Rauta 作:Ubiquintetous / 五劫偏在
マッチポンプ事件の三件目を終えて、ケッセウスは一つ伸びをする。
肩こりや頭痛の概念は実装されていない『Rauta』であるけれど、やはり精神的な疲れというのは出てくるものだ。
運営。あるいは『五劫偏在』のうちの一人が書いているらしい犯罪の脚本。それは『Vesi』の用いたトリックの劣化品というか、誰が見ても模倣犯とわかるものばかり。
こんなことで本当に本物が釣れるのか、なんて先行きの不安を覚えたところで──視界の端に、一人の女性を捉える。
「……なんですか、こそこそと。
「ギクッ……あ、あれ、バレちゃった?」
「隠れていたつもりでしたか。それは申し訳ございません」
家族……ではない。彼女は
悪徳詐欺師であった元ケッセウスにも数人のフレンドがいた。だから現ケッセウスは彼とフレンドたちの会話ログを特別に見せてもらって、知っていることに齟齬のないよう知識を蓄えている。それは日々行っている勉強のひとつだ。
あくまで彼は、ケッセウスではないのだから。
「い、いやね? あたし……ケスケスがそういう……ええと、タンテイ? みたいなことやってるって噂で聞いてさ、どーにも信じられなくて……偽物じゃないかな! とか考えちゃって……こうしてこっそりキミを観察していたわけですよ!」
「はあ。いつも通りの奇行、と。それで、私が偽物である可能性はどれほどでしたか?」
「ん~……歩き方とか話し方のクセとかは百パーケスケスなんだけど、ケスケスが探偵の真似事をしてるってとこがマイナス五千パーケスケスだから……図りあぐねナウ、みたいな?」
無論、歩き方や話し方のクセなどが一番見抜かれやすいから、ケッセウスはそこを念入りに真似た。甲斐はあった、ということだろう。
「それだけじゃなくて、若いコたちの面倒を見たリー、かと思えばセミナーなんか開いたり。ケスケスは丁寧の川を被った悪徳の塊みたいなコだったから、あたし夢でも見てるのかなって」
「そこまで言いますか。あなた達相手には悪事を働いたことはなかったと記憶しているのですがね」
「だからこそ、かな? 気を許した特定の人物相手にさえ親切なんて見せなかったケスケスが、今人の為になることをしている……ううん、今の会話含めて五澗パーケスケスじゃないカモ」
額に手を当てるしかないケッセウス。彼はこういう「直感」などを使用するタイプの人間が苦手だ。
そしてそういう「直感」は当たっていることの方が多いのがまた面倒臭い。
「……今から次の現場に行かなくてはならないのですが、邪魔をしますか、瞬火白那さん」
「んー、もう少し観察させてっ! お仕事の邪魔はしないから、遠巻きにこっそり!」
「いいですよ」
「いいんだ」
「ダメと言ってもついてくるでしょう。それを制限する術を持ち合わせていませんので」
「そういうさっぱり割り切りなとこはホントにケスケスなんだけど……ナー?」
無視をすることにした。構っていられないからだ。
さて、この後はセミナー、セミナー、飛ばして総団長からの頼まれ事のあと、商談。昼休憩を挟んでthouの様子を見にいって、セミナーと頼まれ事を同時にこなして……。
彼は脳裏の予定表を閉じる。そのままツカツカと歩き出した。
さて、気を取り直して。
現在の彼は数多の場所にて数多の人々を相手にセミナーや講義を開いている。
単純な適材適所……ジョブやその人自身持つスキルをどこに宛てたらいいか、という相談や紹介、そして実際に職へ就いてみた人々からの現在のお悩み相談など、【稼がれない互助会】すらメではないほどにプレイヤーたちへ寄り添い、社会の潤滑を一心に引き受け、行っている。
その求心力は相当なもの。それもあくどいことをしての信仰集めではなく純粋な人柄の良さによる慕われであるため、他の強大組織……一団クランや中層自警団、果てはチュウチュウファミリーの中にすら彼を信用する人間がいるほどだ。
