Rauta   作:Ubiquintetous / 五劫偏在

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袖振りあうも他生の1230日目

 カルアルンがハヌマンとして吸血鬼の動向を探っている一方で、チュノスケは少し別の角度から事態を洗っていた。

 

「……ここも無いか。そろそろ二か月……無理は出てくるはずだが……」

 

 ここはNPCの経営する食料品店。チュノスケが一つ前に訪れたのが同じくNPC経営の食事処で、その他カフェや酒場にも寄っている。

 調べているのは──購入者履歴。

 

 どのプレイヤーにあっても空腹値というものから逃げることはできない。

 ただし、『Rauta』の食糧は地球のそれと同じく次第に腐っていくものであるが、インベントリの中では時が進まない。だから予め大量の食糧をインベントリに入れておけばそれなりの期間を生き延びることはできる……けれど、どこを探しても大量購入の痕跡は見つからないし、直近で『クリーチャーの血とか飲めんて』が食品を購入した痕跡も無い。

 そろそろ音を上げるはずだ。そろそろ限界のはずだ。

 それとも。

 既にこの世を去っているから、そんなものは要らないとでも言うつもりか。

 

「あるいは、匿っている奴らがいるか」

 

 その可能性はあるのではないかとチュノスケは考えている。

 ヴラデスト・ヘルカイザーは他者を信用しなかった。いや、していたとしてもごく少数だった、というべきか。

 そんな彼だからこそ、信の置ける存在のもとで匿われている可能性は大いにある。その場合指名手配なんて意味がない。残念ながらマイハウスはマイハウス内部だけで完結できるほど設備が整っているし、食料はその匿っている者が買いにいけばいいだけの話。

 もしそれが複数人となればもうお手上げだ。その時はようやくもって無干渉に戻るしかない。

 

「おや? チュノスケさんではありませんか。お久しぶりですね」

「ん……と、ああ。三度(みたび)の兄さん。へえ、お久しぶりで。最近見かけやせんでしたね」

「ちょくちょく中層へ行く機会が増えたので、すれ違っていたのでしょうね。お疲れ様です」

 

 吉若尊(よしわかそん)三度(みたび)。狐の異族で、顔の広い男性プレイヤーだ。

 狐の異族は少し怪しげ、という偏見(パブリックイメージ)を裏切らず、手広く色々やっている。【見捨て物小屋】のシステムを作り上げ、座長のスポンサーになったのも彼だとか。かと思えば上層からのプレイヤーの案内役を務めたり、現地民のカフェでお茶をしていたり。

 正体不明の名に相応しき人物がいるとすれば、彼と、そしてケッセウスあたりが当てはまるだろう。

 

「こんな……言っちゃなんですけど辺境へ、また何用で?」

「ファミリーの親分さんの前で大っぴらに言うのもなんですが、ブラックマーケットの仕入れをしていました。私、結構出品しているんですよ、あそこ」

「ああ……なんでも闇市。……結構出品しているもなにも、ブラックマーケット自体のスポンサーに一枚噛んでいるでしょ、兄さんは」

「おや、知られていましたか。流石の情報網ですね」

 

 ──ふと。

 啓示が落ちる。

 

「……そういや兄さん、ブラックマーケットってのは、謂わば物々交換の市場なわけだから……購入履歴ってもんが残らない。この認識はあってますかい?」

「最初はそうでしたが、途中からそうではなくなりました。詐欺が横行してしまって……ですから購入と支払いの際には必ず台帳へ記入する仕組みになったんです」

「それ、いくらですかい。ちょいと今オレは調べ物をしていてね……欲しくなっちまった」

「お客様や出品者を守るための大切な台帳ですよ? そう易々とはお渡ししかねますね」

「ええ、なんぼふっかけられても買いやすよ。それで、いくらですかい」

 

 狐と鼠。両者の目が細められる。

 武力行使に出るような愚かな真似をする両者じゃない。脅しをかけるような馬鹿な真似もしない。

 ただ、商品が、いくらかと。

 

