Rauta 作:Ubiquintetous / 五劫偏在
特に問題は無い……はずなのに、気持ち「忙しそうな表情」に見える現地民との会話を切り上げるケッセウス。
彼女が対応不能を掲げ出してから、既に一日の時が経った。
棺桶の内部ではすでに様々な憶測が建てられている。即ち、何があったのか。そして何が起きているのか。
冒険へ出ることができなくなった。空を行く雪がまっすぐ降り積もっている。現地民が心なしか慌ただしい。そしてあの揺れに近いもの。
街列車が止まったのだと理解するのにそう時間は要さなかったし、出られなくなったことは兼ねてよりの陰謀論……運営がプレイヤーに紛れている、というのを加速させた。
つまり。
「緊急メンテ中……というやつですな」
「あなた、その口調はやめたのではなかったのですか?」
「いえいえ拙者考えましたところにこの棺桶という街それなりのプレイヤーがいてええ埋もれがちになりますのでええやっぱり口調で個性を出していかないとええ」
溜息を吐くケッセウス。彼の前にいるのは、少し前に『家族』へ迎え入れた、朱雀玄武青龍びやっこ、という変質プレイヤー。
一時期は凄まじくナイーブになっていた彼女だけど、最近は調子を取り戻して……どころか「この調子だ」まで戻っている。
ケッセウスら『家族』に入ったことで様々な知識をつけ、自身が変質プレイヤーと呼ばれるものであることや、その変質プレイヤーが今までどういうことをしてきたのかも知った。
かの「五劫偏在」には少々キツく当たられたそうだけど、それも仕方のないことだと納得していたくらいには善性の少女で。
「あー、いたいたケス兄、びやっこちゃん! もー探したんだよー?」
「マルマグちゃん。あいやすみませぬ、ケス兄さんがいたものですから、連絡はしてあるものと……」
「私のせいですか? あのパニーニを食べてみたいとねだったのはあなたでしょう。現地民の店だからいつ食べても味は変わりませんよ、と私は言いましたのに」
「いやいや! 食べてみたいと思った時に食べるべき! だからびやっこちゃんが正しい!」
「ええ……」
ケッセウス。肉体年齢はそうではないにせよ、しっかりしていることから精神年齢が上めに扱われがちな……基本家族間の対立では味方のいない存在。
「をれで、どうしたのですか?」
「ああそうだった! 事件だよ事件! ケス兄をブラックダリアさんが呼んでたよ!」
「私を? ……それらしきメールなどは来ていませんが」
「あれケス兄気付いてないの? 今メールとかウィスパーとかできなくなってるよ。それが一層メンテ感を加速させちゃってるよね~」
言われて、
成程、ケッセウスの想像以上に緊急事態らしい。
「びやっこ、あなたも来ますか?」
「えっ……もしかしてまだ敵と内通していると思われていてここでついに処刑……!?」
「しませんよ、そんなことは。事件らしいのでショッキングな内容である可能性もありますが、あなたはオカルト知識が何かを導くかもしれませんから、誘ったまでです。どうしますか?」
「行きます! ついていかせてください!」
ケッセウスがマルギッテに目配せをすれば──彼女はウィンクをしながら顔の横でokを指で作った。
「そうと決まればびやっこちゃん! 超特急で着替えてこよう!」
「え、いや自分これで問題なく──」
「前々から言うか言うまいか迷って言ってなかったけど! 実は! 超ダサい!!」
「ガアアアアアン!?」
それ口で言うんだね、とか思いながら少女らを見送って。
「
「要らない要らない。疑いたいやつは勝手に疑わせておけばいい。それより事件の方だね気になるのは。システム関連っぽかったらこっちに投げていいよ。今は少しでも情報が欲しいから」
「承知いたしました。ちなみに棺桶はあとどれくらいで走り出しそうですか?」
「
「成程。やはり些事ですか、棺桶が停止する程度のことは」
「やり口は違うけど、線路に置き石されて緊急停止した、くらいのことだからねー。っと、それじゃ。呼びかけはメールでやって。今ウィスパー使えないから」
気配が消える。
初めから私達は遠隔での
それなりには忙しいらしい。
「たっだいまー! どう、ケス兄! びやっこちゃん探偵モード!」
英国調チェック柄のブラウンなポンチョ。いやポンチョは探偵とは一切関係ないのではないか、というツッコミを舌の根のあたりで留めつつ、ケッセウスは「まぁ、いいんじゃないですか」と世辞を述べた。
その上で、改めて。
「では行きましょうか。この場合、私がワトソンですか?」
