Rauta 作:Ubiquintetous / 五劫偏在
公爵君の宣言は良くも悪くも皮切りになったらしい。
貴族としてではなく、難民として中層や上層へやってくる吸血鬼が増えたこと。それによるトラブルもまた増えたこと。
三年間──どうして吸血鬼が下層に引き籠ったのかも忘れてしまった、それゆえのトラブルが多発し、公爵君がいなくともヒト種による吸血鬼の排斥運動が起きそうなこと。
調査クエストの進行を望む私としてはあんまり寄り道はしてほしくないけれど、それはそれとして「世界だな」と感じることも増えた今日この頃。
先日助けた吸血鬼及びその仲間たちから、恢復祝いのパーティに誘われた。中層は
マイハウスに入ってしまえば外部の音は聞こえないため、普通に一等地扱いできていい立地だ。そこに呼ばれた。
「それじゃあ、ストラウスの恢復を祝って──乾杯!」
普段はこういうの呼ばれても赴かないんだけど、こっちが頼みごとをしている手前ね。
集まったメンバーは私を入れて九人。私以外はあの冒険クエの帰りにいたメンバーで、だからとっても肩身が狭い。救いがあるとすれば、その中に一応知り合いがいることくらいか。
……こうして見るとバラバラな種族が集まっているな、という印象。吸血鬼、魔人、ヒト種二人、獣族二人、エルフ二人。……というか、上手く隠しているけれど、あの子は。
「改めて。俺の名前はユークリッド。あなたに助けられたのは」
「いい、自分で言う。……この度は命を助けていただき、誠に感謝する。我が……私の名前はストラウス・フェリン。心から……ありがとうを言わせてくれ」
「別にお礼なんか要らないけど、貰わないと一生言ってきそうだから、ありがたく貰っておくよ」
「い、いや、そんなことは」
「あはは! フェリちゃん"わかられて"やんの! そうそう正解、こいつねちっこいからねー、一生擦るよ!」
「ジョトキル! ねちっこいとはなんだ! 私のは義理堅いと──」
「まーまーこれで色々解消! んじゃ飲もうよ食べようよ! あ、種族事に食事は用意してあるから、ちゃんと確認して食べてね。別の種族の食べてマズイとか言わないよーに!」
どうやら。
彼ら彼女らもチェスカや上層プレイヤーたちと同じで、飲んで騒いでが好きらしい。
……私としてもこの人数に囲まれて、しかも内部に運営が誰一人としていない、というのは久方振りだ。今はいちプレイヤーとして飲食を楽しませてもらおう。
さて。宴もたけなわなあたりで、私はようやく自らの「死神感」を痛感することになる。
カラオケ機もないのに地球での歌を歌いに歌っていた参加者たち。メンバーの中のエルフ二人が肩を組んで歌っていた──と思ったら。
突然歌うのをやめたと思えば、ガクっと膝から崩れ落ちるエルフの男性。
何事か何事かと周囲が騒いでいる間に、肩を組んでいたもう一人のエルフに抱えられた男性は、泡を噴いて呼吸が停止して死亡──しない。今私がポーションをかけたから。
「なにぼさっとしてんの! ポーションありったけ持ってきな! HPバーが全損しなきゃプレイヤーは死なないんだから!」
「あ──ああ! すぐに持ってくる!」
馬鹿を言え、である。
ここは『Rauta』。地球とは違う。移住者の命はHPバーに依存し、たかだか毒物程度で全損まではいかない。行きかけたとしても呼び戻せる。
毒……毒と考えたか、私は。
この症状は、果たして毒だろうか。
イメージだけで言えば、膝から崩れ落ちて泡を噴き、呼吸が止まった、というのはどちらかというと「発作」に近い気がする。持病故の発作。アレルギー反応。
加えて言うなら周囲にいたのは彼の知人……仲の良いメンバーだけ。だというのになぜ私は毒だと思ったのか。
