「――火炎術式“
大きくうねる海面から飛び出すと、海中で詠唱を終えていた魔術を放った。
おれの右手から放たれた歪な火の刃は、不恰好な軌道を描きながら、ケンくんを掴む男の腕へと当たる。
「ケンちゃん!」
男の手が開かれ、落下するケンくんを
「くっ、何だぁ……!?」
爆発の煙に巻かれながら、火傷まみれの男が痛みに呻いている。その周辺には、禍々しい
あの魔呪はヤバい、見ているだけで悪寒が走る。通りで、海水越しに触れただけなのに大量に魔力が持っていかれたわけだ。
嫌な予感がして、咄嗟にケンくんを海水で覆ってよかった。最悪の事態にはどうにか間に合えたんだ。
けれどもまだ、心の底から彼の無事を喜ぶにはいかないようだった。
浅い呼吸を繰り返すケンくんの身体を、黒い靄のようなものが覆っている。周囲に散らばる魔呪の残滓よりかは劣るが、この黒い靄もまた、不吉な気配を漂わせていた。
……魔呪が、今まさにケンくんの命を絡めとろうとしているんだ。頬を伝う汗が嫌に冷たかった。
「……どう、して」
海に散らばる禍々しい魔呪の残滓に触れないよう、海水を操作しつつ、急いで砂浜へと退避する。
その途中で、竜太郎君に抱えられたケンくんが掠れた声を発した。
「どうして、此処に居る……!?」
「海が音を届けてくれたんだよ」
「違う……! 試験はどうしたっ、魔道士になるんだろう……!?」
林檎色の瞳が苦しげに伏せられ、その唇からは血が溢れた。
おれたちがこの場にいることを受け入れ難いのだろう。あんな手紙を魔法で届けてまで竜太郎君を遠ざけ、彼は今日ひとりでここに来たのだから。
けれども、おれと竜太郎君の答えはすでに決まっている。たとえケンくん自身に拒絶されようとも、ここで引いてやるつもりはなかった。
「だから来たんだ、君をひとりになんてさせない。見捨ててなんてやるもんか」
「僕らの憧れた
ケンくんの目が見開かれ、左手が竜太郎君のシャツを強く掴んだ。
「そうか、そうだな……なぁ――俺を助けてくれ、ヒーロー」
陽に照らされた金色の髪が潮風に揺れる。その唇は、柔らかな弧を描いていた。
おれと竜太郎君は、その言葉に頷き返し、砂浜へと駆けた。
「じゃあ、話した通りに行こうか」
竜太郎君へと声を掛ける。彼の背中では、意識を失ったケンくんが浅い呼吸を繰り返していた。
「そうだね……シサラにはかなり負担を掛けることになっちゃうけど、そんなこと言ってる猶予はないみたいだ」
時折苦しそうに呻くケンくんを横目に見ながら、竜太郎君は眉を寄せた。
竜太郎君は一度おれを見て、そしてすぐに背中を向ける。
「シサラ、ここは任せるよ」
「うん、ケンくんを任せた」
おれたちは顔を合わせることなく頷き合うと、それぞれ正反対の方向へと踏み出した。馳せる足音が、森の中へと消えていく。
おれは真上を指す秒針を確認した後、海に向けて木剣を構えた。迎え撃つは、二日前に路地裏で出会った
「――よくもぉ、よくも……俺の、俺様の計画をぉ……ッ!」
元は上物だった臙脂色のスーツは、今や見る影もない。焦げた襤衣は爛れた皮膚にこびりつくことで、どうにか衣服の体裁を保っていた。計画を阻止された男は目を血走らせ、森へと消えたケンくんを追わんとしている。
計画を潰され怒り心頭な男に、同情する気は起きかなった。気を失う前のケンくんに聞いた『計画』とやらは、まったくもって陸なものではなかったからだ。
「許さん……許さんぞおッッ!」
肉の焦げた臭いに、木剣の柄を強く握り締める。ケンくんの奮闘のおかげで、すでに魔族は身体中に深い傷を負っている。
「……っ」
一歩退きそうになる足を、無理やり一歩前に出す。
怖がるな、恐れるな。退くな、逃げるな。見捨てるな。
雷光を思い出せ。憧れた勇者は、どう笑った?
