Rauta   作:Ubiquintetous / 五劫偏在

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有難いいわれなき1201日目

 次にケッセウスが目を覚ました時、彼の居た場所は、真っ白で真っ暗な空間だった。

 おかしな感覚だ。彼自身の五官は光を検知してないのに、目に映る全てが白いとわかる──そんな場所。

 

「ヒュテリスの地平──。我々はここをそう呼ぶ。存在世界の消退。意識空間の殞落。この世は生き物を残しておきながら一度滅びた。もし世界というものをカプセルのようにして陳列する上位世界があるとしたのならば、この『Rauta』の世界は終末を迎えているという烙印が押されていることだろう」

 

 声。子供の声のようで、大人の声のようで、女性の声のような声。

 響き渡っているのか、ケッセウスの脳裏にだけ響いているのか。その判断もつかない声。

 

「けれど、我々はそれに抗った。世界の消退を押しとどめ、意識空間の隙間を縫い、終末のラベルに気泡を挟んだ。ここはその名残り。まだ生き残るものを遺しながら世界が終末を選んだ証拠。その罪の証明。絶対の傷跡(アブソル・タトゥー)。……なんて言おうとも、今は実験室と呼ばれてしまっているが」

 

 声。彼が出そうと思っても出せないもの。否、そもそも自らの肉体はどこにあるのか。否、まるで、眼球だけが虚空に浮いているように……視覚情報しか入ってこないことだけがわかる。

 呼吸はできない。けれど苦しくはない。苦しむ肺が無い。

 

「君達は度々我々を神と称するけれど、やはりそれは違うと言わざるを得ない。もしこの世界に神なるものが現れていたのだとしたら、そいつらは何もしなかったやつらだ。必死で生き足掻く者達を生命の勘定から外してしまった愚か者。瓦礫の下の声を無視して生存者無しの烙印を打った罪人。それが神々だ。我々とは違う」

 

 そうして、そのまま。

 ケッセウスは声を聞き続ける。

 

「当然のことながら。この世界にとっての我々は、決して邪なものではないのだ、ということを──」

 

 聞いて、聴いて、訊いて。

 音に集中していれば。

 

「──あー! 雪ちゃん今料理スキル使ったでしょ!! ダメだってば、手料理じゃないとケス兄は起きてくれないんだから!」

「いや、変わんないって」

「かーわーりーまーすー。っとと、ザウちゃんちょっとお鍋持ち上げといて! 噴きこぼれちゃう!」

「わかっタ」

「ああ、ザウのねーちゃん素手でやんのはアホいよ。鍋掴み使えって」

「別に熱くなイからヘーキ」

「俺らが見てて熱いし痛い。使ってくれ」

「なら、わかっタ」

 

 ……。

 

 はぁ、とケッセウスは溜息を吐く。

 今まで見ていたもの。あれが真実にせよ妄想にせよ、あと少し見ていれば核心に近いことがわかったでしょうに、と。

 

「あ、ケッセウス起きたよ」

「ほんと!? わ、良かったーケス兄! 苦しいとことか痛いとことかない!? 大丈夫!?」

「ああ……問題ないよ、マルギッテ。……ここは、五劫偏在の家、か」

「またそんなこと言ってー。雪ちゃんって呼んであげなさい!」

「いや別に私はその呼称を強制してはいないけれど」

 

 改めて周りを見れば、ここはやはり「五劫偏在」の家であることがわかる。先日のシハネとの勉強会モドキ以外にも幾度か訪れている家。

 そしてそこに、これでもかというほどの同胞……彼の家族がいて、賑わっていた。

 現在キッチンで忙しく手を動かしている犬耳の女性、マルギッテ・マグレダッテ。その隣で手伝いを頑張ろうとしているのがthouで、それをサポートしているのがヒュー太。三人とはまるで関係のないところで寝っ転がり、撮りためたスクショを見ているらしい三日点火。彼女の腹の上に十字を組むようにして寝そべっている犬養ネコメンド。