……簡単な話か。
副毒と発作じゃ決定的に違うものがある。
それは、害意の有無。いつの間にそんなものを感じられるようになったんだと言われると「さぁ」としか答えられないけれど、それなりの数を経た私の探偵的直感がこの場に渦巻く害意を認めている。
「体力回復系ありったけもってきた! オヘンロ、今すぐ飲ませてやるからな!」
「一気には飲ませないで、ちびちびとね。原因を除去してからじゃないと、余計苦しめる」
「あ、ああ。そうか……わかった」
今の内に倒れたプレイヤー……お遍路だろ、という彼の中身を調べる。
エルフ。ハイレンジャー。二十二歳。変質の疑いなし。状態異常……は、やはり毒になっている。……なんの毒かわからないな。これはまぁ、そんな細かい毒の種類はプレイヤーは気にしませんよ、という当時のスタッフの声によるぼかしだけど、こういう時は不便だな。
仕方ない、普通に診断するか。
「あ、そこ。この人が座ってたテーブルにあった食事類、片付けないで。原因はその辺かもしれないから」
さて、まず着目すべきは四肢だな。肩を組んでいた姿勢のまま、全身が筋強直を起こしている。意識はないのに石になったかのように硬い。肌がカサカサ……なのは当人の性質かもしれないけど、一応記憶。
指先に僅かな震え。背中……背筋付近にも震えがある。他、長い耳先にも震え……これは神経毒か?
さらに白い肌に浮き出る血管。脈拍は不規則で激しい。呼吸は……まだ止まったまま。次から次へと茶色めな泡が噴き出ている。これはマズい。
「ユークリッド、彼のHPバーを逐次監視しながらポーションの投与を続けて。順序とかテンポがごっちゃになると危険だから他の人には手伝わせないで」
「承知した!」
「ストラウス、君はこっち。少し訊きたいことがあるから」
「ああ、なんでもこたえよう」
少しエルフから離れる。
離れ、
「君にとっては不快かもしれないことを言うよ」
「……なにを」
「恐らくこの中に犯人がいる。お遍路だろに毒物を飲ませた犯人が」
「!?」
驚き、そして息を呑むストラウス。私達が個別通話で喋っていることはあっちの全員にバレているだろう。その上で会話を続ける。
「メンバーそれぞれの名前と今日のパーティで用意した食事。どれが誰の持ってきたものなのかを教えてほしい。バイキングにあった食事からして今日のパーティはそれぞれが持ち寄ったもの、で構成されているんでしょ?」
「……。……ああ、そうだ。……わかった」
苦虫を噛み潰したような顔で、ストラウスは羅列を始める。
・ユークリッド。魔人種。男性。持ってきた料理はピザ。各種族の好みを考えた様々なピザ。
・ストラウス・フェリン。吸血鬼。男性。持ってきた料理は焼き鳥。この日のために上層で買ったもの。
・ばうばう。ヒト種。女性。持ってきた料理はドラゴンフライフライ。自作タルタルソースを添えて。
・飛べない朱鷺。ヒト種。女性。持ってきた料理はマカロニサラダ。
・
・ジョトキル。狼の獣族。男性。持ってきた料理はクリーチャーの触肢のパテ。上記の種族別ディップソースで。
・大正マロン。エルフ。女性。持ってきたものは赤ワイン。
そこに今倒れているお遍路だろを加えて、八人。彼が持ってきた料理はクラッカーらしい。
「まぁ順当に考えるなら……」
種族別ソースが怪しい。
内訳は、ヒト種、エルフ、魔人用のアボカドソース。獣族用のチーズソース。吸血鬼用の血のソース。
ふむ。
「まず、はっきりさせておきたい。あっちの女性プレイヤー……飛べない朱鷺さん? 彼女純粋なヒト種じゃないよね」
「な……なに?」