「台帳もまたブラックマーケットの品ですから、セリンではダメです。代わりに……そうですね、機会を望みましょうか」

「……機会? マシンじゃなくてチャンスですかい?」

「ええ。──雪こもり姫。あの方と直接交渉をさせていただく機会を欲します」

「わからねえな。そんなもんはお()さんへ直々に頼んでくださいよ。オレにそんな権限は無いんだ」

「あるでしょう? いえ、井坂チュノスケには無いのやもしれませんが──レルグ=アンハルヴ=フレバスさんには、ありますよね」

 

 息を呑むような無様も、瞳孔を揺らすボロも出さない。ただ理解ができぬというように眉をひそめる。

 

「レル……あんだって?」

「レルグ=アンハルヴ=フレバスさん──"未遂"を司る聖霊。とぼけなくても結構ですよ。あなたたちの言うところの聖典が一人協力してくれていましてね、既に大体のことは理解しております」

「……はぁ。まぁ、大方未接続(ミサキ)のやつでしょうね。なんたってあんたと仲がいい」

「ご名答です」

 

 チュノスケの視界の端に「Sorry」の文字が浮かぶ。うるせえとそのウィンドウを消した。

 未接続(ミサキ)。チュノスケやカルアルンが"未遂"や"存続"といった"そのもの"を司る聖霊なら、未接続(ミサキ)未弥栄(ミヤサケ)は人々のために作り上げられた聖典だ。

 先にも述べたが、チュノスケら運営は元来一枚岩の存在ではない。それぞれがそれぞれに目的を持ち、その合致した部分に「地球人の移住」があったから今協力しているだけで、本当はもっとバラバラの概念たちだ。

 彼らは長くこの地に存在し、長くこの地を守ってきた。チュノスケやカルアルンは概念として。ミサキやミヤサケはもう少し人に近い聖典という形で。

 だからこそ聖典は絆されやすい。情に流されやすい。

 これは裏切りでも情報漏洩でもなく、彼女らの本質だ。人に使われるためのものという本質が人格を上回った。それだけだろう。

 

「ここじゃなんだ、マイハウスに入って話やしょう。それでいいですかい?」

「はい、もちろん」

 

 なら、と。

 チュノスケはすぐ近くにあった建物をマイハウスに変え、その中へと入る。

 不動産NPCからしか買えない、という手順をスキップしただけだ。こういう技術を見せるのは不確定要素の前では避けるべきとされてきたけれど、彼女の実装したアカシックレコードが悪用や盗用を防いでくれる。問題ない。

 そしてこれら一連の行為に驚いた様子もない三度。……ミサキのやつが濫用してねえといいんですが、という心中は親心か。

 

「──まず、こちらから一つ開示をさせていただきます」

「開示、ですかい」

「ええ。私、吉若尊三度は純粋なプレイヤーとは言い難いのです」

「まさか……変質プレイヤー? や、でもそんな記録は」

「ああいえいえ。私はヴェイルメディアという企業所属の人間でして。聞いたことはありませんか?」

 

 ヴェイルメディア。その名前は。

 

「……オンラインゲームを主に狙う、告発系サイト……だった気がしやすね。ただしデマや捏造も多い……」

「まさにそうです。サイト名がそのまま会社名でして。デマや捏造は心外ですが、私はこのゲームの課金周りの導線を怪しんで潜入していたヴェイルメディアの記者、になります」

 

 額を揉むチュノスケ。まぁ、いる可能性は大いにあった。VR機器全盛期は何から何までAIで作り上げた、みたいなとんでもないゲームもゴロゴロあったし、そういった転がっている枠組みだけ使って目的はプレイヤーの情報抜きや金銭詐欺、というのも横行していた。

 その中で……ぽっと出の企業が出した『Rauta』という「しっかりした」ゲーム。成程疑うには充分だ。

 

「というか、課金の流れですかい。……オレはその辺携わってねえが、何が怪しかったんで?」

「正確に言えばお金の流れそのものですね。良心的な設計であると同時、そのお金を使っている様子がなかった。使っているというサーバーに負荷がかかる様子もなければ収支もいまいちぱっとしない。今にして思えば『Rauta』が異世界であったが故にサーバーもなにもないし、運営ごと移住予定だったから地球のお金など不要だったし、ということなのでしょうが」

