Rauta   作:Ubiquintetous / 五劫偏在

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刺々しくありありと見える1228日目

 流星。流れ星。

 空をつんざく轟音(ひめい)さえなければ、嗚呼、美しかったのだろう。

 この世の終わりがやってきた。世界はこんなにも泣き叫んで死にゆくのだと、すべてが手遅れになってから理解した。

 

 猛吹雪。猛吹雪。猛吹雪猛吹雪猛吹雪猛吹雪。

 世界の空模様なんて九割がそれで、稀に落雷と快晴が顔を覗かせるがせいぜいだ。

 その時も……世界の空は雲っていた。暗雲。黒雲。どこまでもどこまでも続く、分厚く寝そべった雲。

 けれど、突如世界全体の輝いたことで飛び起きたのだ。どこが光源かもわからなくなるくらいの明るさに、世界の終わりとはこういうことかと天を仰ぎ、手遅れを理解して──少しばかりの静寂があった。異様な静寂。轟音も聞こえなければ悲鳴も聞こえない。耳が聞こえなくなったのではないかと思うほどの静寂。

 

 そして、恐らく、すべての人々の耳に、声が入ってきた。

 

「──無様。最後の最後まで自分たちがこれを招いたことに気付かなかったか」

「初めから期待などしていないだろうに。だから移住者を招く計画を立てたのだろう?」

「まぁ、そうか。そうだな。……聞け、人間。この終末は、消してやる。これで終わりというのは些かつまらぬゆえな。だが、我々が保証してやるのはこの先の百年までだ。その先は君達でどうにかしろ」

「できるものでしょうか。彼らは、我々が手を貸していたことすら知らないというのに」

「なに、技術は残る。それを研究するでも模倣するでも、どうとでもなるだろう」

 

 世界全体に響いているかのような声だった。そして、嗚呼、止まっている。

 雲の向こうの滅びが、静止している。

 

 声……声の主は、恐らく人間ではなく。

 そして恐らく、根本的に好意的な存在でもない。

 

「理想は、我々が戻ってくる二十年後あたりまでに何かが変わっていること、か。選べよ、人間。自ら生きるか、任せて死ぬか」

「期待はしない。もう充分見てきた」

「お忘れなきよう。"終末の蓋"は閉じたままです。このままなにもしなければ、百年後、同じ滅びを繰り返します。──どうか、動き得る者がいますよう、願います」

 

 消える。雲の向こうの滅びも、声の主も。

 それが跡形もなく、何事もなかったかのように消え去ったことを理解したのは、猛吹雪の泣き声が聞こえてきた時だった。

 

 

 奇妙なメンバーである、と。

 彼……採掘者の代表として呼ばれたチキン鳥井は思う。

 ここは世界生命研究所(ラボラトリー)。その中にある会議室。

 円卓があって。チキン鳥井から左回りに、中層プレイヤー代表ブラックダリア、一団クラン総団長フック・タイサン、世界生命研究所(ラボラトリー)所長ヒストリー芳岡、そこの所員thou、下層の友好的な吸血鬼代表バルサ巫女ッス、総団長がなんか連れてきたケッセウス。

 以上七名が、議題『婚儀に纏わる重要なこと』の会議に呼ばれた。

 正直混乱の極致である。確かにチキン鳥井はいわゆる"攻略組"なんて呼ばれるプレイヤーの一人だったし、デスゲーム開始当初は「うおおお俺が最初にクリアしてみんなを解放してやるぜ!」の人だったけど、今の彼は一般市民だ。きれいなお嫁さんがいるからあんまり危険なことをしたくない一般人だ。

 それがなぜこのような場に。救いがあるとすれば同じような境遇っぽいケッセウスが右隣にいることだろうか。

 

「──時間だな。所長、始めてくれ」

「えいよ、えいよ。それじゃあまず、これを見てくれますか?」

 

 ヒストリー芳岡。生命研究所(ラボラトリー)の所長にして、プレイ年数は当然他のプレイヤーと変わらないはずなのに「生き字引」と呼ばれるほど『Rauta』についての知識が深い女性。デスゲームの開始からごぞっと数を減らした希少種族ドワーフであり、一見して老婆に見える容姿や所作はあくまでロールプレイ。中の人年齢は二十代とか。

