いつかこの手に雷光を   作:直崎ゆきふり

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10 “伝達”の家系

 昨日伝えられた集合時刻は、宿前に集合してみんなで試験会場へ向かうためのもの。直接試験会場に向かうのであれば、九時ちょうどまでに到着すれば問題はなかった。

 腕時計を見る。9時まであと数十分ある。遠回りをしたとしても、充分間に合う。おれは竜太郎(りんたろう)君に浜辺に寄ってから行こうと提案し、彼はそれに頷いてくれた。

 

「……それでさ、竜太郎君。さっき話があるって言ってたの、覚えてる?」

「……ケンちゃんの話、なんだよね?」

 

 頬を汗が伝うのは、夏の暑さのせいだろうか。事務所を出発して数分。浜辺へと向かう道すがら、ようやく切り出したおれを、どこか確信めいた光を宿す焦茶色の瞳が真っ直ぐと射抜いた。

 

「知りたい。聞かせてよ、シサラ」

「……うん。これは昨日の夜、おれの魔法で聞いたことなんだけど――」

 

 昨晩ケンくんが居たであろう浜辺へと歩みながら、おれは竜太郎君に昨晩のことを話した。

 

「――そんな、ことが……っ」

 

 話を聞き終えた竜太郎君が、片手で前髪をぐしゃりと掴む。

 

「だから、おれ……今日の試験終わりに、何がなんでもケンくんと話をしようと思ってるんだ」

「それは……」

「やっぱり、無理に話をしようとするのは良くないかな……?」

 

 昨日、強引に話を進めようとして、不用意に彼を怒らせてしまったばかりだ。前轍を踏むことになる可能性は高い。

 

「いや、多少強引になろうとも、話をすることには僕も賛成だよ。ただ……ケンちゃん、宿に戻ってないみたいなんだ。だから、昨日浜辺で見たのが最後。今日の試験にも来るのか……僕にもわからなくて」

「宿に、戻ってない……!?」

 

 それなら彼はどこで夜を明かしたというんだ。あのひどく荒れた悪天の中で。

 ひょっとして、ケンくんの事情は……おれが想定しているよりずっと、悪いものなんじゃないか……?

 

「シサラ、もう一度確認するけど、昨晩ケンちゃんが話していた相手については、わからないんだよね? ……ごめんね、何度も訊いちゃって。僕、どうしても気になっちゃって……」

 

 竜太郎君は、昨晩の出来事を話している最中から、ケンくんの話し相手の男性について訊ねてきていた。その度に、おれは首を振ることしかできなかった。

 

「声はどこかで聞いた覚えがあるんだけど……それがどこだったのか、が……あれ……?」

 

 どうにか思い出そうと視線を視線を彷徨わせていると、建物の影が色濃く落ちる路地が目に入った。暗い路地……路地裏。

 

「――ああっ!」

 

 脳裏にある人物が過ぎると同時に声が漏れた。

 

「そうだ、あの人の声だ! ええと、あれは一昨日だっけ、竜太郎君たちを探して、おれ路地裏に入ったんだよ! それでその時に、男の人に話しかけられたんだ! 『路地裏は危ない』って! あの人の声とそっくりだったんだ……いや、あの人で間違いないと思うっ!」

 

 竜太郎君の方を向いてほとんど叫ぶようにそう告げる。それを聞いた竜太郎君は二、三秒ほど何かを逡巡していたように見えた。

 

「……その方は、臙脂色のスーツを着てたり……した?」

「えっ、なんでわかったの!?」

 

 たったこれだけの情報で、着ていた衣服を当てられるなんて……もしかして、竜太郎君もあの人に会って同じようなことを言われたんだろうか。

 そうこうしていると、浜辺へと着いた。靴が砂と擦れ、歩を進めるたびにざくりと音を立てる。

 