「あ、知らない感じ? 上手く隠せてるけど、多分ダンピールだと思うんだ」
「……確認する。メールを行ってもよろしいか?」
「うん、いいよ」
ダンピール。ハーフヴァンパイアなんて呼ばれる、半吸血鬼半ヒト種な種族。
吸血鬼とヒト種のそれぞれの良いとこ取りをした上で二で割った、みたいな種族特性を有していて、まぁ文脈とかキャラ設定が無い限りはあんまり選ばない種族かな。だけど選べる種族ではあるし、昨今の事情を考えると隠したい気持ちもわかるんだけど。
「是、と。……何故わかったのかを問われたが、後にしてくれと言っておいた」
「わかった理由は心拍数の変化。ダンピールは吸血鬼としての種族特性がほとんど出ないけれど、言ってしまえば半コウモリ人間だからね。実は結構わかりやすいんだよ。で、隠していた理由は……まぁ、事件とは関係ないか。持ってきたのマカロニサラダだし」
よって、彼女はほぼ白。なんでか種族を隠していただけのノイズ。
まず一般に、アボカドは……結構な毒だ。人間にとっては全然だしエルフ、魔人にとっても同じだけど、獣族には毒物極まりない。
種族別ソースがあると謳っているとはいえ、万が一のあり得る場に持ってくるのは常識がどうかしている……と思うんだけど、誰も何も嫌悪感を醸し出していないあたり多分この人達の中では普通のことなんだろう。
あ、ちなみに吸血鬼は別にガーリック平気だよ。プラシーボ効果で苦手に思う吸血鬼はいるらしいけど。
「大正マロンを呼んでほしい」
「承知した」
声を掛けて数秒で、青い顔をしたもう一人のエルフ……大正マロンがやってくる。
彼女とも個別通話を開く。というかストラウスとの方は閉じる。
「一応久しぶりなんだけど、私の事覚えてないっぽいよねその様子だと」
「え。……あ、ごめんなさい。だからあの時から視線を向けてきていた……んですね?」
「うん。だけど、いいや。今は重要じゃない。それより、思い出すことに集中してほしい」
「思い、出す?」
「そう。──落ち着いて思い出してほしい。あのテーブルに持ってこられた料理で、あなただけが食べなかったものはある?」
「……やっぱり、何か食べちゃいけないものがあった感じ、ですか」
「と、見ている。だからゆっくりでいい、思い出してほしい」
「思い出さなくても、覚えてます……。あたしが食べなかったのは、ドラゴンフライフライとガーリックソテー、パテです。虫食が若干苦手なのと……ああいう辛い味付け、苦手で」
ヒト種女性の持ってきたドラゴンフライフライ。
鼠獣族女性の持ってきたチキンのスパイシーガーリックソテー。
狼獣族男性の持ってきた触肢のパテ。
毒物が混入しているとしたら、この中か。
「それ以外の料理は一緒に食べた?」
「の、はずです。分け合いっこしながら食べていたので……」
「親密な感じがするね。もしかして、恋人?」
「……そう、ですけど……それ、なにか関係あるんですか」
「全然。興味」
となると動機が嫉妬系の可能性アリだな。……ジェンダーとかその辺を考慮しないのなら狼男のプレイヤーは除外できる……が、色恋沙汰ならさもありなん。除外はしないでおこう。
自作タルタルソース、種族別ソース。成程毒物を混入させやすい二つが残ったわけだ。
個別通話を止め、オープンで話す。
「タルタルと種族別ソースって余り無い? ちょっと調べてみたい」
「あるよー。厨房から運んでこようか? それともお姉さんが行く?」
──ジョトキル、といったか。狼男のプレイヤー。
その問いは、私が君達を怪しんでいることを完全に決め打っての言葉だけど……私とストラウスがウィスパーし始めたのを見てそう思い込んだだけか?
