Rauta   作:Ubiquintetous / 五劫偏在

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緩慢でおだやかな1131日目

 報告と現状、裏で行われている解析を眺めながら、「なるほどねぇ」なんて感嘆を漏らす。

 

 プレイヤーは他のプレイヤーを「容姿」と「表示される名前」でしか判断できない。勿論言動の不一致なんかはあるだろうけど、立場の違いや普段の関係性などから言動を取り出せない場合なんかは殊更に「表示名」での判断しかできなくなる。

 デスゲーム化している……つまり新規参入プレイヤーがいないことから「名前を寄せることができる存在がいる」ということに思い至れないプレイヤーならコロっと騙せるわけだ。

 名前を変えることは基本的にできない。公序良俗に反する名前……隠語や当て字が後からそうであると判断された場合に限り名前を変えることができる……変えざるを得ない状況になるけれど、その例外を除いて名前の変更は不可だ。

 しかし、亡霊のように内部データを書き換えてしまえる……まぁデータを書き換えているというか結果的になっているだけなんだけど、そういう存在であれば成程自在だろう。正直そこまでできるとはこちらとしても考えていなかったから、プレイヤーも運営も虚をつかれた状態だ。ケッセウスという人選は的確だった、ということ。

 

「でも、正念場はここから」

 

 さながら人体消失マジックなのかな。どうやって接触したかについてはわかっても、『疑似牢獄』の中にいたJOY福をどうやって消したかについて、どんなことが思いつくのか。

 

 カップを傾け、中のホットココアを飲み干す。

 さ、お手並み拝見だ。

 

 

 通り過ぎていく貴族然とした恰好の吸血鬼や狼男たちに奇異の目で見られること数十分。 

 ようやく件のマイハウスからチュノスケが出てきたことを見て、ケッセウスはテンガロンハットを深くかぶり直す。

 

「調査結果が出ましたんで、中へどうぞ。テキストと画像の形でウィスパーに流すんで保存してくださいや」

「承知しました」

 

 ドアが開き、マイハウス内に入る。それと同時に言葉通り分析結果、と銘打たれたテキストファイルが送られてきた。

 歩きながらそれを開封するケッセウス。展開されたのは短くまとめ上げられた分析結果と報告書。内部データログのようなものは一切見せてこないが、それこそマイハウスで見ることのできるような表示ログのスクリーンショットが添付されていた。

 そこにはチュノスケが出入りした数時間後にチュノスケとほぼ同一の表示名の人物の出入りがあって、その時のプレイヤーIDが別物であった、との報告も。またそのプレイヤーIDからプレイヤーを検索したところ、既に死亡扱いのプレイヤーであったことも発覚したと。

 

「やはり犯人は私達亡霊の誰か、か。あなたたち運営はこの世界に亡霊がどれほどいるか、というのが把握できていないようですね?」

「耳の痛い話だが、そうですよ。今回アンタみたいに生き返りたいがための出頭をしてくれたやつらは把握しているが、そうじゃねえのは知らねえってのが現実です」

「……とはいえ生憎亡霊時代の記憶はそこまで鮮明ではありませんからね。どれほどのプレイヤーがいたのか、どういう人がいたのか、というのはわかりません」

 

 その上で考えなくてはならない。

 と。

 

「そういえば……悪臭、消したのですね」

「ああ、囚人がいねえなら漂わせておく意味もないですからね」

「……ちなみにそのオンオフは……それこそマイハウスプリセットで行っているのですか?」

「その通りですけど……なんだ、やっぱり家主が共犯ですかい?」

「先も言ったが自覚の無い共犯の可能性はあるでしょう。此度のそもそもの事件、そのトリックは、マイハウスプリセットの反映遅延と未確定アイテムのインベントリ収納だと聞きました。似たようなことが起きている可能性はあるのでは?」

 

 つまり、家主が悪臭を発生させるために行うプリセット変更によってJOY福がなんらかの次元に飛ばされたのではないか、という推理。

 しかしそれは。

 

