Rauta 作:Ubiquintetous / 五劫偏在
読解スキルと解読スキルのコンプリートが終わった。
それにより、親方──工場長から幾つかの破片がプレイヤーへと分け与えられ、そこに書いてあるすべてが明らかとなる。
「古い石は歴史。だが、こちらの新しめな石に書いてあるこれは……」
「恐れ、破滅、終末。先送りにされただけで回避されていない滅びの光」
「空から降り落ちる光の岩……って、これさ」
「ああ……隕石、っぽいな」
チキン鳥井、ブラックダリア、フック・タイサン、ヒストリー芳岡、thou、バルサ巫女ッス、ケッセウス。
円卓の中央にあるプロジェクターにいくつかの破片が浮き上がっていて、そこに書かれた文字をなぞる。
「隕石……どういう、も、の?」
「燃え盛る巨大な岩が雲の向こうより落ちてくるイメージです」
「……なるほ、ど」
であれば正しい、と。thouは考える。
人間の思考にも慣れてきて……だから。
「みん、な。聞いて……ほしい、ことがあ、る」
「ん、どうした嬢ちゃん」
「……言うのですね」
「ウン。……わたし、thouは……この世界で、生まれた。人間じゃ、なかっタ」
え! と大きな声を上げたのはチキン鳥井だけ。
他は──バルサ巫女ッスやブラックダリア含め──察していたようで、そこまでのリアクションはない。
「え、え、みんなわかってたのかよ!」
「ま……なんとなくな」
「感覚と言い切るには知っているものが多すぎたものねぇ」
「ってことはケッセウス、あんたもだったりすんのか?」
「私は違いますよ。私は彼女をプレイヤーの形で再誕させた存在に彼女を任されたプレイヤー、という形ですね」
「……それってさ、つまり」
ピン、と人差し指を立てて、推測を口に出しかける鳥井を制止するケッセウス。
けれど。
「『五劫偏在』。その存在はそう名乗っていました。何か心当たりのある方は?」
「五劫……仏教用語ねぇ。天女様が百年に一度下界に降りてきて、巨大な岩をひと撫でする。その摩耗によって石がなくなるまでの時間が、一劫。それが五つ」
「偏在は……遍くどこにでもある、って意味だろ。どこにでもいる、か?」
「つまり、"長きに亘って存在するナニカ"がお前のクライアントか、ケッセウス」
「金銭で動いているわけではないのでクライアントという表現はどうかと思いますが、そうですね。私はそういう存在と繋がりを持っています」
「それって……運営とは違う、のか?」
「その方は否定も肯定もしませんでした。まぁ恐らくイコールで結ばれるのではなく、『五劫偏在』の中に『Rauta』運営が入っている、という関係性なのだと思いますよ」
「成程な。……それで、すまん嬢ちゃん、話を遮ったな。言いたいことをいってくれていい」
ケッセウスに向いていた目が再度thouに集中する。
彼女はこくりと頷くと。
「隕石、というので、正しい。合って、イル。この世界には、前、……ごめんなサイ、どれくらい前かは、わからナイ。ケド、前、隕石が降ってきて、終わりかけたことがアル」
「つまりここに書いてある文字には高い信憑性がある、と」
「ウン。そして、そのホロビを、一度は退けたノガ、『五劫偏在』、というのも、ソウ、だと思う」
「隕石を退けるって……んな神様みてぇなことができるやつが……。っていうか、ケッセウスあんたソイツと繋がってんなら、今度はもう滅ばないようにしてくれ、とか言えねえの?」
「難しいですね。それなりの間彼の存在と交流してみましたが、こちらの要求をそのまま呑んでくれた試しがありません。基本的に私は彼の存在から下される命令に従うばかりで、要求を通せる立場に無いのです」
「ケッセウス。それは契約か? それとも取引か?」
「取引です。契って縛られているわけではありませんから、成程、確かに無茶をすればできるのかもしれませんが……しろ、と?」
熾りは一瞬。
すぐに彼……フック・タイサンは肩を竦めた。
「いや、聞きたかっただけだ。お前が不当に縛られているのなら、助けてやりたくてな」
「そうですか、勘違いによる失礼をしてしまい、申し訳ございません。……ただ、私が考えるに、一度は退けた、というところはミソなのではないかと考えています」
「……その『五劫偏在』なる存在であっても、滅びの運命を無かったことにはできない……と言いたいのだな、ケッセウス殿」