 そんな彼女がインベントリから取り出すは、何かの破片。それを円卓の中央に設置された『家具:アイテム鑑賞用ホログラム』にセットし、拡大させたらしかった。

 

「これは……碑文? の、一部……か?」

「先日ユークリッドさんとこの採掘隊が訪れた、外の遺跡の中にあったものでしてねぇ。全体は劣化が激しくてほとんど読み取れなかったらしいんですけど、その破片だけ持って帰ってきてくれて。一応全体図のスクリーンショットももらってありますよぉ」

 

 言いながら今度は『家具:壁掛け液晶テレビ』にそれを映す芳岡。スチームパンクな世界設定に合わせて自身のマイハウス内の家具類を全て「十八世紀くらいの雰囲気ロンドン」にしているチキン鳥井からすれば、あんぐりと開いた顎が落ちて戻らないくらい時代錯誤家具のオンパレードである。時代錯誤というか、世界錯誤というか。

 そんなの気にしないプレイヤーがほとんどであるのか、誰もないも言わないが。

 

 さて、液晶テレビに映し出されたのは……成程酸性雨・酸性雪による浸食の激しい碑文。なにか文字が書いてあったんだろうな、ということくらいしかわからないそれの、一部分が……今目の前に浮かんでいるホログラムの破片。

 

「これ……あー、なんかどっかで見覚えあんなこの文字」

 

 そう、ぽろっと零しただけだった。チキン鳥井としては本当に独り言のつもり。誰に聞かせるでもない咥内で完結する空気漏れ。

 だったはずなのだが。

 

「おんや、おんや。それが本当なら──今日の議題が変わるかもしれないですねぇ」

「えっ」

「察するに、今日の議題とやらは、この世界に元から在った文明について。及び、この棺桶以外の場所に人類の生存可能圏があるかどうかについて、ですね」

「えっ」

「そう……ここに書かれていることの次第によっては、私達プレイヤーも"ただ日々を過ごすだけ"から"未来へ向けて"という活動の仕方をしていく必要が出てきますからねぇ」

 

 その圧に。

 

「あー、じゃ、じゃあ俺あれ、自分のスクショ見返すターンやるから、まず話しといてくれ! な!」

 

 チキン鳥井は逃げた。

 ただ、そのおぼろげな知識が役に立つのはどうやら本当そうなので、スクリーンショット保存庫を血眼になって探し始める彼。

 

「まぁ、そうだな。所長、問いだ。この碑文がどうしてそうも大事だとわかった? 内容がわからないのであれば、もしかしたら家訓や国法が刻まれている程度のことかもしれないだろう」

「それがそうでもないのですよ。このthouちゃん、ちょっと特別な嗅覚を持っているんですけどねぇ、この子がこれを酷く警戒していて」

「ふむ。……すまない、初めましてだったな。俺はフック・タイサン。一団クランの総団長をしている者だ。君は?」

「あ、thou、と言います。えと、そノ、私は」

「彼女は私が所長に紹介した。これで身分は保証されますか?」

「ん。……成程。それは凄まじい身分証明書だ。話を遮って悪かった、続けてくれ」

 

 ケッセウスの身分証明ってそんなに強い効果あったっけ? なんて流して聞きながら、流しているので疑問もかけない。

 ブラックダリアは……ケッセウスの方を見てうんうんと頷いている。かなりの信頼を彼に寄せているらしい。バルサ巫女ッスの方は、逆に全く知らないがゆえに流れに身を任せている感じだろうか。

 ああいけないいけない集中しなくては、とスクショ保存庫に視線を戻す鳥井。

 

「thouちゃん、あの時と同じでいいですよぉ、思ったまんまのことを伝えてくださいねぇ」

「はイ。……とても、嫌な感じが、すル。たダ、見なかったことにしてはいけなイ。人々が直視すべキ、けれど、滅亡によって、語り継がれなかったもノ……な、気がすル」

「とても具体的であるが……thou殿はこの文字を読むことはできないのだろうか」

「わからなイ。私はずっと、文字を使ってこなかっタから」

「文字を使ってこなかった?」

「補足しますと、どうやら彼女の中身は年齢制限以下のようでしてね。恐らく親がプレイをさせていたのでしょうが、私が保護した時にはもう……という感じでして」

「それは……申し訳ない。つらいことを思い出させてしまったか」

「う……ううン、大丈夫」

 

