お読み頂き、有り難うございます。このお話には、微量のHACHIMAN成分が含まれております。(はぁ・・・またか)ボソッ
「・・・説明は以上だ。ああ、別にゼロポイントでも死にはしないぞ。学生寮はタダで住めるし、無料商品もあるからな」
最後にそれだけ言い捨てて、茶柱は教室を出て行った。あとに残されたのは、重苦しい沈黙に包まれた実力至上主義の教室。誰もがあまりの衝撃に、半ば呆然自失といった様子である。
入学から1ヶ月を経て、遂に明らかとなったこの学校の秘密。天国のような浮かれた季節は過ぎ去り、真の地獄がいま、幕を開ける・・・やがて最初に動いたのは、やはり平田であった。
「みんな・・・どうすればポイントを増やせるか、まずは話し合おう」
「そんなのムリに決まってんだろ!ゼロになっちまったんだから!」
「元はと言えば、全部あんたたちのせいじゃない!!」
「なんだよ!そっちだって騒いでたじゃねえか!」
だが、そんな彼の言葉に耳を傾ける者など居ない。ひとりが口を開けば、あとは罵詈雑言が飛び交うばかりのDクラス。耳を澄ませば、他のクラスからも似たような騒ぎが漏れ聞こえてくる・・・
だが、思いもよらない事態に誰もが混乱し、動揺するなか、おもむろに立ち上がった男子生徒がひとり。その人物はカバンを持つと、自然な足取りで出口へと向かう。そして彼が扉に手をかけたところで、困惑したように平田が声を発した。
「えっと・・・比企谷君、どこへ行くんだい?いまはまだ授業中だよ?」
しかし、その男子生徒は腐った目を僅かに細めてから、事も無げに言った。
「あ?どこって家に帰るんだが?」
「これから寮に帰るのかい?」
「いや、千葉の実家に帰るんだよ」
「え?」
予想外の言葉に、さすがの平田も絶句する。3年間、外部との接触が完全に禁止されているこの学校で、そんなことは不可能だ。まさかあいつ、あまりのショックに錯乱したのか・・・?多くの者はそう思ったに違いない。だが、その判断は些か早計と言わざるを得なかった。なぜなら、この教室でいちばん冷静かつ沈着だったのは、他ならぬ彼自身であったのだから。
頭に疑問符を浮かべる面々を一瞥すると、小さくため息をついてから比企谷八幡は口を開いた。
「お前ら、いまの説明は聞いただろ?はっきり言って、こりゃ詐欺だぜ。進学率・就職率100%保証はAクラスだけ。1科目でも赤点を取ったら即退学。電子マネーの支給額は変動制で、個々人によって生活水準に格差が生じる・・・こんなこと、学校案内にもホームページにも書いてなかった。完全に、消費者契約法の定める説明義務違反だな。んなヤバい学校、あと3年間も付き合ってられるかよ。だから自主退学して家に帰るだけだ。やはり俺が小町と離れるなんてまちがっている」ボソッ
予想外の長いセリフに、目を見張るクラスメイトたち。これだけでもう、Dクラスにおける彼の立ち位置が知れようというものである。なお、セリフの後半に関しては声が小さすぎて誰にも聞こえなかった模様・・・
「で、でも自主退学なんてしたら、転校手続きも大変だろうし・・・せっかく同じクラスになったんだから、もう少し一緒に頑張ってみようよ?」
「そうだよ比企谷君。みんなで仲良く協力すれば、きっと・・・」
しばしの静寂の後、あざとい猿芝居で引き留め工作を始める櫛田。しかし、その笑顔も比企谷には全く通じない。すでに彼は、天使の裏の顔に気付いていたのだから。むろん、平田の説得などは完全に
「ははっ・・・みんなで仲良くねぇ・・・この期に及んで単なる感情論とか、話にならん。自慢じゃないが、俺は数学が
「「「なっ・・・?!」」」