あるいはインターネットのない環境、というのもいい方向へ働きかけているのだろう。
同じグループに所属する者同士で使えるグループVCはあっても、掲示板と呼べるものは存在しない。唯一ブン屋の発行する記事という名の画像に対してのみ「書き込み」のできるスペースがあるけれど、それは決して匿名性のあるものではない諸刃の剣。
VRMMORPGという「どっぷりなネット環境」の中にありながら、インターネット脱却という偉業を果たした『Rauta』のプレイヤーたちにとって、一切の裏表のないケッセウスの献身は酷く眩しく映ったことだろう。
「……そんなにおかしいですか。私が善行を積むのは」
「おかしい。とっても」
以前のケッセウスを知る者以外には、だが。
昼食の時間、監視の目のことは諦めたケッセウスがコーヒーショップ『てぬらえ』に入ると、当然の顔をして瞬火白那がついてきた。否、あろうことかカウンター席の彼の隣に座ってきた。
「色々あったんですよ、こっちにも」
「……あの子との出会いとか? 雪姫ちゃん」
「知っていましたか。……ま、それが……最大ですね」
「なに、恋でもしちゃった?」
「ええ、この煩いは恋かもしれませんね」
「ふーん」
欠片も信じていない声。だからケッセウスも肩を竦めるし、彼の視界の端に現れた「ごめんなさい」という文字も気に留めない。
「そう遠くない内に、世界は終わるそうです」
「……それ、ブン屋の眉唾コラムで見た。信じてるの?」
「以前の私であれば信じませんでした。信じませんでしたし、どうでもいいものとして扱いました。ああいや、ビジネスチャンスには思ったかもしれませんが」
「今は違うんだ?」
「ええ。信じられる理由を見てしまった。雪こもり姫との出会いはきっかけに過ぎません。それよりも大きなものを目にして……どうすれば最も大きな利益が見込めるか、というのを計算した時、プレイヤー全体の質を上げるしかない、という判断をしました」
世界の破滅。終末の訪れ。それは既に一団クラン、及び汎聞屋を通じて広まっている。
ただ、流石に皆半信半疑だ。実際に書かれている、とされた破片を見たとしても、フレーバーテキストだろうとしか考えていない者が数多くいる。
「……それに、悪事をめっきりやめた、というわけではありませんよ。手口を変えた、という方が正しいでしょう」
「嘘吐き。セミナー、全部無償でやってるんでしょ。こっちも一切調べてないってわけじゃないんだから」
「プレゼン資料を見せることの方が目的であると、そう言ったら?」
ピンと指を立てるケッセウス。その指先に画像表示のエモートを設置し、午前中に使ったプレゼン資料を映し出す。
ゆっくりゆっくりとそれを捲っていき──中途半端な場所で止める。
「理解しましたか?」
「……なにが?」
「おや、見えませんでしたか。これでも大分ゆっくりやったんですけどね」
「う~、その勿体ぶるところはケスケスなんだけど……う~」
「画像が変わる瞬間。二十ミリ秒の間だけ、破滅や終末を覚えさせる画像を表示しています」
「……まさかサブリミナル効果? うそ、ケスケスそんな眉唾信じる子だっけ?」
「他にも色々やっていますが、視覚的なのはこれだけですね」
──それはタイサンによって託された「荒唐無稽な策」のうちの一つ。セミナーに使う資料にそういった単語、ないしはそれを連想させる画像を挟み、プレイヤーの意識改革をする。
といっても今瞬火白那が怪訝な声を出した通り、サブリミナル刺激によって行動効果が出るのは刺激の直後に微弱なものだけ。行動操作や洗脳ができるものではない。
それでも充分だった。なんせその画像はsinohumiという造形の天才が
現実で微弱な効果しかないものであっても、異世界と類稀なる偶然が出会えばなんとかなるものだ。
「……けど、やっぱりケスケスじゃないね。ケスケスは手口とか明かさなかったし。フレンドにだって全てをひた隠すのがケスケスだよ」