 まー年齢制限なー。VR機器が隆盛してからはぶっちゃけあってないようなもんになってったもんなー。VC優秀過ぎて年齢感一切測れないしなー。

 ……と、そこまで考えて、思考を中断。スクショ探しに戻る鳥井。彼の集中力は戦闘時以外ゴミである……とは彼の妻、フランXjXjの評価。

 

「あー、吸血鬼から、一つ現実的な話をさせてもらいたい。構わないか?」

「お願いしよう。む、あ、すまん仕切った。癖だな」

「えいよ、えいよ。フックちゃんの好きにしてくださいな」

「そうか、では。改めて、バルサ巫女ッスさん、頼む」

「ああ。吸血鬼は日光以外には強い。かなり強大な種族だ。だが、そんな俺達をして、外は生存圏とは言えない。人間の生存圏を探すのは……正直言って無謀だと思う」

 

 いやホントになー。まぁ吸血鬼って意外と倒し方あるんだけど、それはそれとして外に住むとか絶対無理なんだよなー。

 ……ハッ。

 彼はチキン鳥井。「勝手に話しを進めておいてくれ」が一番できない人間である。

 

「ただ、この碑文の内容がどうであれ、"ただ日々を過ごすだけ"ではなく"未来へ向けてを考える"のは非常に有意義だと思う。……正直保全クエストで保全した気になるのは危ういってずっと前から思っていたんだ。あれで保全できるのは……できたとしても内側だけだろう、って」

「それについては一団クランから報告できる。流石に元蒸気機関の整備士、なんてやつはいなかったが、機械いじりの得意なやつは何人かいてな。そいつら曰く、"内側で列車全体のメンテナンスが可能になる設計になっている"んだそうだ。中層にある装填型輪状汽缶(パルモナリー)がいい例だが、この列車は自らで自らの外装を交換できるし、車輪の交換さえもやってのける準備がある、と」

「それが本当なら……わかっちゃいたけど、とんでもない技術力ですねぇ」

「……しかし、それにしては現地民に整備工が少なすぎるように思いますね。どちらかというと"超文明の遺した技術を仕組みも分からないまま使っている現地民"という構図に見えるのです。上層、中層、下層。全てで現地民と多く交流をしてきた私の所見になりますが。あくまで所見ですよ。事実とは乖離する可能性が大いにあります」

 

 まるで万が一にも勘違いしてもらっては困るかのような、思い込みの全てを消し去るかのような否定。別にそんな前置き要らないのにな、なんて考えたところで、チキン鳥井は「お」と声を漏らした。

 

「あったあったこれだこれ。昔『Rauta』の攻略掲示板で異彩を放っていた、『ぶらりRauta旅』って板があってさ。これこれ。【ぶらり】Rauta旅【4スレ目】。それのスクショなんだけど」

「トリちゃん、私に共有もらえるかしらぁ」

「ああ、メールに添付するよ」

 

 送信と保存、その後液晶テレビにその画像が映し出される。

 長大な画像だった。スレッドを端から端までスクリーンショットしてあったらしい。リンクを保存するに留めなかったのは、チキン鳥井の攻略への姿勢の高さかもしれない。

 

「ああ止めて、その画像。ほらこれ、似てるだろ。つか同じ文字もあんな」

 

 スレッドをスクロール──正確には画像を──していけば、確かに。

 旅行記の形で執筆されていたスレッドの中で、どこかの風景と共に、この破片に書かれているものと同じ文字の書かれた壁画らしきものが映っていた。

 さらにスクロールすれば、三つも四つも……それぞれ別の場所だろう壁画で、その文字が使われている。

 

「こりゃたまげた。周囲の様子を見るに、もしやこれ、棺桶の中にある、ということなのかしらぁ」

「やもしれぬな。中層では見た覚えがないが……」

「下層も同じくだが、意識して探し回ったわけではない。漏れがある可能性はある」

「……」

「一見壁画のように見えますが……これは、金……いえ、セリンの鉱石に似ているような」

「ほー、成程流石商人。確かに、だ」

 