内申書という単語で、クラスに明らかな動揺が走った。学生である以上、誰しも自身の進路に無関心ではいられない。互いの顔を盗み見ては、気まずそうに視線を逸らす少年少女たち。漠然と感じていた不安が、比企谷の言葉によって具体的な意味を持ち始めたのだ。徐々に不穏な空気が室内を満たしてゆく・・・
「ムダよ平田君。辞めたいひとはさっさと辞めればいいわ。足手まといは早めに消えてくれた方が、後々クラス対抗戦で有利になる」
そんな張りつめた雰囲気の中、冷たく言い放つ黒髪ロングの美少女。他人を見下したようなその言動が災いし、入学式以来、彼女はクラスでも完全に浮いた存在であった。
「・・・お前、さっきの小テスト結果を見なかったのか?」
「あなたにお前呼ばわりされる覚えはないわ」
「仕方ないだろ、名前分かんないんだから。初日に自己紹介を拒否したのはそっちだぞ」
「はぁ・・・堀北鈴音よ」
「ツンデレかよ・・・てか、いまさら聞いても意味ねぇし。どうせ今日でお別れなんだからな」
「くっ?!」
言葉のキャッチボールならぬドッジボールに敗れ、悔しそうに比企谷を睨みつける堀北。だが、普通の男子なら震え上がってしまうほどの鋭い視線を浴びても、あいにく腐り目の彼には通用しない。中学の時、
「それにあんた・・・堀北は言ってたよな。こんな評価を受けるのは納得出来ないって。なら、こんなクソみたいな学校さっさと見限って、正当な評価をしてくれる地元の進学校にでも転校した方がいいんじゃねえの?知らんけど」
「はっ?!そ、それは・・・」
それきり押し黙ってしまう堀北。すると、新たな声が会話に割って入った。
「で、でもさ。こんな時期に転校なんてしたら、訳ありだと思われたりしない?」
やや不安げな表情で軽井沢が問う。こんな質問が出てくること自体、すでに教室の空気が自主退学へと傾きつつある証拠であった。
「そんなもん、いくらでもカバーストーリーをでっち上げちまえばいいだろ。そうだな・・・例えば入学式当日の朝に犬を助けようとして車に轢かれて骨折、1か月間入院してた、とか」
「・・・ふーん、実はあんたって結構優秀だったりする?」
「や、やけに具体的なカバーストーリーだね(汗)でも僕はやっぱり、このメンバー全員でAクラスを目指したいと思うんだ」
妙なジト目で返す軽井沢と、なおも諦めきれない様子の平田。対する比企谷は、淡々と話し続ける。
「別に勝手にすればいいさ。ただ茶柱の言葉を信じるなら、ここは最低辺の不良品クラス。ってことは、この先ずっと他からの悪意に晒され続けるだろうな。つまり、いじめの対象にされかねないってことだ。やつら、こっちが弱いとみるや、徒党を組んできやがるからな。しかも、しっかり顔だけは避けて殴りやがって・・・」
途中からは何か不愉快な記憶を思い出したかのように、一層目を腐らせる比企谷。そして彼の言葉を聞いた瞬間、軽井沢が小さく肩を跳ねさせた。だが、そんな様子に気付く者も居ないまま、今度は秀才を自任する幸村が会話に加わる。
「待ってくれ。俺も堀北の意見に賛成だ。この際バカは切り捨てて、少数精鋭で戦えばいいんじゃないか?」
「なんだとこの野郎!そのバカってのは誰のことなんだよ?!」
「幸村君!クラスの仲間に対してそんな言い方って・・・」
幸村の口振りにいきり立つ須藤の怒声と、窘めるような平田の言葉。だが、それらを全部無視して比企谷はなおも語る。