「路地裏ってさ……この島の、路地裏だよね」

「うん、そうだよ。海にも近かったんだけど、ここからもう少し東寄りだったかな」

「……ははっ、そりゃそうか。君が僕らを探してたんなら……この島に決まってる」

「ええと……竜太郎君?」

 

 竜太郎君の様子がおかしいことに、おれはようやく気がついた。いつの間にか歩みを止めていた彼との間に、おれだけの足跡が引かれていた。

 立ち止まったまま俯く竜太郎君が心配になって、彼の元へ向かう。名前を呼びかけ、その肩に触れようとする寸前、竜太郎君は小さな声でおれの名前を呼んだ。

 

「確認して欲しくて」

「確認?」

 

 竜太郎君は頷くと、バッグから一枚の写真を取り出しておれに見せた。急に写真を見せられたことに困惑しつつも、写真を覗き込む。

 その写真に写っていたのは、子どもが二人と大人が一人の計三人だった。ドラゴンのストラップを掲げて笑みを浮かべている子どもたちは、今より幼い頃の竜太郎君とケンくんだろう。

 

「シサラ……路地裏で会ったのは、この人?」

 

 竜太郎君は、残った写真の中の人物、臙脂色のスーツを着た男性を指差した。

 

「うん、この人だと思う。ハットを被ってたけど、口元がそっくりだよ。竜太郎君の知り合いだったんだね」

 

 写真の中の男性の方が口元の皺が薄いが、それはこの写真が数年前に撮られたものだからだろう。

 けどちょっと、受ける印象が違う気がする。表情の違いかな。路地裏で会った時は頬を吊り上げるように笑っていて、唇から覗く鋭く尖った歯がなんだか怖かった。

 

「やっぱり、そうなんだ……」

「この人はだれ? ケンくんといったいどんな関係なの?」

「この方は旦那様……ケンちゃんのお父様だよ」

「お父様……?」

 

 そう、なんだ。親子か、あまりピンとこない。昨晩の二人は写真の中の彼らとは違い、それほど親密な関係には思えなかった。むしろ、どちらかといえば険悪なように思えた。

 

「……これは昨日、言うタイミングがなくて言ってなかったことなんだけどさ。旦那様は最近……いや、もう一年前近くになるのかな、病床に伏せているそうなんだよ。元々お身体の強い方ではなくて、たびたび体調を崩されることも多かったから、心配こそすれ、僕はそれを疑問を思うことはなかったんだ。……思えなかったんだ! 僕は一年もの間、気づかなかったんだッッ!」

「ええと……?」

 

 どうして急にケンくんのお父さんの話を……? ケンくんが荒れるようになってしまったのは、お父さんの体調不良と関係しているということかな……?

 

「ごめん、話が見えないよね。正直、僕自身も、いったい自分が何を考えているのか、信じられない気持ちでいっぱいだよ。でも、そうとしか思えないから……だから、聞いてほしいんだっ」

 

 竜太郎君はバッグの肩紐を強く握りしめながら、絞り出すように続きを口にする。

 

「君がこの島で会った臙脂色のスーツの男。そいつは――旦那様に成りすました偽者……だと、僕は考えてる」

 

 眉間に皺を寄せながらも真っ直ぐとこちらを見る竜太郎君が、嘘や冗談の類を言っているようには見えない。波が岩へとぶつかる音がやけに大きく聞こえた。

 

「にせもの……? ええと、それは……いったい……」

 

 臙脂色のスーツの男は、ケンくんのお父様で……でも、お父様に成り済ました偽者……?

 突然、思ってもみなかったことを言われて、竜太郎君の言葉をうまく飲み込めない。

 

「……旦那様がこの島にいるとは考えづらいんだ。体調を崩されているのもそうだし……旦那様は魔道士じゃないから。だからやっぱり、この島には来ていないと考えていい」

 

 頭が傾く。どうして魔道士じゃないなら、この島に来ていないんだろう。魔道士じゃないとこの島には来れない……?

