Rauta   作:Ubiquintetous / 五劫偏在

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目眩くひもじい1239日目

 中略。

 

 ある洞窟。

 ポタ、ポタ……と雫が落ちるたび、少しずつ下にあるものが削れる。

 滴下器。数種類の溶剤によって蝕孔を行う道具だ。人類はこれを用いて「もう住み得ない地上」から「まだ住み得る地下」へ居住区を広げてきた。

 酸の雪と雨。いつかは高く聳え立っていた塔も今や見る影なく、もはやあれに希望を見出す人間はいない。

 その調子を確認しに来たのだろう、厚く衣服を纏った青年が滴下器と、そしてそれの蝕んだ"下"を見て、うん、と頷きを入れた。

 

「サヴトル! あと二十滴くらいだ!」

 

 青年が声を投げかければ、彼から少し離れたところにいた狼の獣族らしき人影が「おう!」と力強く返事をする。

 二人の声に、今度は洞窟全体の苔が動きだした。苔……苔のような衣服を着た人々が。

 

「こっちも……観測できてる。計算はばっちりだ」

 

 細長い二連の筒らしきものを覗きながら呟くはサヴトルと呼ばれた男。狼の獣族が持つパブリックイメージの「常に悪そうな笑みをしている」を遺憾なく発揮した「悪い笑顔」を浮かべて、筒の中に見える景色……巨大にして威圧的な列車の姿を視界に収める。

 既に地鳴りは届いている。もう少ししたら咆哮も聞こえてくるだろう。

 終わってしまった人類史。終わりを告げるべきだった人類史は、既のことで保たれた。であるのならば、人々が入るべき鋼鉄の匣の名は棺桶であるべきだと……強い自虐を込めて名付けられたあの街列車。

 

「ジェンニー、くれぐれも蝕み切るなよ!」

「わかってるよ!」

 

 彼の列車が建設された当時、九割の人間は命欲しさにそこへと乗り込んだが……残り一割は潔く死ぬことを選んだという。

 "源力"も失い、目的も生きる術も見失って、ならばせめて同胞たちとともに、と。

 二百年。いや、四百年。

 それほどの時を経て……未だ、地上に残った人間の灯火は消えていない。

 

 ここに残った人々。そしてサヴトルとジェンニーがその生き残りである。

 

 蜃気楼を突き破り、棺桶が迫ってきている。

 ふと、それを見遣るサヴトルの隣に、防寒具を着込んだ女性が立つ。

 

「ヘアナ。どうした、なんか用か?」

「……一車両150x200m。総全長約2.4km。……今でも覚えているわ。祖父が後生大事に持っていた棺桶の設計図。子供の頃は、これがどうして人に動かせるのか、というのを必死になって考えたものだけれど」

 

 時速60km。この鋼鉄の蛇は、432kmある正円を約300日かけて一周する。

 大地を踏み鳴らし、大気を切り裂き、ばうばうと咆哮を上げて進む。周囲の資源を食い散らかして、人の居ない地上の事情など省みず、ただ列車に乗る者たちを生かすために。

 

 ──ゆえに。

 六十年ほど前、サヴトルとジェンニー、ヘアナらの親世代が、「あること」を考えついた。長い年月を必要とする計画。滴下器を用いて各地に穴を蝕み、あと少しの荷重で「どうにかなる」よう計算し、中途半端にならないよう前の年、その前の年には手加減までして。

 

()()()()()()()()、とんでもない騒ぎになるだろうぜ」

「騒ぎを起こすことが目的じゃないでしょ」

「ああそうだった。すまねえな、ついうっかり」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、という──最悪の思い付きを。

 無論無意味なテロではない。街列車は止まらない。駅が無いから停車しない。けれどそれでは世界が傷ついていく一方だ。環境問題は棺桶が走り出す前から言われていたことなのに、棺桶を走らせるための代償で世界が少しずつ消退していっている。

 ここで死ぬべきだからと列車に乗らないことを選んだ先祖と違い、子孫らにそういうプライドはない。だから建前上は「少し停まってもらって、乗り込むこと」。もしくは物資を分けてもらうこと。

 

 本音は。

 

「そろそろ移動しなきゃだな。ヘアナ、サヴトル、荷物纏めろよー」

「俺はギリギリまで待つさ。ヘアナ」

「ええ、わかっているわ」

 