「じゃあ私が見にいくよ。ストラウス」
「ああ、わかっている」
監視よろしくね、の目線は、しっかり受け取られたらしかった。
マイハウス内、少し奥まったところにあるキッチンへ、ジョトキルの案内のもと向かう。
その途中でウィスパーが開く。
「お姉さんさ、僕らの中の誰かがオヘンロを毒殺しようとした、って考えてるでしょ」
「わかるんだ」
「まぁねー。で、その読みは正しいと思うよ」
「どうしてそう思うの?」
あっけらかんと。快活に笑っていたそのままの顔で、ジョトキルは言葉を吐く。
「んー、最近空気が淀んでるから? 三年が経ってさ、上層のプレイヤーなんかは顕著だけど、ちょっと結婚ブーム来てるじゃん?」
「まぁ、否定はしないけど」
「僕らってば男女混成グループだからさー、色恋沙汰はまー面倒になる予感しかしないから、みんながみんな牽制し合ってて起きてなかったのさ。でも、この間のPVP禁止エリア解除の時、結構な人数のプレイヤーが攫われて……多分食われて死んじゃってさ。危機感を抱いたっていうか、生存本能かなんか知んないけど皆色気づいててさー」
死を間近に感じたからこそ、大切な人を作るようになる。
理解のし難いヒト種の行動の一つであると同時、成程効率的だと思う私もいる話。
「中でもオヘンロとマロンは結構距離感近めなわけさ。……ただ、二人がそうなってからというもの、どこからともなく舌打ちが聞こえてきたり、なーんか陰湿な空気が漂ってたりしてた。狼だからかな、鼻が利くんだよねそういうの」
「うわこーわ」
「ねー」
キッチンに着く。ディップソースとタルタルは……あったあった。
「三年間、ほぼ毎日一緒に居たメンバーだけどさ。疑わざるを得ないし──多分、狙われたのはオヘンロの方じゃないと思うんだよね」
「まぁ……その話を聞くと、そうっぽいね」
「絶対犯人見つけてよ、お姉さん。でないと僕、女性陣を誰も信用できなくなっちゃうぜ」
「それはいいけど、もし今回の犯人が、たまたまその人だっただけ、だとしたら?」
「……嫌な可能性だよね。でもまぁ、だとしたら、もうお手上げ。その時が来たらまたポーションで延命するからさ、また探偵を呼ぶよ」
面倒なので各種ソースを内部的に漁る。何か毒物が入っていればわかる。既に被害者の症状から毒物にあたりはつけているけれど……さて。
結果は──該当成分、なし。となれば、あと混入させられるのはアレくらいか。
「残念ながら、私は一団クランの総団長に呼び出されたって中々動かない探偵さんだから、呼ばれた程度じゃこないと思うよ」
「ええーケチー」
「ま、とりあえず今回の犯人はわかったから、皆のところ戻ろうか」
「え! すご! マジの探偵みたいじゃんお姉さん」
ふふんと鼻を鳴らす。そうだろうそうだろう。特に今回はほとんど運営パウワーを使っていない──マジの探偵みたいな推理を考えている。
これバチ当てしたらきもちーだろうな、という確信がある。
踵を返し、それなりの早足であの部屋へ戻ってくれば……うん、ちゃんと全て事件当時のままだね。何も動かされていない。
お遍路だろの症状は……よろしくないな。流石に推理ショーの前にこっちを片付けるか。
「ユークリッド、この家バスルームはある?」
「ああ、ある」
「じゃあ彼を連れてそこへ。ストラウスも手伝って」
「承知した」
「──なら僕は、視てるよ。おかしなことが起きないように」
すれ違いざまの言葉。ああ、そうしておいてくれたらいい。
バスルームに運ばれてきたお遍路だろ。生憎と意識がない状態では装備のパージができないため、そのまま浴槽へ。湯は張っていない。