 総団長が取り出したセリン硬貨。それは正しくこの画像の壁面と同一の光沢を有しているらしかった。

 

「そもそもセリンって何で出来てんだ?」

「地球上の物質とは異なるもの、ですねぇ。石炭三種と同じくこの世界特有のもの。硬貨にするくらいですから貴金属のように耐食性に優れているのかと思いきや、そこまででもないという不思議な鉱石。強いて他の物質より優れている点を挙げるのならば、どこの採掘地でも採掘できること、くらいかしらぁ」

「どこにでもあるのに通貨だった、というのはどうにもしっくり来ない話だな。加工法が特殊だったのか?」

「耐食性に優れていないだけですよ。昔プレイヤーがセリンに対してスキルを使ったデータが残っていますけどねぇ、表面を削ることすらできなかった、って話でねぇ」

「成程、衝撃には強いのか。だから加工法が特殊で、通貨として価値がある。とすると、この写真の在り処は造幣局的な場所か?」

「んー、スレ主が行ったことある場所のはずだから、今でも行ける場所のはずで……けど造幣局なんか噂すら聞いたことないぞ俺」

「私もですね」

 

 ああでもないこうでもないと議論が踊る。

 その中で、ピン、と。thouが手を挙げた。

 

「はい、ザウちゃん。どうしたのかしらぁ?」

「あノ……せりん、お金? 硬い、強い。いいましタ」

「そうねぇ、衝撃には強いのよ」

「なら、どうやっテ、みんな、採掘してル? thou、やったことなイ、わからなイ」

 

 ほう、と。感嘆が集っているメンバーから漏れ出でる。

 灯台下暗しであった。

 

「ドリルのレンタルは、ロビーでやってるよな」

「あそこは……そういえば門番が二人いたな。止められた覚えはないが」

「確かに! あそこ、実は扉がある説が出てきたな」

「扉か、部屋か。そうだ鳥井。このスレッドの主が誰だったのかはわからないのか?」

「ああ、わからん。最後の最後……デスゲ化まで正体不明だった」

「なんにせよ思い立ったが吉日だろ。頭脳労働無理だし、俺確認行ってくるよ」

「俺も同行しよう」

 

 チキン鳥井とブラックダリアが立ち上がる。ならば、とバルサ巫女ッスも立ち上がった。

 

「下層に造幣局的なものが無いか探してくる。そっちの線も抜けきれないだろうし」

「助かる。下層は全然わからんからな。となれば俺は上層に人を手配するか」

「私は今回出たワードを現地民に聞きまわってみましょう。なにか収穫が得られるかもしれません」

「解読方法が出土するといいんだがなぁ」

「お生憎ですが、ここの地面はカチコチで」

 

 チキン鳥井は抜けるという意味でこの言葉を使ったのだけど、皮を切ったように解散の流れになって、なぜだかバツの悪い顔をする。

 そんな鳥井をバルサ巫女ッスは「わかるぞーそれ」という気持ちで見ていたし、実は結構"ソッチ"なフック・タイサンも「流れに乗っかってスマン」という顔をしていた、とか。

 

 なんにせよ、解散だ。各自の仕事に取り掛かる次第となった。

 

 

 さて、人の居なくなった世界生命研究所(ラボラトリー)にて、二人。

 

「ザウちゃん、途中からだんまりになっちゃったけど、どうしたのかしらぁ」

「……正しいことヲ、思い出しテ」

「正しいこと?」

「この黒金の蛇を作ったのハ、ヒトじゃ、なイ。ヒトがそれを、何と呼んでいるノかは、わからないけれド」

 

 一拍置いて。

 

「聖霊、と。昔は、呼ばれていた者達の、遺産」

 

 thouは──最後に。

 

「……だった、はズ」

 

 と付け加えた。

 ちゃんと知らないことは曖昧な終わらせ方にする。ケッセウスらの家族にいる生粋の知らんけど(関西弁)使いから習った、あんまり覚えなくていい秘訣であった。

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