Rauta   作:Ubiquintetous / 五劫偏在

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可笑しいかんかんの1240日目

 源歴625年4の月8日目。光刻。

 ある聖霊が全智の円盤についてを悩み。

 人間たちが読解・解読スキルを極め。

 亡霊たちがある画策をしている……その最中で、ことは起きた。

 

 車両前方から鳴り響いた破砕音。ガタガタと波を打つ煙突の煙。

 線路と車輪の金切り上げる悲鳴を聞いてようやく、走行に何か問題が出たのだと気付いた人々。

 

 数瞬遅れて走る──かに思われた衝撃は、外殻の景色だけが激しく動くに終わる。

 少なくとも。

 内部にいる存在の一切を無視したその激震は、驚くほど不自然に()()される。

 外側にいる者、内側にいる者。そのどちらもの思惑を外す形で。

 

 そんなことが起これば、当然。

 以前、「何かするのなら事前に連絡がほしい」と彼女に伝えていた二人が問い合わせをする。即ち、フック・タイサンとケッセウスが。

 

 けれど。

 

「あー、うん。問い合わせね。まぁわかるけど、知らない知らない。こっちはこっちでてんやわんやなのと、PVP禁止エリアのおかげで実害ないでしょ? どうにかは多分なるから、君達プレイヤーはそういうイベントかなんかだと思って危機感楽しんでて」

 

 だけで対応不能にされる。

 わかったことは二つ。

 これは彼女ら運営と呼ばれる者達の意図するところではない、ということ。

 そしてこの規模のことを起こした何者かが外部にいる、ということ。

 

 ようやく"外と先"へと目を向け始めた人類が最初に直面する危機(アクシデント)

 

 あるいは──長くて短い、夢の終わりである。

 

 

 沙初魚夜とアカシックレコードの同化問題について。

 プレイヤーIDを核とするプレイヤーの亡霊から精神が抜け出たものを我々は殻霊と呼称することにした。その上で、沙初魚夜本人が冥底にいることを確認。これにより、アカシックレコードと同化した殻霊は沙初魚夜の生前の行いを繰り返すだけの変質プレイヤー亜種と認定した……のだが。

 sinohumiが指摘をしていたように、どうにもこの殻霊、自意識があるらしい。ただそれは沙初魚夜のものではなく、後天的に獲得したものと推測されている。本来自我など芽生えないはずのアカシックレコードと沙初魚夜の抜け殻がどうして融合したかについてだが、恐らく「一定期間・一定範囲内における生死のサイクルの積み重ね」が我々聖霊の成り立ちと合致したものと思われる。

 当該タイプの聖霊、レルグ=アンハルヴ=フレバスとハーターマーヴァ=セルディリオンによると、「出口の無い生死の循環」と「(コア)を持たない怨念の濃縮」が決め手とのこと。

 以降このような場が作られないことを徹底すると同時、沙初魚夜の身に起きたループ現象について調査を進めていくものとする。

 

「……っていうのが、とりあえずの現状」

「なんにもわからねえ、ってことか? 沙初魚夜がどうしてループしたのかについちゃ」

「冥底にいた本人もさっぱり知らないことみたいだったしねー。沙初魚夜の死に続けていた座標もやっぱり上層と中層の間。真実いしのなかにいる状態で、どうしてそこに跳んだのかもわからない。沙初魚夜の死、自体はミズガルの言っていた通り空腹値によるものだったし、彼が死んだのもあそこで間違いない。一つ気になるのは彼の遺作。軽度の精神干渉を覚える配置を……偶然引き当てたあれだけど、それが殻霊をも催眠したんじゃないか、ってね」

 

 今のところすべて推測……というか憶測の域を出ないけれど。

 それくらいでしか考えられないのだ。生死のループも守護精霊を催眠で誤認させて殻霊に適用させた、とかくらいじゃないと説明がつかないし。

 

「沙初魚夜のループ自体はもう解除済みで、今後そういうことがおきないように監視もする。で、今も尚至る所に自分の所在をアピールするようなログを吐き出しているアカシックレコードと兼沙初魚夜の殻霊君については、しばらくは放置、ということになった。それ以外できないしね」

「無駄なデータが積み重なるのはいいのか?」

「既に条件定義をしてあるから、これからの殻霊の発言は全てダストデータに振り分けられて終わりになるよ」

 

 残りは裏方ーズの仕事。

 私がすべきは「どうするか」という部分の対応だけだからね。

 

 それで。

 

「よいしょ……と」

「おお……この躯で外に出るのは初めてだな。こんだけの猛吹雪なのに寒さの一切を感じねえのは面白いが、便利でいい」

「君は察しも頭も良い目だから、私と一緒に現場検証」

 