「どこへ行くつもりだ? 貴方の相手は、おれがする」
ケンくんを追って森へ向かおうとする魔族の前に立ち塞がった。
堂々と発したつもりの声は、情けなくも震えてしまっていた。それでも、一歩も後ろに退がることだけはしなかった。絶対にしたくなかった。
「……ぁア?」
緩慢とした動作で、魔族はおれの方を見た。自らに向けられている木剣の鋒を認識して、魔族はようやっと、おれの抱く敵意に気づいたようだった。血色の眼が、嘲りに細められる。
「ああ、誰かと思えば、先程の貧弱な火の小娘か。模造の刃なぞ向けよって……よもや貴様、このカタプテ・ガブジャック様を倒す気でいるのか?」
「もちろん、そのつもりだ」
「ハッ、笑止の至りよっ! 直撃させた魔術ですら、俺様に傷の一つとて負わせられぬというのに。憐れみを覚えずには居られんな」
傲然とした物言いに腹が立ちはするが、カタプテというらしい魔族を睨みつけるだけに留める。
無鉄砲に魔族の懐に飛び込んだところで、魔道士の足元にも及ばないおれでは返り討ちにされるだけだ。この恐怖は、まやかしなんかじゃない。
今しがた倒す気だと頷いてみせたのだって、目の前の魔族との実力差を認識できていないわけでも、怒りから意地を張ったわけでもない。
おれがここにいる本当の目的を、この魔族から隠しておきたかったからだ。
そう、おれがこうして魔族と相対しているのは、討伐のためではない。
ケンくんと竜太郎君が、無事に――星脈へと還るまでの時間を稼ぐためだった。
「だが、よかろう。俺様にとっても死体が増えるのは好都合だ、手始めに貴様から始末してやろうではないか! 貴様の亡骸を見た卵共が二度と魔道士など志せぬ様、俺様が丁寧に甚振ってくれよう!」
数がダメなら、質で……か。確かに、魔道学園の試験会場で凄惨な遺体が発見されれば、間違いなく世間は騒然となるだろう。
元の計画の、受験生の大量殺戮に比べれば影響は格段に落ちるだろうが、魔道士志望の数を減らすという、この魔族の目的は果たされることとなる。やっぱり陸なことを考えないな、魔族は。
でも理由はどうあれ、この魔族はおれを第一の標的と定めたのだ。思わず持ち上がってしまった頬を、不敵な笑みに偽装して誤魔化す。
正直、魔族と戦うなんて怖い。木剣を握る手だって震えが止まらない。自分の意思で、命のやり取りが伴う戦いに挑むのはこれが初めてだった。
けれど、大丈夫。あの時のヒャクジョウザメに比べたら、これっぽっちの恐怖どうってことないはずだ。逃げるな、立ち向かえ。おれは、だれも見捨てたくない。
「――行くぞ!」
構えた木剣を魔力で覆うと、おれは魔族へと刃を振るった。
星脈還しとは、人が人を殺した場合に甦ることができる、という星樹の定めだ。
だから、魔族によって殺されてしまえば甦ることはできないし、星脈還しでは魔呪が解かれることはない。だから、星脈から甦ったとしても、掛けられた魔呪はそのまま残ることとなる。
そう、
魔呪がケンくんの命を蝕むまでの時間を先送りにし、未だ魔呪の影響下にいるかもしれない竜太郎君を星脈へと避難させるのだ。
国から配布される自決用のナイフには特殊な魔術が掛けられている。死後に星脈へと送られるまでの時間を、本来の数分から、一分にまで短縮する効果があった。
森に隠れて、首を切るのに三十秒。星脈へ還るのに一分。竜太郎君は、『一分半以内にやり遂げてみせる』と言った。
だから、彼らが無事に星脈へと送られるまでの一分半を、おれは何としてでも稼がなければならない。その間に、魔族に殺されてしまったり、魔族に遺体を大きく損傷させられてしまえば、星脈還しが失敗してしまうからだ。
そうして一分半が過ぎた後は、おれは速攻で魔族を振り切って逃げて、島の魔道士たちに助けを求めるという手筈だ。
時間稼ぎと救援要請、それがおれの役割だった。
「――どうした、随分と柔だなァ!? 雑魚め! 俺様を討つと駄法螺を吹いたのだ、もう少しばかり気骨を見せてみよ!」
「ぐ……っ!」
お腹目掛けて放たれた蹴りをどうにか木剣の腹で受け止めると、砂浜に長い二本の線が引かれた。大粒の汗が数滴落ちる。まだ開始数十秒だというのに、凄まじいスピードで体力が削られてしまっていた。