 少しずつ、少しずつ近づいてくる黒蛇を眺めて。

 

「ズルい、か」

 

 そんな言葉を呟いた。

 

 

 まーた殺人事件ですか、の気持ちを隠しながら『品評会』の現場に戻る。

 現場は騒然としていた。そんな中、sinohumiがこちらに気付いて駆け寄ってくる。

 

「sinohumiさん、先程のメールは……その、実際におきたこと、なのですよね」

「ああ、この目でばっちり見たぜ」

 

 二人の会話を後目に確認するは、この場のログ。

 

[14:21:03] [PlayerThread] char_id=5501201 location=(342.18, 05.02, 12.44) state=active

------------------------------------------------------------

[14:21:12] [PlayerDeathThread] death_event char_id=7712044 location=(910.55, -22.11, 201.03) cause=environment

[14:21:13] [RespawnThread] respawn_event char_id=7712044 location=(910.55, -22.11, 201.03)

[14:21:14] [PlayerDeathThread] death_event char_id=7712044 location=(910.55, -22.11, 201.03) cause=fall_damage

[14:21:15] [RespawnThread] respawn_event char_id=7712044 location=(910.55, -22.11, 201.03)

[14:21:16] [PlayerDeathThread] death_event char_id=7712044 location=(910.55, -22.11, 201.03) cause=unknown

[14:21:16] [RespawnThread] respawn_event char_id=7712044 location=(910.55, -22.11, 201.03)

[14:21:17] [PlayerDeathThread] death_event char_id=7712044 location=(343.02, 05.10, 12.40) cause=unknown

[14:21:17] [MonitorThread] scan location=(342.18, 77.02, 12.44) deaths=[7712044] players=[5501201]

------------------------------------------------------------

[14:21:47] [PlayerDeathThread] death_cleanup char_id=7712044

[14:21:48] [MonitorThread] scan location=(342.18, 77.02, 12.44) deaths=[] players=[5501201]

------------------------------------------------------------

[14:21:51] [RespawnThread] respawn_event char_id=7712044 location=(910.55, -22.11, 201.03)

[14:21:52] [PlayerDeathThread] death_event char_id=7712044 location=(910.55, -22.11, 201.03) cause=unknown

 

 とりあえず死体が突然現れた仕組みはわかった。ただのバグだ。

 けどなんでこのバグが起きたのか、そしてそもそもコレ……プレイヤーID7712044こと沙初(さうい)魚夜(うおよ)君は何をしているのか。

 

「やはり……やはり怨念……」

「怨念? どうしたんだミズガルさん、声が震えてんぜ」

「だから……仮に怨念だとしても、生者の目の前に現れることなんてないって言ってるでしょ」

「では! では……どう説明をつけるというのです!! どう考えても呪いとしか……!!」

「……気分を害したわ。sinohumi、今日のところは引き上げましょう。ミズガルさん、()()()()()()わ。ごきげんよう」

「おうそれアンタ側が言うのか。……まぁなんだ、造形に関しちゃ俺もまだまだ学ぶことが多いんでな、また落ち着いたら来させてもらっていいか、ミズガルさん」

「……。……そう、ですか。……いえ、ああ……ええ、勿論ですとも。私達『品評会』は……はい、ええ、……いつでもあなたをお待ちしておりますぞ」

「いやいや、大丈夫かよ。顔色……はわかんねーけど、声の上ずりからして、むしろそっちでなんかあったか?」

「sinohumi」

「お気になさらないでください、sinohumiさん。パトロン様との関係性を損ねてまで私達の話に付き合うことはありませぬ。大丈夫、大丈夫ですから」

 

 えー。これ……なんだろう。

 久々に難問だ。事件とは関係なく。

 

 ずんずか進む。sinohumiの手を引いて曲がりくねった道を進んで。

 尾行がないことを確認して──二人で実験室へ跳んだ。

 

「どわっ……とと、すまん、余計な芝居が過ぎたか?」

「ううん、あれくらいしておけばいつかまた潜り込む時役に立ってくれそうだし、かなりいい判断だった」

「そうか。……ま、俺が死んでいることがバレたら色々おじゃんだろうが」

「大丈夫でしょ。彼らがブラックダリアに通報することも、ブラックダリアがあの事件の詳細を漏らすことも無いだろうから」

 

