Rauta 作:Ubiquintetous / 五劫偏在
久しぶりにこの身体で過ごす。
最近ずっと実験室にいたし、名もなきマダムだったし。私はやっぱりこういうふわもこお姫様なアバターが好きだ。
地球での姿もこのアバターによく似ていた。まぁ
懐かしい話だ。我々は当初、「条件に合致した異世界人を適当に連れてくればいいじゃないか」という話し合いをしていた。条件の合致……「一定以上の技術を有し、且つ希死念慮を抱いているか、他者との縁が極端に薄い人間」という条件に合致した者を無理矢理にこちらの世界へ引き込めばいい、と。
反対意見は少なかった気がする。私とチュノスケと、あと誰だっけな、ってくらい。過半数が賛成していた。それくらい人間に興味が無かったのだろう。
その星で一番に燃焼プロセスを道具化した知的生命体。どの星においても、どの世界においても、その種が人間を名乗り始める。
明かり。燃料。傷つけるもの。
この世界にも当然現れた人間は、しかし途中から火の取り扱いを止めた。我々に目を付けたから、ではない。
諦めたから、だ。そのタイミングがあった。「すべての人間が諦めたタイミング」があったのだ。採掘を行う仲間の隣で松明を掲げていた人間が、新たな洞窟を見つけた人間が、出掛けるために扉を開けた人間が──諦めた。
終末も来ていないのに、もう無理だと、もうダメだと、──ああ、嫌になったな、と。
たまたまそれが、全世界の人間の持つタイミングと重なった。
因果は逆だ。だから終末がきた。だから世界は閉じようとした。人間が
当時、我々の過半数は人間に対してそういう印象を抱いていた。
生きるのを諦める種。高い知能を持つが故に諦観を抱いてしまう種。
巨大化した虫種を見たか。彼らは懸命に生きている。生きるために必要な肉体を獲得し、生きるために必要な生き方を構築し。
絡み合う植物を見たか。彼らは懸命に生きている。
諦めたのは人間だけだ。けれど世界の代表者が「その星で一番に燃焼プロセスを道具化した知的生命体」と、「人間」と決まっているのだから、世界はそれに従うしかない。
どれほど文句を言っても無駄だ。君達の進化は遅かった。言葉はそれに尽きる。
……この認識が変わったのは、我々が世界を渡ったあとのこと。
光の世界があった。
夜だろうと朝だろうと光の絶えない社会。世界を光で満たしたことで、極端に暗闇を恐れるようになった世界。
火を扱う人間だった。火を掲げ続ける人間だった。母数が違うから完全な比較はできないけれど、「誰かが諦めていても誰かが前を向いている」人間の在り方を見た。増えるというのは、代表者というのは、こういう種類を言うのだと。
だから我々は元の世界の彼らをNPCと呼ぶことにしたのだ。地球へ来てその概念を知って、そう揶揄した。
そして……たしかそう、そのタイミングで。
そこまで揶揄するのなら、自分たちも体験してみるべきだと。
こうして我々は人間になった。出生を弄り、縁を切って、人間として過ごす二十数年を行った。
数がいることで起きる視野狭窄。他種族が見えなくなり、思考がロックされる。
火を脱却し、光を扱うようになった。エネルギーは"より爆発的な火"を扱うようになった。
悪いところも理解して、それでも彼らならばと期待した。
希死念慮の部分については多少の行き違いがあったようだけど──どうだ。
期待通り。彼らは順応をしつつも……諦めない。「そういう世界だ」と、「ここに骨を埋めるしかない」と。
未来を考え続ける。火を灯し続ける。
構わないとも。凍り付いた……渇き切った彼らの心を解けるのなら、是非ともやってほしい。
知っているとも。我々がいなくなってからようやく火を絶やさないことを思い出した、この世界の人類のことも。
ただ、願わくは──君達だけの手で。
「ピンポーン。ピンポンピンポンポンポーン。姫ー。お姉さんが来たよピンポーン」
……。
よーし切り替え。
映るのはチェスカと……ポロロイドと。
NPC、シェフル。
──すぐにスキャンを起動。……異常なし。
そうか。そうかそうか。ついに来たか。
一応……保険だけかけておこう。私が乗っ取られるのはマズい場合があるからね。
三人を招き入れる。
「きゃぁ~姫んちあったかい~……年中こたつあるの最高過ぎる~」
「WELL、季節感がないとも取れますが……世界自体が冬ですカラネ」
「……」
アポなしの訪問なので何の準備もしていない。……適当に料理スキルで鍋でも出すか。この前NPCに白菜もらったばっかだし。
「別に用が無くてもきてもいいんだけどさ。その子、なに? チェスカとポロロイドの子供?」
「OH、私はこの身体、女デスヨ」
「やーっぱり姫覚えてなかった。ほら、この前一緒に冒険行った時に見つけた子だよー。覚えてない?」
