Rauta   作:Ubiquintetous / 五劫偏在

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蹌踉めくおっかない1239日目

 私は今、目を伏せ、話を聞いているふりをして「どっかしら何かしらの要素にプレイヤーIDが表示されていた事実と、それが今まで発見されていなかった理由」を考えている。

 チュノスケとフック・タイサンの会合の結果、なんでもそういうことが話題に上がったらしく。確かにそれでプレイヤー側だけで成り済ましの対策をしてくれるのならそれに越したことはないな、とシステム構築中。問題はどうしてそれが今まで発見されなかったのか、の部分なんだよなー。

 

「やはり良い作品を作るにはパトロンの存在が必要不可欠だ、ということが思い知らされますな」

「どれほど優れた技術を持っていても、財布が寂しいと凶行に走る……それが証明されましたし」

「いや実に惜しい人材を失くした。しかしこうしてまた新たな才能が芽吹き、この『品評会』に参加してくださることは、神の思し召しかなにかであるとしか思えないですな」

「ペド神様ぁ~」

 

 今私がいるのは件の『品評会』。その会場。

 といってもパトロン役でしかない私に注目が集まることはない。注目の的になっているのは──sinohumi、だ。

 

「新たな才能とは言いますが、sinohumiさんは造形界隈では結構な古参ですぞ」

「なんと……それは申し訳ない。無知を晒しました」

「気にしねえよ。ペド(コッチ)で新参者なのは変わらねえしな」

「手を付け始めてどれくらいが経ったのですか?」

「日数にすると五日くらいだが、体感時間は二週間くらい経ってんな。これ特技なんだよ。過集中による時間感覚の増加。伴う経験値アップ、みてぇなの」

「なんと羨ましい特技。そして素晴らしい才能……」

 

 ポロロイドから齎された『品評会』の実態、及び一部のプレイヤーたちが極秘裏に行ってきた過激なモデリング技術の詳細。

 sinohumiだけが特別ではない……というか、技術面ではsinohumiに大きく劣るけれど、蒸気人形(スチームマタ)やその他製作系スキルを使用して女体を物として製作する、という技術がプレイヤー間で確立されていることをようやく知った。

 死体が欲しいというのをただ願うだけでなく直接交渉の形にしてきたのも、そういうモノがあると知っていたが故なのかもしれない。人形で作ることができるのなら自然にだって、と。

 

 先に我々としてのスタンスを表明しておくと、人形として女体や過激なものを作ることに関しては別に咎めるようなことをするつもりはない。

 アカシックレコードにより変質は封じられている。だから彼らがやっているのは「できる範囲でできることを」だ。加えて『Rauta』のプレイヤーは全員十八歳以上のはずなので、そういう基準値も問題なし。NPCの子供が移住者の作品に心動かすことはないしね。

 ただし、だ。

 どうにもおかしな"作品"も混じっているらしい。ベクシンスキーよろしく「見ただけで精神がやられる」とか「三回見たら死ぬ」とか。

 そのほとんどは出来の高さがありすぎることによる恐怖から来る眉唾だろうけれど、時折スルーできない噂のあるものがあって、だからこうして潜入捜査をしているわけだ。

 

 この捜査のためにsinohumiには生き返ってもらった。そして「昔はある女性を人間にしようと狂気的な行動に走るほどだった造形家だけど、最近ペド(こっち)にも興味を持ち始めた」みたいなストーリーを組んで、その腕の良さからすぐに才能を認められてここに至る、と。

 龍門*1曰く、もう心構えは地球出身の運営に近いから大丈夫、らしいので使っている。なんかやらかしたら彼に全責任が行く。

 

 ちなみに経験日数五日、体感時間二週間、というのは嘘でも特技でもない、事実だ。実験室の加速空間で詰めてもらったからね。

 

 ……しかしちょっと"談義"に花が咲きすぎているので、急かすか。

 

