Rauta 作:Ubiquintetous / 五劫偏在
カチャカチャと工具をいじりながら、一人。ユルグント老は誰もいない……誰もいなくなった工場通路でぼそりと呟く。
「理解をすることで安全性を高め、咀嚼することで隣人になろうとする。移住者の持つその性質は非常に優れたものではあるが、理解は足りるのか否か。聖霊も悲鳴も人智を越えた存在なれば、あちらが歩み寄ってこないかぎりは歩み寄り得ぬものであるとわかるか否か」
彼の手元にあるものはセリン硬貨。そこに施していく繊細で緻密な模様。
焔かあるいは雷か。熱に通ずる概念の紋様は、無駄が無く、遊びが無く、美しい。
「
クツクツと笑う彼の背後、真白に塗り潰されて行く工場があった。
その塗り潰され方はまるで、描画範囲から出た、とでも言わんばかりのもの。
やがてその白はユルグント老をも消し去って。
源歴六二五年六の月十二日。
掻き毟るような声と共に、悪夢の羽音が再来する。
PVP禁止エリアは解除されていない。
だというのに。
「クリーチャーが侵入してきている! 戦えないやつはマイハウスに籠れ!」
悪夢の再来。悪魔の来訪。
PVP禁止エリアは壊されていないのに、クリーチャーが侵入してきている。
「……クリーチャーを人間扱いにしたのか」
成程確かにそれであればクリーチャーを街中へ入れることはできる。
けれどそれだけだ。むしろPVP禁止が強く作用し、危害を加えることは難しくなるはず。
その読みは当たっていた。侵入を果たしたクリーチャーたちであるが、プレイヤーに害をなすことができていない。
であれば何をしに来たのか。
「みんながな、外はさぶいと、痛いといって聞かんと。そやけどここは暖かおして、敵もいーひんさかい、ゆっくりするのに最適やん?」
「……クリーチャーを人間扱いにして、住まわせる気……だとでも?」
「そこまで図々しいことはしいひんよ。ただ、卵を産んで、それが孵るまでのあいさ、雨宿りをさせてもらうだけ」
「卵……!」
華蘭胡崙と。カラカラ笑う。
「それに」
和服の女性。山中ゆうを名乗る者。
「前に連れ帰った子ぉたちがね、早う生まれたいってやかましいんや」
長刀の鞘。その先端で、巨大ユスリカの腹を撫でる。
そこに。半透明なその腹の中の、さらに半透明な卵の中に。
人の顔が、見えた、ような。
「生まれ直し。叶えたるけど、次もおんなじ人間じゃあつまらへんどっしゃろ?」
拘束される。圧し掛かられて、そうして……。
──映像が途切れる。
「……こりゃ」
「視点主はこのまま食べられた様子だった。死んでないけど、自由に動けない。上層居住区の一部分に陣取ったクリーチャーたちの中……食べられたままクリーチャーの腹の中で、意識は保たれているみたい」
作戦本部として建てられた一団クランの会議室。集まった面々は見覚えのあるものから無いものまで様々だけど、その顔には一様に不安がある。
「視点の録画なんてできたのか。今度やり方を教えてくれ」
「この局面を生き残れたらコイツに聞いてよ。私だってこれがメールで送られてきてびっくりしたんだから」
壇上にいるのは総団長、シハネ、私。
正直ここにいるのは不本意だけど、情報提供者扱いになったから仕方がない。
「さっきのクリーチャー、腹ン中に人の顔あったよな? 食ったヤツっていうか、生まれる前の子供、って感じだったが」
「あの女の言葉がすべて正しいのなら、……前回攫った人間を……クリーチャーとして生み直そうとしてる、って……感じか?」
「気持ち悪い……」
吸血鬼一派の再誕願望。人間の一部の死体を遺して死にたいという欲求。
これらが『Vesi』内部の「クリーチャーとして生まれ直す」という計画や概念から派生したものであるのなら、納得もいく。
初めに『Vesi』がその可能性を示唆したのか、吸血鬼や人間から強請られてその手段を構築したのかまではわからないが……。
「雪ん子。前回の襲撃の際、お前はあの女を人間ではないと……クリーチャーだと気付いていたよな。あの腹の中にいたのは、それと同じことだと思うか?」
「んー。可能性は半々。ファンタジー創作物で言えば別々の生物から別々の仔が生まれるケースってよくあるけど、現実的に考えると基本あり得ないんだよね。詳しいことは自分で調べて……っていうともう調べられないからアレだけどさ、生物学的な壁が立ちはだかるわけよ。だからクリーチャーと人間の交配によってクリーチャーと人間のハーフが生まれる可能性はほぼゼロ。これを前提に、あの山中ゆうってやつは匂い玉につられてた。ここ、今多種多様な種族がいるけど、匂い玉使ったことある人ー」
雑に呼びかければ、結構な人数の手が上がる。だよね、初心者の頃とか戦闘苦手な人とかは必ずお世話になるものだし。
「じゃあ匂い玉から良い匂いとかついつい目で追っちゃうとか経験したことある人ー」