「はぁ・・・ほんとお前ら、揃いも揃ってバカじゃねえの?話を戻すが、あの小テスト結果からして、今月の中間テストじゃ少なくとも7~8人は赤点で退学になるだろうな。つまり、実質クラスから2割の生徒が消えるってことだ。もし今後、クラス全員の合計点で競う試験があったらどうする?いくらお前が満点を取ったところで、40人揃った他クラスには絶対に勝てないぜ。ドズル中将じゃないが戦いは数なんだよ、幸村」
「確かに!あのビグザムも、ジムとボールの大群には勝てなかったでござる!」
空気を読めない外村が叫ぶも、相手にする者は居ない。そもそも女子の大半は、彼が何を言っているのか理解していなかったのだが。
「それに・・・ひょっとしたらAクラスであっても、全員まともに卒業させる気なんてないのかもな」
「え?それはどういうことだい?」
「これに関しちゃ、俺もひとのことは言えないが・・・入学してから気付いたんだよ。考えてもみてくれ。各業界に優秀な人材を輩出してるはずなのに、実際ここの卒業生だって有名人の名前は聞かないよな?」
「そ、そういえば確かに・・・じゃあ君は、どう考えているんだい?」
「・・・まあ、それこそ卒業式の前日にAクラス限定でくじ引きでもやって、外れたやつは強制的に退学処分とかな。そうすりゃ、わざわざ全員分の進学先や就職先を斡旋する手間も省けるし」
「ま、まさか・・・」
「あり得ない、と言い切れるのか?平気でこんな騙し討ちをするような学校だぜ?とにかく俺は、この泥舟から降りさせて貰う。じゃあな」
それだけ言うと、アホ毛を揺らしつつ猫背の後ろ姿は去って行った・・・
「・・・はははっ!あいつって、あんなによく喋るやつだったのかよ」
「あはっ!それ私も思った」
池と篠原が乾いた笑い声を漏らしたが、クラスメイトの反応は鈍い。誰もが、比企谷のセリフを思い返していたからである・・・
しばらくして、不意にひとりの女子生徒が立ち上がった。その顔には、何やら決意の色が浮かんでいる。
「あ、あたしも帰る!もう、いじめられるのは絶対にイヤだし」ボソッ
「えっ?!か、軽井沢さん?!」
「よくよく考えたら、私も彼の言う通りだと思うな・・・ちっ!あ~うざ。また転校先でゼロから猿芝居やらなきゃならねえのかよ」ボソッ
「えっ?!櫛田さんも?!」
金髪のポニテを揺らした軽井沢に続いて、同じく席を立つ櫛田。なお、ふたりともセリフの後半は声が小さくて誰にも聞こえなかった模様・・・クラス内での女子カーストツートップが動いたことで、一気に事態は加速する。一度転がり始めたどんぐりは、ドツボに嵌まるまで誰にも止められない・・・(意味不明な例え)
「ふははははっ!これは腐り目ボーイの言う通りだろうねぇ」
「はあっ?どういうことだよ高円寺!」
そんなクラスを眺めて高笑いする自由人。彼だけは、全く動揺する素振りすら見せていなかった。
「うむ、では特別に、愚かで醜い君たちに教えてあげよう。いまの私はとても気分が良いからねぇ。要するに、この学校はろくなもんじゃない、ということさ」
「全然説明になってねえよ!」
そんなやり取りを聞いていたクラスメイトたちが、次々と帰り支度を始める。誰もが、恐怖に引き攣ったような表情をしていた。
「私も帰る!」
「わ、私も・・・」
「待ってよ篠原さん!」
「見ていて下さい兄さん!私は地元で必ず学年首席を・・・」ブツブツ
「みんな!落ち着いてほしい。まずは話し合いを・・・」
ばらばらと崩れ始めた女子グループを見て、男子たちにもさらなる動揺が走った。平田の制止も効果がない。比企谷が投下していった時限爆弾が、いままさに発火しようとしていたのである。
「お、おい。これって・・・」
「なんかヤバくね?」
「先ほどの発言は撤回させてもらう。こんなことなら、さっさと編入試験を受けて地元の進学校に通う方がよほどマシだ」
