Rauta   作:Ubiquintetous / 五劫偏在

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素晴らしいなんでもない1295日目

 えー。

 

「チェスカさん、マルハノ刃さん、ご結婚おめでとうございます。今日が来るのを心待ちにしていました。二人とも全くレベルで本名じゃないんだろうけど、戸籍に登録するのもどうせそっちの名前になるからこのまま呼びます。戸籍システムは一団クランが頑張ってください」

 

 ニコニコと……子を見る親みたいな目線を向けてくるのはアカラ、ハナミ、ポロロイド、そしてケッセウス。君ね。……ああ、あとチュノスケとカルアルンもいるわ。別にチェスカと仲良くないでしょそこ。

 

「新婦のチェスカとは、まー、ゲームのサービス開始当初に出会って……なんだっけ。採掘が上手くいかないとかで喚いていたのを手伝ったのが始まりだった気がします。よく覚えていません。オンラインゲームにあるまじきがっつり地元の話とかして盛り上がった記憶があります。東北はいいぞ」

 

 そういえばこれ、ネト婚になるのだろうか。ネットとは。ここがオフみたいなもんだけど。

 

「マルハノ刃のことは正直よく知りません。中層自警団で実は結構なポジションらしいってことくらいです。ただ、半年くらい前にあったとある事件で真っ先にチェスカのことを守っていたので、まぁ、こいつになら任せても良いかなとは思いました。マルハノ刃が嫌になったら私のところへ来てください」

 

 あそこでボロボロ泣いているのは……ブラックダリアか。というかその席にいる中層自警団一同全員泣いているなアレ。愛されているんだろうなぁマルハノ刃。

 

「まーチェスカは【路地裏武器商】があるし、中層自警団は安泰だろうし、良いカップルなんじゃないかとは思います。ぜひすねをかじらせてほしい。贅沢は言わないので私をグラッセオ家の子供にしてほしい」

 

 ……こんなとこで良いか、別に。

 ああでも。

 

「これからは二人仲良く明るい陽の下を歩いていってください。色々思うところあると思うけど、この世界を楽しんでいってください。そうしていつか、私のことを子供に語ってください。むかしむかし、あるところに、雪こもり姫とあだ名をつけられた、親友がいたんだよ、と。──以上、友人代表……そういえば、どうして雪こもり姫と呼ばれるようになったかも、チェスカだったね。チェスカがUbiquintetousをユキクイーンたんって読んだのが始まり。だから、友人代表は、雪こもり姫から、ということで」

 

 ──以上。

 

 

 出ていく前に、一つ。

 やり残したことがあった。

 

「やぁ、シハネ。殺人犯になるつもりなら、止めないけれど、もう探偵ごっこはやってあげないよ」

「……」

 

 持ち直したかと思ったけれど。

 いや、なんとか、どうにかこうにか、過去と決別をしようと頑張っていたところに……山中ゆう率いるクリーチャーの襲撃。そしてその中に思い人、って感じかな。

 無理矢理掘り起こされて、死した事実と、生き返るかもしれない、なんて光明を見せられて……そしてその全てが偽りであると知って。

 

 今の彼は、幽鬼も真っ青な殺意を秘めていた。

 

「山中ゆうを殺しにいく? それともニーフレィデン? あるいはJOY福かな」

「……からかいたいだけならば、今はやめてください。感情が抑えられそうにない」

 

 NPCと協力したプレイヤーたちは、全クリーチャーの討伐と、そして山中ゆうの捕縛に成功した。

 なんていうことはない。彼女がクリーチャー扱いであったことを利用し、テイムを行ったのだ。ハイテイマーによるテイムからは逃げられず、見事捉えられた山中ゆうへは、仲間……『Vesi』についてを吐かせるための尋問、あるいは拷問が行われている。

 

 彼女が囚われている場所については一団クランしか知らない……が。

 

「一団クランの内部情報を使って私刑を試んだとあれば、折角最頂になっている一団クランの信用もガタ落ちだし、シハネの友達もいなくなっちゃうよ」

「じゃあ!!」

 

 大声。

 

