Rauta 作:Ubiquintetous / 五劫偏在
「拙者語らせていただきますが、オーブというのはただの埃とか虫とか言われがちですが、実は光学的屈折と霊的残留波動の相互干渉で発生する“低位霊質反応体”というものでして、特にフラッシュ撮影時に球状に写るのは、霊子密度が均一な状態で空間に漂っている証拠でして、海外の心霊研究家も“環境霊素の凝縮現象”として報告しているもので! さらに動画で軌跡を描くタイプは、霊的移動速度が可視化されているレアケースで、拙者的には心霊現象の入門にして最重要の観察対象と断言できて……」
「うんうん、誰もそんなこと聞いてないねーびやっこくんねー」
女性……だけど、口調と重心の位置が男性な、死ぬほど早口で喋る……ステレオタイプなオタク君。
プレイヤー名朱雀玄武青龍びやっこ。自身を元亡霊だと語り、意味怖みたいな怪談を語って呪われるとかいうよくわからないチェーンメールをばら撒いた……よくわからない人。
今こうして接触してみて、私の目で隅から隅まで見てみても、偽装が無いか変質が無いか調べても……無い。完全に普通のプレイヤー。
「ハッ、では拙者にどのようなご用件で……まさか、とうとう機関が拙者のことに気付いたので……? そこの! そこの小さめの女性が機関の手先!? いや、そうであると見せかけて、実は機関のトップ!?」
む。……間違っちゃいないけど。まぁ我々に明確な上下はないからトップというのは違うか。
やっぱり奇運で適当に言った妄想話が的確である星の下に生まれてきた人、って感じなのかなぁ。
「この子がね、びやっこくんの、自分が幽霊だったって話、詳しく聞きたいんだって」
「そ、それは構いませぬが、それを話したら拙者アブダクションされてこのボディをあんなことやこんなことされたり……!?」
「心霊系なのか宇宙人系なのかハッキリしなよ」
「おうぐふっ、これは手痛いツッコミ……」
そ、それでは失礼して……と、びやっこくんはその語りを始める。
「これは数日前の話です……とある親子が──え、その話はもういい? ええと、では、拙者は実はその幽霊の女の子と同じ立場でして、その、この街のどこであるかは一目散に逃げてきた故わからないのですが、そのどこかに件の家がありまして……だからそう、家の中にはまだ"いなくなってしまったはずのパートナー"に声を掛け続ける母親が……キャアアアア!」
「正確には何日前の話?」
「えっあ、いや、その数日前……」
「シハネ、この子が現れたのはいつ?」
「ちょうど五日くらい前ですね。僕らが彼女を保護した時、彼女の空腹値は限界ギリギリになっていたので、話に出てきた家とやらを出てから丸二日は彷徨っていたものと思われます」
そうだね、良い計算だ。ただ、満腹状態で出てきていたら三日は彷徨える。空腹値、実は満腹時には減りが遅くなる仕様があるから。
八日前。吸血鬼の宣言日。いや、重なっているのはそれというより──模造死体の方、かな。
「ちょっといい?」
「へうっ!? ちょ、ちょあ、顔、かか、顔近いっ」
「……」
首筋を見たけど、噛み痕らしきものは無し。バイタルはさっき見たから血液も多分正常。
……模造死体作成者。運営の間では呼びやすいようにネクロマンサーと呼ぶ案が上がっているからそれで呼ぶけど、ネクロマンサーの模造死体に亡霊が入り込んだ稀有なケースなんじゃないかと私は疑ったわけだ。どうやら違うようだけど。
「君さ、幽霊だったって主張みたいだけど、その前はどこにいたの?」
「へ? いえですから、幽霊でして」
「気付いたら幽霊で、その後はずっとその家にいたってこと?」
「はぇ……あ、あー、いや? 拙者は幽霊になってあの家に来たと認識していたよう、な? ですから拙者、生前があった……の、でしょうか?」
プレイヤーIDを検索してもどこにもヒットしない。ただし変質プレイヤーではない。
このことから導き出される答えは、オブジェクト変質の模造死体が動きだした、という線だと思ったんだけどな。違う、のか?
