受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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十三話

 

あの後見張り台でシルフの父親にお弁当を届けに行った。

シルフの父親のロールズさんが、狩りの当番で森を見張っており、

俺とルーデウスがシルフを助けた経緯を聞くと、

安心したように頷いて「娘をよろしく頼む」と言い。

俺たちはそれ以上長居せず、その場をあとにした。

 

さっきまでいた丘の上にある木に腰を下ろすと、

シルフはずっと俺たちの横顔を見つめていた。

やがて、おずおずとルーデウスに問いかける。

 

 

「ねえ、なんで……ボクとカインくんで話し方が違うの?」

 

 

ルーデウスは少し考えるように顎に手をあて、それから丁寧に答えた。

 

 

「それは敬語と言って、目上の人や相手を尊重するときに使う言葉なんです」

 

 

シルフは丸い目をさらに丸くして「けいご……」と繰り返し、よくわからないという顔を浮かべる。

 

俺は横から口を挟む。

 

 

「だったら俺にまで敬語を使わなくてもいいんじゃないか? シルフと同じ感じで話してくれても別に気にしないぞ」

 

 

「カインには敬語の方がしっくりくるんです。それに……今さら変えるのも、なんだか恥ずかしいですから」

 

 

「……そうか。まあ、ルーデウスがそう言うならいいけどな」

 

 

まあルーデウスの性格らしい理由だと思う。

少し距離を感じるような気もしたが、同時にそれが彼の安心材料になっているのなら、

無理に崩す必要もないだろう。

 

 

「さっきの、あれ。教えてほしい!」

 

 

シルフがぱっと表情を変えて身を乗り出した。

 

 

「さっきのあれ?」

 

 

ルーデウスが問い返すと、シルフは両手を広げて身振り手振りで示す。

 

 

「手から、あったかいお水がざばーって出たやつ! それと、あたたかい風がぶわーって出すやつも!」

 

 

「ああ、あれは魔術だよ、水と火を同時に扱えば、お湯になるし、火と風を組み合わせれば温風だって作れる」

 

 

「魔術って、あんなことまでできるのか?」

 

 

俺は思わず口を挟んだ。これまで剣術に打ち込んできた俺にとって、

魔術は攻撃に使ったりするものばかりと思っていたが、

攻撃手段以外でも使い道があるらしい。

 

ルーデウスは、さらりとした調子で言葉を重ねる。

 

 

「火と水の初級魔術が使えれば誰でも簡単にできると思いますよ」

 

 

(多分簡単にはできないやつだな……)

 

 

『ククッ、小僧。試す前から諦めるのか? できぬと決めつけて逃げるなら、それこそ凡骨よ』

 

 

(うるさいな……でも、確かにやってみなきゃ分からないか)

 

 

ルーデウスの方へ目を戻すと、今度はシルフが、少しおずおずと声を上げた。

 

 

「わたしに、魔術を教えて」

 

 

「難しいけど、練習を続ければきっとできるよ」

 

 

俺は黙っていられず、横から身を乗り出す。

 

 

「じゃあ、俺にも教えてくれ。剣ばかりやってきたけど……こういう魔術なら覚えておいて損はないだろ」

 

 

ルーデウスは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに頷いた。

 

 

「もちろんですよ、カインにも基礎から説明しましょう」

 

 

そのあとは、ルーデウスが先生役になって、シルフに魔術の基本を教えていた。

 

俺も隣で真似してみたが……結果は散々だった。

頭の中でいくら水や炎を思い浮かべても、手のひらからは何も出てこない。

剣なら形を示されればすぐ体で覚えられるのに、

魔術はどうにもイメージが掴めなかった。

 

そんなこんなで三人で夢中になっているうちに、

空はゆっくりと茜色に染まり、気づけば日が暮れかけていた。

 

 

「そろそろ帰らないと」

 

 

シルフがそう言う、俺はもう少し魔術の練習をしていたかったが、

付き合わせるのも悪いので練習は切り上げ、

俺は、ルーデウスとシルフを家まで送ることにした。

 

家の前に着くと扉の前でシルフは足を止め、振り返った。

 

 

「今日は……ありがとう」

 

 

か細い声ではあったが、確かに感謝の気持ちが込められていた。

ルーデウスが穏やかに微笑んで答える。

 

 

「また一緒に遊ぼうな」

 

 

シルフは頬をほんのり赤く染め、小さくうなずいて家の中へ駆け込んでいった。

扉が閉じ、静けさが戻る。俺とルーデウスは顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれた。

 

 

「よし、じゃあ俺たちも帰るか」

 

 

 

―――

 

 

 