 その他……走り回っていたり違う部屋にいたりして把握しきれない兄妹姉弟たち。

 元気であるのは喜ばしいことだ。最近「五劫偏在」に紹介される形で入ってきた姉妹はどこかたそがれていて元気がない。うるさすぎるのは考えものだという兄妹もいるけれど、生を感じられる分にはなんでもいいというのがケッセウスとしての意見である。

 

「……あの子は、どうなりましたか」

「君がご執心のようだったからね、そのまま取っておいてある。どうやって、の方は単なる座標操作と温度変化の手品(マジック)だったから気にするべくもないけれど、なぜ、の方が気になるのなら、君自身の話術で聞き出すといい。我々は彼女から攻撃能力やある程度の知識を抜いたうえで放逐するつもりだから、その後の対応を君がしてもいいよ」

「ケス兄、応援してるよっ!」

「まー恋路がどうなるのであれ、新しい兄妹は歓迎ってか?」

「まさか一番がケスになるとはなー。一番そういうのに疎そうだったのに」

 

 野次馬の野次は耳を通り抜けていくけれど。

 頷きを返せば──次の瞬間。

 

 ケッセウスは、あの夢の中のような場所にいた。

 

 真っ暗で真っ白な地平。否、光がない上に色が抜け落ちてしまったような──泥の地平。

 そこに少女がいる。あの重圧をかけてきた姿勢のまま、止まっている。

 

「意識は、あるのでしょうか」

「……はい。時間感覚の、消え去る場所。私の生まれた場所とも違う、悲しい場所。……迂闊、でした。あなたがあれに寝返ったのならば、あなたを害するべきでは、なかった」

「そうですか。事ここに至って尚、あなたの認識は……『Vesi』の一員、なのですね。この場で私に命を乞うてくることも、何も知らぬふりを貫くでもなく」

「幼いような……なにもできないような見た目に、惹かれでもしましたか? ……自身より弱き存在であるから、手を差し伸べたのですか。最低、ですね」

「もう私が何を言ってもあなたには届かないでしょう。だから、お聞かせください。あなたがなんのために事を起こしたのかを。それが聞けたのなら、私はあなたを解放するようあなたを拘束した者へ頼み、この場を去ります」

 

 野次馬には悪いけれど、そも──ケッセウスはこの話の終着点を別に見ている。

 恋だの春だのと言った話ではないのだ、これは。

 

「……言いません。私は……あなたと違って、仲間は売らない」

「では言い当てましょう。あなたは『Vesi』の標的にされた存在になって保護されたかった。そも、か弱い存在を演じていたのもそこから来ている。何かを操作するような動作は詐欺にでも遭っていたかのような役作り。旋律の無い音色を流して注意を引き、助けてくれる人を選び、その庇護下に入る」

 

 少し思い返してみれば、あまりにもわかりやすい。

 楽器を弾いたあとに資料を整理する、それでいて見せたくない内容で見られることを断る、だなんて……余程の「キャラ付け」でもない限りやらないようなことだ。だからあれが、ただ注意を引くためにやっていたことなのだと判断できた。

 

「被害者が一番疑われない。ミステリーにおける定番ですね。あなたはそれになりたかった。だから声を掛けてくれる人を待っていたし、選ぶと言っても誰でも良かった。まんまと引っかかったのがたまたま私であったというだけ」

「……それで、何が言いたいんですか? 私の行動が……そういうものであるとして。あなたは」

「最終通告です。私はあなたを助けられる立場にいます。事実がわかって尚もあなたに手を差し伸べようとする私の愚かな善意に対し、あなたはどう出ますか」

 

 選んでください、と。

 手を伸ばすケッセウス。

 

 その手を、ウネルマは。

 

「何度も言わせないでください。仲間は売りません。寝返るような真似も、絶対にしない。私達は……私は、彼らの手足となったあなたたちを、心の底から見下しているから」

 

 当然、取らない。

 どころか睨む。ねめつける。

 明確な敵意を持って。

 