「今日は見られないのかしら。なら、私は帰るけれど」

「おっと……まぁそう急くなや、お嬢。作品交流ってのはこういう挨拶も大事なんだぜ?」

「今日が交流メインの日なら、日を改めると、そう言っているのだけれど」

 

 なお今日は雪こもり姫ボディじゃない。もっとオトナな女性のアバターを使っている。

 案外私って有名人らしく、カルアルン曰く「ぶっきらぼうで無愛想だが確実に善側って認識がある。こういうののパトロンにゃ絶対ならんだろ」ってイメージらしいので、急遽このボディを作り上げての参戦となった。

 ……これは余談であるが、「チェスカさんと姫を混ぜて二で割った感じに仕立て上げた」とのこと。なんでチェスカなんだよ。

 

「すまねえなミズガルさん。ちいっと気の早い気もするが、例のアレ、見せてやってくんねえか」

「ええ、ええ、構いませんとも。ですが、お二方ともご注意ください。決して心を許し、呑まれることのないように」

 

 本日の目玉。既に製作者は自害によってこの世を去ったという、「見ただけで精神がやられる」タイプの作品。

 運営判断じゃどれがその作品なのかわからなかったので、こうして見せてもらいにきた、というわけだ。

 

 テーブルの上に置かれるは『家具:黒塗りショーケース』。その中にアイテムが展示され──ケースの蓋が、開いた。

 

「……手?」

 

 二枚の手。恐らく両手が合わさっていて、何か首を絞めるような形で力んでいる……というような作品。

 これが、「見ただけで精神がやられる」作品?

 

「特に……なんともねえな。しかしこれ、製作スキル使ってないだろ。その上で材質はクリーチャーだな」

「ご慧眼ですな。その通り、これの作者はユスリカに着目し、蛹化最中のユスリカと羽化の最中のユスリカだけを蒐集し、それらを殺した死体でこの手を作り上げました。……が、ほどなくしてその作者はまさにこの手の通り自身で首を絞めて死亡。以来この作品を目にした者は同じ死に方で亡くなられることが多く、私達『品評会』はこれを特別な魅力のある展示物として扱うようになったのです」

 

 パーヒャク嘘。なんでってプレイヤーは首を絞められても死なないから。

 首を絞められると苦しい感じがするけど、それでそのまま死ぬことはない。そこから呼吸器系にバッドステータスがついて、さらに体力がdotで減って、ようやく死ぬ。目にした瞬間に首を絞め始めたとしても、それで死に切るには十分以上かかる。

 気道を塞がれようが頸動脈を抑えられて血が回らなくなろうが関係ない。プレイヤーの命の依存先は変わらずHPバーだ。そういう人間のつくりとは一切関係がない。

 

「……」

「お気に召しましたか?」

「バカにしているのかしら」

「ちょ……お嬢、言っていいことと悪いことが」

「これ、偽物でしょう。いえ、少なくともそんな逸話は持っていない、というべきかしら。本物がどこかにあるか、その話が嘘か」

「どうしてそう思われるので? たまたまあなた方二人には効かなかっただけ、ということもあるでしょう」

()()()()()()()のよ。……sinohumi、彼はクリエイターだけど、私はコレクター。現実のもこの世界のも星の数ほどの作品を見てきたわ。中にはあなた達の言うような"見ただけで精神がおかしくなる"、"製作者が奇妙な死に方をした"というような作品も多々あった。けれど私は特におかしくはならなかったし、調べてみれば展示者がその製作者の友達だったりファンだったりで、"十二分な動機"もあった」

 

 今回のパトロンおばさんのキャラクターはこういう系でいくことにした。

 狂気には呑まれていないと言い続けているけれど、その妄執は正しく狂気的で偏執的である、というような感じに。

 

「私が見た本物はただの一つだけ。無名のままに天寿を迎えたある彫刻家の『祈り』という作品名の彫刻。それを見た時、無神論者の私が自然と手を合わせ、神に祈っていた。そして作品をじっくり見ることもなく外に出てきていて、そのままの足で道路に躍り出て車に轢かれる……その寸前で助けられたわ」

