受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

14 / 85
十四話

 

七歳になった。

この村での暮らしにもすっかり慣れ、気がつけば修行ばかりしている気がする。

 

午前は、師匠との剣術稽古だ。

ルーデウスも五歳を迎えたことを機に参加するようになり、

最近では模擬戦までやるようになってきた。

 

模擬戦を通じて、はっきりと分かったことがある。

ルーデウスは、剣術そのものは普通の子供より多少は動けるぐらいで、

魔術のように才能が抜群というわけじゃない。

剣を振る動きも、型の飲み込みも悪くはないが、

師匠や俺からすればぎこちなさが目立つ。

 

だが、俺が提案した魔術ありの模擬戦の場合に限り、その印象は一変する。

 

詠唱を省いた無詠唱によるノーモーションの魔術を、

当たり前のように繰り出してくる。

俺が剣の間合いに踏み込もうとした瞬間、

足元が泥沼のように変化し踏み込みを封じられたり、

突き出した剣先の進路を土壁で塞がれたり。

正直、初めてやられたときは面食らった。

剣術主体の俺にとって、そんな絡め手は未知の領域だったからだ。

 

最初こそ力で押し切れたが、最近ではそう簡単には勝てなくなってきた。

魔術への対策を練らないと、ルーデウス相手に楽な勝ち方はもう望めない。

五歳の子供がここまで戦いの中で工夫を凝らすとは思っていなかった。

 

剣を軸にする俺と、魔術を軸にするルーデウス。

立っている土俵は違えど、互いに成長を刺激し合っているのは間違いない。

 

一方で、俺の方も成長を感じている。

水神流に限れば、師匠に1本取れることも珍しくなくなってきた。

もちろん、それはあくまで水神流だけに絞った場合の話だ。

師匠は基本手を抜いてるし、三流派全てを使われれば、未だに手も足も出ない。

だが勝ちを掴めるようになったのは確かな進歩だ。

 

稽古の後は森へ入って、術式の鍛錬をしている。

森の中は時折魔物が現れるから、実戦を想定した訓練にはうってつけだ。

もっとも、この辺りの森に出る魔物は比較的弱い。

だからこそ、俺が一人で挑むにはちょうどいい練習といえる。

 

十種影法術の式神は、宿儺に、

『今は御廚子を使いこなすことが先だ』

と言われている。

そのため、玉犬を顕現させてからは他の式神には手を出していない。

 

その代わりに、今は御廚子の制御を重点的に磨いている。

 

「捌」の方は、形も出力もある程度は思い通りに操れるようになってきた。

魔物との戦闘でも実用に足る段階にまで至っている。

森に潜む狼型の魔物や、硬い甲殻を持つ魔物相手でも、

触れることが出来れば一太刀で仕留められるようになった。

 

だが――問題は「解」だ。

 

未だに発動すらできていない。

 

「捌」を空気に放ち、その延長で「解」を生み出すイメージ。

宿儺から言葉で説明を受けても、

斬撃を何もない空間に放つという感覚がどうにも掴めない。

 

「捌」ならば、対象があるからわかりやすい。

木を、岩を、魔物を――対象を知覚してさえいればイメージは自然に湧いてくる。

対象があるからこそ斬撃は成立するが、対象のない空間に刃を振るう感覚は、

俺にはまだ遠かった。

 

 

 

……まぁ俺の課題はひとまず置いておこう。

今、俺が直面している問題は別にある。

 

シルフ、いやシルフィか。

 

あの丘の上で出会った緑髪の子供。

最初は怯えた小動物のようだったが、

今では、俺やルーデウスと共に過ごす時間が増えた。

 

いじめが再発したわけじゃない。

最初の頃こそ、例のいじめっ子達がちょっかいをかけてきたが、

そのたびに俺とルーデウスで撃退してきた。

その度にグレイラット家には、彼らの親が何度も怒鳴り込んできたらしい。

 

だがなぜか俺の家には一度も乗り込んでこない。

不思議に思っていると理由をルーデウスから聞かされた。

 

あのいじめっ子達の一人、ソマルとかいう子供の母親が師匠に気があるらしく、

子供の喧嘩を口実に訪ねてきていたらしい。

師匠は迷惑がっていたが、

モテていること自体はまんざらでもない様子だったと、

ルーデウスは肩をすくめていた。

……呆れるしかない話だが、

どこの世界にも親のエゴに振り回される子供はいるもんだ。

最近は干渉もなく、すれ違っても目を逸らすだけでとくに何かしてくる様子もない。

 

そんなこんなで、一緒に過ごしていれば、

あの丘の上は俺たち三人の待ち合わせ場所になっていた。

暇を持て余したときに行けば、必ずルーデウスかシルフィがいる。

時には二人揃って待っていることもあるし、

誰もいなくても座っていればそのうちどちらかが現れるのだ。

 