「それは……ねぇなぁ。家具類の移動にプレイヤーが巻き込まれた場合、家具の方が消える。プレイヤーが消されるなんてことは起きねえんですよ。加えて仮にそうなった場合、どっかでスタックしてる必要がある。JOY福ってプレイヤーは消えたんだ、文字通り。過去の記録にはいますがね、現在はこの『Rauta』の世界のどこにもいないって判定になってんですよ」

「だが、雪こもり姫は似たようなケースを想定していました。事前に渡された、彼女の考えた三つの説はあなたたちにも渡っていますか?」

「ああ、手元にありますよ」

 

 改めておさらいすると、彼女が事件を聞いて真っ先に思い浮かべたのがこの三つだ。

 一つ、亡霊によるNPC化ウイルスの実験失敗。JOY福をNPC化、その後のなんらかの手順が勢い余ってプレイヤーデータごとデリート。

 二つ、緊急脱出による転移事故。緊急脱出の仕組みを利用したかできなかったかで上手く移動できなかったJOY福が「未所属状態」になり、次元の狭間に移動。

 三つ、実はまだ『疑似牢獄』内にいる。すべての検出から逃れられているだけで、消えたように見えただけ。

 

「一つ目に関しては、私が亡霊だった頃はできなかった、と言っておきます。あなたたちがなにもできない騒霊(ポルターガイスト)と私達を呼ぶように、そんな大それたことはできません」

「故意にできないだけで、"結果的にそうなってしまった"、はあり得るんですかい?」

「……それに関しては、確かにあるかもしれない、と答えます。実際この乗っ取りとて偶然できた存在がいて、それを解析して真似た、という手法ですので」

「ふむ。まぁ一旦おいておきましょう。そんで、二つ目ですね、ケッセウスさんが言いたいのは」

「はい」

 

 緊急脱出による転移事故。ないしはプリセット変更による転移事故。

 

「インスタンスなんかに関する説明は要りますかい?」

「そうですね、簡単にいただければ」

「めちゃくちゃにかみ砕いて言うと、箱……あー、子供がやる縄跳びの列車が近いですかね。あれの一括りをインスタンスと言います。フィールドにはフィールドの、マイハウスにはマイハウスのインスタンスが存在していて、プレイヤー、NPC、クリーチャーはそのインスタンスを移動することでエリアの移動ってのをしている」

「大丈夫、理解できます」

「そんで、緊急脱出を使うと、緊急脱出先……わかりますよね、あの時計の公園。あそこと自分のいる場所に横たわるような仮想のインスタンスを発生させるんですよ。実際の距離とか構造上の無理とかは関係ありません。作り出したインスタンス同士を隣接していることにするので。縄跳び列車の範囲と範囲にまたがるような範囲を作り上げるんです。そうしてそれが消えることで、プレイヤーは時計の公園に帰ってくることができる」

 

 ふむ、とケッセウスは顎に手を当てる。

 わかりやすい。そしてシンプルな仕組みだ。緊急脱出を使うと発生するワープゲート。あれがその仮想のインスタンスとやらなのだろう。

 そこを通ることで距離や構造に関係なく先へ行くことができる、というのもわかる。

 

「雪姫の言う未所属状態というのは?」

「縄跳び列車がある以上、当然その縄跳びを掴んでいる子供がいるでしょう? そいつらはその縄跳び列車にいますよ、って、そこに所属していますよ、ってタグみたいなもんがつけられるんです。ただし、緊急脱出に使う仮想のインスタンスタグへ切り替え、すぐに時計の公園のインスタンスタグにまた切り替え、ってのをやる時、それが上手くいかない……ゲーム時代で言えばラグなんかで上手く行かなくて、けれど仮想のインスタンスが消えちまう、なんてことが起きると……」

「成程、仮想のインスタンスのタグをつけているが故にどこのインスタンスにも所属できないデータが生まれる、ということですね」

「へい。まぁそんなことが起きないように仮想インスタンス内部をスキャンしたりなんだりの仕組みがあるんで、普通は起きないんですけどね。そうなっている、というのがお()さんの技術屋的視点から見た可能性なんでしょう」

「……仮にそうだった場合、JOY福は見つけられないのですか?」

「これが……たとえばゲームなら全体のスキャンでいけたんですがね。既に『Rauta』は世界だからそれは難しい。というかそれができるなら亡霊全員が見つかっていますよ」