 そんなことより、である。

 実験室の空間に画像を投影する。

 先程見たログだ。

 

「ん……こりゃ、もしや世界の内部ログってやつか」

「正確には棺桶のね。で、一個一個コメントつけると──」

 

[14:21:03] [PlayerThread] char_id=5501201 location=(342.18, 05.02, 12.44) state=active

 // 座標342.18, 05.02, 12.44(あの家の位置)にプレイヤーID5501201(君のIDね)がいるよ

------------------------------------------------------------

[14:21:12] [PlayerDeathThread] death_event char_id=7712044 location=(910.55, -22.11, 201.03) cause=environment

 // 座標910.55, -22.11, 201.03(多分上層と中層の狭間)でプレイヤーID7712044(沙初魚夜)が死んだよ。死因は寒冷値だよ。

[14:21:13] [RespawnThread] respawn_event char_id=7712044 location=(910.55, -22.11, 201.03)

 // 座標910.55, -22.11, 201.03でプレイヤーID7712044が生き返ったよ。

[14:21:14] [PlayerDeathThread] death_event char_id=7712044 location=(910.55, -22.11, 201.03) cause=fall_damage

 // 座標910.55, -22.11, 201.03でプレイヤーID7712044が死んだよ。死因は落下ダメージだよ。

[14:21:15] [RespawnThread] respawn_event char_id=7712044 location=(910.55, -22.11, 201.03)

 // 座標910.55, -22.11, 201.03でプレイヤーID7712044が生き返ったよ。

[14:21:16] [PlayerDeathThread] death_event char_id=7712044 location=(910.55, -22.11, 201.03) cause=unknown

 // 座標910.55, -22.11, 201.03でプレイヤーID7712044が死んだよ。死因は不明だよ。

[14:21:16] [RespawnThread] respawn_event char_id=7712044 location=(910.55, -22.11, 201.03)

 // 座標910.55, -22.11, 201.03でプレイヤーID7712044が生き返ったよ。

[14:21:17] [PlayerDeathThread] death_event char_id=7712044 location=(343.02, 05.10, 12.40) cause=unknown

 // 座標343.02, 05.10, 12.40でプレイヤーID7712044が死んだよ。死因は不明だよ。

[14:21:17] [MonitorThread] scan location=(343.02, 05.10, 12.40) deaths=[7712044] players=[5501201]

 // 座標343.02, 05.10, 12.40周辺域でプレイヤーを検知したよ。死亡:ID7712044・通常:ID5501201。

------------------------------------------------------------

[14:21:47] [PlayerDeathThread] death_cleanup char_id=7712044

 // プレイヤーID7712044の死体が消えたよ。

[14:21:48] [MonitorThread] scan location=(342.18, 77.02, 12.44) deaths=[] players=[5501201]

 // 座標343.02, 05.10, 12.40周辺域でプレイヤーを検知したよ。死亡:なし。通常:ID5501201。

------------------------------------------------------------

[14:21:51] [RespawnThread] respawn_event char_id=7712044 location=(910.55, -22.11, 201.03)

 // 座標910.55, -22.11, 201.03でプレイヤーID7712044が生き返ったよ。

[14:21:52] [PlayerDeathThread] death_event char_id=7712044 location=(910.55, -22.11, 201.03) cause=unknown

 // 座標910.55, -22.11, 201.03でプレイヤーID7712044が死んだよ。死因は不明だよ。

 

「──って感じになる。どう? わからない部分とかあった?」

「口調が優しすぎて驚いたくらいだが、それはいいとして。……どういうこった。沙初魚夜ってプレイヤーは……どっかで蘇生と死亡をループしてる、ってことか?」

「どうやらそうらしいね。君の目の前に現れたのは単なる位置バグ。だけどこっちは意味わかんないバグ」

「……口を挟んでも?」

「勿論。そのために君を今自由にしているんだから」

 

 裏方ーズに色々調べさせている。どうやらこの座標910.55, -22.11, 201.03では現在進行形で沙初魚夜というプレイヤーが生き死にをループしているらしく、なんでそんなことが起きているのかも調べ中。

 