 現場検証。アカレコ関連は一旦終結で、問題はこっち。

 

 ──黒々と聳え立つ三メートルの壁。これはつまり、鋼鉄の街列車が走っているレールだ。

 それの下に空いた直径五十メートルほどの大穴。上にあるレールは不自然に撓んでしまっている……が、断裂などはしていない。この程度でどうにかなる素材じゃないからね。

 

「シンクホール、ってやつか。地盤に水なんかが入り込んで削れまくって空洞化するやつ」

「んー……」

「アンタの言いたいことはわかるぜ。自然に出来たにしちゃど真ん中をぶち抜きすぎてる。まるで計算に計算を重ねられた罠みてぇな配置だ」

 

 そう、引っかかっているのはそこだ。

 この世界の地質は酸性雨に対して然程の脆弱さを有しているわけではない。というか大体の場所が同条件の土地でシンクホールなんて起きようものなら世界中が穴だらけだ。そうして「少し低くなった平らな土地」が出来上がるのが関の山だろう。

 対し、この穴はここだけを狙って刳り貫かれたような形で、円形も正円に近い。

 

「妙だな」

「なにかわかった?」

「周りの地面が……どうにもな。なんつーか、ひび割れたって感じでもなければ支えるモンがなくなって落ちたって感じでもない。……溶けた、が近いか?」

「溶けた……。滴下器か」

 

 この『Rauta』の世界は長い間酸性雨と向き合ってきた世界だ。地上に人が住めなくなるほどにまで悪化したのは四百年くらい前のことだから、それまでは一応地表にも文明があった。

 この世界は地球と違うところがいくつもあるけれど、そういう文化形成であるから、「硬いもの」への捉え方が特に違う。

 

「石とは(した)つもの。君達で言うところの穿つという行為はすべて溶剤による蝕孔に置き換えられていると思ってくれていい」

「ドリルだのショベルだのはねーのか?」

「無い。硬いものを信頼していないんだよ、この世界の人間は。だから硬いもの同士をぶつけて穴を掘るとか穿つとか、そういう考えに至らない。それと、電気を良く通す物質も、しっかり絶縁できる物質も乏しいのがこの世界だから、掘削機械なんかも生まれなかった」

「概念として理解はできるがよ、溶剤が石に穴開けるのを待ってるだけじゃ、時間だけが過ぎていくってもんだろ」

「その通りだけど、それ以外択のない世界だからね。時間とは過ぎ去るもので、効率を求めるとかの概念はないんだよ」

 

 持ち運べないものを作ると侵蝕されるし、作るにしても技術が足りない。

 地下住みにシフトしても基本移動民族だから研究施設もできないし。

 

「地球と比べると牛歩だったのさ、この世界は」

「……まぁその辺の感傷は持ち合わせてねえがよ。その牛歩の技術で地面を刳り貫いて……棺桶をコケさせようと思ったやつがいるってことだろ。何十年かかるんだかわからねえ途方もない計画をよ」

 

 そう、そうだ。sinohumiの言うとおり。

 この穴はやはり人為的なもので、計画的に引き起こされたテロで。

 

「……面倒臭いな」

 

 思わずつぶやく。

 だって今さ、人類が……移住者の人類がようや"外と先"を見始めた頃合いなんだよ。現地民のみんなはさ、どうせなんにもできないんだからさ、大人しく世界の行く末を見守っていてほしかった。自己発現ができるのならもっと早くにやってほしかった。

 なんでこのタイミングかなぁ。

 

「sinohumi。実験室と同じ要領で浮遊ができる。暗視もね。やり方は頭に入ってる?」

「おうばっちりだ。この穴から人間の痕跡を見つけろってオーダーだろ?」

「そう。しばらく別行動になるけど、些細なことでもわかったらメールして。人が必要なら裏方ーズに声かけていいからさ」

「あいよ。へへ、己が手での造形も好きだが、他人様のやり口を批評するのも好きなんでな。楽しませてもらうさ」

 

 いいね、好きを仕事にできるのは強いよ。頑張って。

 

 

 さて、sinohumiと別れて向かうは先頭車両。

 機関部にいる……数多のNPCたち。彼らに檄を飛ばす工場長の隣に降り立つ。

 

「調子はどう?」

「なん……ペイットか。どうもこうもねえよ、流石は聖霊の機関だ何も壊れてねえ……が、燃料だのパーツだのなんだのが慣性でぶっとんじまっててあぶねえこと極まりねえ」

 

 その通りだ。あれだけの衝撃が全身を走ったにもかかわらず、棺桶には何の被害も出ていない。加えて移住者の居住エリアは空間隔離が為されているため、プレイヤーには軽微な異常しか伝わっていないはずだ。