「お嬢、そのくらいで……」

「美しい作品だったけれど、恐ろしいほどの怨念が詰まっていた。ああいうのを本物というの。これは偽物」

「お嬢! そりゃあんたの体験は代え難いものだったんだろうが、こっちにはこっちの──」

 

 多少の操作はしている。私にはできないから、カルアルンが。

 この場ではない遠隔地から、視野狭窄が置きやすくなるような思考制限をかけている。

 

「いえ、sinohumiさん、怒る必要はありませぬ。──素晴らしい。ただのパトロンなどと侮ってしまったことを深く謝罪申し上げまする。アナタは"アレ"を見るに相応しい人材だ」

「ミズガル……さん?」

「逆にsinohumiさん。アナタは見ちゃいけない。アナタの才能は『品評会』で活躍すべきもの。──お嬢さん、こちらへ。本物を見せまする。しかし此度は寸前で助けてくれる方はいないと理解してくだされ」

 

 sinohumiに「多少部屋を調べるなりなんなりしといて」のメッセージだけ入れて、「当然だ」と言わんばかりの顔で彼……ミズガルについていく。

 ん、返信が早いな。「アンタに言うことじゃないが、気を付けろよ雪の女神」。……気を付ける、ね。ま、運営に近い思想を有したといっても地球出身か。

 

 私に対して気を付けろ、なんて。

 

 

 しばらく歩いた。マイハウスじゃないからだろう、本当にどこかの家にしまってあるらしいそれ。もし誰かが何も知らずにマイハウス申請したら全部おじゃんだろうによくやる、なんて考えながら、ミズガルについていくこと十分ほど。

 画廊……だろうか。そういう風に「整えられた」場所まで辿り着く。

 

「ここはアートハウス『I was you.』。亡くなったプレイヤーである沙初(さうい)魚夜(うおよ)氏の生前に作られたアートが展示されている場所です」

 

 飾られた絵は……素朴なものだ。風景画。なんの脚色もしていない、棺桶の中の絵。時折外も混じっているか。

 特段惹かれもしないけれど、普通に上手い。

 

「氏は外部との交流をほとんどしない方でした。ここに飾ってある絵やオブジェクトは全て氏が自分に向けて作ったもの。誰に見せるつもりもない、究極の自己満足作品」

「芸術家とは本来そう在るべきよ」

「ええ、私もそう思いまする。しかし氏は亡くなられた。とはいえ作品を見て狂い死んだ、などという"尤もらしいエピソード"ではなく、餓死になりまする。作品制作中の餓死。空腹値を無視していたが故の事故」

「呆気ないものね」

「本当に。……外部との交流をしなかった氏ですが、作品の製作費を稼ぐために一部の作品をブラックマーケットに出していましてな。その際の取引相手の幾人かが我が『品評会』にいまして、その中でフレンド交換を行っていた数人が氏が死したことに気付き……件のオブジェクトが発見されるに至ります」

 

 画廊の奥。

 そこに、少し広めのスペースがあった。絵に囲まれるようにして存在するそのオブジェクトは──眼球、だろうもの。空腹で死んだからだろう、一部作りかけ。

 

 ──軽度の精神干渉を感知。……魅了ベースの、不安増幅と恐慌発症?

 

「『品評会』の者でも一部の者しかこれを見ることはできませぬ。私も直視は難しい。──どうですかな。それとも、もう聞こえていませぬか」

「軽く……持っていかれかけたけれど、大丈夫よ」

「なんと。……あるいはアナタこそがこの作品を保有すべき適合者なのやもしれませぬ」

 

 なんだその適合者って。少年漫画にでもするつもりか。

 けど、この作品多分アレなんだろうな。色の配置や凹凸、光の反射具合が上手いこと噛み合って「催眠術」に近い概念を纏っている。

 見ただけで催眠される、みたいなものだ。しかもネガティブ方面へ。……偶然が引き起こした産物、か。

 