「この前って……半年くらい前の話してる?」
「そーそー。五か月? そんくらい前の話」
「そんなの覚えてないよ」
「NON、探偵たるもの月日は正確に覚えていなければなりまセンヨ」
覚えているとも。だけどこのアバターがそこまで覚えていたら変だって話ね。
NPCシェフル。様々な物事の発端。『Vesi』の一員。
ほぼ確定で意識的にプレイヤーをNPC化していた存在ではあるけれど、守護精霊とアカシックレコードの実装で文字通りても足も出なくなったはずの存在。
「っていうかプレイヤーじゃなくない? プレイヤーで子供って作れないでしょ」
「でも実際子供だよ? シェフルん、実はドワーフだったりしないよね?」
「どわー、ふ?」
「こーんな感じで髭がモッサモサで、全員がお爺ちゃんお婆ちゃんみたいで、シェフルんくらいの背の種族~」
ふるふると首を振るNPCシェフル。
……ストーリーNPCのくせに、自我があるのか。やはりストーリーNPCなのはタグだけか。
「なんだっけ、埋まってたんだっけ?」
「あ、ちょっとは覚えてる感じー? そうそう、埋まってたんだよねー。なんで埋まってたのかは本人も覚えてない、っていうか、名前以外のぜーんぶ覚えてないっぽいんだけど」
「五か月経っててなんも思い出せてないなら、初めから無かったんじゃないの」
「WAIT、今日のスノウプリンセスは少し当たりが強いデスネ。それとも子供嫌いデスカ?」
「嫌いってことはないけどね。プレイヤーなら確実に十八歳以上、プレイヤーじゃないならなんなのって話じゃん。はいこれ白菜と豚バラの豆乳ミルフィーユ鍋」
「うわおいしそー!」
記憶喪失の子供。なるほど、ストーリーNPCとしては非常にらしさを感じる。
が……五か月経って回収されていないあたり、切り捨てられた可能性の方が大きいだろう。探る腹も無いのなら、優しくしてやる必要もない。
「っていうかそうだ、姫知ってる? 棺桶ここ数日停まってたらしーよ」
「流石に知ってる」
「知ってるかぁ」
「既に動きだしているようデスガ。この原因不明の不具合と、それに対処するためにメンテナンスをしていたかのような待ち時間。私達の中に運営がいる、という憶測への燃料投下になりまシタネ」
「というかまぁ、ほぼ確でしょ」
鍋奉行ではないので装うのはお任せ。私は私の分を取って、そのまま食べ始める。
んー。んまい。
「姫は運営に会ったら何言いたい?」
「なにその具体的な質問。なんかの流行り?」
「ここに来るまでの話題だったんだー。あたしはとりあえず一発殴って~……でもお礼かなー」
「YES、私もお礼デスネ。死と隣り合わせで魅せプをし続ける私デスガ、このヒリつきは、地球じゃ絶対に得られなかったものですノデ。資金面、迷惑面、様々デ」
「あーね。自殺が自分だけの影響で済む社会じゃないもんなー」
「シェフルんはわかんないんだって。で、姫は?」
私は。
「私もまぁ、お礼かな。今の生活気に入ってるし。……前も似た話しなかった?」
「すごいね姫。あたしも今既視感覚えてた」
ふむ。場が少ししんみりしたな。切り替えよう。
「話戻るけど、なんで今日その子を連れてきたの? 何用?」
「YES、そうでしタ。いえ、事の発端はなんでもないことなのデス。私、チェスカ、アカ、ハナミ。この四人で女子会をしていましたとコロ」
「……なんでその女子会に私いないの? 普通にハブじゃない?」
「姫の拠点が街に近かったらふつーに呼んでたよ~。それに女子会やろうって集まったってより、たまたまお姉さんとあかちゃんが会って話してたら他二人がさらに偶然、って感じだったし」
ポロロイド、チェスカ、咋・明白、ハナミは桜でSHOW。
見事に私のフレンドの女子ーズである。うえーん、ハブられた~。
「THEN、私はこの輪に最近加わったものですカラ、スノウプリンセスの過去の話などを彼女らに聞いていたのデス。そうしタラ、近付いてきたシェフルが、スノウプリンセスとは誰なのか、ト。どういう人物かを説明するのは面倒でしたノデ、こうして連れて参りマシタ」
「違、う。どうして『
「それはあだ名だよただの~。あたしは姫って呼ぶし、ハナミとかは雪ん子って呼ぶ、みたいなさー」
「あの場にいた、チェスカがあかちゃんと読んでいたプレイヤーもまた、本当の名前は違いマスヨ。私は発音できまセンガ。昨日の日じゃない方を口偏にした漢字、と呼ぶしかなくなりマス」
「あれ一文字であからさまって読むらしいよ」
「WOW、つまり彼女、アカラサマ・アカラサマという名前なんデスネ」
仕掛けてきたか。
少なくとも概念は捉えているぞ、と? その程度であればとんだお笑い種だが──。
「あなた、の、名前は──スタラランナ=ナグティリス」
「すららっ……ん、なんて?」
「あだ名という概念を崩しにきましたカ。やりマスネ」