「じゃあ、どうしろっていうんですか……! 彼女は戻ってこない! そんなことはわかっているし、もう踏ん切りもつけた。だっていうのに、だっていうのに……傷口に塩を塗り込んでくるような相手を殺して、何が悪いって……!!」

 

 まぁ、妥当。移住者ではないクリーチャーモドキが死んだって私は何も思わない。

 だから、彼を止める理由はない……のだけど。

 

「折角なら一団クラン抜けてから行かない? 君のせいで一団クランの株が落ちるのは勿体ないからさ」

「──……成程。お名前の通り、冷酷だ。……けれど、無理なんですよ。一団クランの脱退はトップの許可が無きゃできない。このゲームにクランシステムなんて無いから。僕は書類上一団クランにいるだけだから」

「言えばいいじゃん。総団長に。人殺ししたいから一団クランを抜けたい、って」

「言えるわけがないでしょう! 止めてくるに決まってる……僕はそんなあの人だから、心を開いたんだ。それを」

「だそうだけど?」

 

 暗がりへと声を掛ければ。

 彼は……ばつの悪そうな顔をして出てきた。

 偽物ではない。フック・タイサン、その人。

 

「……!」

「……シハネ」

「なんですか。……なんですか、なんですか! 僕はもう止まりませんよ。総団長に言われたって知るもんか。僕は山中ゆうを殺す。『Vesi』とかいうわけのわからない連中は全員殺す! 彼女を奪い、僕の世界を壊したあいつらを許しておける自信がない!」

「俺も元『Vesi』だ、って言ったら、どうだ」

「!?」

 

 あ、言うんだ。って思ったし。

 へえ、知っていたんだ、って思ったし。

 

「……どういう。いえ、あり得ない。成り済まし……? でも総団長は、昔から僕のフレンドで」

「いつからなのかは正直俺もよくわかっていない。だが少なくとも俺はフック・タイサンという名前でこのゲームを始めてはいない。……記憶の断絶があったあと、いつの間にかフック・タイサンになっていて、そこからデスゲームが始まった。いや、デスゲームが始まる前からフック・タイサンだった気がするが、記憶はあやふやだ」

「びやっこさんと……同じ。幽霊……いや、亡霊……」

「みたいだな。俺はあいつよりもっともっと前からそうだったってだけだが」

 

 なにもできない騒霊(ポルターガイスト)の第一例。変質プレイヤーの第一例。

 けれど、ただそれだけであるプレイヤー。

 

「襲撃事件も……総団長が起こしたっていうんですか?」

「それは絶対に無い。神に……ああいや、お前らに誓って俺はお前達を裏切ってはいない。……が、びやっこに抱いた懸念があっただろ」

「意思に関係なく……情報を漏洩している可能性」

「そうだ。俺がそうではないとは言い切れない。事実、俺が遠くにいる時に限って難解な事件が起きたし、俺が内側に引き籠っていると外側で事件が起きた。俺の動向が把握されていただけならばともかく、俺から全情報が抜けていた可能性だってある。だというのに俺は総団長という立場を降りなかったし、お前らに相談もしなかった」

 

 だから、と。

 フック・タイサンは……首を垂れる。

 

「なにを」

「殺すならまず俺を殺してくれ。俺はお前の復讐を止めないし、間違っているとも言わない。だけど、俺がのうのうと生きているのは筋が合わないから、俺を殺してほしい」

「シハネ」

「ッ、な」

 

 投げ渡すはナイフ。そして──この近辺だけ、PVP禁止エリアを解除する。

 浮かび上がる両者のHPバー。

 

「……これ、は」

「言っておくけど、私は『Vesi』の仲間じゃないからね。──私は運営の方」

「なんだ、言うのか。折角黙っていてやったのに」

「君が言ったからだよ。私はそれを誠意と受け取った」

 

 ナイフ。その刃を見るシハネ。

 ごくりと生唾が飲まれる。

 

「特別サービスだよ。君がフック・タイサンを殺したら、山中ゆうを殺す時も同じようにPVP禁止エリアを解除してあげよう。ニーフレィデンやJOY福も見つけたら同様のことをしてあげる」

「殺さなかったら……」

「解除はしないけど、その上で殺せるものを持っているんでしょ?」

 

