Rauta 作:Ubiquintetous / 五劫偏在
// 多少崩
まず、と彼は長い爪の指を一本立てた。
「吸血鬼には派閥がある。ヴラデスト・ヘルカイザーはプレイスキルとセリンは持っていたが、友達は少なかった。あの性格であるからな。ゆえに彼は自身が最高位の公爵の座に座りながらも、コミュ強者や各所へのコネを有する吸血鬼を中心に爵位を与えた。自身から離れてほしくなかったからだ」
「現実は無常だね。それで?」
「当然あぶれた吸血鬼は数多くいた。爵位持ちの方が少ないゆえな。そしてそれらは召使いにとされたが……まぁ当然離反した。これまた多くが付き合ってられるかと離反した」
「さもありなんが過ぎる」
「今も下層に住まい、対岸の火事を決め込んでいるのがこの連中だ。公爵関連のニュースを全てシャットアウトしているがゆえに世俗に疎い。貴族ぶることはないが村社会……つまり排他的になっている」
「想像がつくね」
「そして、その貴族ごっこを丸ごと冷ややかな目で見ていたのが、我らが中層吸血鬼だ。嘲っていたかどうかは人に依るが、貴族ごっこの寒さに呆れかえって、あれと一緒にされたくなくて中層に住まうようになった。離反したのではなく初めから仲間ではなかった者達。それが我らだ」
なるほどねー、なんて相槌を打つ。
今やっているのは……簡単な歴史の授業かな。
「この派閥は……まぁ、結構根深いものでな。派閥外の吸血鬼には情報の一滴も与えない徹底ぶりだ。私ですらそのきらいがあるほどに」
「でも、初めから仲間じゃなかった吸血鬼の方が圧倒的に多いんでしょ? 小派閥は大派閥に食われたり潰されたりしないの?」
「ここがまだゲームで、新規参入プレイヤーがいたのならそういう諍いもあっただろうが、良くも悪くもメンバーが変わらぬと変わりようが無いというべきだろうな」
そんなものか。
まぁ……そうか。変わるメリットがないものな。
「ゆえ、私が知る情報はかなり限られているし、知っていたとしてもかなり古いものである可能性が高い、というのを前提においてほしいのだ」
「うん。それで大丈夫」
「まず結論を述べよう。クリーチャーの血とか飲めんて、という名前の吸血鬼について、私のフレンドにはいなかったが、私の所属する派閥の吸血鬼のフレンドにはいた。オンラインであり生存は確定しているものの、お前を探している人がいる、というメールを送っても一切の反応を示さないプレイヤー、だそうだ」
「生きてる……のか。ふぅむ」
生きている。ただ返信が無いのは……どっちだ?
派閥外且つ正体バレを恐れて無視しているだけか、オンラインなれど返信できない状態にあるか。
「様々なプレイヤーに聞いてみたのだが、容姿は覚えている、ゲーム時代に一度会ったきり、などの証言が数多く、今でも会っている、という者は誰一人としていなかった。正直言って印象も薄い……のだそうだ」
「ごめんねなんか、そんな調べさせちゃって」
「否、受けた恩と返してしまった仇にくらべたら、些細なこと。……それで、まぁ、なんだ。意を決して他派閥……離反した方の派閥にも声を掛けてみたのだが、こちらも収穫はなかった。……これのおかげで新たな交流が生まれそうである、というのは、なんというか、副産物というか」
「へえ、良かったじゃん。ああ、貴族ごっこしてたけど公爵クンの戦争宣言に呆れて離反したプレイヤーに一人協力的なのいるの知ってるから、そこの派閥とも繋げてあげようか?」
「それは……かなり助かるかもしれない。本来プレイヤーは派閥などなく協力関係を結ぶべきであるからな」
争うのもヒトのSAGAだとは思うけど、そこはお任せしよう。
「あ、で、だ。雪殿がその……探し人の際に相手の特徴を言わなかったことと、『Rauta』ではまだフレンドになっていない、と言っていたことを思い出してな。聞いた限りの特徴から、人相書きを描いてみた。スクリーンショットの類が残っていれば良かったのだが、誰も持っていなかったのだ」
「へえ。……え、うま」
共有されたお絵描きエモートの絵は、非常に写実的な絵。まるで目の前にいるアバターをそのまま写し取ったかのような出来。
ほへー……こんな写真みたいに描ける人いるんだな……。
「数年前に受けた医学書のイラストの仕事で、特徴的な部位を持つ人の顔の絵を描いたことがあってな、その時の杵柄というやつだ」
「イラストレーターだったの?」
「それを専門にしていたかと問われると怪しいが、概ねは」
「『Rauta』はそういう系の興味から?」
「いや、そこは一切関係ないな。私はユークリッドに誘われてゲームを始めたゆえ。……あ、別にユークリッドのことは恨んでいないぞ。こんなことになったとはいえ……楽しいゲームだったのでな」
あーね。
