たい事言うなって。俺とお前の仲だろ?」
「──へえ。それはどんな仲なの?」
「別ゲ友。それ以外俺達の関係性を言い表す言葉は無いだろ」
幾つもの可能性は考えられた。チェスカの策謀やカルアルンの裏切りなど様々を考えたけれど、「だとしてこの手段を取る意味がわからない」に落ち着く。
チェスカの裏切りであるのなら、彼女の言葉で私を呼び出せばいいだけのはずだ。カルアルンなんて使わずともそれで簡単におびき出せる。そしてカルアルンの裏切り、及び運営の裏切りであるのなら、こうも私を警戒させる言葉操りはしない。
これは私達の関係性を表面だけしか知らないやつが作る茶番劇……そうとしか思えない。
問題はそれが誰か。少なくともカルアルンのキャラクターアバターを自在に操ることができる存在でなければならない。だとするならやはり運営か。いや。
「二つ質問がある」
「おう、なんだよスノープリンセス」
「一つ、どうしてチェスカで来なかったのか。ああだから、誰でも操れる、というわけじゃないのかな。なんらかの隙を晒した人間……カルアルンは何か下手を打ってそっちの手駒になった感じか。逆に言えば、チェスカたちは異変に気付いて籠城を選択した?」
「いきなりなんの話だよ。それより寒いから家に入れてくれ」
「二つ。マイハウス設定程度突破できないとかどういうこと? もしかして偶然
「……スノープリンセス、開けてくれ」
まるで「あるものを組み合わせてリサイクルしました」みたいなプロテクトを突き破り、カルアルンの内部データを調べる。
その内部に走るプログラムから『言動データのサルベージ』と『人格データのコピー』を見つけて何のバックアップも取らずに消去。記憶や性格に関する部分はゲームクライアント側とプレイヤーとで独立した式によって構築されているからできる荒業。突然損なわれた参照先を探して数多のデータがエラーを吐き出し、雪の中にあって文字通りのフリーズをするカルアルン。
その間に調査を進め、随分と丁重に保護された『接触記録』というデータを閲覧する。
送られてきた子供。除染を終えた子供。要注意要監視対象のそれに対し、不用意にも近付きすぎた。
冗談で……つまり人身売買RPで「こりゃ高い値がつきそうだ」なんて言っていた彼のグループの代表、どうせ眠っていると思ってくだらないことをベラベラ吐いていたメンバー七人。そして注意深く子供を観察していたカルアルンの計九人は──「記憶処理」が施されたあと、「現地民化」によって自我の封印が……。
……暴力的な。
私達がやっていることを……もっと切羽詰まって無理矢理にやろうとした、みたいな記録だ。こんな洗脳みたいなことをしたってなんの意味も無いのに。
とはいえ封印か。まぁそうだろう。人格データは消去ができない。それは魂そのものを操作することに他ならないから。
複製ですら非常に長い時間をかける必要があったんだ。こんな短時間でできるのは封印だけ。そして人格データを封印してしまえば、後に残るのは言動データの残滓のみ。しかしなるほど、そうやって哲学的ゾンビを作り上げることで、形だけでも……と考えた誰かがいた、と。
それが運営の誰かなのかそれともあのシェフルという子供なのかまではわからないけれど、うん、これは由々しき事態だな。
報告の一切が上がってきていないあたり、全運営が飲まれていると見ていいだろう。まったく不甲斐ない。
「スノープリンセス、そろそろ中に」
「最後に一つ。これに答えてくれたら中に入れてあげる」
「なんだよ、また意味の分からない質問か?」
「そう。──自我封印のパスコードが『SnowSmokeAtDawn』みたいだけど、これってなんかの合図だったりする?」
「っ──」
聞くと同時に打ち込んで解放する。途端、ガク、と膝を突くカルアルンと……彼の身体から出ていく雪煙のようなもの。
エフェクト……にしては実体があり過ぎるな。なんだろうか、アレ。
個別通話が開く。
「雪! なんかやべーから手短に言う! 多分ウイルスとかその辺だ! 全員やられた!」
「うるさいな。もう把握してるし今追っ払ったよ」
「マジか流石。……つか、ここお前のカマクラか? あ? いや俺なんでこんなところにいんだよ」
「記憶無いのか。成程、自我と一緒に蓄積される記憶も封じなきゃならないわけだ。そこを切り離せるほどの技術力がないと。だとすれば、そのウイルス的なものに感染したあとの記憶蓄積が無いことで感染者かどうかの見分けは付きそう」
とりあえず取り急ぎで免疫パッチファイルを作り上げる。相手の手法がこれからも変わっていくことだろうから完全に防げるわけじゃないけど、同じ手には引っかからなくなるものを。
プレイヤーの人格データに作用してくるとか普通に害悪だな。どうにかしてアカウントデータを削除してしまいたいけど、BAN権限は持ってきてないのがなー。
それに、カルアルンの記憶に一切の捏造や隠蔽がないのなら、下手人はあの子供。ストーリーNPCをBANなんてできないのでどっちみちだけど……。
オブジェクト削除は最後の手段かな。やり方を模倣されたらたまったものではないので。できるだけ『Rauta』の範囲内で無効化したいところ。
「今んとこ誰が何の目的で、ってのは掴めないけど、急造の免疫パッチはできた。無難にアクセの形にしてあるから、適当に理由つけて配って。バレないようにね」
「また難しいことを……」
「それが効果あるかどうかも含めて実験したいから、それつけてもう一回あの子供と接触してきてよ。大丈夫、もっかい乗っ取られてもまた取り返してあげるからさ」
「こえーこと言うなよ……。いやしかし、デスゲーム化を臨場感たっぷりに経験したやつらはこんな気持ちだったのかね……」
「なに、今更罪の意識とかそういう話?」
「まさか。けどよ、足元がおぼつかなくなる、ってのは……成程、確かに怖いもんだな、って」
その地盤をしっかり固めてあげようというのが私達なんだ。罪の意識もなにも、だけど。
「次は五日後って制限を設けようか。こうすれば報告の有無で苛々しなくて済む」
「苛々してたのかよ」
「君達のずぼらさは良く知ってるから、いつもの報告漏れかもな、とは頭のどこかで思ってたよ。だから苛々してた」
「こんな大事なこと害の有無に関わらずちゃんと報告するって……」
「だといいけど」
さて、じゃあ。
また五日間、待ちで。