 カルアルンに要請し、余計な闖入者が入らないよう人払いを行ってもらう。

 室内。陽の当たらない影の中。蒸気機関の噴出音だけが響く、最後の時間。

 

 世界中にはありとあらゆる難事件が存在するが──探偵役が場を提供した事件はより複雑怪奇になるものだ。

 

「勿論自殺もアリだ。受け止めきれない思い。抱えきれない思いに疲れて思い人の元へ赴くのもアリ。チェスカの結婚式の直後に死者とか演技でもないから、死亡推定時刻はズラさせてもらうけれど」

「……なんだそれ。運営……のべ一万人の殺害者。諸悪の根源……じゃないか。悪いのは……運営だろう。だって、お前達がそれをしなければ……僕は彼女に出会うこともなかった。なら……なら、僕が殺すべきは。僕が本当に消し去るべきは!!」

「待て、シハネ!」

 

 総団長の制止は流石に遅い。

 刺される。

 PVP禁止エリア解除は勿論、私にも適用されているから。

 

 私を刺して。

 胡乱に彼を見つめる私に、震えて、一歩、二歩とさがって。

 そのまま、「ぁ」なんて小さい声を発して……倒れた。

 

「ストレス過多でセーフモードに入ったって感じかな、脳が」

「……止めるにしてももっとやり方があっただろ、アンタ……」

「止める? なにが? 彼は私を刺した。間接的な原因かもしれないけれど大恩ある総団長でも、これから凶行を為そうとしている己自身でもなく、運営であると明かしただけの私を刺して、それで感情を爆発させて倒れた。事実はただそれだけだ」

 

 間違いがないようPVP禁止エリアを元に戻して、と。

 

「ま、これくらいじゃ普通に死なないけどね。君もそうでしょ。こんなナイフ一つで死ぬHPしてない」

「……死なないのか。俺はてっきり殺されるモンだと」

「プレイヤーの命はHPバーに依存しているからね。これが全損しないとどうやったって死なないよ。だから刺して刺して刺しまくってめった刺しするとかじゃないと決着はつかなかった」

 

 気を失ったシハネを担ぎ上げる総団長。

 

「メンケア。ちゃんとやってあげなよ?」

「別に山中ゆうを殺すことを止める気はないけどな、俺は。ありゃ結局クリーチャーの一種……というか、クリーチャーに亡霊が入り込んだ結果ってだけだろうし」

「ケッセウスも似た成立理由だから、良い感じのところで実は全部知ってたんだってバラすといいよ。彼、ポーカーフェイスに見せかけて結構表情に出るからね」

 

 胸に刺さったナイフを抜き、インベントリに入れる。

 自然治癒力で塞がる傷。

 

「フック・タイサン。私はしばらくこの棺桶には顔を出さなくなる」

「そりゃ……どういうことだ。どっか行くのか?」

「そう、どっかへ行く。だから君に開示をしておく。調査クエスト、溜まっているでしょ」

「ああ、もうだいぶ進めていないな」

「あれを進めていくと、段階を踏んでUIやゲームシステムが現実のそれへと切り替わっていく。元手無しにメールを出すとか、声を絞るとか、スクショ保存とか、グループVCとか、フレンドリストとか。そういうのが使えなくなっていく」

「……調査クエストを進める意義がわからなくなってくるな」

 

 かもしれない。

 

「けれど、そういうのが消えてくると、たとえば汗を掻くとか、臭いを感じるとか、寒冷値に依存しない寒暖を覚えたり、空腹値に依存しない満腹感を覚えたり……そして、死体を遺して死んだり。そういう"できて当たり前のことだけど、ゲームということを考慮して実装されなかったもの"が実装されていく。ああ、消えるのはUI周りだけでスキルなんかは残るから安心して」

「死体が……残る。ってか、そうなるともしや、現時点じゃ子供は生まれないのか?」

「その通り。チキン鳥井もチェスカも、その他大勢も。新しい命を育みたいのなら、ゲームから抜け出して、『Rauta』へと足を踏み入れなければならない」

 

 吹雪を召喚する。

 ゲームシステムではなく、私の権能の一つとして。

 