「いや拙者流石にそこは恐れ多く……よって拙者はマイクロフトを名乗ろうかと!」
「全く謙遜していないのがいいですね。行きましょうか」
マイクロフト・ホームズ。シャーロック・ホームズの兄であり、シャーロックをして「旺盛であれば私より優れた探偵となっただろう」と言わしめるほどの人物。
この子もよくわからないね、なんて苦めの溜め息を吐くケッセウスだった。
さて、中層。
メールが使えないためにブラックダリアの場所は実際に赴いて探す、くらいしか方法のなかったところ……「ああブラダリ? さっき
「ケス兄さんモテモテですな」
「ブラックダリアがモテモテなのではないですか?」
「これもケス兄さんの人徳のなすところ……びやっこ心の一句」
句になっていないし話を聞いてくれないし。
そういうことにはいちいちつっこまないケッセウスだ。
「おお、ケッセウス殿。かたじけない、来ていただけましたか」
「はい。何か事件であると聞きまして」
「まさに。そして……こちらのお嬢さんは?」
「拙者、現代のマイクロフトにござる」
「……申し訳ございません、マイク○ソフトはそもそも現代の会社では……?」
「まぁ助手のようなものです。言動は奇抜ですが、知識量が凄いので」
「なる、ほど。ケッセウス殿が言うほどとなると……相当なのでしょう」
時間が惜しいということはないのだけど、このままだと話が進まなそうな気がしたのでびやっこを押しのけるケッセウス。正しい判断であるといえるだろう。
そんな様子を見て「だいたいの関係性」を把握したらしいブラックダリア。彼は「では」と一拍入れて、話を始めた。
「ここ……
「ふむ……典型的な見間違いに聞こえもしますが、この場合は恐らく現地民でしょうな。扉か壁か、どちらかが配置ミス……いえ、成程。一見扉の方が配置ミスに見えるものの、実は壁の方が配置ミスで、現地民は特に不都合なく列車倉庫の扉を使用しているだけだった、と?」
「あ、ああ。君の言う通りだ。これは既に雪殿が話半分で解決してくれていることなのだが、その話に続きがあってな」
雪、と名前が出たあたりで口元を引きつらせるびやっこ。
向き直った、納得したといっても怖いものは怖いのだろう。
「続き、ですか」
「ああ……以前ケッセウス殿に"線路内に突き刺さった剣"の事件を解いてもらったことがあった。それは覚えているだろうか」
「ええ、覚えていますよ」
「そのように、線路とオレたちの立っている場所は別インスタンスになっていて、それを繋ぐのが駅……なのだが。ある時泥酔したプレイヤーが
「それは……なんとも間抜けな」
舌の根の辺りで止めておくつもりの素直な感想が出てしまった。
「実際にそうだから何とも言えないな。ただ、そのプレイヤーが少々気になることを言っていたのだ。最終的に緊急脱出で帰ってきたそのプレイヤー曰く、列車ごと収容された時に見た世界は別世界だった、と。あの配置ミス扉はしっかり中に繋がっていたし、見たこともない量の現地民たちがいたし、なにより話し合っていたし、と」
「……別世界」
「これを受けてオレたちは、配置ミスであるのは扉でも壁でもなく、この倉庫自体なのではないかと考えている。本来であれば背景で構わないはずの倉庫に列車収容機能がつけてあって、現地民の整備工が出入りする仕組みもつけてあるのは……おかしいのではないか、と」
そこで口を開くのは──びやっこ。
「良かったですね、そのプレイヤー。すぐに緊急脱出を使って」
「良かった、とは?」
「別世界である以上、あんまり長くそこにいると……
ごくりと鳴ったのはブラックダリアの喉。
ケッセウスはなんとも思わないので彼しかいないだろう。
「……先日、フック・タイサン殿から通達があった。プレイヤーIDが表示できる家具類やオブジェクトを見たことはないか、と。……繋がりを強固にするために必要なものであるとしか認識していなかったが……プレイヤーをリストアップして、行方不明者を探すため……でもあったのだろうか」
いやいやどう考えても考えすぎですよ、とは言わないケッセウス。基本的には善性である彼も、まぁ、時には、面倒臭かったら、放置しておくこともある。
そんでもって「自分が相手を怖がらせた・無駄に緊張させた」とか露にも考えないKY少女もここにいる。一回それで下手打ったのに一切学ばない少女が。
「プレイヤーID、っていうのは? プレイヤーネームのことですか?」
「本来プレイヤーに割り振られているはずの数字IDとのことだ。確かに『Rauta』ではそういうものを見たことがなかったものだから、力になれそうにないと返信したのだが……」