「いくらかしら、これ」

「そこまで多くは求めませぬ。今までこれの維持にかかった代金ですので、そうですな、二十万セリンほどで」

 

 充分多いけれど。

 ……少し悪戯してみるか。この眼球が人間に与える影響を解析し、そっくりそのままを彼の視界内に()()()

 

「っ!?」

 

 たじろぎ、一歩、いや二歩散歩とさがるミズガル。

 冷や汗を垂らすくらいで済んでいるあたり、彼も「適合者」だろうに……それでも持て余すのかな。

 

「無償で。……無償でお譲りいたしまする」

「なに、どうしたのよそんな突然。別に二十万くらい払うわよ」

「いえ。……私は怒りを買ってしまったのやもしれませぬ。どうか無償で……」

「くれるっていうんなら貰うけど。じゃ、インベントリにしまうわよ」

「お願いいたします」

 

 眼球のオブジェクトに近付き、しまう。

 インベントリ内部でバラバラになる作品。やっぱり、無数のパーツをスキル無しに組み上げて一つの作品にしているのか。うわー気の遠くなる作業だなー。

 

「それと、このオブジェクトの裏にあった……この絵。これも買いたいわ」

「ふぅ……。む、その絵、ですか? 構いませぬが、それはただの絵では……」

「あら、わからないの? なら尚更"買い"ね。ただの絵なら安く売ってくれるわよね」

 

 ここからは嫌がらせだ。

 自分より本物っぽいコレクターが言う、自分ではただの絵にしか見えないもの。

 

「いえ、あの……可能ならば、やはりこのアートハウスの維持費分のセリンは頂ければな、と……」

「ただの絵なのに?」

「その、ですな……ええ、ああ、そう……ただの絵であるからこそ、価値があるといいますか」

「そう? じゃあ買わないでおくわ」

「え」

「私がこの絵を買おうと思ったのは、まるであの眼球のオブジェの引き立て役のように飾られていたから。あなたがあの絵の価値を理解したのだというのなら、私は手を引く。私が美術品をコレクションに加えているのは、そうやって価値の分からないやつに不当に扱われるコたちが可哀想だから。所有者がその価値を理解したのなら話は別だわ」

 

 どうせこのオブジェがなくなったらギャラリーごと引き払おうとしていたんだろう。

 マイハウス化しないせいで維持費がかかるらしいこの画廊、君が死ぬまでの間続けてもらおうか。怨念や呪いを恐れて、それはもう豪華に、ね。

 

「と……sinohumiからメールが来たから、少し待って……え? 嘘、どういうこと?」

「な……なにか、ありましたかな?」

「ちょっと、すぐ戻るべきよ。あなたも」

「私も? と……私にもメールが。え……人が、殺された……?」

 

 sinohumiが送ってきたメール。添付されていた画像は先程の黒塗りショーケース。

 そこに展示されていた手のオブジェが消えうせた、という話と……突然人が現れ、殴られたような挙動で倒れ、死んだ、という話。

 私のメールには一部始終のものだろうログまで添付されている。板についてきたな。

 

「緑髪の……狐の獣族……左目の周囲にフェイスペイント……。……ひ、ひぃぃっ」

「ちょっとなに、どうしたのよ。早く戻らないと」

「sinohumiさんが言ってる殺されたプレイヤーの特徴、沙初(さうい)魚夜(うおよ)氏そのものなのですよ! このアートハウスの作品の製作者の!」

「……」

「の……呪いだ! 怨念だ!! 私が……私が欲を出したから、魚夜氏が怒って……!」

「ばかばかしい。作品に念を遺すことはできても、死者は死者。生者に干渉することはできないわ。……早く戻りましょ。sinohumiに何かあったら大変だもの」

 

 ログは一旦裏方ーズに回すけれど。

 ……ぱっと見、少し不可解だった。これは一波乱ありそう。

 しかし不味いな。こうして本格的な事件に巻き込まれるなら、このパトロンおばさんの名前決めておかなきゃ。

 

 えーと。「急募@マダムっぽい名前」。これでよし。

*1
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