 

 それはさらりと重要な発言だね、なんて考えながら、ケッセウスは並列した思考を走らせる。

 仮にこれが正解だった場合はケッセウスにはどうしようもない。家主を共犯だと問い詰めることさえできない。だからそうではない可能性も考える。

 

「三つ目の説。これはどうなのですか?」

「この家の中にいる説、ですよね。確かにこの家には悪臭を発生させるためのアイテムを置く隠し部屋が幾つもある。そこに隠れ潜んでいる可能性を考えて、一度家具類や仕切りの類を全部消す、なんてことまでしましたけど、見つけられませんでした。あと……オレたちはそのインスタンス内部にいるプレイヤーリスト、みたいなものは閲覧できるんですがね、そこにもいませんで」

 

 現実でいえば「隠れている」でどうとでもなった脱出マジックや消失マジックの種だけど、データの管理者が裏側から覗いてくるこの地ではそれが使えない。

 まだ中にいる、というのは直感的にはありそうだが、実際発生し難い現象なのだろう。

 

 とりあえず第二説の考えが「納得は行かないがありそう」ということを頭の片隅に配置し、雪姫が提示してこなかったケースを考えてみるケッセウス。

 

「そうですね……たとえば……『Rauta』がゲームであった以上、描画距離や処理の距離というものも存在したのではないかと思いますが、そういう"読み込み"で消えている、ということはあり得ませんか?」

「マイハウスの距離でそういうことは起き得ませんね。どんだけ巨大なマイハウスを使ったって発生するインスタンスは一つだけ。部屋がいくつかあってもそれは変わらないんですよ」

「あと私の頭で考えられるのは、ラグや同期ズレという言葉くらいですが……」

「まぁ無いとは言いませんよ、そういうの。家具の反映遅延があるくらいですからね。けど、世界化したことでそういうのは内部ログに現れることはあっても現実で実体化することはなくなりました」

「そうですか。……ふむ」

 

 あと考えられる可能性は。

 悪臭の消えた部屋。クリーチャーを使った牢獄。家主。偽物の訪問記録。

 

 偽物の……名前を寄せて、姿形を似せた、中身が別人の。

 

「──ああ、そういうことですか」

「わかったんですかい?」

「はい。犯人は多分同じトリックを使ったんだと思います」

「同じトリック?」

 

 ええ、と。ケッセウスは前置きをし、一歩前に出る。

 

「さて──」

 

 名探偵の仕草も忘れずに。

 

 

 まず、可能性潰しから始めましょう、とケッセウスは言った。

 

「そもそも、です。マイハウスの仕組み上、出入りがあれば必ずログに記載される。それは間違いないですね? つまり、緊急脱出であっても、です」

「そうですね、間違いありませんよ。入退室のログは必ず発生しやす。マイハウスというインスタンスに出入りがあれば、絶対に」

「つまり、JOY福はこのマイハウスから出ていっていないのです。雪姫の提示した三つ目の説よろしく、一切そこから動いていない」

「……けど、どこにもいませんでしたよ」

「お待ちください、丁寧に行きましょう。次に、どこかの次元の狭間に落ちてしまった説。これも同様の理由で否定できますね。未所属状態になったのだとしても、マイハウスのインスタンスからは出たのだから、そういうログが残るはずである、と」

「確かに……そうですね」

 

 よって、JOY福はマイハウスから出ていない。

 しかし探せどもスキャンしてもJOY福は出てこない。

 

「ところで、あなたに成り済ます形でここを訪問した偽物がいましたね。その存在は表示名を寄せ、容姿もあなたに寄せていた」

「へい、その通りです。家主……ファミリーですら間違えちまうほどそっくりだったそうで」

「つまり下手人と思しき亡霊には他者、あるいは自己の内部データと容姿を書き換える力がある。ま、実際にどれほどできるかは知りません。なにもできない騒霊(ポルターガイスト)ですからね」

 

 これでわかりますね、と。

 ケッセウスは問いかける。

 