「ああ……。まぁ、その認識であってやすよ、多分。……どうせいなくなるんだ、多少甘くたっていいって認識があったんでしょう。それを怪しまれちゃ世話無いが」

 

 後頭部をガジガジ掻いて、けれど、と。

 

「そんなことが開示なんですかい?」

「ああいえ、ですから……あなたが我が社ヴェイルメディアをデマや捏造が多い、と言っていたように、まぁ、そこそこ黒い会社なわけですよ。デマや捏造についてはそれこそデマなのですが、やっていることは普通にクラッカーです。内部データ抜いてますからね」

「……それは、どの範囲で?」

「私がやっていたのはサーバー挙動の調査とクライアントの解析でした」

「あぁ、がっつりですかい」

「ええ、がっつりです。そういうことを行っている中で……そういう機器を繋いだままのクリスマス直前アプデでしたので、そこそこの機能が"ついてきて"しまっていて」

 

 成程、と。チュノスケは得心をする。

 だから未接続(ミサキ)なのか、と。

 彼女は"届かないこと"に纏ろう聖典。チュノスケの"未遂"に似て、けれどもっと否定的。

 

「大方、サーバーの流れを映すモニタかなんかに未接続(ミサキ)が映ったとかそんなところですかいね」

「彼女は"届かないこと"……正確には"先の無いもの"、"先がまだ無いもの"に関する聖典である、と……そう本人から聞きました。肉体は用意され、精神と魂がその肉体に紐づけられていた私達移住者は、元来完結している存在。目に見えるシステム周りやスキルなども外部には一切のボロを零さない無欠の存在であると。ゆえに未接続という概念が生まれるはずがないのに、そこにある……私が連れてきてしまった、と」

「そこで、未接続(ミサキ)は兄さんを消さなかったんですね。その関係性が今でも続いている。……ちなみに兄さんが金持ちなのは、そういう不正行為に何か関係ありやすか?」

「いえ、これは純粋な私の経済力ですね。昔から得意だったんですよ、投資や市場操作」

 

 ああこりゃ「筋金入りだな」とチュノスケは思う。

 元から未接続(ミサキ)は殺しを嫌う性質(タチ)だから、余計にかね、なんて。

 

「そんなわけで私はあなた方運営の正体や目的を知りました。が、私はこの世界好きですし、移住できて良かったと思っているクチなので、あなた方に不利益を齎すような行為はしないでおいたんです。未接続(ミサキ)……彼女に迷惑をかけるのも思うところではありませんでしたから」

「はぁ。けど、オレに接触してきたのはまたどうして。こんな辺境にいたオレに声をかけてきたのもそもそも接触をするためでしょう。オレが何を欲しているのかもわかっていて」

「ええ、まぁ。下層の四両目なんて普通は誰も来ませんからね。ブラックマーケットは五両目ですし」

 

 辺境も辺境だ。表の人間も裏の人間も寄り付かない場所に「偶然」だなんて、中々無い。

 

「彼女から聞いたんです。一応あなた方に上下や階位はないとされていますが、"単純な力比べ"をした場合、トップに君臨するのは"雪こもり姫"で、その下に二人ほどいて、その一つ下があなたであろう、と」

「買い被りだ、そりゃ。……まぁ発言力はそこそこありますよ。それで……オレならお姫さんに取り次げると、そう思ったわけですかい? 直で行ったら殺されかねねぇと?」

「気を悪くされましたか?」

「いやそこまで狭量じゃないつもりですがね。なんでお姫さんをそこまで恐れるのかが理解できねえ。あの人案外人間好きですよ」

「頼みごとが頼みごとでして。ああそうだ忘れない内に。はいこれ台帳です。お目当ての"人間の購入履歴"、しっかり載っていますよ」

 