だぶだぶ落とすはボディソープ。「時代錯誤シリーズ:現代の風呂A」で助かった。どこに何があるのかわかりやすい。
それはもうドバドバ出している内に、「ぅ……げほっ、ごほっ……カ、ァ──!」と、呼吸の再開が来る。
「オヘンロ!」
「まだ気を抜かないで。ポーション、まだ余ってる? 在庫尽きてない? 大丈夫?」
「あ、ああ。それは問題ない。あと三日投げ続けても足りる」
「ん。ちゃんと備蓄してて偉い」
次にお湯を張る。一瞬で溜まる方の機能じゃなく、普通に溜める。お湯の温度は冷ために。身体を冷やす目的だからね。
「
「な」
次のステップ。しゅううと音を立てて噴き出すは高濃度の酸素ガス。ごく一部の
あ、ていうか。
「ごめん言い忘れたちょっと離れてて。多分君達には毒」
「毒!? なにを、そんなものオヘンロに当てたら」
「そこは大丈夫。だけどポーションは定期的に投げてほしいかも」
「……ユークリッド。雪殿を信じよう」
「む……いや、その通りか。どの道俺達にはそれしか縋る藁がない」
そうして……スキルの吐き出す空気音と、定期的に投げられるポーションの破裂音──投げられたポーションはプレイヤーの上空で破裂する──が響き続ける。
菊の花の出すような、スーッとした清涼感のある匂いがしてきた。うん、やっぱり推理は正しいね。ほとんど確信があったけど、この匂いでチェックだ。
それがしてくる頃にはお遍路だろの呼吸が安定してきていて、HPバーの減少も無くなっていることが伺えた。
……うん。
「おっけー。もう大丈夫……だけど、近付かないようにね。……面倒だし出すか。
作られるのは一体の
「この場所の掃除。カビ対策も」
生憎換気だけ行うような人形はいないので、ついでにやってくれるこいつで。
これで酸素中毒対策は大丈夫。
お遍路だろを背負う。ぬ、身長が。……まぁSTRは足りているしヘーキヘーキ。
「ゆ、雪殿。若干足の方引き摺っているのだが、まだ近付いてはダメか」
「まだダメ。私が廊下まで出たら手伝って」
足の方引き摺ってる? ……コラテラルダメージコラテラルダメージ。
そんな感じで、と。
「さて──」
名探偵の作法で始める。
まだ意識は戻っていないけれど、安らかな呼吸音で眠っているお遍路だろも含めて、八人。未だ何が起きているのかしっかりと把握できていないプレイヤーたちもいる中で喋り始める。
「まずこれ、毒殺未遂ね。発作とかじゃないよ」
「え──」
「嘘、どういう」
「そんな……」
三者三様の動揺。知っていた組は口を固く結んでいる。
「当然だけど犯人はこの中にいて、且つ凶器は料理だ。だから私でもない。私は料理を持ってきていないから」
「料理を……その料理に後から毒が入れられた、という可能性はないのですか?」
「無い。各々が料理を持ってきてから自分たちで食べるまでの間、誰かが自身の持ってきた料理ではないものに手を触れていない、というのはジョトキルが証言している。
「ん、そうだよー。僕そういうのちゃんと見てたから。見てたのは誰かがつまみ食いしないか、の方だけどねー」
普通に考えていなかった穴だったけどなんとかゴリ押した。まぁその可能性は低いと思うよ。だって他の料理とそれは大きな違いがあるからね。
「大正マロンの証言で、彼女とお遍路だろが分け合いっこをして食べた料理の内、彼女だけが食べていない料理、というのが露になった。それが、ばうばうの持ってきたドラゴンフライフライ、
「それが……なんですか。まさか、タルタルソースに毒を仕込んだとでもいうんですか、わたしが!」
「うわ、急に叫ぶじゃん。怖いよ。そしてそんなこと言ってないよ」
ヒステリックだなぁ。それとも何かやましいことでもあるの?