「ところで、瞬火白那さん。私は現地民の食事処を良く利用するのですが、ここコーヒーショップ『てぬらえ』にはある目的がある時に訪れることにしているのです」
「なに急に。話を逸らそうたって──」
「
「──」
直後、周囲が真っ白に変わる。光のない白。真っ暗な真っ白。
コーヒーショップ『てぬらえ』。そこでメイドとして働いている一見
クルミナ。あるいは彼女はケッセウスの期待するような自由度のある運営ではなかったかもしれないが、アピールは充分だった。
「
「……やっぱりあんた、ケスケスじゃないんだ」
「あなたも瞬火白那ではないでしょう。ご自身が仕掛けていたカマかけ、ご自身で引っかかる気持ちはどうですか?」
厳しい目でケッセウスを睨みつける瞬火白那。けれど返るのは鼻笑いだけ。
「まんまと、というやつですよ。私が探偵業を営んでいたのは『Vesi』を誘い出すため。そして先程私が見せた画像は破滅を予感させる催眠などではなく──」
「自白催眠。ナイスだよ、ケッセウス」
瞬火白那の時が止まる。その彼女を次元の狭間にしまい込んで、現れたるは雪こもり姫。
「これで終わりですか? マッチポンプ事件も」
「いや、釣れる限りは釣り出したい。『Vesi』は個々の連絡が甘いというのもわかっているから、もう一体くらいサンプルが欲しい」
「はあ。……わかりましたよ。雇われはすごすご働きます」
そのまま「帰してください」と言いかけて、やめた。
代わりに別のことを口から零す。
「人狼ゲーム……ご存知ですか?」
「なに急に。知ってるけど」
「いえ、どうしてあなたが人間社会に紛れ込もうと思ったのか、というのをふと思いつきまして」
「ああ、人間のふりして人狼だったパターンを私が、って? やんないやんない。私が人間やってたのは単純にこのアバターが好きなのと、
「
「そ。ま、もう一つ理由があるとしたら、心が離れすぎないようにするためかな」
「心が離れすぎないようにするため?」
頷いて。
「そう。君が私に感じた通り、私は人間ではない。人間のことを少ししかわかっていない。そんな私が人間ではない状態で長くを過ごすとどうなるか」
「……より酷くなる、と」
「そんな感じ。名は体を表すというけれど、名や精神も十二分に肉体へ引っ張られるものだからね。私は人間であることで、人間スケールの物事しか考えられない、扱えないように制限をかけているわけ、自分でスケールダウンしているわけさ」
今でさえ「ほとんどなにもわかっていない」のに、もっととなれば、如何ほどか。
人間のフリをするためではなく、人間の考えにまで制限するために人間になり切る狼。
それでも潜伏に変わりはない。だとすれば、いつかは。
「フック・タイサン。彼がただのプレイヤーであるかどうか、という調べはつきましたか?」
「
ケッセウスは。
「いえ。落胆はしますが」
「ま、九十九パーセントでしかない。残りの一パーセントは普通のプレイヤー」
「……そんなにわからないものですか? 変質プレイヤーかそうでないかなど、一瞬でわかりそうなものですが」
「今の君だって事情を知らない運営が見たら普通のプレイヤーに見えるよ。アカシックレコード実装前、守護精霊実装前に変質したプレイヤーについては辿れないのさ。況してやゲーム時代に私とほとんどで会っていない相手だと特にね」
そして、ただし、と指を立てる雪こもり姫。
「変質プレイヤーかもだけど、本人に自覚があるかどうかはわからないし、『Vesi』の一員かもわからない」
「びやっこさんと同じ……気付けば霊体で、気付けば乗っ取っていた、というパターンですね」
「そう。事実として彼は一団クランの総団長として多くのフレンドを有している。変質プレイヤーはプレイヤーIDまで変わるから、彼が最近変わったプレイヤーならばもう少し騒ぎになっているはず。となるともっともっと前に成り代わっていて、自分でも気づかないところまで来ている、ということもあり得る。そしてなんでもなく優秀でなんでもなく特異なだけの一般プレイヤーという可能性も捨てきれない」