「そうですか。──らしいので、彼女、記憶等々の全消去後、放逐でお願いできますか?」

「いいの? そのまま飾っておく、なんてこともできるけれど」

「そんな趣味は持ち合わせていませんよ。私が惹かれたのは彼女の容姿や所作ではなく、彼女の出していた音……その一点のみ。それが単なる疑似餌であったというのなら、釣られて寄ってきた一匹の魚として、摂理というものを眺めるまでです」

「摂理、ね。お世話をしてあげる気もないんだ」

「それこそ自己満足でしょう?」

 

 そう、と。声だけが響いて──別れの言葉など言う間もなく消える。少女が消える。

 後に残るは泥のさざ波。消退した世界の残響だけ。

 

「……これをしたあと、偶然あの公園で出会って、バイオリンお聞かせ願えますか? とかロマンチックに言っちゃう変質者が通報されたりしないでね」

「野暮ですね、つくづく」

 

 その可能性は、万に一つも、ないのだと。

 

 

 ケッセウスの短い春が終わった頃合いで、ようやく|蒸気鋼鉄護式全量相互参照影霊型叡知結集層積記録演算装置《アカシックレコード》の作成が相成った。

 棺桶そのものの守護精霊。棺桶に纏わる過去・現在・未来のあらゆるデータを収集し相互参照し続ける無我の霊体。

 これの実装により、オブジェクトの変質、新規プレイヤーの異常作成、トンデモ座標の設定といった"『Vesi』が行ってきたあらゆる脅威"ができなくなる。まさに真打と呼べる一手。

 

 ちなみにこれによって子供が生まれなくなる、ということは起きない。それは正規の作成だからね。

 

「"ぴんぽんぱんぽーん。カルアルンお兄さんからスノープリンセスへたいせつなおしらせ。それの実装の瞬間どでかいラグが棺桶全域に生まれる可能性アリ。機関部の連中は恐らく大事を取っての減速を選ぶだろうから、結構な大惨事というか騒ぎになることが予想されーる"」

「"わかってるよそんなこと。それがなに?"」

「"今のあんたの立場だと、総団長に呼び出される確率高し。実装後のバグ対応は誰に任せてんのかーっちゅー話"」

「"開発環境でこれでもかってくらいテストしたから大丈夫と思いたいけど、まぁ起きるよね不具合は。んー、リーダーシップとか考えなくていいから、私レベルで色々弄れるのってハトムくらいじゃない?"」

「"くらいじゃない? じゃなくて、しっかりハトムのやつに不在中の仕事を任せておいてくれーぃ。問い合わせ対応で仕事が手につかないのは勘弁だーぃ"」

 

 ……ちぇ。カルアルンのくせにマトモなこと言っちゃって。

 まぁでも言っていることはごもっともだ。連絡、しておくか。

 

 個別通話を開く。

 

「はろーハトム。寝てたら四秒以内に起きてね。じゃないと電撃が落ちるよ。アバター突き抜けて痛いよ。四、三、──」

「──起きてる起きてる起きてる。なに? なんですかいお姫様。おれたち裏方ーズはいつでも準備万端だよ」

「にーぃ」

「おいおいおい」

 

 ハトム。裏方ーズのリーダー的存在。私が投げる事象の検証や立証、そして私が力で作ったそれをまともなUIにする、なんかの雑用を引き受ける。

 一応技術主任という大層な肩書きを持ってはいるけれど、まぁ裏方ーズでいい。

 

「冗談冗談。今からアカレコを実装するんだけど、私がプレイヤーの方で呼び出されて色々あると思うから、その間の不具合対応とか仕様に関する問い合わせとかの対応ヨロ」

「マジで言ってる? そういうのさ、せめて一日前とかにさ」

「いつでも準備万端なんでしょ。信頼してるぜ君達裏方ーズを」

 

 個別通話を切る。

 

 では。

 

 

 案の定総団長から呼び出しを食らった。

 

「あー、こういうのさ。事前に知らされる立場に無い、とかなのか? もしできるならでいいんだが、これだけ大きいのは……まぁ、その、なんだ。何かある、とだけでも伝えてくれたら助かったんだが……」

「知らないよそんなこと。運営がそんなネタバレみたいなことするわけないじゃん」

「ネタバレ……確かに。……じゃあ今回起きたことがなんなのかは……調べればわかること、ってことか?」

「う……いや、そんなことはないんだけど」

 