現時点で互いに痛打はない。だが、おれの部が悪いのは明白だった。
戦う前からわかってはいたが、自己流の鍛錬に打ち込んできただけのおれでは、魔族を相手取るには力不足のようだ。恐怖で身体が強張って、思うように動けない。必要以上に守りに入って、体力が削られ続けている。
もし、カタプテという魔族が万全の状態であれば、一撃目で呆気なく死体となって転がっていたかもしれない。意識を失う前のケンくんに『魔族は爆弾の影響で魔呪を練れない』と聞いて、心底安堵してしまった。
おれが今こうして立っていられるのは、ケンくんが奮闘してくれたおかげなのだ。だから、後もう少しだけ……今度は、おれが踏ん張らなければ。星脈還しの邪魔は絶対にさせない。
「原初の火は安寧を
右手だけで木剣を構え直すと、空いた左手に魔力を集わせる。
竜太郎君の言っていた通り、ケンくんの
とはいえ、所詮は素人の見様見真似だ。砂浜に駆けつけた時の掻火爪だって、本当はケンくんの首を落とすつもりで放ったのに、外れて魔族に当たってしまった。まぁ、結果的に外れてよかったけど。思った以上に、威力を出すのが難しかった。直撃しようとも、これでは痛打など与えられない。
「我が手に宿るは星の煌めき 我が爪を
「クッ、それは……っ」
けれど心算通り、牽制としては有効だ。何度も浴びせられた爆発によって、魔族は火に対して恐れを覚えている。詠唱を聞き、自身に火が放たれると予期した魔族は明らかに狼狽した。
追撃のために距離を詰めて来ていた魔族は、魔術の間合いから逃れようと、慌てて後退を選択する。その際、砂に足を取られて、わずかに体勢が崩れた。
「火炎術式“
左手から放出された歪な火の刃を、おれは目で追うこともせずに駆ける。相手は動く的だ、どうせ外れることなんてわかりきってる。
なら、次の一手に向けて、一秒でも早く動くべきだ。
「ハッ、何処に狙いを付け――!?」
叫ぶ技名はは名ばかりの、何の変哲もないただの振りかぶり。臆病風に吹かれないよう、地面を蹴って跳んだ。
「――雷撃剣!」
掻火爪を追って余所見をしていた魔族の横面へと、全力で木剣を叩きつけた。
「うがッ!」
「……っ」
木の折れる大きな音と、木剣を起点とした体が後ろに押し出されるほどの衝撃。バックステップで砂浜に衝撃を分散しながら、中程から折れた木剣を視認する。
「貴様ァ! よくもっ……何だそれは、折れたのか?」
激昂しながら仰け反った体勢から持ち直った魔族は、おれを見るや、愉しげに木剣を指した。
「……だったら何?」
「クッ、ハハハ! そうか、折れたのか! だが、そう気に病む事は無い。そんな棒切れで俺様に挑むなど、端から無謀であったのだからな! 俺様の前に立ち上がった事、後悔しながら死ぬがいい!」
嘲笑する魔族に、悔しげに折れた木剣を気にする振りをしつつ、添えた左手首の腕時計を盗み見た。秒針はとっくに一周を終え、右下近くを指し示しめている。
「折れたからって……だから、何だっていうんだ」
「ほぅ?」
冷笑う魔族を睨みつけながら、折れた木剣に再び魔力を込める。
過剰な魔力を注がれた木剣は、受け止めきれずにミシミシと嫌な音を立て始めた。その音こそが、まるでおれの戦意を表しているようにも聞こえる気がする。
「はあっ!」
掛け声とともに木剣を魔族目掛けて投げつけると、バックステップで間合いを取った。一歩二歩と魔族との距離が開いていく。
「ハッ、効かぬわっ! 幾ら俺様を倒すと嘯いた所で、雑魚が俺様に勝てる筈もあるまい!」
投擲した木剣は、ものの容易く魔族の腕に弾かれてしまった。けれど、それは想定内だ。
魔族の間合いから出たことを確認し、そのまま身体の向きを前後に転換させる。魔族に背中を向けて、全速力で海へと走った。
「おい、何処に……よもや貴様、逃げる気かッッ!?」
後方で魔族が何やら叫んでいるが、無視を決め込む。一分半が経ったのに、魔族の相手をする理由はない。すでに星脈還しは成されたのだから。