「敵か、味方か」
「敢えていうのなら、君の味方で我々の敵かな」
「……」
フック・タイサンはゲーム開始直後の話や以前自身が希死念慮を抱いていたプレイヤーだったことを話していた。
アレはブラフなのか。それとも。
「ケッセウス。君は割合なんでもできてしまうから勘違いしているかもしれないけれど、君の
「……知っていますよ。今守るべきものは家族くらいです。……誰かが背負わせてきた荷物は勝手に脱ぎ捨てます。縛られる謂れはありませんから」
「サブリミナル効果を利用しての催眠。完全に私達側の技術を頼ったお願いだった。あのフック・タイサンという男から君に向けられているのは期待? それともインターフェース?」
「言ったはずですよ。あなた方のいうことは今まで通り聞くので、遅延行為をしてこないでほしい、と。彼を信じるも信じないも私の勝手ですが、そうやって疑念を植え付けるのは遅延行為です」
「そう? 君のためを思っての行動だったのに。やっぱり性格の不一致が激しいから、あの告白は受け入れられないや」
「結構です」
フック・タイサンは九十九パーセント変質プレイヤー。
その事実は……たとえ無視しようとしたって重くのしかかる。
フレンドも、盟友も、取引相手も。
誰も信用できないのなら、何を信ずるべきか。
「ああ、わかった。──君さ、休暇日って作ってる? 何もしない日」
「いえ……」
「だからだよ。今の鬼気迫る感じ。切羽詰まってる感じ。これ命令ね。一週間以内にどっか一日休むこと。過労死は実装してないけど、そろそろ精神やられるよ」
それは。
あまりにも尤もな言葉。
果ては「良き上司」の体現であった──。
起床する。すぐにスケジュールを調べようとして、今日の予定が真っ白であることに気付いた。
「……まずいですね。私、こんなにもワーカホリックでしたか」
言葉に出して顔を振る。
ケッセウス。今日は『五劫偏在』に指定された休みの日であり──なぜか家族全員にも話の行き届いている厄介な状況である。
「おはようございます」
と彼が一緒に住んでいる家族のグループVCへ挨拶をすれば。
「あーケス兄ダメだよ! まだ五時半だよ? 寝てて~」
「ネコメ、あなたはなぜ起きているのですか?」
「トランプが盛り上がってるだけ~。ほらマルギッテが朝ご飯作ってくれるって言ってたから、寝て、寝て」
このようにして窘められる。
朝食が終わり、ドレスルームからワンタッチでの着替えを行えば。
「あー! ケス兄がスーツ着てるー!」
「汚し隊! いけ! あれを使い物にならなくさせろ!」
「汚されたくなくば脱げー!」
「いえ、着直せば汚れは取れるのですが」
「空気を読めー!」
仕方がないので自室で勉強をしようと本を手に取れば。
「『星辰のスラッグ』第二巻……? ヒュー太、ここのラックにしまっていたマネジメント学の本を知りませんか?」
「知らねー。あ、それ最近出た『Rauta』初めての漫画な。おれの友達が描いてる」
「漫画……百歩譲ってそうだとして、第一巻は?」
「まー部屋のどっかにはあると思う。家具検索してくれ」
これだ。
とことん頭を使わせない気だ、というのは伝わった。
「ケス兄~、マッサージしにきました!」
「横になって~」
「いえあの、あんまり気を遣われると逆に疲れるのですが」
「うるさい! 横になれ!」
「えぇ……」
ケッセウスの受難は続く。
まさか家族全員──当然ケッセウス以外──に彼女から「ワーカホリック警報。調べた限り140日連勤。たっぷり休ませないとケッセウス死ぬよこれ」なんてメールが届いているとはまさかまさか。
そしてちゃんと疲れていた肉体がマッサージの快楽に溺れ、寝落ちするまで、三、二、一。
「おやすみケッセウス。良い夢を」
その日から十日置きに「ケス兄強制休暇日」が設けられるようになったとかなんとか。