じゃあ彼らの仲良しグループは、最初から仲のいい二人のところに色々集まってきた系なわけだ。そりゃ権謀術数色々あるよ。
ただの痴情のもつれだけだといいね。他の感情が絡んでいると最高にめんどっちぃから。
「と……そう、この画像は雪殿に渡しておく。あ……いやそう、自身の腕を疑う気はないが、全く違う容姿である可能性も無きにしも非ずだ。なんせ皆三年前の印象に薄い話。覚えていることもあいまいだった」
「んーん。めっちゃ助かる。またそのフレだって人達にヴラデスト君から返信あったらさ、なにかしら連絡頂戴」
「あいわかった。では、私は帰ろう」
「うん。……聞こうか聞くまいか迷ってたんだけど、事と次第は、実際どうなの?」
「う……む。実はあの後ジョトキルがブチ切れてな……とりあえず冷静でないと話が進まぬ故、ジョトキルと疑わしき三人を隔離してある……のだが、私やユークリッドに秘密でメールのやり取りを……レスバしているようでな……」
「わー長くなりそー」
「うむ……。というわけで、失礼をする。恩を返し終えたつもりはないゆえ、ねちっこくまた返しにくる所存だ」
「ん、受け取るよ」
「ありがたい。では」
今度は引き留めない。よって今度こそストラウスはマイハウスを出て、そこまで強くはない雪の降る道を一人帰っていく。
あれは苦労人だねぇ。……移住者って胃潰瘍起こすのかな。その辺知らないから今度聞いてみよーっと。
当面急ぎの用事が何も無いので、今回は運営パウワーを縛って公爵君を探すことにしている。
即ち「操作の基本は足」ってやつだ。
とはいえ棺桶は広大である。私が主要施設しかいかないから分かりづらいけど、ローラー作戦で全体を見るには結構広い。
設計段階だと百五十メートル掛け四百メートルが六車両。内先頭車両だけ街の床面積が半分になっている、というものだったはず。連結部や先頭の機関部合わせて総全長約二千四百メートル。案外小さいねって前運営に言われたけど、一つの棺桶につき三万人くらいしか乗ってないんだからこれで充分なのよ。
この広さを虱潰しに探し回って、無いとは思うけど公爵君が私から逃げるように移動していたりしたら、そりゃー中々見つからない。況してや別インスタンスであるマイハウスの中にいたら流石にお手上げ。
けどこういうのはまぁ飽きるまでが楽しいと言いますか。
みんなの嫌われ者ヴラデスト・ヘルカイザー君ではなく、私の古い知り合いクリーチャーの血とか飲めんて君探しであれば、その名前の間抜けさも相俟って結構な人が協力してくれる。
まるでそういうクエストをやっている気分だ。内容を全て知っている
時間に追われていないからどれだけグダってもヘーキなのが良い。
連絡してくる運営もいないから、本当に適当に──。
「"お
「"──"」
「"え、あれ、今なんか空気重くなりやしたけど、ダメな雰囲気ですか"」
「"すげー……今繋いでなかった俺まで冷や汗出たよコエーッ"」
いや、いいんだよ。というか遊んでいる私の方が悪いんだし。
よし切り替えよう。
「"ごめん大丈夫。なに?"」
「"ダメならダメと言ってくださいよ? オレは別にお
「"ううん大丈夫。それで、どうしたの?"」
これがカルアルンからの用事だったら自分で片付けろと言っていたけれど、チュノスケならね。
彼は本当に私の助けが必要な時しか声かけてこないし。
「"以前お話したかどうか忘れちまったんですけど、吸血公爵の一派が何やらおかしなことやってまして"」
「"おかしなこと? っていうか一派ってなに。聞いてないなそれ"」
「"ああじゃあそれからで。吸血鬼の大半は吸血公爵から離反したんですけど、アレの屋敷に勤めていたプレイヤーは未だ公爵の帰りを待って屋敷に籠城してたんですよ。別に攻めてもねぇですけど"」
ああ。そういえば、どこか信仰さえ感じる目線を向けているメイドが結構いたな。
加えて……もしや金太郎とアンドゥーロもその一味だったりするのかな。
「"そいつらを吸血公爵の一派と呼んでいます。で、本題なんですけど、昨晩あたりからどうも連中の数が減っているってなファミリーから連絡がありまして"」
「"数が減っている?"」
「"へえ。オレもよく理解できなかったんで、今朝から一日目視とログを見ていたんですよ、屋敷の。そうしたらどうだ、確かに一人メイドが消えている。恐らくですが昨日の内にはもう一人か二人消えたんでしょうね。だってのに騒ぎもしてねえんで怪しいんでさ。緊急脱出的な消え方だってのにそれらしいインスタンスが開いた様子もないんで、報告とさせていただきやした"」
人が消える……。
オブジェクトやプレイヤーの変質はもうできない。アカシックレコード君が頑張っているから。
だから、たとえばプレイヤーを大気に変えたり、家具に変えたり、というのはできない。だというのに消えている、っていうのは。