グレイラット家に着いた瞬間、俺たちの足は止まった。

玄関の前に、腕を組んで仁王立ちする影。厳しい眼差しで師匠が立っていた。

 

 

「父様。只今帰りました」

 

 

「お前ら……なんで俺が怒っているかわかっているか?」

 

 

(……俺たち二人に怒ってんのか)

 

 

俺とルーデウスは顔を見合わせ、首を振った

 

 

「「わかりません」」

 

 

「さっき、エトの所の奥さんがきてな……お前ら、エトの所のソマル坊を棒で殴ったそうじゃないか」

 

 

エトにソマル……聞き覚えのない名だ。俺は思わず口を挟んだ。

 

 

「それは……誰ですか?」

 

 

「村の子供だ。歳はお前たちとそう変わらん……知らないとは言わせんぞ」

 

 

その声に、ルーデウスが小さく頭を捻った。

俺も心当たりを探す……浮かんできたのは昼間に泥を投げてきたあの三人組の顔だ。

 

 

(あの中のだれかがチクったな……)

 

 

俺は一歩前に出て、はっきり言う。

 

 

「師匠、俺は棒で殴ってなんかいません」

 

 

「僕も殴ってはいません」

 

 

「……この間、父さんが言ったことを覚えているか?」

 

 

「男の強さは、威張るために使うものじゃない……そうですよね?」

 

 

「そうだ」

 

 

俺は心の中で舌打ちする。

 

 

(やっぱり、あの時シルフに泥をぶつけてきた連中の誰かが、事実をねじ曲げて親に吹き込んだんだろう)

 

 

『ケヒッ……餓鬼の考えは分かりやすいな。行動は単純、嘘も稚拙。貴様らの妙に大人びた振る舞いより、よほど子供らしくて笑えるではないか』

 

 

(大人が、子供のふりしてるほうが滑稽で笑えると思うぞ……)

 

 

心の中で吐き捨てつつ、俺は黙ってルーデウスの横顔をうかがう。

 

 

「父様がどういう話を聞いたのかはわかりませんが……」

 

 

ルーデウスは真っ直ぐにパウロを見据え、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。

だが言い終わる前に、師匠の怒声が飛ぶ。

 

 

「違う! 悪いことをしたら、まずはごめんなさいだ!」

 

 

空気が一段と重くなる。ルーデウスは口を閉ざし、俺が前に出た。

 

 

「師匠、誤解があるんです。あれは――」

 

 

「言い訳をするな!」

 

 

(こういう時の親は子供の話なんて絶対に聞き入れない…どれだけ言葉を尽くしても、無駄だろうな)

 

 

『フン……怒鳴り散らすばかりで耳を塞ぐ。くだらん親の体裁に縛られた哀れな姿だな』

 

 

(……まあ、やり方は悪いけどな。けど子供に無関心で背を向ける親よりは、よっぽどマシだ)

 

 

胸の奥で苦く笑いながら、前世の両親の姿が浮かぶ。

必要な時に手を差し伸べるでもなく、ただ傍観し続ける影。

そこには温もりも叱責もなかった。

 

だからこそ今、師匠の怒声は耳に痛いが――どこか嬉しくも思えた。

 

 

(だが……それはそれとして、この叱り方は駄目だ)

 

 

「師匠、まずは話を聞いてください」

 

 

「カイン! お前には常日頃から弱いものを守れと教えてきただろう!」

 

 

俺の言葉は師匠の声にかき消されてしまう。

こちらが何を言っても耳に届かず、怒声だけがのしかかる。

下手に口答えすれば、そのまま拳が飛んでくる勢いだ。

 

沈黙が流れる。重く、息苦しい沈黙。

俺がどうにか話を聞いてもらう糸口を探していると、師匠の声が低く響いた。

 

 

「……どうした。なぜ何も言わない?」

 

 

「口を開けば、『言い訳するな』と怒鳴られるからです」

 

 

ルーデウスが淡々と言う。

 

 

「なに……!?」

 

 

師匠の怒気が一段と強まる。俺は心臓が跳ね上がるのを感じた。

俺が焦るより先に、ルーデウスはさらに言葉を重ねた。

 

 

「子供が何か言おうとする前に、怒鳴りつけて謝らせる。大人のやり方は手っ取り早くて楽ですね……羨ましいですよ」

 

 

挑発的なその言葉に、師匠の顔が怒りで赤く染まる。

 

 

「ルディ!」

 

 

次の瞬間、師匠の腕が振り上がる。

叩かれる――そう確信した瞬間、俺の体は勝手に動いていた。

 

伸ばした俺の手が、師匠の腕を掴んで止める。

子供の力では到底ありえないが、

俺は、不自然にならない程度に呪力で肉体を強化していた。

 

 