生前があった。しかしそれを認識していない、ないしは覚えていない、というのはケッセウスや彼の同胞らに共通する部分だ。ただしそれは、現在の肉体が保有する記憶に塗り潰されてしまうから、というところが大きいと本人たちは言っていた。
しかしそれだと理屈が合わない。なんせケッセウス以外の身体は私が生成したものであるのだから。そこに記憶なんてあるはずもなく。
つまり、「なぜ」の部分はわからないままだけど、眼前のプレイヤーはケッセウスの同胞らと同じ境遇にある……のか。
「姫、もしかしてびやっこくんがどっから来たのかとか推理してる系?」
「そんな感じ。幽霊を信じていないわけじゃないけど、というか信じているからこそ、彼女の起源を知っておきたい。突然現れたっていうなら最悪別の街が起源の可能性もあるでしょ」
「別の……街? というのは?」
「だから、別鯖のこと。違う車両の違う棺桶。違う街列車から……私にもどーやってかはわかんないけど、幽霊だけが飛んできた、みたいな」
「ああ別鯖かー。あたしも今一瞬なんのこと? ってなっちゃった。そういえばあるんだよね、別鯖。デスゲ化してからはとんと意識しなくなってるけど、どっかを走ってるはず……なんだっけ」
「設定上はオリンピックのロゴみたいな線路がこの惑星に敷かれていて、各輪っか状の線路を棺桶が走っている、でしたか」
「そう。だから、運行状況は管理されているだろうけど、線路の交点は存在するわけ。ぶつかりはしないけど同じ場所を通ることがある。で、幽霊に慣性とか利かない感じするじゃん。だから、別の棺桶で発生したびやっこくんがぽけーっと空中に浮いてて、この棺桶がそこに衝突して彼女を拾ったのかも、って考えたわけ」
「なるほど……? しかし拙者、そのようにぽーんと飛んだ記憶がなくてですね。やはり覚えているのは幽霊になったあと件の家を訪れて、なぜか悪戯をしてやろうと思って娘になり切っていたら、拙者なんかより数百倍怖い一人会話が聞こえてきて逃げた……というものしか」
今までのパターンからして、この子の言う「適当」は現実に合っている。現実が合わせているというより口を衝いて出る言葉が彼女の知らない現実を浚っていると見るべきだ。
だから、この「かもしれない会話」はしっかり意味がある。恐らく今彼女の述べたことは全て本当で、ただし語られていない……彼女も知らない部分があるだけ。
「思い出せる限りでいいから、そうだな……まず、空は見えていた? 幽霊だった時の話ね」
「空。……空は、ええ、見えていたような。青空を見た覚えはありませんが、一面の曇り空はずっと見えていた気がしますぞ」
「ってことは上層かー。……って推理であってるよね、姫」
「うん。こうやって詰めていくしかないよ。でも、上層ってわかっただけでもかなり大きいね」
中層、下層は知らない場所も多いし、今時期が時期だから探しにいけないし。
上層で完結するならそれに越したことはない。
「じゃあ……煙突。視界の端に白か黒の煙は見えていた?」
「むー? む……大きな……白い煙を吐く塔は、合った気がしますぞ? 確か……家を正面から見て、その向こう……に?」
「シハネ、ちょっとさ」
「既にグループで聞いてますよ。……ああはい、返事ありました。家を正面から見て屋根の向こうに冷却塔が見えるラインは三番商店街から後方だけですね。且つ、二階建てが限度。それより前方に近付くと見えなくなります」
「ぐう有」
ナイス過ぎる。
「あとは……拙者が幽霊だったからかもしれませんが、ずーっと静かだったことを覚えていますぞ。ここで聞くような金打ちの音や客寄せの喧騒のない、静かな場所」
「郊外か。周囲にその家以外の家はあった?」
「それはあった気がしますな。少なくとも雪塗れではなかった……はず。拙者、幽霊でしたのに上手く浮くことができず、周囲の家のベランダなどを使って二階の……そうそう。二階に大きな窓がありまして、そこから中の様子を伺うことができて……いえ別に、未亡人の生活の一部始終を覗こうとしたなんてことはげふんげふん」
三番商店街後方、郊外、ただし雪ばかりになってくる頃合いじゃない。少なくとも隣の家のベランダから飛び移れるくらいの密接感で家々が並んでいる。