「"見た感じなんかオブジェクトが増えてるとか別プレイヤーになってる、とかでもないんだよね?"」
「"へい。妙なのは、インスタンスから出た記録も無いことでさ。以前のミズダニよろしくテイムクリーチャーに融合しているやつ……つまりまだそこから出ていない、のパターンにも見えやすが、どうにも変だ"」
「"了解。私も現地へ向かうよ。チュノスケはそのまま監視しといて"」
お遊びはここで終わりだな。
アカレコを実装したというのにまーだおかしなことをやる奴がいるとは。
「"いつも通りバックアップに控えておくから好きなようにやんなー"」
「"ああじゃあカルアルンは冥底に入ってくる
「"裏方ーズにやらせりゃいいだろそんな雑用はよー"」
「"今念話なの忘れた? この話は私達しか知らないの。ほらとっとと動く"」
「"へーい"」
さーて。
なーにこれ。
「消えて……るね。どう見ても」
「みてぇですね……どう見ても」
消えている。
何かに変わったとか、死んだとか、移動した、じゃない。
消えている。
何をしているかはわからない……けど、確実に故意なのはわかった。
だって会話ログが。
『落ち着いて……心を静かな池に沈めて』
『……広がっていく波紋は、次第に、次第に薄れていく。次第に、次第に』
『そうして、美しい水面だけが、その場に残る』
『……おお、成功だ。やはり公爵様は正しかったのだ』
『素晴らしいわ……ああ、私も早く……』
『待て待て焦るな。金太郎、この施術は一日にどれくらい可能なのか教えてくれ』
『一日に二人が限界かな……多分だけど、あんまり波紋を立てすぎると破綻する』
『そうか。なに、時間はあるんだ。ゆっくりやればいい』
となっている。それぞれ金太郎、アンドゥーロ、メイドの会話ログ。その場にはもう少し多めのプレイヤーがいるけれど、彼ら彼女らもこの様子を見ているようで、しかし何の驚きも発していない。
「言葉は催眠療法とかのそっち系に聞こえやすね」
「うん、そんな感じがする。でも催眠療法の施術側に限度なんかあるのかな。それとも回数制限があると思い込ませるための話術?」
一日に二人が限界。あまり波紋を立てすぎると破綻する。
イメージは「水面へ静かに落ちること」なのだろうけど、それが何を意味するのかわからない。
公爵様は正しかった、という言葉をそのまま受け止めるのなら、今公爵の姿が見つからないのはこれと類似する方法を行ったことで消えたためになる、か?
消える。緊急脱出でもオブジェクト変化でも死んだわけでもなく、ただ人が消える。
ただプレイヤーが……消える……。
「まさか、ログアウト?」
「……そりゃ。……そりゃ、まさか、って……話ですよ。それができちまうのは……問題、っつか、そもそも」
「うん、彼らをこちらに移住した時点で、ログアウトも何もない。異世界へ来て、ただ移住者の認知にゲームUIが残っている、というだけに過ぎない。だからログアウトもなにもないのはそうなんだけど……」
それができる何かを……『Vesi』から仕入れていたとしたら。
「なんらかの手段によってロビー空間へ肉体を移動させることまでできていたら……あれ、けれど、どうなるんだ?」
この生者界を離れた精神はたとえどんなものであっても冥底へ向かう。肉体の死が基本のトリガーだけど、それ以外で離れた場合もそうなる。
ただし、アカシックレコードという相互参照システムが冥底へ連れていかれた精神を「肉体の生存状況」と相互参照するため、間違って肉体を離れた精神は強制的に「生き返らせられる」。魂だけは廻って待機列に合流するから……。
アカシックレコードがロビー空間を認識していれば、肉体の生存状況から精神を戻そうと画策する。認識していなければそのまま冥底へ。
そして認識していて画策していた場合、しかし正規の方法以外での新規プレイヤーアバター生成禁止に引っかかり……。
「とにかく……どうあっても地球へは送還されない。距離の問題と世界の閉塞の問題で、どうやっても。ただ……魂を持たない人間が生まれ落ちる可能性がある」
「……それは、オレに通ずる概念で?」
「いや、水子じゃないよ。魂を見失った人間というべきか。元々持っていたけど失った。見失った。記憶は肉体に格納されていて、人格は精神に付随する。でもどれだけハードが完璧に戻ってきても、ソフトが無ければ鉄屑と一緒」
の……はずだから、何も焦ることなんてないはず、なんだけど。
公爵様は正しかった、という言葉が気になる。まるで一度彼だけで試して、帰ってきたことがあるかのような。
彼に……『Vesi』は彼に何を見せた? 何ができると証明した?
「観察……しよう。今できるのはそれくらい」
「了解でさ」
金太郎、何をしている。あれほど素朴に医へと向き合っていた君はどこへ行った。
君達は、一体何を──。