 いや、でもおれは魔道士じゃないし、竜太郎君も魔道士じゃないはずだ。

 

「あ、そっか、シサラは知らないんだっけ。あの時の君は、落ちた子を助けに大烏賊或蛸(クラーケン)の蠢く海の中を泳いでいたんだから。君はすごいやつだ」

「え、いや……えへへ」

 

 突然褒められて、背中がむず痒くなる。が、慌てて姿勢を正す。おれを褒めることが本題ではない。竜太郎君の話へと耳を傾けた。

 

「救助船の魔道士が駆けつけてくれた時、さすがの彼らも動揺してたんだろうね。結果的にものの数分で討伐されることになったけど……大烏賊或蛸(クラーケン)は、数多の魔物の中でも上位に位置する強力な魔物だ、あっ…………その、シサラ」

「どうしたの?」

 

 真剣な顔で話していた竜太郎君は、突然そわそわと周囲を気にしたように視線を彷徨わせた。おれも見渡してみるが、特に何もない。どうしたんだろう。

 挙動不審な様子を観察していると、竜太郎君は渚へと駆けていき、そしておれを手招きしてきた。

 

「竜太郎君、まだちょっと波が……わかったよ、おれからあんまり離れないでね!」

 

 もはや拝み倒す勢いでおれを呼ぶ彼に、仕方なく折れる。本当にいったいどうしたんだろう。

 

「……ここなら、聞かれる心配はないね」

「元から、だれもいないと思うけど。というか、だれに聞かれる心配をしてるの?」

 

 波打ち際で、靴が濡れることもお構いなしに待っていた竜太郎君に、おれが思わず肩をすくめると、彼は島からの視線を警戒したように口元を片手で覆った。

 

「それはもう、全員だよ、全員。……だって、今から話すことには緘口令が敷かれてるんだから」

「え……緘口令?」

 

 緘口令というのは……確か、なんだっけ。あ、そうだ。人に話しちゃダメだって、禁止されることだ。

 大烏賊或蛸(クラーケン)の時ということは、竜太郎君に口外禁止を言い渡したのは救助船に乗っていた魔道士だろう。受験生相手に緘口令……ただごとではない。

 竜太郎君は『じゃあ、改めて……』と前置きして、静かに語り出した。

 

「駆けつけてきた救助船は、ちょうど大烏賊或蛸(クラーケン)の反対側から来たんだ。だから僕らのいた甲板(かんぱん)に到着して初めて、船を襲う魔物が大烏賊或蛸(クラーケン)だと知った人もいたらしくて。それでね……一部が騒めいたんだよ。『また魔族の仕業なのか』『会場の情報がまた漏れたのか』って」

「魔族……っ!?」

 

 その単語を聞いた瞬間、背中に冷たいものが流れた。

 魔族。魔賊から転じてそう呼ばれるようになったと云われる、異世界からの侵略者。招かれざる者たち、世界を滅ぼさんとする呪毒。魔法に似た、邪悪な力を使う種族のことだ。

 その凶手から逃れるために地核へと身を隠すことになった星樹は、残された力を使って星脈還しというシステムを編み出すに至った。人間同士の憎しみの連鎖を断ち切り、人類が一致団結して魔族に対抗できるように。それほどまでに魔族は、この世界にとって不倶戴天の敵なのだ。

 そんなやつらが絡んでいたなんて、道理で緘口令なんて大層なものが敷かれたわけだ。それに気になるのは……

 

 「……ま(・)た(・)?」

 

 以前にもあったような口ぶりだ。『会場』というのは、試験会場のことだろう。それが以前にも漏れていたということは、まさか。

 

「試験会場が直前で変わったのは……」

「落石事故が原因じゃなくて、魔族の痕跡が見つかったから……なんだと思う」

 