「ええ。回避せざるを得なかった。終末を帳消しにすることができず、先送りにするしかなかった。言ってしまえば『五劫偏在』の力は神と呼ばれる類には遠く及ばないのでは? せいぜいが精霊とか何かの化身とか、その程度なのではないか、と」
けれど。とすると。
「終末は回避されきったわけじゃない。文章によれば百年後……七十五年後か。源歴700年に再度終末は訪れる。……自分が生きていないだろう未来だからどうでもいい、とか考えているやつ、いるか?」
「そのような者はおらぬだろう」
「吸血鬼はバリバリ生きてるだろーしなー」
「自分より長命な種族、もしくは自分たちの子供世代がヤベェって初めからわかっててどうでもいいとか言えねえわ」
「けど、堂々巡りよねぇ。今から七十年八十年で隕石の迎撃装置を作ればいいのかしらぁ?」
「無理だろ。地球でも無理だったってのに、蒸気機関時代のこの世界じゃ厳しいとしか言いようがない」
「この惑星がどれほどの大きさなのか、さえわかっていないものねぇ」
手を挙げる。挙げたのはケッセウスだ。
彼の言葉は含有する情報量が桁外れだから挙手などしなくとも皆耳を傾けると思われるのだが、それでも彼は挙手をした。
「現地民。NPCと呼ばれる彼らにはしっかりと意思がある。この言葉に違和感を覚える者はいますか?」
「異論はないぜ。下層じゃそれは割と普通の常識だし」
「中層でもよく言われていることだな」
「どれほどあるのかはわからないけど、時たま人間っぽい反応するなぁ、とは思ってたくらいかなー」
三者三様な答えにケッセウスは頷いた。
「過程は今は省きます。聞きたければ後で聞いてください。その上で結論から申し上げまして、現地民との交流に成功しました。彼らは私達にSOSを出しています」
「というと、なんだ」
「彼ら、定型文を話すじゃないですか。特に役割に無い話……工場長などがいい例ですね。彼の役割に無い言葉をかけると、"若者言葉はわからない"という定型文を返してきます。ただそれは、それしか言えないからそう返しているのではなく、そう返すというルールが制定されているからそう返しているに過ぎないのです」
「……哲学的ゾンビみたいな話か?」
「似ていますが、少し違います。というか、哲学的ゾンビの中にいる哲学的ゾンビのフリをした人間の話ですね」
つまりですね、と。
「彼らには彼らの意思があり、その上で定型文を喋っているに過ぎなかったのです。私はその定型文の裏に隠された真意を読み取ることに成功し、そして悲鳴にも似たSOSを受け取りました」
「どうやって、は……あとで聞け、か」
「はい。彼らのSOSを要約しますと、自分たちにはもう生きる希望が無く、世界の代表者として認められていない。世界に代表者がいなくなったことで世界は滅びの運命を受け入れた。だから、あなた達が代表者となるか、私達を導き、代表者とするかをして、世界にまだ滅びずともよいことを伝えてくれ、と」
「成程。代表者がいないから滅びようとしたというのなら、一度終末を退けたってもう一度滅ぼうとするのは納得できるな」
「代表者というのは、名乗ればなれるものなのかい?」
「その辺り、詳しく聞こうと思ったのですが、私の見つけた手段ではこの詳しさが限界でして。……thou、あなたは何か知っていますか?」
「ン……。……多分で、イイナ、ら」
「今はどんな情報も惜しい。言ってくれ」
thouは人間ではない。『Vesi』に利用されるまでは単なる概念でしかなかった。だからわからないこともあるけれど。
「生きる、気力。ガ……ダイジ。あなたタチは、まだわからナイ。彼らには……ナイ」
「諦めない心的な話?」
「多分、ソウ」
「おおちょっと茶化したのに頷かれるとは思ってなかったぜぃ」
実を言えば、thouの持つ「人類というものへの印象」は『五劫偏在』とそう変わらない。
比較する機会がなかっただけで、視点に関しては『五劫偏在』とそう変わらない位置から物事を俯瞰している。
「この世界ハ、一度諦めタ。世界……人間? だから死ぬ。さだめ。デモ、あなたたちは、違う? それを、けど、世界は、知らなイ」
「どうにかして俺達がいれば大丈夫だと見せつけなきゃいけないってことか。どうやってかはわからんが」
「もしくはケッセウスの得てきた情報の通り、現地民をそっちの……不屈方面へ持っていく、だな」
「ふむ。……少し話が逸れるんだが、一ついいか?」