 なんの前置きもなくサラっと渡される『ブラックマーケットの台帳』。なんだかなァ、とはチュノスケの溜め息。

 

「お姫さんに交渉する前にオレへ聞かせちゃくれねえですかい。言っちゃなんだが、未接続(ミサキ)だって多少の力は持ってる。アイツができないレベルのことをしてもらおうって話なんだろう?」

「はい」

「ああ、先に言っときやすが、地球に連絡を、とかは無理でっせ。お姫さんなんらできる可能性もありやすけど、多分却下されるんで」

「それは不要ですよ。私、地球に愛着ありませんので」

 

 では、ここまでして欲する彼の望みとは、なんなのか。

 

「死、です。単なる死ではなく──死体を遺しての死。ついては、プレイヤーが死体を遺すことができるようになること、というのが私の交渉させていただきたい内容となります」

 

 それは。

 

 

 さて、一時帰還したカルアルンとチュノスケ。

 彼らは互いに得てきた情報をすり合わせ──驚き、そして溜め息を吐いた。

 

「え、なに、流行り? うわ久しぶりに人間わかんねーっ!」

「今回は……オレも同意だ。……人間ってのは、いつ如何なる時でも生を望むものなんじゃねえのか? 勿論ドロップアウトしたやつだってんならわからなくもないが……なんで、こんな……正反対のところにいるような奴らがこぞって……」

 

 人間の理解度という点において、二人の経験値は完全に同じだ。

 どちらも"聖霊"であった頃は人間を嫌悪していた。地球へ来て人となりてからの二十数年しか経験値が無い。それでも理解したつもりだった。理解できたつもりだった。

 

 だが。

 

「死体を遺して死にたい……まぁ、感情としては理解できる。けど、なんだってこんな同時に……示し合わせたかのように」

「死を身近に感じることが増えたから、か? PVP禁止エリア解除事件もそうだけど、スノプリが解決したっていう殺人事件なんかも顕著だよな」

「だが、それじゃあ本末転倒だろう。そっち……吸血鬼一派は『Vesi』の誘いを受け入れたんだろ? あれら事件の主犯だってのに」

「わっかんねーけど……結果をくれるなら相手が救世主であれ殺人鬼であれ関係ないんじゃね?」

 

 理解ができなかった。

 これだけの騒ぎを起こし、宣戦布告なんてことまでしての目的が「生まれ直して死にたい」である吸血鬼も。

 やろうと思えば死するまで所業の露見の無いまま過ごし、ただのいちプレイヤーであれた立場を捨てて、「死ぬための直接交渉をしたい」と言ってきた狐も。

 完全に理解の範疇外だ。二人の根っこにある部分が理解を拒否しているとも言える。

 

「……どうすんの? スノプリへの直接交渉の取次は……すんの?」

「まぁ、貰うモン貰っちまったからなぁ。せざるを得ねえよ」

「つか未接続(ミサキ)からなんか来てねーの? 性質上しゃーないとはいえわびの品とかさ」

「それに何の意味があんだよオレたちによ。……とりあえず事態をお姫さんに報告するか。この台帳から吸血鬼一派のことを調べんのはオレがやるとしても、死にてぇだのなんだのってのはお姫さんじゃないとどうしようもない」

「んじゃそれはオレがやっといてやるよ。お前は公爵君の動向を追いな。居ても立っても居られないんだろ?」

「……恩に着る」

 

 ある意味で、望みをかけているのかもしれない。

 彼女ならば──何か理解できるのでは、と。

 

 彼らの中で最も強く、最もできることの多い……"──"を司る聖霊ならば。

 

 

 

「……ああほら、カル。お前がそういうこと言うから」

「ん?」

未接続(ミサキ)からなんか送られてきた。……ん、なんだこりゃ。山吹色のお菓子? こんなアイテムあったのか」

「それ……詫びの品じゃなくね? お代官様に贈る賄賂じゃね? ……あいつの知識変な方に偏ってんのかな」

「教育者、誰だっけか」

「ハトムだな。……スノプリに言いつけよーっと」

 

 そんな会話があったとか。

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