手が全て下がる。
「種族的なものは関係なく、やつが純粋なクリーチャーであるから匂い玉につられた、と。……成程、仮にあの中に入っているものが人間のように見えたとしても、それは人間の形をしたクリーチャーというだけで、プレイヤーやNPCに類する人間とは根本的に違うということか」
「それが可能性の半分。もう半分は、前回連れ去った人間を改造したって場合」
「……俺の頭の中にはショッカーがいるが、それか?」
「総団長、流石に古いッス」
「うっせ」
どう、なんだろうね。
人間は守護精霊に守られている。だから変質できない。クリーチャー化もできない。
けど、公爵くんやその一派のやったように、
「HI、スノウプリンセス、総団長。一つ質問よろしいデスカ?」
「おう、なんだ」
「仮に。そのどちらかであったとして──それがプレイヤーであれば。意識がワタシ達人間と同じものであれば、何も問題ないノデハ? エルフ、異族、吸血鬼。ワタシ達の中にはヒトでないものが沢山いマスガ、そこにクリーチャーという種族が加わるダケ──に、聞こえまシタガ」
一本指を立て、スカーフの奥の目を細め。
彼女の言う言葉は、まぁ、正しい。
変質プレイヤーを一種族として認めたように、これもまた変質プレイヤー亜種として人種が増えるだけだ。
そも、エルフ自体クリーチャーと近縁なのだから。
「確かにね。けどまぁこの録画の通り、クリーチャーの方が人間を襲っているのは事実だからさ。お腹の中の人間っぽいものの扱いをどうするにせよ、クリーチャーには出ていってもらわなくちゃ、じゃない? このまま攻撃できないしされないから、って理由で放置して、つまみ食い感覚で誰か食べられてもやり返せないなんて……それこそあっちにとって楽園になるからね」
「YES、それはその通りデス。ですから、今この場で議論すべきは、あれらヒトガタが人間であるかどうかやその正体如何ではないノデハ? ということをお伝えしたかったノデス」
「金言だな。いや、俺が雪ん子に意見を仰いだのが悪いか。……よし、じゃあ改めて。──入ってきてくれ」
ん。……さっき招集されただけだから、その辺の段取り知らないんだよな、と思いつつ総団長の促した方、会議室の扉を見れば。
「え」
「え……あれ、あの恰好って」
「誰?」
「ほらこないだのスキルの……」
そこには……若干気まずい顔をした、工場長がいた。
どうし……どうやって。持ち場を離れた……と? NPCが?
シハネにアイコンタクト。そのまま手ぶりで掃けていいかを確認すれば、頷いてくれる。
入れ替わるようにして壇上に上がる工場長。彼の後ろにいたのは……ケッセウス。
「知っているやつも多いだろうが、彼はセリン造幣工場の工場長を務めている、ヤィレン・ハンクという人物だ。──つまり、現地民になる」
ざわめき。どよめき。
我々でなくとも、NPCが持ち場を離れる、という事実は……彼らにとって少なくない衝撃があるはずだ。たとえ彼らを現地民として扱い、共に働く者達であっても。
それに、名前……。
「す……まない。こういう場での作法を知らない。……俺はヤィレン・ハンク。ハンクか……工場長と、そう呼んで……くれ」
「作法なんか気にすんな。移住者にも現地民にも上下は無いからな。んでケッセウス」
「はい。私は兼ねてより現地民の方々との意思疎通を図るべく、様々な方法を試して彼らと交流を図ってきました。中層以下の方であれば、現地民にもれっきとした意思があり、心があり、定型文の奥に秘められた感情があることに気付いていたと思いますが、どうでしょうか」
「ああ……そりゃわかってたが、こうして話をしてくれる現地民は初めて見たよ……」
まばらに返る、現地民の感情を知るという言葉。
「──曰く。『五劫偏在』と呼ばれる、この世界における超常的存在……神や悪魔とも違う概念のそれらが現地民方々の意思の発露を縛っていたそうです。だから定型文しか返せなかったし、喋りかけられても無視するしかなかったと」
「いや──」
「ですが、此度。いえ、少し前から、ですかね。この棺桶は度々の危機にさらされました。その中で、これではいけないと……いつまでも『五劫偏在』の圧力に怯えていてはいけないと、あちら側からも接触を図ってくださることがありまして、晴れて交流に至りました。お気づきの方も多いでしょうが、『五劫偏在』とは即ち運営のことです」
好き勝手言ってくれる。
黙言に関する
我々はそれを全体に課しただけだ。
「ざわつく気持ちはわかりますが、『五劫偏在』が今どこにいて何をしているかは知れません。しかし、こうして彼が言葉を口にしてくれたということは、彼らの無言には超常的な縛りが課されていないということ。この棺桶にも無数にいる彼らと交流を図り、その力を貸していただける、ということです」