そんでもって、あんまり遠くへいくと冷却塔は見えないはず。なんでって色味が薄いから。雪や煤煙で隠れちゃうんだよね。
ただしこれだと左右の情報が少なすぎる。位置を割り出すには。
「びやっこさん。塔から出る白い煙は左右どちらに靡いていましたか?」
「……左ですな、確か!」
「ふむ。今の運行図は……はい、確認できました。一週間前から緩やかに右カーブですね」
「いきなりなに、シハネも姫もわかった感出しちゃってさー」
「右カーブに先頭車両が曲がっている時、当然左後方へ煙は流れるでしょ。棺桶は巨大だから、前方三車両の左側はこの程度のカーブじゃ
「つまり前方三車両目から後方三車両の可能性が高いですね。それでいて雪の範囲内に無い……ベランダから飛び移ることができるということは、古民家群ではなく新造居住区のあたり。……地面の色は覚えていますか?」
「地面の色……。……特には覚えておりませぬが、奇抜な色ではなかったことは確かだと思いますぞ。記憶に残らないような、どこにでもある色と!」
この鋼鉄と蒸気の街は基本建材が金属だ。だから、そこかしこの地面は結構奇抜な色をしている……が、三年を過ごすうちでそれを奇抜だと思わなくなった、ということもあり得るので、判断は難しい。
あとは……そうだな。
「幽霊だった時って天気はどうだった? ずっと曇り?」
「ずっと曇り空でしたなぁ。青空を見たことがなければ、大雨もない。雪が降っている日はあったように思いますが……」
「吹雪もない?」
「無いと思いますぞ……?」
「えー? この季節じゃ三日に一回は猛吹雪だよ、フツー。お姉さんが記憶してるだけでも二日前とか吹雪いてたし」
「そんなことを言われましても……」
いや、年中を通して吹雪かない地域が実は存在する。
この街の全景は「列車が街を載せている」ではなく「列車の中に街がある」が正しい。吹きさらしではなく一応荷台……慣性や振動によって上のものが落ちていかないようにするための壁が存在するのだ。そんな端っこに用ができないから存在感は薄いけれど。
そして、その上で住宅街となると、場所は限られてくる。
「……一応、今聞いた話から想定される地域をマークした地図を作りました。あ、地図自体はゲーム時代に有志の手で作ったものなので、今と違う場所がある可能性もあります」
「え、すご。棺桶の地図とか初めて見たんだけど」
「ほぉぉ……これは緻密な。伊能忠敬もびっくりですよクォレハ」
「……ほんとだ。こんなのあったんだ」
このゲームにミニマップはない。だから……それこそ本当に伊能忠敬よろしく
これ自体はただの画像データだもんね。凄いプレイヤーがいたものだ。
「このマップを見て、ピンとはきませんか?」
「う、うううん。特には……?」
「なら、現地行こうよ。四両あるとはいえ区画は限られてるし、後方三両における商店街は喧噪を考えると外していいだろうし」
「ああ、静かな住宅街って話だからか。プレイヤーいなくてもうるさいもんね、商店街は」
「実はBGM:喧噪ってのが流れてるって噂だよ」
「へー。じゃあ実際の喧騒じゃない可能性もあるんだ」
「というよりその噂が多分的確にそうですよ。だってプレイヤーいませんもん」
どうしても前方三車両、特に一車両目にプレイヤーは集まりがちだ。伴って商売人もそこへ集まる。だから後方へ行けば行くほどプレイヤーは減る。
「ああでも、後方三車両のどっかの商店街にブラックマーケットがあるとか。これも噂だけどね」
「……なんですかそれは。僕の知らない市場が……? 俄然興味がわいてきました。……よし、午後の予定全部キャンセルするので、びやっこさんの家探し兼探検へ行きましょう」
「私は暇だから行けるけど、チェスカはどう?」
「んー、オーダーメイド一件入ってるけど後日にしてもらえばいいから、ちょっと待ってて~」
「いやはや、も、申し訳ありませぬな。拙者のためにこうも付き合わせてしま、しまって……」
いきなりドモリ出したな。まるで思い出したかのように。
……このステレオタイプのオタク口調はキャラ付けか?