……このNPCの調査は完了したと言ったヤツ、どういうことだ。
なぜ……私の名を知っている。このアバターの名前ですらない、元の私の名前なんて……知る者はとっくに……。
「せめて雪こもり姫派生のあだ名がいい。よくわかんないのはNGで」
「YES、あだ名はその人を呼んでいるとわかるようにつけるものデス。なんでもいいわけではありマセン」
NPCシェフルの口が開く。
──その口が次に紡ぐ言葉が、「他二人には聞かれてはいけないものである」と咄嗟の判断を下し、時間停止を敢行した。
「
無数に開く個別通話を黙らせて、時の止まった世界でそいつに向き直る。
「……ご挨拶も良い所だね、君。私がなんの聖霊かわかった上で言っているんだよね? 名前がわかっているんだ、当然に」
「選択を司る聖霊、スタラランナ=ナグティリス。この世界の構築に、決定の判を押した……超常の存在。世界を終わらせることを選びうる、唯一の存在」
岐路を司る聖霊。もしそれが本当であるのなら、考えたくないケースが考えられる。
事象を司る聖霊というのはダブりが生まれない。権能が重ならないのだ。
ただし、ある例外のみそれが起こる。
「──シェフルを生んだのは、あなた。シェフルを過去へ送ったのも、あなた。本当は、もっと早くに、シェフルはあなたに会いにこなければならなかった」
世代交代。次代へとその力を受け継ぐ際にのみ、自身の権能と同じ
シェフル。
「なにが……あったか、説明できる? 未来で……どうして私は君を生み、君を過去へ送らざるを得なくなったのか」
NPCとしてのIDが既存の法則のそれではなかった。このまま同じ名付けをしていけばそうなるだろう、という予測が建てられていた。
けれどおかしい。私がNPCに期待をするはずがない。もしやるならプレイヤーを送る。NPCなんて……しかもストーリーNPCにする必要が全くないのだ。
「あなたが、実装した、守護精霊と、演算装置。自縄自縛が、起きた」
……あ~。
それは……ストーリーNPCにする必要出てきたナ~……。
既存の誰かを、ではなく、そもそも新しく生み出さなければならなくなった場合……確かに聖霊でストーリーNPCは"使いやすい"し。
「
「え?」
「シェフルは、全てを理解しているわけじゃ、ない。だから、あなたの言葉を、そのまま伝える。──再生。"うん、まー、これ多分だけど──"」
「うん、まー、これ多分だけど拒絶反応ってやつだろうね。できるだけ同じ種類の魂を選んだつもりだったけど、世界の感覚って私も我々もわかんないからなー。いつか出るものがここへ来て出てきたって感じ。このままだと世界自体が壊れるよ、切除できないし、
「──再生、終了。……シェフルが、送り出される、と、同時、人間、聖霊、関係なく、押し寄せた全ての存在を、意に介さず……あなたは、その未来を、閉じた。あの未来は、消えた。消滅した。選ばれなかった。──次は、あなたが、選ぶ番」
「選ぶ、って……みんなをNPC化して世界に馴染ませる選択を、って?」
「それしか、術が、無い」
「馬鹿言いなよ」
外付けの臓器を切除できなかった未来は無かったことになったよ、と……外付けの臓器を人体と同化させる術が未来から送られてきて。
はいそうですかって従うヤツがいるかっての。それが未来の自分でも。
というか明らかにふざけ口調だったし。やってみろ、って。そういうことでしょ。
「確認だ、シェフル。この話の通りであれば、君は我々と志を同じくするものであると見る。『Vesi』の一員でなく、だ」
「肯定す、る。けれ、ど、『Vesi』自体、そもそも、シェフルの目的、と、利害を一致させた、組織。シェフルは、協力者でしか、ない」
「……そうか、君の全プレイヤーをNPC化するという目的は、彼らにとっては好都合だった。生き返って新たな生を得る……それが『Vesi』元来の目的」
……だから、公爵君が『Vesi』と接触したあとに「生まれ直す」という発想を抱いたのも自明だったんだ。
言っていることは本質的に似ている。この世界の存在になりたい、だし。……死体を遺したい、というのも……そうだな。
あれ、だとしたら。
「NPCを……自我封印の果てのNPC化ではない方法で、プレイヤーを馴染ませる術が見つかったのなら」
「それは、最良。──見上げていては、転ぶもの」
「
指を鳴らして時間を進める。
「決められないなら、雪って呼んで。OK?」
「……わか、った」
「お姉さんは姫って呼び続けるけど、いいー?」
「勿論」
「YES、スノウプリンセス。では話も一段落したところデ、お鍋をいただきまショウカ。冷まさない限り冷めまセンガ、匂いでお腹が空きすぎるノデ」
「賛成~」
いいさ。
そんなに言うなら──覆してやる。驚くほどにね。