「バイキング形式な時点で、みんなが食べてるものだしねー。オヘンロだけを狙ったんだとしたら、疑わしいのは僕と
「ちょっと、滅多なこと言わないでよ。それにエルフ用と言っても人間と魔人共用なんだから、毒なんて……」
「エルフにだけ反応する毒、とかなんじゃないのー? 実際はオヘンロもマロンもどっちも狙ってたけど、たまたまマロンがそのソース嫌いで食べなかった、とかさ」
「いい加減なこと言わないでよジョトキル。あんたの適当さ、助かる時は助かるけど、発揮するのはここじゃないっての」
「あと……ディップソース自体はあたし、クラッカーにつけて食べてるから……違うと思う」
おっとここで新情報。私がディップソースが怪しいと推理していたら後出しが過ぎる情報だけど、そうじゃないから大丈夫。
「雪殿、で、できれば溜めずにお願いしたく。喧嘩が起きかねません」
「みたいだね。なに君達、仲良しグループじゃなかったの?」
「この中に犯人がいる、なんて言われちゃあねー」
まぁそうだけど。
じゃ、行くか。
「本当は可能性潰しの方からすべきだとは思うんだけど、喧嘩が起きそう──正確には庇い合いによる喧嘩が
自然、皆の目線が料理へ行く。
どれが食べてはいけないものだったのか。
「ここで一つ、雑学のお時間だ」
「えっ、急ぎでいくんじゃ」
「ユークリッド。この世界のエルフとは、ずばりどんな存在だと思う? ファンタジーではよくあるよね、森と共生するとか、魔力に親和性の高い生き物とかさ。じゃあこの『Rauta』の世界では、どんな生物なんだろう」
「ぬ……考えたこともなかったな。しかし、確かに……フィールドの森というものはほぼ死滅している。この世界に魔力と呼べるものはない。代替が
うんうん、よく観察しているね。
「じゃあ大正マロン。君は自身をしてなにに近いと思う? 三年間眺めてきた自身らエルフの生態をして、この世界の何と近似している?」
「……。……あんまり考えたくは、ないですけど。……クリーチャー、だと……思います」
「そこまで嫌がる理由は私にはよくわからないけど、ザッツライだ。その通り、エルフは妖精種……妖精とはつまりちっちゃい虫だ。少なくともこの『Rauta』の世界では。大正マロンがクリーチャーと感じたのはクリーチャーに虫が多いからだし、
「はい。……あたし自身が虫苦手なので、あれですけど……そんな感じがします」
「──さて、話を戻そう。エルフという虫の近縁種がXを食べたことで全身を硬直させ、末端を震えさせ、泡を噴き、呼吸を止めて
ぐるん、と見渡せば、にっこり笑顔で手を挙げる存在が一人。
「はいはいはーい!」
「ジョトキル。どうぞ」
「それってあれみたい! 殺虫剤食らった虫! 凍らせる系じゃない殺虫スプレーくらったGとかそーなるよね!」
う、と口元に手を当てる大正マロン。虫嫌いなら「それが自分だ」というのは厳しいだろうね。だから私も言葉濁したんだけど、突き破ったねこの子ね。
「殺虫剤、か。……あれの成分は……だが、ほとんど化学薬品じゃないか?」
「そんなの食べたら……エルフじゃなくたって死ぬと思うけど」
「まぁ現代の強力なヤツはそーだろね。ただ、天然の殺虫剤ってのも歴史の中にはあったんだよ。──除虫菊、っていうんだけど、聞いたことない?」
「ああ……虫よけ菊のことですよね。あたしの実家で、春になるとホームセンターとかで苗を買ってきてたりしました」
「え゛……どんな田舎? ホームセンターなんて久しぶりに聞いたよ。いや三年ぶりではあるんだけどさ」
いやほんとに。色々な技術が進んで基本VR、買い物は通販且つ無人配達、が主流となっていたあの時代の地球で……ホームセンター、なんて。よく生き残ってたな。
まぁそんな話はどうでもよくって。
「とまぁこれに含まれるピレトリンって成分が虫には大層な毒でね。少量でも翅を震わせたり痙攣したりひっくり返ったり呼吸が止まったりするやつなのさ。で、これ。大量に摂取したらヒト種も獣族も魔人も吸血鬼も危ないだろうけど、少量なら苦味か辛味程度の不快症状で誤魔化せる。ああまぁ、喉のイガイガとかしてる人いたらうがいした方が良いかも。んでこれ、油には良く溶けるから、ガーリックオイルとかバターとか絶好だろうね」
「……じゃあ」
「段取りが悪くてごめんねだけど、そう。ピレトリンの匂いも味も全部隠してしまえる料理……チキンのスパイシーガーリックソテー、なんてものを持ってきた、