「WELL、それはとてもいいことだと思いマスガ、現状にどう役立ってくれるのでショウカ? 言っては何デスガ、現地民であってもPVP禁止の縛りは受けるのデハ?」
「いや……争いや……諍いを禁ずるこの結界には、適用範囲が……ある。それの外でなら、クソ虫も……殺せる」
「そりゃみんな知ってっけどよ、そこまでどうやってクリーチャーを連れてくんだよ」
「スノープリンセス。前回の襲撃時、PVP禁止エリアが解除されたことについて、真っ先に気付いていましたね。その後あなたはPVP禁止エリアに関する
ああ……そういう扱いにするのね。
はぁ。はいはい。まぁ乗ってあげるけどさ。
「独自研究ってほどでもないんだけどさ。たとえば……鳥井、こっち来て」
「おー?」
チキン鳥井を立たせてこちらに来させる。何もわかっていませんよ、という顔の彼の肩を、結構強めに押した。
「のわっ……。え、なに? 姫の力じゃ流石にそこまでぶっ飛ばされないけど壁までぶっ飛ばされた方が良い俺コレ!?」
「これとあと、死体が降ってくる、って事件でもそうだったけどさ。まぁつまり、PVP禁止エリアってダメージが入らないだけでスキルが不発になるわけじゃないんだよね、って」
チキン鳥井に手招きをしてもう一度こっちにきてもらって、今度は
結構飛んだな。
「おー」
「おーじゃないよ!? やるならやるって言ってくれ!?」
「こんな感じで、ぶっ飛ばすことはできる。それで、別に禁止エリアは結界……アニメみたいな箱を作るものじゃないから、ぶっ飛んだものは素通りしてそのままぶっ飛んで行くわけで」
「クリーチャー全部場外ホームランしろってことか?」
「それができるならそれが一番だけど、たぶんできないよ。人間相手にもできたら殺人ができちゃうじゃんそれ」
「タカアシガニ」
そうじゃなくて、と。
指を立てて。
「あるでしょ、街中にあって、PVP禁止エリアが解除できて、戦いやすい場所」
「そんなもんどこに……って、ああ」
「そう、マイハウスだ。けど、それにしたって同意のないプレイヤーを無理矢理引き摺り込むことはできない。PVP可能には、マイハウスがクローズ型じゃないと設定できないから。──本来は、だ」
「本来は?」
そう。この仕様の穴。欠点とも言えるもの。
「現地民の家は、その限りに無い。現地民の出入り、現地民の搬入出はプレイヤーに左右されない。よって現地民の協力を受けてプレイヤー扱いのクリーチャーを現地民マイハウスへ運び、その中でプレイヤーにクリーチャーを倒してもらう、という極悪コンボが使えるわけさ」
「うわー悪用されたらやばそー」
「追々の管理は一団クランが頑張るしかないんじゃない?」
その辺、丸投げだ。
それに、正直。
そろそろかな、とも。考えているから。
「現地民と連携取ってくのが大事になってくんな。ケッセウス、現地民とはVCとかウィスパー繋ぐのってできねーの?」
「できませんね。そのあたり、システム内にいないようで」
「なら伝言ゲームが途中でとっ散らからないようにしないとだな。中層自警団で使っている合言葉があるからそれを共有する形でいいか?」
「ああ、そうしよう。ブラックダリアは今中層の避難勧告で忙しいみたいだから、断りは後で入れておく」
カルアルンに頼んで、周囲の人間の意識を私から外してもらう。
そうしてそろーっと会議室を出る。出て。
カチャ、と。後頭部で金属音が鳴った。
「……凄いじゃん。良く気付けたね、ポロロイド」
「YES、皆サンは事態についてを意識していマシタガ、ワタシはあなたを凝視していましたノデ」
ポロロイド。随分仲良くなった、最新のフレンド。
「ケッセウスさんの仰っていた『五劫偏在』。あなたのことデスネ、スノウプリンセス」
「どうしたの急に。私は熱気にアテられて逃げてきただけだけど」
「チェスカの結婚式。出てくだサイネ、しっかりと」
……。
……聡い人間がいたものだな。
「人間と現地民。二つが足並みを揃えて前を向いた。喜ばしいことデス。それが仕向けられたものナレバ、仕向けた親は静かに立ち去るものデショウ。あまりに丁度いい契機、ですカラネ」
「それで、引き留めようっての?」
「NON、そんな熱量はワタシにはありまセン。ワタシはただ、あなたの友人として、もう一人の友人であるチェスカの結婚式が成功してほしいと願うノミ。友人代表が来ない、なんて目も当てられませんカラネ」
「引き留めようとしてるじゃん」
「お願いしているだけデスヨ。何を選んでほしいわけでも、やってほしいわけでもナク──物語をハッピーエンドに終わらせてほしいだけ。だめデスカ?」
いいや。
君は間違えなかった。君は正しい選択をした。
だから私は、それに応えよう。
「わかった。結婚式の日まではいるよ。その後は確約しないけど」
「そうしてくだサイ。それでは」
……友人代表スピーチからは、逃れられないこと決定、と。