 竜太郎君は『すぐに目を瞑った女性が制止したから、僕の憶測だけど』、と続けた。目を瞑った女性……間違いなく月影さんだ。

 大烏賊或蛸(クラーケン)の出現に続いて、魔族という言葉を耳にした竜太郎君たちは、大烏賊或蛸(クラーケン)が討伐された後も動揺が収まらなかった。

 無理もない、何せ相手は生物の形をした厄災だ。現代においても度々新聞の記事に登場し、その凄惨な被害で以ってその悪名を轟かせているのだから。

 

「このまま島に降りさせると、他の受験生にも動揺が広がると懸念したんだろうね。だから口外禁止を条件に、島に居るのは受験生以外みんな魔道士だって教えてくれたんだ。万が一、非常事態が起きたとしても即座に対処可能だって」

 

 多くの魔道士が島にいると聞いて、動揺が収まるのにはそう時間は掛からなかったという。あんなにも恐ろしかった大烏賊或蛸(クラーケン)を、魔道士がいとも容易く討伐する場面を目撃した直後だ。特効薬のように、その言葉は効いたのだろう。

 月影さんが大魔術を連発して速攻で大烏賊或蛸(クラーケン)を倒したのは、もしかしたらそれも狙っていたのかもしれない。

 

「あと、受験生全員が集まる試験会場は、当日に強力な結界を張り直すとも言ってたかな。学園長たちも待機してる試験会場がいちばん安全だから、安心して試験を受けてほしいって。ほら、『あんまり早く試験会場には到着しないように』って、シサラも聞いてるでしょ?」

 

 続けて結界について説明したのは、おれの知っている情報と結びつけて信憑性を高めたかったのかもしれない。おれが頷くと、竜太郎君は小さく息を吐いた。

 

「魔道士じゃないケンくんのお父様が、この島に居るのがおかしいっていうのはわかったよ。でも、偽者とは……」

 

 言いながら、昨晩のケンくんと男の様子を思い出した。……逆に考えてみよう。臙脂色のスーツを着た男が本物のケンくんの父親であれば、あんなふうに話すだろうか。

 不仲であればあり得たかもしれない。けれど、竜太郎君が見せてくれた写真がそれを否定する。たった一枚の写真を見たおれですら、彼らの親子関係は良好なものであると思えたのだ。

 

「……偽者、なんだね」

 

 おれより、ずっとずっと彼らについて詳しい竜太郎君が確信している。それなら、おれ自身が確信を持てなくても構わない。

 

「信じて、くれるの?」

「もちろん。君が言うんだから」

 

 竜太郎君を信じればいい。こんな嘘を竜太郎君はつかない。

 

「いったん、事務所に戻ろう。試験会場でもいいけど、すぐに魔道士と話せるかわからないし。確実に沙夜ちゃん(魔道士)に会える事務所に行こう。何か起こる前に、島に怪しい人がいるって知らせておかなくちゃ」

「あっ、そうだね! その通りだ! 他のことで頭がいっぱいになってたよ……シサラがいてくれて良かった……!」

 

 腕時計をチラリと確認すると、九時まで残り十五分を切ろうとしていた。それを見なかったことにして、竜太郎くんと二人踵を返した。

 

「けど、偽者かぁ。いったいだれが、なんの目的で……」

 

 昨日の口ぶりからして、男は一年もの間ケンくんのお父さんに成りすましていた可能性が高い。けれど、いくら病と偽って部屋に閉じこもろうとも、露見するリスクはある。

 危ない橋を渡ってまで、果たしたかった目的はなんだ? あの男は、いったい何を考えているんだ……?