そんなことどうやってやれば、となっていた者達に、フック・タイサンが声を投げる。
「俺は総団長という立場から、色んなやつを見てきた。カウンセリングもしてきた。……だから、わかる。正直言って、『Rauta』を始めた当初、なにもかもどうでもいいから、みたいな……自暴自棄になっていたやつ、この中にどれくらいいる?」
手は。
フック・タイサンを含め……thouとケッセウス以外の全員から上がる。
「私は覚えていないが正しいです。『五劫偏在』と出会った初期頃の記憶がないため、封じられているか何かなのでしょう」
「そうか。じゃあお前らは例外として。……この『Rauta』を始めたプレイヤーの恐らくほぼ全員が、自暴自棄、あるいは希死念慮を抱いてこの世界まで来ている。『五劫偏在』、運営、どちらかがそういうプレイヤーを集めたんだろう。どうしてそんなネガティブな奴らばっかりを集めたのか長年疑問だったんだが、今の話を聞いて得心が行った」
「成程ねぇ。底抜けに明るいコとか、常にポジティブなコじゃ……簡単に前を向かせられちゃうわけだ」
「ああ。つまり現地民と俺達は同じスタートラインにいるんだ。別世界の後ろ向き同士が引き合わされたって感じか。……んで、こっちも多分だが、運営、及び『五劫偏在』は、俺達に前を向いてほしいのだと考えている」
「前を……」
「向いてほしいとまでいくかどうかはわからんがな。とりあえず俺達を連れてきた目的は現地民を含む人間をもう一度人間として……代表者として成り立たせるためである、というのが俺の見解だ」
余計なお世話なのかもしれない。
だが、上位存在とはそういうものだろう、という偏見もある。
「総団長。そもを言えば、この集まりは"毎日を繰り返すこと"から"未来へ目を向けること"へシフトするために現状を確認しよう、という名目で集められたもの。オレたちにできたのだから全人類できるはず、という言葉が残忍であることは理解しているが──」
「ああ、適応させるしかない。隕石迎撃装置なんか作れるはずがないからな、そっちじゃなく、人間を人間であると世界に認めさせ、この世界を生き繋いでいくところを見せつけなけりゃならん。──野暮なのはわかってるが、言わせてくれ。協力してくれるか」
声に。言葉に。
「当然だ。中層自警団ブラックダリア。一団クラン及び総団長フック・タイサンに協力する」
「下層、吸血鬼友の会会長バルサ巫女ッス。一団クラン及び総団長フック・タイサンに協力する」
「
「えー。えーっと。……特に大層な肩書きとかないんだけど、んでもって……デスゲームの頃は割と自暴自棄で、死んだら死んだで仕方ないから誰よりも早くクリアしてやるぜ、とか息巻いてた俺だけど……まぁ、なんだ。嫁が……できて、少なくとも死にたいとは思わなくなった。だから前を向くって約束するし、協力もするよ」
視線は当然残り……thouとケッセウスに向く。
「私は協力しますが、彼女には迫らないでやってください」
「迫りはしないが、どうしてだ」
「彼女には人間を救いたいというような意思はないでしょうから」
「決めつけは良くないんじゃないかい、ケッセウスさん。thouちゃん、誰も怒りはしないから、自分の気持ちを伝えてごらん?」
「……けっせうすの、言う通り。わたし、に……人を助けたい、気持ち、ナイ。世界を……救う、気持ち。ナイ。ワタシには、悲鳴を上げることしか、デキナイ……」
「俺達がああじゃないかこうじゃないかって議論することに対して、この世界の存在側からYes/Noを聞けるだけでもありがたいから、大丈夫だ」
「ウン……」
さて──とあらば、である。
フック・タイサンはブラックダリアとバルサ巫女ッスを見た。
「ケッセウス。お前のやったっていう現地民との交流手段、文章に書き起こせるものか?」
「……少しばかりの時間を頂ければ可能ですよ」
「ああ、どれくらいかかっても構わないから、事細かく教えてくれ。それがすべてを左右する。んで、ブラックダリア、バルサ巫女ッス。あんたたちは一度コミュニティへ帰って終末の危機をそのままみんなに伝えてやってくれ」
「……混乱が起きないか?」
「起きるだろうが、ごく一部の者だけが知っている、という状況より良いだろ。俺が世界なら一部の人間だけが前向きで、その他はまだまだ後ろ向き、とかなら"人類が前を向いた"とは思わんだろうしな。秘するくらいならぶちまけてやれ」