「コホン、ブラックダリアさん。それで、今回の事件というのは?」
軌道修正を図るケッセウス。びやっこもブラックダリアも「あ、そういえば」という顔をした。
「かたじけない……すっかり忘れていた」
「拙者もすっかり忘れていました……あ、ここから拙者黙りますので、どうぞ」
少し恥ずかしそうにしながらも、促しの視線を投げてくるケッセウスにしっかりせねばと思ったのだろう。頬を二回叩いたブラックダリアが話し始める。
曰く。
「ここ……列車倉庫にはあるエムブレムがある。それは獅子か龍か、とにかく恐ろしい形相を持つ動物の頭部を模したものなのだが……棺桶が止まってから、このエムブレムが"泣いている"と多数報告が上がっているのだ」
「泣く……ですか?」
「はい。血の──」
「石像や金属像が涙を流す、という例は世界各国で目撃されていますが、そのだいたいの正体は結露ですぞ。拙者の調査及び客観的視点から申し上げますと、涙を流した系の怪異現象は高温度環境下における結露というただの物理現象が、まるで霊的エネルギーの発露のごとく見えてしまうという人間の認知バイアスと環境条件のシナジーによって引き起こされているものでして」
「ストップです、びやっこ。──ブラックダリアさん。血の涙、というのは、
まくし立てるびやっこを止めて、そのびやっことブラックダリア両名の視線を指先に誘導するケッセウス。
彼の指差す先。列車倉庫の中央に付けられた……龍の頭らしきエムブレムの、その両目から。
真っ赤な血が……ぽたぽたと流れ落ちてきている。
「な──」
「……嘘、あんなに黒いのは……流石に……」
滴る血の落ちる先は、線路の上。
すぐ調べにはいけない場所だ。
「ブラックダリアさん。いくつかお尋ねします」
「あ……ああ、なんでも、聞いてくれ」
「まず、報告を受けたのは棺桶が止まってから……つまり、それまではこういう事例はなかった。そうですね?」
「そうだ。……オレがあのエムブレムを認識したのすら報告を受けてからだった。それくらい……背景に等しかったんだ、あれは」
「次に、目撃者及び報告者について。目撃されたのは具体的にはいつ頃ですか?」
「棺桶が止まって……しばらくしてからだ。報告者は中層のプレイヤーたちで、特に関連性は見受けられなかった。オレも……最初はいたずらであることを懸念した故」
ブラックダリアの言葉を聞いて、ふむと考え始めるはびやっこの方。
ケッセウスがやっているのは可能性潰しだ。可能性を広げるのは彼女に任せたのかもしれない。
「あのエムブレムが今まで涙を流していなかった、というのは、あなた以外に誰か証言できる方はいますか?」
「この辺りに住まうプレイヤーなら誰に聞いてもわかると思うが……」
「棺桶が停止したことで、いつもと違うな、と感じることはありますか? 上層では限りなく無風に近くなっているのが珍しいと騒がれていましたが」
「……そういう概念が実装されているかはわからないが、多少、湿度が高いようには感じるな。棺桶が停止していると聞いてのプラシーボ効果かもしれないが」
ちらりとびやっこを見るケッセウス。
彼女は。
「……ケス兄さん、この世界って……限りなく現実に近い現象が起きる、って……考えていいんですよね?」
「口調、いいのですか?」
「意地悪だな思ったより……。んん゛っ。拙者の知る世界と相違ないと思っていいのですな?」
「恐らくは。私は運営でも神様でもありませんから」
「では、その前提で行かせていただきます」
答えは導き出せた、と言わんばかりの目をしていた。
「──さて」
「列車倉庫の上のエムブレム? あー、確かあれセリン製なんだよね。で、血の涙ってそれただの腐食水でしょ。セリンは加工が難しいから、留め具は別の金属で代替したんじゃないかなー。んでガルバニック腐食が起きると。ゲームの頃はしなかっただろうけど、現実になったからねーするする。で、そこに雪だのなんだのの水が入り込んで腐食水が作られて、あのエムブレムの眼球の裏から
「はぁ……」
「え、なに」
折角推理してやったというのに盛大な溜息を吐くケッセウス。なんだなんだ。こっちは一応忙しいんだぞ。
それを君、わざわざ出向いてやったっていうのになんだその態度は。
「いや……身内の手柄の儚さを知ってしまいましてね。……ただ今回報告すべきだと思ったのはこの事件そのものではないのです」
「ん」
そう言うケッセウスから語られるは「別世界」の話。
列車倉庫が……NPCの住居へのアクセス地になっている?