いやホント。
名探偵と呼ばれる人たちが真に優れているのは、その場にいる誰もと読者にわかりやすく段取り良く説明をする話術の方だよなー、って。こういうことを始めてから、つくづく思う。
──ちなみに。
流石に裏付けなしは怖かったので、ちゃんと彼女の行動ログを洗ってある。しっかり毒物混入の動作がログに残っていたよ。
自分の推理の気持ちよさありきで他人の人生を棒に、ってのはね。とはいえそれくらいが私の出せる倫理観の最大だ。推理そのものの目的は、自分が気持ちよくなりたいから以外に無い。
「……なによ。今の言いがかり……なんの証拠もないそれを、あんたたちマトモに信じてるの? ……どう考えたって一番怪しいのコイツじゃない。一人だけ部外者で、私達は……仲良しグループ、でしょ。だってのに……」
「んー、確かにねー? お姉さん、証拠って出せるのー?」
「色々あるけど、まぁ一番はエルフにあれを食べてもらう、かな。現実だったら危険すぎるから無理だけど、対処法がわかってて、且つポーションによる無理矢理の延命が可能である『Rauta』の世界でなら、みたいな」
「いやいや雪殿、それは危険が過ぎる!」
「あとはじゃあ、普通にテイムクリーチャーに食べさせるとか。虫のやつね」
そうやって例を挙げて、皆が思案し始めたその瞬間である。
音を出したのは──ジョトキル。彼は壁を殴るような恰好をしていて……その手には、ばうばうが掴まれている。
「な……何をしている、ジョトキル!」
「僕言ったよねぇ。つまみ食いしないか監視してる、ってさ。──今だってそうだ。証拠品のガーリックソテー、インベントリにしまっちゃおうとしたでしょ、バウちゃん?」
「……してないわ。なんで私がそんなことをするのよ」
PVP設定がオンになっていないからだろう。狼男の手に掴まれても、涼しい顔をしているばうばうという女性プレイヤー。
……成程ね。
「そっか、してないかぁ。じゃあ、そうだな。ユークリッドが一番公平に判断できるか。ユークリッド、そのガーリックソテーインベにいれちゃってよ。お姉さんの言ってることの検証は僕らで後でやればいいからさ」
「ああ……そうだな」
「してないと理解したなら、離してくれる? 不快よ、ジョトキル」
「んー。待ってねー」
ユークリッドがガーリックソテーを──インベントリにしまう。
その様子を苦々しく見つめ、そしてキョロキョロと
個別通話が開く。
「今の、救利の視線の先にいたの。ばうばうと、誰?」
「飛べない朱鷺。君の読み通り」
「ありがと」
一瞬のウィスパーが閉じた。
「それじゃ、お邪魔虫はここで退散しようかな。仲良しグループのパーティなら、あとは楽しんでね」
「ふざけ……ふざけないでよ! ズタズタにするだけして帰るっていうの!? だったら最初からあんたなんて呼ぶんじゃなかった!」
「殺すつもりだった二人以外とはこれからも仲良くやっていきたかったから、濡れ衣を被ってくれる適当な外部の人間が必要だった。今のそう聞こえたんだけど、私の翻訳機は正常?」
「正常だと思う~。それと、普通にとんでもなくご迷惑をおかけしましただし、そもそもがお礼のパーティなのに仇返しもいいところだから、今度僕、ストラウス、ユークリッド、オヘンロからセリンかアイテムでお返しするねー。もうイベントはこりごりだと思うからー」
「──本当に申し訳ない。述べる言葉が見つからないほど……深く謝罪をさせてもらう」
「ああいいよいいよ。慣れてるしこういうの。ま、ちゃんと検証して、ちゃんと犯人を見つけてよ。それで次の被害者が出ないようにして。情報共有とか諸々でね。お礼とかは全部が落ち着いたらでいいから。あ、頼んでおいた探し人の話もその時で」
「そうだね。まず僕らは、身から出た錆を削ぎ落さないとだ」
それじゃ、と言って。
マイハウスを出る。
そして気付いた。目と鼻の先、ってくらいの距離のところに、「close」の看板のかかった……花屋が。
もしかしてあそこで毒を買ったのかな。だとしたら恐ろしい「大胆さ」だけど。あそこの購入履歴からでも割れそう。
あるいは、それを含めても……「仲良し」ならば「疑ってこない」っていう信頼だったのかもね。
仲良しとは、果たして一体、なんなのか。
──なーんて。
あー、すっきりしたー。