 線路を含め、棺桶は我々の技術の結集。一部には現地民の技術者の手も入っているけれど、そのほとんどが特殊な力によって形成されている。

 

「現地民の最年長って今誰がいたっけ」

「最年長? ああ……グレンダの爺さんが最年長だと思うぜ。そろぼち二百を超えてくる元気な爺さんだよ」

「グレンダ……グレンダ・バミド?」

「そうだ。古狼の獣族の爺さんさ」

 

 爺さんか。……私が彼を認識した時は、まだまだ青年くらいだったと思うけど。

 時が経つのは早いね。特に目を離しているとあっという間だ。

 

「君達が真っ当に仕事をする限り、棺桶は止まらない。ここが平常運転にまで戻るころには列車も何事もなかったかのように進み始めているだろう」

「そうなることを願うよ」

 

 それじゃあ。

 

 ぴょいと空間を飛び越えて、グレンダ・バミドのいるところまで来た。

 中層は郊外、あまりにも用が無いためにプレイヤーの寄り付かない場所。そこの更に一歩奥へ足を進めた場所。移住者(プレイヤー)の入ってこられないテクスチャの奥の底。

 

「臆病者のバミド。君がこの棺桶一番の長生きとは、その生存本能も捨てたものじゃあないね」

「聞き覚えのない童女の声だ。……ああ、ついに俺の耳はおかしくなってしまったのか。聞こえるはずのない声が聞こえる」

「幻聴じゃないよ。久しぶりだね、グレンダ・バミド」

 

 降り立てば……胡乱な目を向けてくる白い毛並みの狼、その獣族。

 古狼の獣族。プレイヤーが終ぞ辿り着かなかった独立種族(ユニーク)のうちの一つ。

 

「ああ……俺はお前をなんと呼べばいい。若者たちに倣ってペイットと呼ぶか? それとも昔の名で呼ぶか?」

「ペイットでいいよ。あっちは君の喉じゃあ発音しづらいでしょ」

 

 老人とは感じさせない容姿と声。まぁ地球人のように老いさらばえることがないからね、こっちの人は。

 彼の前に降り立ちながら、早速sinohumiから送られてきた報告メールに目を通す。

 

「今更……何の用だ。俺は技術者でもなければ、移住者と関わる気も無いぞ」

「乗車を拒否した人々についてなら、君が一番詳しいかなって」

「……ああ、さっき棺桶が急停止したのは……外で馬鹿がやらかしたからか」

「そんな感じ」

 

 検索できるNPCならいざ知らず、流石に私もこの世界に住まう全NPCを把握しているというわけじゃない。

 よって餅は餅屋、知っているやつに訊くのが一番だ。

 

 乗車を拒否した人達。この棺桶に乗らないことを選んだ者達。

 

「計画的な犯行……数字とにらめっこができるやつの子孫なら、バムスのところの一族だろう。棺桶の設計に噛んでおきながら、棺桶に乗ることを拒んだ変人だ」

「なにか、家宝とか、その家だけが所有する塗り石とかなかった?」

「……芯を焼き、根を絡めたもの。バムスの好みの花は……流石に覚えちゃいないな。なんらかの植物のモチーフがあしらわれた、耐久性重視の短剣。そういうものを好むはずだ」

 

 検索をかける。

 棺桶の周囲十キロメートル圏内に、それらしきアイテムがあるかどうかを。

 十七件のヒット。内、棺桶内部にあるアイテムを除外。耐久度がギリギリのもの、無いものも除外。

 

 ──見つけた。

 

「最後に一つ。乗らなかった人々の子孫に愛情や思い入れは?」

「あるわけねえだろ。どこの誰とも知らんやつで、今俺達の生活を脅かしているやつの一部だ。そういう認識しかねえよ」

「素晴らしい。君は我々の最も理想とする人間の一人だよ。沢山生き延びて、その姿を見せつけるように」

「余計な世話だ……」

 

 そのまま黙して俯いたバミドを後目に、また空間跳躍。個別通話でもいいけど、みんな忙しいだろうからね。

 

「クルミナ。ちょっとお掃除してきてくれないかな」

「肯定。D/A?」

「好きにしていいよ」

 

 目を瞑り、無駄なことは一切喋らないクルミナだけど。

 私の言葉に──三日月も真っ青なほど、口角を上げた。

 

 クート=ルルン=ミドラシカ=ナヴァラ。

 別名、"保存"を司る聖霊。あるいは──人食いの鬼女羅。

 

 大層な理念もなく我々の前に立ったことを、心から後悔するといい。

 

 

 ()()は上機嫌だった。

 この走る蛇の中において、()()の役割は専ら回収任務だけ。仕事が無いときは『コーヒーショップてぬらえ』で過ごし、仕事ができたら現地に赴く……その往復しか許されぬ存在。