「詳しくは知らんが、アカシックレコード? の導入で、この棺桶は安定したと聞いた。位置バグなんか起きるのか?」

「アカシックレコードがやっているのはあくまで現在・過去・未来の相互参照だからね。現在がわからないけれど未来と過去でこうだったから現在もこう、という判断を変質対策にやっているに過ぎない。そこに位置情報は含まれていないから、とりあえずアカシックレコードは関係がない」

「その言い方だと、だとしても位置バグなんてめったに起こらない、って感じか」

「うん。ここがゲームだった頃ならいざ知らず、現実となった瞬間から位置バグは起きようがない。ただ……これはまぁ、唯一起こる可能性のあるやつを引いた感じかな」

 

 プレイヤーの位置、というのはこっちの世界化した時点からわざわざ管理をすることはしていない。棺桶からの相対座標をある程度定めているくらいで、基本はノータッチだ。地球で生きていて座標に縛られたことはなかったからね。

 ただ、一応この世界には「何かが起きた時のためのフォールバック」が設定してある。

 沙初魚夜は恐らくこれに引っかかった。生死のループがなぜ起きているのか、というのはまだわからないけれど、これが起きていることによって精神と魂の分離が上手くいかないことは明白だ。蘇生と死亡のループを失敗と見做したシステムが、これを一度安定させるために代替座標を探し、それが偶然sinohumiの前だった。

 

「そりゃ……偶然が過ぎねえか? ループしてんのも意味わかんねーが、その逃げ先が自作を模したフェイク作品の真ん前、ってのは」

「まぁ……言いたいことはわかる。だけど、これくらいしか……」

「──偶然ではないとしたら?」

 

 シュウン、なんておかしな音を立てて実験室に入ってくるは……プラチナブロンドの髪を王子様カットにした男性。ハトム。いや裏方にいなよいいよ出てこなくて。

 

「面白い記録があったんでね。お姫様、信じるか信じないかはお姫様次第だけど」

「これは……沙初魚夜のループ記録?」

「そう。だからおれたちは沙初魚夜を改めて検索したんだ。検索できる限りのエリアから。そうしたら、この異常なループログとは裏腹に、彼の精神が冥底で見つかった」

「……精神は弾き出されて冥底にいて、蘇生と死亡を繰り返しているのは肉体と魂だけってこと?」

「なぁアンタ。雪の女神も。俺にはそう読めないんだが、俺がおかしいか、これは」

 

[14:24:16] [PlayerDeathThread] death_event char_id=7712044 location=(910.55,-22.11,201.03)

[14:24:17] [PositionThread] pos_update char_id=7712044 pos=(910.55,-22.11,201.03)

[14:24:17] [PhysicsThread] anomaly_detected entity=7712044 state=nonphysical

[14:24:17] [PositionThread] pos_update char_id=7712044 pos=(910.55,-22.11,201.03)

[14:24:18] [AIThread] target_update char_id=7712044 status=unreachable

[14:24:19] [PositionThread] pos_update char_id=7712044 pos=(910.55,-22.11,201.03)

[14:24:19] [PlayerDeathThread] death_event char_id=7712044 location=(910.55,-22.11,201.03)cause=unknown

[14:24:19] [EntityThread] entity_reclassify id=7712044 type=system_temp

[14:24:20] [ActionThread] action_interrupt source=7712044 target=3392021 reason=state_conflict

 

「目に付く限り。あらゆるところ、いたるところで声を上げている……俺はここにいるぞ、と。なまじ今回見つかりそうになったから、必死で。……俺にはそう読み取れる」

 

 スピリチュアルな解釈だ。

 けど、『Vesi』の話や彼の経験を踏まえると、一考の余地がある。

 

「ハトム、冥底にいる沙初魚夜は会話可能な状態?」

「言われると思って既に運営を一人派遣済みだ。が、距離があるんでな、少しかかる」

「……sinohumi。今のところ君の感性は鋭いかもしれない。他に疑問があれば言ってほしい」

 

 もし。

 sinohumiの言うことがすべて正しかった場合。

 

 ……アカシックレコードと一個人の人格が融合している、という可能性を考慮しなければならなくなる。及びその分離方法も。

 それは……手間だ。以前JOY福を分離しようとして諦めた時と同じくらい手間。……最悪アカレコを一度消して実装し直す、くらいのことを視野に入れるくらい手間。

 難しくてもいいから別の原理であってくれと、今は祈るしかないか……。

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