それはかなり……調査案件だな。
「そして、少し聞き込みをさせていただきましたが、件のエムブレム……"ある日と無い日がある"のだそうです」
「……いやあるよ、昔から。それは……記憶ミスじゃない?」
「証拠のスクショもいただきました」
メール機能が使えないから、手元に画像表示をするケッセウス。
……たしかに無い日がある。それを示す数多の証拠。
「つまり何が言いたいのかな」
「無い日の列車倉庫こそが私達の列車倉庫で、ある日の列車倉庫は現地民の世界の列車倉庫なのではないか、と。そして此度エムブレムを用いて……現地民自身がなんらかのメッセージを私達に遺そうとしたのではないか、と」
「自意識過剰でしょ。それこそびやっこ君に聞いたら色々言ってくれると思うよ。バイアスかかってしまっていますぞ、とかさ」
「工場内の碑文にあった、二百年ののち訪れる終末。あれが刻まれた源歴400年から二百年を足して、源歴600年。工場長の言葉が正しければ、今は源歴625年。この差二十五年は、あなたたち聖霊が地球で過ごした月日である、と私は睨んでいます」
……ほう。
まぁ、一番真実に近い場所にいた。知識量の問題でね。
でも……そういうことにのめり込むタイプだとは思っていなかったかな。
「だとして? 終末は二十五年前に過ぎ去っているという話で終わり?」
「あの後親方……工場長は解読スキルの修練用に幾つかの破片をくださいました。ですが、私はそこに書かれているものの復元よりも先に、それがいつ書かれたのかを調べることにしたんです。私だけの力では難しかったため、様々なスキルを有する方々を巡り──そして現地民のものづくりスキルを有する方々もあたりました」
「続けて」
「結果。いくつかの破片はここ二十五年の間のどこかで書かれたものであるとわかった上、終末とやらは過ぎ去ったはずであるにもかかわらず、それら破片には終末を示唆する文言がいくつも書かれていたのです」
……成程。碑文が彫られた年なんて……わかるものなのか。
これは我々、というより私のミスかな。
「それで? そういうことがわかって、それで、なに」
「以前、私がウネルマに襲われた時のことです。ヒュテリスの地平にて、あなた達は言っていた。この世は生き物を残しておきながら一度滅びた、と。そして、しかしあなた達はそれに抗ったと。世界の消退を押しとどめ、意識空間の隙間を縫い、終末のラベルに気泡を挟んだ、と。──あなた達はこの世界にとって邪なものではない。そうであるのなら、もし、私達プレイヤーが現地民と手を取りあえたのなら──もう一度あなた達に手を貸してくださいと頭を下げることもできる」
「頭を下げさせてください、が。君の結論?」
「正確に言えば、邪魔をしないでください、ですかね。読解スキルのみで情報が得られようとしていたところに解読スキルのコンプを必要として遅延させてきたり、思考に制限をかけてこちらの動きを妨害したり。私達を外れ者ではなく人間の一種として扱うのなら、尚の事」
よく見ている。
よく理解している。
よく──認識できている。
「NPCは心を閉ざしている。君達が何を言っても無駄だよ」
「そんなことはありませんよ」
「どうして言い切れる?」
「だって現地民も人間なのでしょう? それでいて、本来ならば一番の問題である言語がスムーズに伝わる。であれば必ず大丈夫です」
「人間同士……プレイヤー同士でさえいがみ合い、対立し合いが発生するのに?」
「手を取り合うということは争わないということではありません。というよりは──この言葉を送りましょう」
一拍、ケッセウスは間を置いて。
「人間のこと、なにも理解していないのですね。流石です、上位存在」
では、と。意趣返しは成功した、とばかりに。
いうだけ言って踵を返し……去っていった。
……。
いや。
二十五年、ちゃんと経験したし。わかってるし。