このまま戦ったところで、おれが死ぬだけだ。これ以上魔力を消費すれば、逃げるための魔力が残らない。後のことは、魔道士たちに任せよう。おれの戦いはここまでだ。
……本当は、おれだって悔しい。本気で挑めるくらい、心が強ければよかったのに。逃げなんて捨て去って、持てる全てを振り絞って挑んでいれば、あの火傷まみれの魔族を倒すことだってできるかもしれないのに。
「じゃあねっ!」
悔しさを飲み込み、背中を掠めようとする魔族の手を躱して、海へと飛び込む。
よし、これでも魔族は追って来られない。おれは頭上の角に魔力を通わせ――
「莫迦め」
「っ!?」
思ったより近くで聞こえた声に、咄嗟に自決用のナイフを掴んで振りかぶる。
しかし、振り下ろしたナイフは呆気なく噛み砕かれ、破片が海へと散らばっていく。動揺して脱力した手から、ナイフの柄が抜け落ちてしまった。
「海は――俺様の領域だ」
魔族が波打ち、人の皮が海に溶けるようにして、変化が剥がれていく。
腕がヒレへと変わり、背中からも背びれが立つ。臙脂色のスーツを纏っていた体表は、つるりとした質感の紺色と白色のツートンカラーへと変わる。
そして、鼻先が額と同化して大きな吻を作り、大きく開かれた口にはたくさんのギザギザが生えていた。
「俺様から、決して逃れられると思うなよ。骨の髄まで喰い尽くしてやる」
血のように真っ赤な眼が、おれを見据えて海中で嗤う。捕食者としての真性を晒すその魔族は――サメの形をしていた。
「ぁ、」
大口を開けておれに喰らい付こうとする姿が、記憶の中のヒャクジョウザメと重なる。
視界が歪んでいく。心が解れていく。世界が黒に溶けていく。ああ、ここはまた、真っ暗な水槽の中だ。
なんで。どうして。いやだ。だれか……だ、れか、――て。
いくら救いの手を求めても、指と指の間から水が逃げるだけだ。この手には何もない。何も。おれしかいなかった。
まるで空気の中を踠いているのではないかと錯覚するほど、水を掻き分けられている実感がない。これでは、手足をただジタバタと動かしているのと同じだ。
泳ぐのなんて、ずっと当たり前だったはずなのに、どうして泳ぎ方が思い出せないんだろう。身体中が冷たい。喉が凍っている。
角に帯びる魔力の熱だけが頼りだった。海の加護だけが、おれをあのサメから遠ざけてくれる。おれの意思を汲んで、潮がおれを運んでくれる。
岩陰と岩陰を縫うように、おれを隠してくれる。より深く、暗い海へとおれを沈めていく。
次第にサメから遠ざかっていっているはずなのに、なぜだか寒くて仕方がなかった。
周囲を見渡しても、魚の一匹すら見かけることはなかった。あの魔族を恐れて、どこかへ行ってしまったのだろう。
魚の消えた海を泳ぐのは三度目だ。
またこうして、だれもいない冷たい青の中を、おれはひとりで逃げている。あの時と違うのは、はぐれたわけでもなく、今日は本当にひとりぼっちだということ。
おれが今ここにいることを、おれ以外のだれひとりとして知らない。
魔道士だって、知らないものは探しようがない。こんなに深く潜ってしまっては、彼女たちが偶然おれを見つけてくれる可能性だって限りなく低い。
景色の流れる速度が遅くなってきた。魔力がもう尽き掛けているんだ。
それでも、光の当たらない場所へゆっくりと落ちていった。深く逃げていく。見つかって、喰べられないように。
おれは、また喰べられるの? ヒャクジョウザメに……違う、あいつはヒャクジョウザメじゃない。サメの魔族だ。
いや……サメだ、またサメだ。やっぱりサメがまた、おれを喰べようとしてる。だって、そう言ってた。ギザギザに尖った歯を見せつけるように、おれを嗤っていた。
このまま魔力が尽きて動けなくなったら、最後はあいつに見つかる。ぐちゃぐちゃに噛み千切られて、あの真っ暗な水槽にまた閉じ込められるんだ。今度こそ終わるんだ。
そんなのはいやだ。死にたくない。痛いのもいやだけど、ひとりで死ぬなんてもっといやだ。どうしてひとりなんだ。
今日も、あの日も。
どうしておれだけが、いつもひとりなんだろう。
おれだって、