「っ!」

「『Rauta』とは鋼鉄を意味する言葉。この世界の人間は新たな意思を手に入れた。芯を巻いて焼いた、新たな鋼鉄(きぼう)。新たな頑強(みらい)

 

 Ubiquintetous……このアバターとはしばらくお別れ。

 全ての枷を解放し。

 全ての力を解き放ち。

 

 スタラランナ=ナグティリスを呼び起こす。

 

「Called for the world of metal and steam──金属と蒸気の世界を呼び覚ませ! さぁ、裁定の時だ。この世界が再び進むに足るものになったかどうか、終末自身に裁定してもらおう!」

 

 吹雪を纏いて空へゆく。

 鈍色の空。分厚い雲の空。

 

 流星。流れ星。

 空をつんざく轟音(ひめい)はもはや逃れられない距離で泣く。

 

 私が当たらなかったことにした隕石(終末)。人間が自ら招いた世界の消退。

 止めていた時間を進ませる。選ばなかった方を選び直す。

 

 果たして──。

 

 隕石は、止まらない。

 

 性急過ぎたか。まだ人類は下を向いているか。

 そんなことは、ないだろう。

 

 愛憎があり。悲喜があり。恩讐があり。

 前ばかりを見るプレイヤーでも、仲良しこよしをするだけのキャラクターでもない。

 彼らは人間になっただろう。彼らをよく見ろ。塞ぎ込んでいないで──ちゃんと見ろ!

 

 目を覚ませ、世界!!

 

 

 そこには彼がいた。

 井坂チュノスケ。否。

 

「レルグ=アンハルヴ=フレバス。"未遂"を司る聖霊。……大層な名前を貰ったもんですよ。オレはお姫さんやカルたちと違って、単なる水子概念の成れの果てだってのに」

 

 だからこそ。

 

「"未遂"、しかと。産声を上げられなかった世界の位置は、掴みやした。たとえこの身が冥底の炎に焼かれたって離しはしやせんよ」

「冥底に炎エリアなんかあったか?」

「……カル。ふざけてる暇あったら」

「もうやってんよ。世界の精神……確かに見つけた。あとはこいつをsinohumiが催眠するだけでいい。……とはいえ」

 

 二人は上を見る。

 天空。吹雪の塊の上。

 

「世界が本当に救われるのなら、だが」

 

 未だに終末は、消えていない。

 

 

 消えない。

 なぜだ。どうしてだ。

 充分だろう。もう充分前を向いただろう。

 

 なぜまだこの世界を消そうとしている。

 

「──素人意見を言わせてもらっても?」

「……は。……ニーフレィデン?」

 

 なに……どういう。

 ここがどれほどの高さかわかって……。

 

「ご存知の通り私は『Vesi』の一員ですが、他の者とは事情が違いまして。簡単に言えば、私は転生者なのです。こちらから、あちらへの。ま、そんな話は措いておきましょう。今関係ありませんから」

 

 聞き捨てならない情報だけど、聞こう。

 

「どうあっても気付かなそうなので、お伝えします。──既に世界は、あなた方聖霊も代表者の一員に数えているのです。お判りでしょうか? いつまでもいつまでも後ろを向いていて前を向けていないのは、実はあなたたち、と。──聖霊とは、誰かの後悔が意思を持ったものなれば。新たな自身を受け入れ、人としての一歩を踏み出してください。──以上」

 

 言うだけ言って、彼は、泡のように消えていった。

 あれはいったい、なんだったのか。

 

 でも……納得もできたので。

 

「"強制人間キャンペーン"」

 

 全体に念話を繋ぐ。

 反応できたやつできなかったやつを含めて、その全員を。

 

「"人間になって人間の心をわかろうキャンペーン。強制参加。その間の仕事は全部引き受けるから、じゃ。前を向いて、頑張れ"」

 

 人間にする。

 棺桶の至る所から「なにーっ!?」って声が聞こえたけど知らない。

 

 私? 私はいいよ。

 だって私は最初から、人間を信じているからね。

 

 ……あ。

 終末、消えた。

 

 ──それじゃ、また。

 次なる終末が来た時に会おう。来ないことを願っているけれどね。

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