遂にはあっさりと持論を取り下げた幸村が、カバンを肩に掛けて席を立つ。こうなると、もはやクラスの崩壊は確定的となった。半ば恐慌状態となり、我先に教室をあとにする不良品たち。結局のところ、みんな我が身が可愛いのである。
「は、早く荷物を纏めなくちゃ」
「おい!退学届ってどこにあるんだ?」
「んなこと知るかよ!たぶんポイントで買えるんじゃねえの?」
「マジ?!じゃあゼロポイントの俺はどうすりゃいいんだよ?」
「ふははははっ!男が慌てふためく姿は、実に滑稽で見るに堪えないねぇ」
騒然とする実力至上主義の教室に響き渡る、高円寺の高笑い。ひとつのクラスが、完全に崩壊した瞬間だった。
やがて嵐が去ったあと、教室に残っていたのはたった2名。体格のよい金髪と、影の薄いイケメンだけである。
「おや綾小路ボーイ、きみは行かなくてよいのかな?」
「あぁ、あいにく帰る先がなくてな。そう言うお前はどうなんだ?高円寺」
「ふはははははっ!世界中どこを探しても、この私を正しく評価できる学校など存在しないのだよ」
「つまり、オレと同じってことか・・・」ボソッ
「何か言ったかな?綾小路ボーイ」
「いや何も。空耳じゃないのか?」
がらんとした教室で、空しく言葉のキャッチボールをするふたり。そして当然、この騒ぎは他のクラスにも波及し・・・
衝撃的なSHRが終わり、真嶋先生が去ったあと。静まり返るAクラスに、さらなる驚きの知らせが。
「なにっ?!Dクラスが・・・?ふむ。済まないが、俺も自主退学させて貰う。やはり病弱な妹を3年間放ったらかしにするのはまちがっている」
「えっ!か、葛城さん?!」
「ふふふ・・・これでAクラスはわたくしの物ですわ。ねえ、真澄さん?」
「ごめん坂柳、私も自主退学するから」
「なっ?!」
衝撃的なSHRが終わり、星之宮先生が去ったあと。静まり返るBクラスに、さらなる驚きの知らせが。
「えっ?!Dクラスのひとたちが・・・にゃはは・・・みんなごめん!私、自主退学するね!やはりこんな閉鎖環境で万引きのことがバレないか怯えて3年間を過ごすのはまちがっている」
「えっ?!ほ、帆波ちゃん?!」
衝撃的なSHRが終わり、坂上先生が去ったあと。静まり返るCクラスに、さらなる驚きの知らせが。
「ほぅ・・・Dクラスの方々が・・・龍園氏、申し訳ありませんが自主退学させて頂きます。やはり地元で神童と呼ばれた僕が下っ端扱いなのはまちがっている。ちなみに僕の実家は弁護士事務所ですので、このあと学校に対して損害賠償請求を行うつもりです。集団訴訟になるかと思いますので、ご希望の方はご一緒しませんか?」
「なんだとっ?!金田、勝手は許さねぇ・・・石崎!伊吹!アルベルト!やつに本当の暴力ってもんを教えてやれ」
「すみません龍園さん、俺も自主退学するんで」
「私も辞める・・・」
「ジシュ、タイガク?」
もはや彼に従う者もなし。せっかく築き上げたドラゴン王国も、崩れる時は一瞬であった。
「ククク・・・これがホントの裸の王様ってか」ボソッ
気付けば教室には、間抜けな王様と読書中の銀髪美少女だけが取り残されていた。
「あれ?皆さんどうされたのですか?」
やっと状況に気付いたらしい少女が、本から顔を上げて小首を傾げた。
「ああ・・・
「そうですか・・・なんだかどこかで聞いたことがあるタイトルですね。ならば私も自主退学致しましょう。ですがその前に、借りているミステリー小説を図書館に返却しておかなくては・・・」ボソッ
この緊急事態にも、変わらずマイペースなひよりさんなのであった。
次回後編:そしていつものメンバーは・・・