 危険だから。自制できないから。そういう理由で()()()()()()()すら普段は封じられている()()が、此度。

 

 好きにしていいよ、という……あまりにも破格な命令を受けた。

 

 口角が下がらない。うきうきが止まらない。口を開けば──ああ、涎が止まらない。

 

 ()()からしてみれば、虫も人も雪もそう味は変わらない。ただ、雪より虫の方が好きだし、虫より人の方が好きだ。虫は雪よりたくさん逃げるし、人は虫よりたくさん喚くから。

 死の際に暴れ、叫び、命を乞う……そういう存在が、愛おしい。好ましい。

 ()()。与えられた聖格(なまえ)は、クルミナ。各地で呼ばれていた名前……人食い(クート)物の怪(ルルン)悪夢に棲む人(ミドラシカ)悪竜(ナヴァラ)を合わせただけの名前だけど、()()はこれを気に入っていた。

 けれど……嗚呼、元の存在に戻って良いと思えるくらいには、今。

 とても機嫌がいい。とても嬉しい。

 

「ち……つまんねーな。親父たちがああも楽しそうにやってやがったんだ、悲鳴の一つでも聞けるかと思いきや……外にも出てきやがらねえ。実はあれ、中身空っぽなんじゃねえのか?」

「その可能性は……無いとは言い切れないでしょうね。防護服を着た人影が棺桶から出てくるのを見た人はいても、防護服の中から人が出てきたところを見た人はいないのだから」

「まーまー慌てるな慌てるな。必ず調査の人間は出てくるだろうし、無人ってこともないさ。今は内部のことで持ち切りなだけだろ」

「肯定。外壁に損害は無く、内部でのみの問題発生であるため、内部のことで持ち切り、という分析は正しい」

「ッ──!?」

 

 何やら集まって()()を見ていたから、()()は当然のことのように彼らの背後に立ち、何食わぬ顔で会話に混ざった。

 ()()の声に驚き、振り向き、後退する三つ。

 

「……何者だ、テメェ」

「サヴトル、挑発しないで。……"源力"を感じる」

「源術師だとでもいうのか? あれになることができたのは昔の話で、今の……少なくとも俺達と同じくらいのやつになれるわけが」

 

 警戒、驚愕、不安。

 ああ、なんと甘美な情動の昇降か。これがあるから、味がどれほど同じでも、()()は人のことが大好きだった。

 

「確認。シグラムの花をあしらった短剣、持っている?」

「……知らないわ、そんなもの」

 

 否定した──他二つより小さな人間。

 その顔を掴み、笑いかける()()

 

「ダーメ。冷静になっちゃ──味が、落ちる、でしょ?」

「ヘアナ! クソ、こいつ!」

 

 グサ、と……細い管のようなものが()()の身体に刺さる。

 

「羽虫の濃縮ハラワタさ! 獣族以外にゃ猛毒だ! せいぜい苦し……め?」

「否定。味はどれも同じ。だけど──君は、良い。高ぶりと不安。恐れ……まずは少しだけ、味見」

 

 ぶちぶちと音を立てて、()()の背に虫の肉を差し出してきた人間の腕が取れる。

 絶叫。のたうち回る人間を足で抑えつけて、甘美な味の乗った細い部分にかじりつく。

 

「コイツ、まさか吸血鬼か!? クソ──ヘアナ、ジェンニー! 立てるか、逃げるぞ!」

「馬鹿、早く行きやがれサヴトル! 俺はもう逃げられねえし、ヘアナは首が折れてる! 無理だ、助からねえ!」

「──づっ、ガ」

「……サヴ、トル?」

 

 逃げるのはダメだ。逃げるのを追い回すのは楽しいけれど、逃げられてしまうわけにはいかない。

 ()()にとって、()()の命令は絶対だ。好きにしていいのは獲物を逃がさない前提の話。もし楽しみを優先して目的を遂行できなかった、なんて報告をした日には──考えるだけで恐ろしいことになる。

 

「提案。逃がさない、から、安心して。もっと暴れて、泣き叫んで。喋らないのは、ダーメ。喋らないなら──ひと口に」

 

 小さいのと毛深いの。今()()が足で捕えているの以外は、動かないし喋らなくなってしまった。

 ()()が人を愛するのは感情が揺れ動くからだ。雪と同じになってしまったのなら、食べてしまった方が面倒が少ない。勿体ないから、最後の一人は丁寧に食べないと。

 

「そうだな。君達の知らない地球風に言うのなら──君達が開けたのは、パンドラの箱ってやつだったのさ。棺桶って名前のね」

「……ランナ。分ける、いる?」

「要らないよ。言ったでしょ、好きにしていいって」

「感謝」

 

 ここに。

 短くて──長い。悪夢が、始まる。

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