 

――「そうか……そうか! では明日、明日だ! この一年、どれだけ待ち望んだ事だろう!」

――「全く……貴様が魔法に目覚めてさえいれば、この様な苦労はせずに済んだというのにな、ええ?」

――「存分に励むがいい。明日は、貴様にとっても待ち望んだ日なのだろう? 契約が果たせるのだから」

 

「あれ……『契約』?」

 

 砂浜の階段に足を掛けようとしたところで、足が止まる。隣を見ると、竜太郎君の瞳がひどく揺れていた。

 

「……君も、そう思うんだ。僕の、思い違いじゃなかったんだ」

 

 そっか、竜太郎君はすでにこの可能性にたどり着いてたのか。けど、きっと信じたくなかったんだ。

 だから君は、おれに知っていることをすべて話して、おれが別の答えにたどり着くことを期待していたんだ。

 

「――魔族だったんだ。ケンちゃんを苦しめていたのは」

 

 契約とは、魔族が好むワードに他ならない。けれども、ありふれたワードだ、人間だって当たり前のように使う。

 男の正体が魔族だというのは、ただの可能性のひとつでしかなかった。推論の根拠が、それひとつであったなら。

 

「僕さ、一年前に『熱を出した』って言ったでしょ?」

 

 それは、昨日竜太郎君が教えてくれた、ケンくんに“何かが起きたであろう日”のことだ。

 今から一年前。ケンくんの屋敷に勝手に入った竜太郎君は、ケンくんに怒られて動揺し家に帰った。そして、彼は発熱した。一ヶ月もの間治らない発熱を。

 その発熱の原因が風邪ではなく、屋敷に潜んでいた魔族であったとしたら?

 

「きっとそれが……ケンちゃんが、僕をずっと遠ざけ続けた理由だったんだ」

 

 魔呪(まじゅ)。人間にとって魔族の力は毒だ、呪いのように命を蝕む。受けた攻撃は治癒魔術でも簡単には治らず、魔族によって殺められれば一切の例外はなく星脈還しで甦ることはない。本物の死が訪れる。

 けれども軽度の呪いであれば、風邪のような症状を発症するだけで、症状が寛解することもあると本で読んだことがある。ただし、それは魔呪が不活性になっただけで、魔族が望めばいつでも活性できてしまう、遠隔で起動できる爆弾を仕掛けれた状態にすぎない。

 掛けられた呪いを取り除くか、元凶である魔族を排除することでしか、魔族の呪いから逃れる術はないとも、その本には書かれていた。

 

「僕は……僕は……っ」

 

 もし、竜太郎君が呪いによって発熱していたのなら――その命を、すでに魔族に握られてしまっているのだ。

 

「と、とりあえず走ろう! 魔道士なら呪いを取り除けるかもしれない! そうすればケンくんだって、魔族なんかの――ぶべっ、ぶぶっ」

 

 止まっていた足を再び動かして、階段を上り始めようとしたその時、軽い衝撃が顔を襲った。二度も。

 

「し、シサラ……!? だいっ……それって……!」

「ぬぁ……っなに、紙?」

 

 顔にくっつくそれをどうにか引き剥がしてみると、二つの紙だった。それぞれ厚みを感じるが種類が違う。ひとつは厚紙一枚と、もうひとつは便箋の封筒だった。

 確かに少し風が強いけど、こんなものが飛ばされてくるなんて。だれか落としたんだろうか、人影のない階上を確認した後、おれは持ち主の手がかりを探そうと手に持った紙を裏返した。

 

「40318、英地……ってこれ、おれの受験票!? なん、なんで……?」

 

 布越しにポケットを探ると、紙の擦れる感触がある。再発行した受験票がポケットの中にあるということは、これは――おれが昨日失くした受験票……ということに、なるはずだ。

 どういうことだ? どうして飛んできたんだ? 偶然風に飛ばされておれの元に返ってきた? そんなこと、あるわけがない。

 

「ケンちゃんの魔法だ……」

「ケンくんの!?」

「対象に物を届けられるんだ、“伝達”の魔法はっ! シサラ、条件を満たしてたんだ……!」

 

 物を届ける魔法。ケンくんが、おれに受験票を返してくれた……?