おれを見捨てて逃げたなら、せめて生き残ってくれればよかったのに。恨んだままでいられたのに。どうしておれだけを残して、みんな一緒に死んだんだ。
喰い千切られてなお固く繋がれたその手が、ずっとずっと羨ましかった。きっと寂しくはなかっただろう、きっと悲しくはなかっただろう。みんな一緒に、あの世に行けたんだから。
英地なんて、できればもう名乗りたくなかった。名乗るたびに苦しくなってしまうから。置いていかれた寂しさに耐えられなくなるから。
ひとりだけ生き残ったくせして、こんなことを考えてしまう弱い自分が大嫌いだ。
弱くて、ちっぽけで。臆病で、自分のことしか考えていないのに。肝心な時に、ひとりでは立ち上がることさえできやしない。
あの魔族の本当の姿がサメだと知っても、だから何だと笑える人間でいられたらどんなによかっただろう。逃げたりせず、命懸けの勝負を挑める人間であれたらどれだけよかっただろう。
弱い自分なんて捨てて、違う自分になってしまいたかった。
だから、あの日見た雷光に手を伸ばした……そのはずなのに。結局おれは、おれのままだ。
だれも見捨てない彼女は、だれからも見捨てられない。彼女の周りには、いつだって人がいる。彼女に助けれらた人たちは、みんな明るい顔で彼女の名前を口にする。それがとても眩しかった。眩い光は、おれの感情を憧れで塗りつぶしてくれた。
おれもそうなりたいと願った。たくさんの
だから、おれは勇者になりたかった。暗闇が逃げるくらいの、いっぱいの
そうすればおれは、きっとおれの……このどうしようもなさを、なくせると思ったんだ。
だれにも、おれにも。見つけられないよう――この心を、どこかへ隠せると思うんだ。
だから、ねえ……お願いだよ。
「だれか」
だれだっていいんだ、助けてくれなくたっていいから。
だから、ここにいてよ。
「おれと一緒にいて」
そうすれば、おれが……この瞬間にでも、おれが勇者になって絶対に助けるから。
この手を掴んで。おれと手を繋いで。ずっと一緒にいて。おれを、照らして。
「ひとりにしないで」
どんなに願ったところで、深い海底には陽の光さえも届かない。
言葉はだれに届くこともなく底に沈み、涙は真っ暗な海に溶けて消えるだけ――
〈――ほんとうに?〉
――その、はずなのに。
「……ほん、とう……って……?」
少女の声が、聞こえた。気のせいじゃない。間違いなく聞いた。海が届けてくれた。
〈だれでもいいの?〉
聞き覚えのある声だ。寂しげなこの声を、おれは何度か聞いたことがあった。
「どこっ? どこにいるの……っ?」
けれども、確かに近くから聞こえてくるのに、見渡してもだれもいない。おれ以外に影はない。
〈……わたしを、えらんで……くれる?〉
ああ――光だ。光があった。そこにいるんだ。
海底に突き刺さる一本の剣が、おれに語りかけてくれている。
「選ぶって……よくわかんないけど、一緒にいてくれるってこと?」
剣身から放たれる、柔らかな光がおれを照らしている。
光に導かれて、手足を動かした。水を掻き分けて、泳ぐ。
〈……えらんでくれたら〉
「なら選ぶよ。おれと、ずっと一緒にいてっ!」
一瞬だけ光の揺らいだ剣へと手を伸ばす。
指先が柄に触れると、瞬く間に拡散した眩い光が海底を照らした。
そして光が収まると、おれは――――鋼色の髪の少女と手を繋いでいた。海の底を二人揺蕩う。
「あなたの、なまえは?」
長い髪を海に広げるワンピース姿の少女は、もう片方の腕で大事そうに鞘を抱いている。
繋がれた手が解かれる様子はない。当然のように手を握り返してくれた彼女に、おれは運命に出会ったのだと思った。
「お、れはシサラ……英地志更。おれのことは、シサラって呼んでほしい」
「シサラ」
「そう、シサラ。よろしくね」
溶かした鋼のようなオレンジ色の瞳が、静かにおれを覗き込む。
「君の名前を、教えて?」
おれより少し歳下に見える彼女はこくりと頷くと、再び小さな唇をそっと開いた。
「あのね、シサラ……わたしは、グラウィット。光の
より強く手を絡めてくれるグラウィットに、おれも彼女の手を強く握り返した。
ああ、やっぱり。彼女こそが、おれの