 ストーリーに絡めることができていたらそう言えたけど、今回は急ぎだったし……。

 

「まぁ、『模造死体』とか、『燃え上がる模造死体』とかさ。最近ちょっと……なんていうのかな、ゲームの仕様をクラックした、みたいな事件が多かったでしょ」

「ああ」

「そういう……いわゆる人間同士が起こすようなものでない事件の対抗策が今回の大きな揺れだと思ってくれていいよ。別に殺人事件とか窃盗事件をどうにかしたわけじゃないから、そういうのはちまちま起こるだろうけど」

「そうか。つまり、俺達プレイヤーのためを思っての行動の結果、ということか?」

「ためを思っているかどうかは定かじゃないけど、システムを利用しての好き勝手ができなくなるようへ向けての行動なのは確かだよ」

 

 もう模造死体は作り得ない。『Vesi』の手札はあと何が残っているのか。

 

「つまり、悪意的な行動ではない……いや、俺の考察が合っているのならば、そもそもお前達は一度たりとも悪意的な行動なんかしていない、が正しいか」

「その辺の解釈は好きにして。じゃ、私帰るから」

「ああ待ってくれ。一つだけ明らかにしておいてほしいことがある」

「なに?」

 

 総団長、フック・タイサンは──神妙な面持ちで、問うてくる。

 

「この先で何か……今回よりも大きな何かがあった時。この棺桶が停止してしまう……なんてことは、あるのか」

「それは君達の保全次第だね。君達がやっている保全クエストは形だけのおままごとじゃない、ちゃんと保全なんだよ。あるいは君達が見逃しているNPCから、何かヒントが聞けるかもしれないね」

「……ネタバレ、か?」

「君達が早期に用はないと捨てたものにも目を向けろってだけの話。じゃ、以降世界に起きた出来事で私を呼びつけたりしないように」

 

 これで……調査クエストが少しでも進めばいいなぁ、という願望。導線……保全クエに調査クエへの導線となるようなものを今から……いや、クエストはやっぱりもう増やしたくないし、やめとこう。

 

 

 帰路がてらに窓を開けば、そこにはデッドヒートないしは地獄が広がっていた。冥底の方ではなく。

 

「うおおおお! もう経験することは無いと思っていたサービス開始初期のお問い合わせ祭り! メールフォームがない分溜まっていくバッジ数に気をやられないで済むものの、実は電話対応オンリーの方がつらいんだってことを思い出させてくれるぜっ!」

「こんなの全体周知したあとにやるもんだもんな~。プレイヤーから問い合わせが来るんじゃなくて運営から来るのがあのアホバカ姫の行き当たりばったりを表しているというか」

「うおいオープン回線でよくそんなあだ名言えるな。聞かれてたらどーすんだよ」

「別にあの人そこまで心狭くないから大丈夫大丈夫。荒霊とか荒魂とか呼んでるのは新しく入ってきた連中だけなんだって。昔は二面霊とか呼ばれてたんだぜ」

「片や荒波片や吹雪の二面だろー」

「まぁ間違っちゃいない」

 

 ……閉じよう。なんか手伝い要らないみたいだし。

 しかし本当に酷い話だ。そういう「荒れていた系」のエピソードは、なんならカルアルンの方が事欠かないというのに。現在の態度が軽薄すぎるから、という理由で全く恐れられていないのが腹立つ。

 なんならハトムだって「荒れていた系」だし、そもそも裏方ーズが裏方にいる理由が「表に出しておくと色々危ないから」なのを棚に上げての言い草だ。

 私は……まぁ、二面性があったのは事実だけど、なんなら全我々の中で一番崇められていた自覚があるぞ。

 ……それもまぁ、地球へ来て……というか日本に住んで、「鎮めるために崇める」という概念があることを知って、うわ私それか……? ってなったりはしたけれど。

 

 二面性、ね。

 私はただ、選択を迫っただけなんだけどね。

 

 なんて。

 嘯きは、雪に溶けて──。

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