「師匠! そこで手を出したら、後悔することになりますよ!」

 

 

自分でも驚くほど大きな声が出た。張り詰めた空気の中、

ルーデウスが驚いた表情を俺に向ける。

だが、すぐに「今だ」と言わんばかりに口を開いた。

 

 

「父様。僕は今まで、出来る限り良い子でいるように努力してきました。父様や母様の言いつけに背いたことは一度もありませんし、やれと言われた事も全力で取り組んできたつもりです」

 

 

「そ、それは……関係ないだろう!」

 

 

そう言う師匠の声は、明らかに動揺していた。

衝動的な事はいえ、今まさに子供を叩こうとしたのだ当然の反応だろう。

 

 

「カインだって、今まで父様の厳しい稽古をこの年齢で文句も言わずにやってます。そんな僕たちの言い分は一切聞かず、知らない誰かの言葉を鵜呑みにして怒鳴りつけ、あまつさえ手まで上げようとしたんです」

 

 

『……なぜ止めた、小僧? 叩かせておけば、もっと骨身に沁みただろうに』

 

 

(そうかもしれない……けど、一時の迷いで自分の子供を叩くなんてことにはなってほしくはない)

 

 

「しかし、ソマル坊は確かに怪我をして……」

 

 

「どうせこけた時の傷とかでしょう。もし本当に棒で殴ったなら、腫れや打撲の跡になっているはずです」

 

 

「カインの言う通りです。それにもし仮にその怪我が僕達のせいだったとしても、謝ることはありません。僕は父様の言いつけには背いていませんし、胸を張って“僕がやった”と言います」

 

 

「……ちょっと待て、何があったんだ?」

 

 

「実は……」

 

 

俺は口を開いて、事の次第を説明しようとした、

だがその言葉は、ルーデウスの声に遮られた。

 

 

「安心してください父様。次からは三人掛かりで無抵抗の相手を攻撃しているのを見ても無視します。むしろ五対一になるように僕の方から加勢しましょう。弱い者を寄ってたかって嬲ることこそが、グレイラット家の誇りであり家訓だと、皆に広めてやります。そして大きくなったら家を出て、二度と“グレイラット”とは名乗りません。それとも――いっそアルネス家の養子にでもしてもらいましょうか? 実際の暴力は無視して、言葉の暴力を許すような家の人間だと名乗るのは恥ずかしいですから」

 

 

(……それはさすがに言い過ぎじゃないか?)

 

 

俺は思わず心の中で引き気味に呟いた。

 

 

『ちょうどいい薬ではないか』

 

 

宿儺の低い笑い声が耳の奥に響く。俺は一瞬だけ目を閉じ、心中で苦々しく応じた。

 

 

(まぁ、今回はお前の言う通りかもしれないな)

 

 

目を開けば、師匠は、言葉を失っていた。

唇を噛みしめ、怒りと葛藤がごちゃ混ぜになった表情。

 

 

(止まるならここだぞ、師匠)

 

 

重苦しい沈黙が流れ、やがて師匠は大きく息を吐いた。

 

 

「すまない、父さんが悪かった。何があったのか……教えてくれ」

 

 

そのまま深々と頭を下げる。俺は胸の奥でほっとひと息つき、

俺が改めて事の次第を説明した。

丘で見た光景、三人の子供が一人を泥まみれにしていたこと、

俺とルーデウスが止めに入ったこと。

 

 

「……俺の勘違いだった。すまん。カインも止めてくれてありがとう」

 

 

ルーデウスは静かに頷き、言葉を継ぐ。

 

 

「謝る必要はありません。今後も、僕が間違っていると思ったら容赦なく叱ってください。ただ……言い分も聞いてもらえると助かります。僕の言葉は時に足りなかったり、言い訳にしか聞こえなかったりするかもしれません。それでも、言いたいことはきっとあります。どうか汲んでいただければと思います」

 

 

(自分の気持ちをきちんと整理して、相手に伝えようとする。下手な大人より大人びてるな)

 

 

「ああ、気をつけるよ。もっとも、お前達は間違ったりしなさそうだが……」

 

 

「俺だって間違えることくらいありますよ、師匠。だからこそ、ルーデウスの言うようにその時はきっちり叱ってください。師匠がそう思い込む方が危ないですから」

 

 

「そうですよ、なんだったらそのうち出来る僕の弟か妹を叱る時の教訓にしてください」

 

 

(いよいよ子供かどうか怪しくなってきたな。)

 

 

「……そうするよ」

 

 

師匠は頭をかきながら、どこか照れたように笑った。

 

空気がようやく和らぐ。

これで今日の一件は、ひとまずこれで終わり無事に明日を迎えることができそうだ。

 

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