要注意……。
三両目、四両目と歩いていって、どこにもびやっこの「ティンとくる場所」が無かったあと。
五両目で──彼女がキョロキョロとし出した。
「ふ、ふおおお? この辺り……見覚えっ! 見覚えしかないっ! 先程までと何ら変わらない光景のはずなのに既視感……っ!」
「全車両光景は同じっていっても使用感とか生活感とかって違いあるからねー」
生活感は理解できるけど、使用感は本当になに。前から話には出てきているけれど、全くわからないよその感覚。
でも彼女にはわかるらしい。というかシハネもわかるっぽく頷いているから、私だけなんだなわからないの。
「"スノープリンセンスは人の心がわからない……"」
うるさいよ。一団クランからずっと尾行けてきているのは知っているけど、ネタのために念話なんか飛ばしてくるんじゃない。
「こっち……こっちですぞ! 確かこっち……」
ふらふらと、しかし確かに何かを見つけた足取りで「そちら」へ向かっていくびやっこ。
今の内にとチェスカにメールを送る。「呪いの装備用意できたら用意しておいて」。
「──思い、出したッ! そう、あれです! あの家! あの家が、拙者がビビり散らかして逃げた家!」
彼女が指差す先にある家。
そこに知覚を飛ばす。中にいるもの、あるものをスキャンする。──これは。
「こうして窓から中を覗いて……って、ひ、
腰を抜かして後ろに倒れ込むびやっこ。何事かとチェスカ、シハネが近付く。そして二人して中を見て、目を瞠った。
「な……なにこれ、死体……?」
「夥しい量の女性の死体……いえ、そんなことよりも」
家の中にあったもの。
それはシハネの言う通り、夥しい量の死体。夥しい量の──びやっこの死体。
やっぱりこの読みは正しかったか。
ネクロマンサー。その存在が作り出した模造死体の一つに入り込んだ亡霊。……しかし、とすると、ネクロマンサーとは。
「せ……拙者、あ、あれ? 拙者って、やっぱり幽霊? 死んで……死んで、たり、します?」
「落ち着いてくださいびやっこさん。あなたは生きています。生きて僕たちの前にいます」
「い、いやだって、顔、同じ……で」
「正直あんまり言いたくないんですけど、僕たちの身体は自身のキャラメイクによってつくられた造形物です。言動を察するにあなたは違うのかもしれませんが……とにかく、この世界が現実であるにせよゲームとしての形を残しているにせよ、データがあるんですよ。プリセットデータなのかキャラメイクデータなのかはわかりませんが、同じ顔を作るための型がある」
「……でも、正直君の発言からすると、君がデータを抜かれたというよりは、君も創造物の一つ、って感じがするよね。キャラメイクデータを基に作られた存在、みたいな」
「あ……はは、は……そう、ですね。そんな感じ……ですね」
「ちょっと姫、折角シハネがフォローしたのに」
……ん? いや、私もフォローしたんだけどな。
「だからあれらは、君がデータを抜かれたことで作られた娘なんじゃなくて、他のプレイヤーと同じ、キャラメイクをしたことで生まれた姉妹って話」
「姫、追い打ちはダメだってば! ちょっとノンデリ過ぎるから口閉じてて!」
ええ?
君は私達と同じなんだよって言ってあげたのに、ダメなの?
……意識の断絶の話もそうだったけど、人間って妙なところを気にするというか……。
「い、いえ……耳障りの良い言葉を並べたてられるよりかは、雪姫殿の現実を直視させられる言葉の方が、幾分かは落ち着けます……」
「……そうですか。でははっきり言います。ここにある死体は消えていない。プレイヤーの死体は三十秒前後で消えてしまうものですが、これは消えていない。よってこれらは数日前に一団クランで発見された模造された死体と同じものであると推測できます。人間の死体……キャラメイクしたプレイヤーを殺した死体ではなく、初めから死体として作られたオブジェクトのようなものである、ということです。少なくとも一団クランはそう睨んでいます」
おお。……あ、いや、内部にいる運営がそっちに舵を切ったのかな。
とにかくいい判断だ。
「となると……あなたが本当に霊的存在であった場合、今のあなたはそのオブジェクト、つまり人形としての死体に憑依している、という表現がしっくりくるかと」
「憑依……はい、それ……しっくりきますな……」
「──で、それ、何か悪いんですか?」
「へ?」
「今しがた雪姫様がおっしゃったように、僕らも自らの意識をVR機器に投影し、キャラメイクしたデータで形作られたアバターに憑依する形でこの世にいます。それとなんか違います?」
「いやそう、まさにそれを私は言ったんだよ。ちゃんとフォローのつもりで」
「あ、そうなの? ごめん姫、あたしちゃんと理解できてなかったや」
要は言い方の問題か? ……この辺もう少し学習しないとな……。
「……拙者は、じゃあ、生きている?」
「あなたが僕らを生きていると定義するならば」
「……拙者、如何ながら今トキメキを覚えました」
「如何じゃなくて遺憾ね」
「そうですか。残念ですが僕にはすでに将来を誓い合った女性がいますので、失恋、ということで」
「NOOOOO!?」
──ん。
「みんな息を潜めて。ちょっと物陰に隠れて。──今二階で物音がした。ここ、マイハウスじゃなくて背景物件なんだね」
「……家主がいた、と。……騒ぎ過ぎましたね。聞かれていないといいのですが」
「とりあえず静かに。様子を見つつ、いつでも逃げだせるようにしておいて。已むを得なければ緊急脱出もあり」
「りょ、了解であります……!」
オタク口調じゃなくなってるよもう。
なんにせよ……さて、鬼が出るか蛇が出るか。