「変えてしまったんですよ、下手人は。あなたに成り済ましてマイハウスに入り、そこに囚われていたJOY福を変えてしまった。彼女が提示した第一の説のようにデリートしたわけでもエリミネートしたわけでもない、チェンジした」

「……何に、ですかい」

「今もいるでしょう。ミズダニに、です」

 

 驚愕したように見開かれたチュノスケの目。それが部屋の中央にいるミズダニに向く。

 

「JOY福はマイハウスを出ていない。スキャンしてもJOY福が見つからない。それはJOY福ではなくなっているから。今現在の世界のどこにもいない。それはJOY福が何から何まで別の物になってしまったから。──最初からそこにいたモノは、疑われない。元いたミズダニは殺されたか、それもまた別の何かになったか」

「今……こいつのこと解析してるんですがね。成程確かに違うミズダニだ。……『Rauta』は基本的にテイムしたクリーチャーに名前を付けねえ。見た目がおんなじでカスタム性に乏しいから。それが……ある意味で、オレの表示名や容姿と同じに使われた、ってことですかい」

「恐らくは。そして、そうなった彼を戻す方法、というのを私は知りません。その辺りはあなたたちの領分でしょう」

「ええ、なんとかしますよ。なんとかできないなら他に被害者が出ねえよう頑張りますが。……あんがとございますね、おかげで助かった」

「私はもう亡霊に対しての同胞意識を持ちませんが、それでも同族のやったことです。このあたりはお互い様ということにしましょう」

 

 握手を交わすチュノスケとケッセウス。

 ──これにて。

 名探偵ケッセウスの推理ショーは終わりである。

 

 

 という顛末を聞いた。

 ふーん、やるじゃん。

 

「それで? 元居たクリーチャーはどこに行ってたの? 元のクリーチャーが殺されたら家主のテイマーが気付くでしょ」

「それがですね、どうにも様子がおかしくて。これ、今送った添付ファイル開いてもらって」

「なに……ああミズダニの内部データ?」

「はい。元々のミズダニとJOY福が変質したと思われるミズダニ。確かにオブジェクトIDは変わってんですけど、テイムモンスターとしてのタグはそのまんま生きてんですよね」

「……ふむ」

 

 今はチュノスケと遠隔通話をしながらその報告をおさらいしているところ。

 そう、ケッセウスはよくできました、と言えるくらいの成果を上げたのだけど、そこだけは引っかかっていた。

 

「考えられるのは、JOY福がミズダニになったのではなく、ミズダニに融合した、という説か。融合したから別存在になったけど、テイムは切れていない」

「そんなこと……できるんですかい? こう、技術的に」

「まーゲーム『Rauta』には無理だったよ。だけど相手は亡霊と生物だからね、そういうことができてもおかしくはない。……これの対策はちょっと骨だなー」

「加えて動機が欠片もわかりませんで」

「それは正義感とかなんじゃない。罪人が許せなくて私刑にて成敗! なんてよくある話でしょ」

「こんな大事を起こしてですかい」

「人間そんなものでしょ。衝動的な感情であっても成立が難しいならやり方を考える。むしろあるべき姿に思うけど」

 

 私達が今相手にしているものは、技術がどうとか常識がどうとかいう存在じゃない。

 個人の良識と正義感という怪物を使役し、やってみたらできた、理論なんか知らん、を地でいくとんでもない奴らの集まりなんだ。今後何をしてきたって跳びあがるほど驚いてやるもんか。

 ただ、やられっぱなしで後手後手なのはどうにかしたい。とりあえず今回はプレイヤーIDが勝手に書き換えられないような──元々書き換えられるものではないのだが──パッチと、あとクリーチャー側も第三者による改変を受け付けないような、入力に対して沈黙するようなものを与えないと。

 

「成り済まし対策はなんか考えた?」

「チャットグループに合言葉や画像ファイルを投下して、それを鍵にします。不定期に中身は変えて。ひとまず、グループ内にいないのに同じ名前のヤツが現れたらそれで対処できるでしょう」

「ま、そんなところか。……了解、こっちでもまた色々講じてみるから、それまでに次の被害者出さないよう努力して」

「承知いたしました」

 

 通話が切れる。

 ……とは言ったものの。

 

 対策、どうしようかな……。

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