「わかった」
次、と。彼の目線はヒストリー芳岡とthouへ。
「改めて、thouの嬢ちゃん。この世界側の存在だってわかった上で、
「それは、アル。ダイジョウブ」
「よし。んじゃ芳岡さんとthouは引き続き世界の研究だ。酸の雪に耐えられる植物と、それを食用にする方法。畜産、農業、十把一絡げ。俺達がこの先で生きていくために必要なあらゆることを研究してほしい」
「今まで通り、けれど少し前向きに、ってことだねぇ」
「が、ガンバル」
その次、チキン鳥井。
「鳥井。お前には超重要任務がある」
「え、ナニソレ聞いてない」
「──結婚の良さを広めろ。まーどういうことが世界的に前向き判定されるかはわからんが、とりあえず子供を設けることは前向きの一つだろうしな」
「あー……。そっかここ俺以外全員独身か」
「いっそのことブン屋も抱き込みますか。ネタが無いといつも言っている彼ですから、新聞のコラムに結婚者の云々を記載するのもありでは?」
「採用! メール出しておくから取材第一号になってこい鳥井」
「協力するって言った手前アレだけど、総合的にやっぱ俺の扱い酷くない?」
最後に再度ケッセウスへ視線を戻す。
「ケッセウス。すまんがお前にはやってもらいたいことが複数ある。この後居残りしてくれ。というかここじゃアレだから、一団クランまで来てくれ」
「承知しました」
「よし! 開示された情報や先行きの不安なんかで色々あるとは思うが、踏ん張りどころってやつだ! この世界を終わらせないために動こう! 解散!」
フック・タイサン。彼は人類を取りまとめるに相応しき男なのだと──。
はぁ、と。大きなため息を吐くは、フック・タイサンである。
「あなたの言説が正しいのなら、あなたもまた自暴自棄だったり希死念慮を抱いていたりするプレイヤーだったのでは?」
「……正しいよ。俺は……あの頃色々どーでもよくて、リアルを忘れられるゲームでそこまで人気じゃないモン探して……今まで稼いだ金を使い切るつもりで生活費に充ててのプレイをしてたからログイン時間もとんでもなくて……そんな理由でいつの間にか総団長だった、みたいな人間だ」
「こういうことは器じゃない、と」
「ああ。だが、そうも言ってらんないからな。……話の続きをしていいか?」
「ええ。お願いします」
んじゃまず、と。
「お前、最近探偵稼業忙しいだろ。某蝶ネクタイの死神ばりに行く先々で事件が起こってるが、あれはマッチポンプじゃないだろうな」
「半分マッチポンプですよ。もう半分は普通に事件です」
「そのマッチポンプをやってんのは運営か? 彼女か? それとも『五劫偏在』か?」
「主導しているのは彼女ですが、行っているのは別の方でしょうね」
「やっている理由は?」
「お教えできません」
「俺は誰にも言わんぞ」
ふむ、と。ケッセウスは一つ考えて。
「人狼ゲーム、ご存知でしょうか」
「……まぁ、知識としては。あんまりやったことないが」
「あれの定石の一つとして……人数にも依りますが、複数の人狼がいる場合、一方の人狼が大立ち回りをして、もう一方の人狼が潜伏という……一見村人と見紛うような、自身が人狼であると知らないかのような動きをして、最終盤にて正体を明かし、もうどうすることもできなくなった村人を一網打尽にする、というプレイングがあります」
「……」
「あなたがそれでないとは言い切れない。理由はそれだけです」
「仮にそうだとして……だとしたら話しすぎに思うが」
「かもしれません。それでも分の悪い賭けをしないのが私という男でして」
「パーセンテージは?」
「フィフティフィフティ──十二分に悪い賭け、ですよ」
ピン、と。フック・タイサンの手元からセリン硬貨が一枚弾かれる。
激しく回転するそれは次第に自由落下を始め……腕を伸ばしたタイサンに掴み取られるのだが。
「Heads or Tails.」
「ではここは敢えて、どちらも表だった、というオチで」
自分にだけ見えるように開いたタイサンの手。
そこにあるコインは──裏面。その裏にあるのもまた、裏面。
鼻で笑うタイサン。
「精々努力するし、努力する姿で魅せるよ、俺が信用に足るところを」
「楽しみにしています」
では、と。
話し始める。ケッセウスというなんでもできる男にやってほしいこと。その──少しばかり荒唐無稽に足を突っ込んだ、とあるアイデアを──。