 

「じゃあ、この手紙も!?」

 

 ケンくんが魔法を使って届けてくれたものなら、何かケンくんに関する手がかりがあるかもしれない。

 受験票をポケットに突っ込み、一緒に飛んできた便箋の封筒をビリビリに破いた。急ぎつつ、破らないように中身を取り出す。

 覗き込んでくる竜太郎君にも見えるように、ケンくんからの手紙を広げた。

 

 手紙はまず、『拝啓、ハナチシサラ様』から始まり、その後は幾十もの謝罪の言葉が書き連ねられていた。

 受験票を投げたこと、強く当たってしまったこと。その他にも、おれの気づかなかった些細なことに至るまで、仔細にそして誠実に心からの謝意が記されていた。

 それらを多少の罪悪感とともに流し読んでいくと、終盤に気になる記述があった。

 

「『未来の魔道士たる貴殿のお人柄を見込み、どうかお力添えいただきたく存じます。』、か……これは、助けて欲しいってことだよね?」

「もしかしたら、魔族の手がかりがあるかも……!」

 

 竜太郎君と顔を見合わせて頷く。魔道士に正確に現況を伝えるためにも、しっかりと頭に入れなくっちゃ。そう決意して、再び手紙に目を落とした。

 

『貴殿には、私の友人である竜太郎と共に試験会場へと向かって欲しいのです。彼は文武ともに優秀ではあるのですが、些か方向感覚に疎い一面があり、一人で試験会場へ辿り着けるものか不安でなりません。』

 

「は? 方向感覚? 僕が?」

 

 それは、竜太郎君から発せられた声だった。彼は心底困惑したように首を傾げ、そして両手で顔を覆った。

 

「……ッなんで、ここで僕の名前が出てくるんだよっ。魔族は……? 君のことは!?」

 

 取り乱す竜太郎君に構わず、残り少ない文面に視線を走らせる。もしかしたら、たった一文だけでも何か手がかりが記されているかもしれない。

 

『本来であれば、私と共に試験会場へと向かう手筈でしたが、お恥ずかしながら、私の癇癪によって彼とは仲違いをしてしまい、顔を合わせる勇気を持てずにいるのです。そこで、貴女の顔を思い出しました。

 幾度もの無礼を働き、厚顔無知極まる身勝手なお願いであると理解しております。ですが、私には、貴女以外に私の友人について頼れる者がおりません。

 心よりお願い申し上げます。私の友人を、どうか無事に試験会場まで送り届けてはくださいませんか。』

 

 え、これで終わり……?

 何度目を彷徨わせても、手紙はそこで終わっていた。続きはない。

 結局おれへの謝罪以外には、竜太郎君を試験会場まで送り届けて欲しいと書かれていただけで、手がかりは何もなかった。

 そのはずなのに、手が震える。悪寒が止まらないのだ。

 

「なんだよ、『無事に』って……!」

 

 別に不自然じゃない、時間通りにちゃんと送り届けて欲しいってだけの表現なはずだ。なのに、妙に引っかかった。

 直前の竜太郎君との会話に引っ張られて、深読みしてしまっているだけだろうか。そもそも本当に魔族が絡んでいるのか、おれと竜太郎君の推測にすぎないのだから。

 

「……八時、五十分……」

 

 今から走っていけば、どうにか試験会場に間に合う時刻。ケンくんは、おれが試験を受けられなくなる事態は避けたかったのかもしれない。

 けど、それにしたってギリギリだ。もっと早く返してくれたってよかったのに。再発行していなければ、今頃気が気ではなかっただろう。

 

「ケンくんの魔法は、すぐに届けられるものなの?」

「え……それは、飛距離にもよるかな。異空間を経由するけど、実際の距離と同じだけ動かさないといけないから。たとえばだけど、ここから島の中央までだと二、三分くらい掛かるんじゃないかな」

「届ける時間を選ぶことは?」

「選べるよ。数十秒は前後しちゃうけど」

 

 逆にいえば、数十秒しか前後しないということか。つまり、この時間に届いたのは、ケンくんが数分前に魔法を発動したか、この時間に設定していたかのどちらかだということ。

 

「……ケンちゃんの魔法には条件がいくつもあって、そのうちのひとつが“自身には届けられないこと”なんだ」

「じゃあ、受験票も一緒に届いたってことは、投げた時にこの時間に設定してた可能性が高いってことだね」

「そうなるね……」

 

 頷いた竜太郎君を見て、ふと気がついた。本来、おれと竜太郎君はこの時間、一緒にいることはなかったのだと。

 

――『彼は文武ともに優秀ではあるのですが、些か方向感覚に疎い一面があり、一人で試験会場へ辿り着けるものか不安でなりません』

 

 おかしいじゃないか。どうしてそんな心配をする必要があるんだ?

 だって、今日の試験会場には、宿前に集合して集団で向かうのに。ただ前を歩く子についていけばいいんだ、道に迷う心配なんてどこにもない。

 そう、なかったんだ。今こうして、竜太郎君がおれと一緒にさえいなければ。

 

――『そこで、貴女の顔を思い出しました』

 

 どうしてケンくんは、おれが竜太郎君を試験会場まで送れると考えた?

 そんなの、竜太郎君がこの時間におれと一緒にいると思っていなければ、できない頼みごとじゃないか。こんなギリギリに手紙なんて届けて、おれは竜太郎君の泊まる宿すら知らないんだぞ。

 

――「随分と、仲が良さそうだな」

 

 あの時、ケンくんが受験票を投げたのは、竜太郎君があの場に居たからなんじゃないか?

 ケンくんは、竜太郎君がおれの受験票探しを手伝うと踏んでたんだ。だから手紙に、竜太郎君を送ってくれなんて書けた。

 

――「っ、本当にッ……お前はしつこいな。これに懲りたら、もう二度とおれに関わろうとするなよ――ハナチシサラ!」

 

 昨日のあの時間から、試験が終わるまで。どのタイミングかはわからない。もしかしたら、今この瞬間かもしれない。

 ケンくんが本当に遠ざけたかったのは、おれじゃない。竜太郎君だったんだ。

 

――『心よりお願い申し上げます。私の友人を、どうか無事に試験会場まで送り届けてはくださいませんか』

 

 ケンくんは、自身の近くに竜太郎君が居ては危険だと考えたんじゃないか。魔道士たちの居る強力な結界の張られた試験会場であれば、安全だと考えたんじゃないか。

 ケンくんの身に何が起こっているのか、魔族が関わっているのか。すべては憶測に過ぎない。けれども、それがなんだという。杞憂なら、それがいいじゃないか。

 

「り、竜太郎くん、ケンくんは今どこに! ……ああー、そうだった、昨日から見てないんだっけ……!」

「う、うん、どうしたのシサラっ? そっちは事務所じゃないよ!?」

 

 今まで以上に焦りを滲ませるおれに、たじろぐ竜太郎君を置いて、砂浜を走る。事務所に寄っている時間が惜しい。走りながら、記憶の中の十一桁を手繰り寄せる。

 

「確証はこれっぽっちもないんだけどさ、試験終わりなんて悠長なこと言ってる時間なかったかもしれなくて!」

「えっ!? ケンちゃんに、何かあったってこと!?」

「まだ間に合うって信じてる! だからおれ、ケンくんを探そうと思う!」

「っわかった、僕も行く! 僕だって、間に合うって信じてるから!」

 

 やっぱり足が速い。隣に並んだ竜太郎君とおれは拳を合わせた。

 

「でも、まずは魔道士に知らせなきゃね!」

「あっ、そうだね、魔族が潜んでるかもしれないし。あれ、でもそれなら事務所に……!」

「こっちでいいよ、すぐそこに公衆電話があるんだ!」

 

 いやぁ〜、探索演習(一日目の試験)の後に島中の公衆電話の位置を調べておいてよかったね! まさかそれが今こうして役に立つなんて、ホント那谷(なたに)さまさまだよ! 持つべきものは、いつでも連絡したいと思える大好きな友だち!

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