そこで、俺達はルーデウスに魔術を教えてもらっている。

最初の頃、無から火や水を生み出すイメージはなかなか掴めなかった。

だが根気よく続けることで、中級魔術の解毒を除いた、

火・水・風・土・治癒の基本的な魔術は扱えるようになった。

とはいえ、詠唱を覚えるのは骨が折れる。

中級になると長い詠唱が増え、頭に叩き込むだけでも一苦労だ。

 

シルフィも同じことを思ったのか「無詠唱を覚えたい」と言い出した。

ルーデウスはあっさり了承したが、その教え方はどうにも感覚的すぎ、

俺にはいまいち理解できなかったのだが、

シルフィはあっさり無詠唱を使えるようになってしまった。

 

やはり、余計な固定観念を持たない子供の方が習得は早いのだろうか?

俺のように前世の固定概念ばかり頭にこびりついていると、

逆に柔軟な発想ができないのかもしれない。

 

ともあれ、三人で過ごす時間は楽しかった。

俺にとっては修行でもあり、遊びでもあり、居場所でもあった。

 

……少々話が脱線してきたので戻そう。

 

その日も俺たちは丘の上にいた。

背の高い木の下、ルーデウスが先生で、

シルフが真剣に頷きながら魔術の練習に取り組んでいる。

俺も隣でそれを見守り、ときには真似をするそんな、よくある午後だった。

 

 

「ん?」

 

 

頬に冷たいものが当たった。ポツポツと、小粒の雨。

空を仰ぐと、さっきまで薄雲が流れていただけのはずなのに、

いつのまにか空一面を黒い雲が覆っていた。

 

 

「……降ってきたな」

 

 

俺が呟いた途端、間を置かずに空気が変わる。

次の瞬間、叩きつけるような豪雨に変わった。大地を打ちつける水の音が、

辺りの景色を一気にかき消していく。

 

 

「酷い雨ですね」

 

 

ルーデウスが顔をしかめながらも笑っていると、横からシルフの声がした。

 

 

「ルディは、雨を降らせるのに、やませられないの?」

 

 

「できるけど……もう濡れちゃったしね。それに、作物は雨が降らないと育たないから、天気が悪くて困ってるって言われない限りはやらないよ」

 

 

その言葉に、シルフは「ふぅん」と小さく頷いた。

子供らしい疑問と、子供らしくない答え。

二人のやり取りは、聞いていてなんとなく微笑ましい。

だがそうしているうちにも、雨はどんどん強くなっていく。

シャツもズボンも一瞬で肌に張り付き、全身が冷たくなった。

 

 

「どっかに、雨宿りできそうな場所もなさそうだな……」

 

 

俺たちは周囲を見渡すが雨宿りにできるような場所はない。

俺は濡れた髪をかき上げながら口を開いた。

 

 

「なぁ、ルーデウス。この雨……しばらく止みそうにないよな。お前の家で雨宿りさせてもらってもいいか?」

 

 

自然に口が動いた。

俺一人なら自分の家まで走って帰るのもありだが、ここにはシルフもいる。

彼女の家はここからは遠く、今の豪雨の中を戻らせるのはあまりに酷だ。

 

 

「もちろんです! このままじゃ風邪をひいてしまいますから」

 

 

俺たちは泥を跳ね上げながら、村道を駆け抜けた。

やがて家の屋根が見え、俺たちは一気に駆け込む。

 

 

「ただいま」

 

 

「おじゃまします」

 

 

「お、おじゃま……します」

 

 

玄関をくぐると、そこにはリーリャさんが布を手に待っていた。

 

 

「おかえりなさい。ルーデウス坊ちゃま……と、お友達の方々。お湯の準備ができています。風邪を引かないうちにお二階で体をお拭き下さい。もうすぐ旦那様と奥様が帰ってらっしゃいますので、わたしはそちらの用意をしています。お一人でできますか?」

 

 

「大丈夫です」

 

 

リーリャさんは俺たちの様子を一瞥し、すぐに踵を返して奥へと消える。

ほんの数十秒後、追加の布を二枚手に戻ってきて、無言で俺とシルフに渡した。

 

どうやら最初からルーデウスが濡れて帰ってくると予測して準備をしていたらしい。

けれども俺とシルフの分までは想定していなかったのだろう。

申し訳ないことをした。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

そう頭を下げると、リーリャさんはわずかに会釈しただけで、

再び奥へ消えていった。

俺は受け取った布でざっと頭を拭う、

横でぎこちなく立ち尽くすシルフに目を向けた。

彼女の緑の髪は水滴を滴らせて頬に張りつき、体は小刻みに震えている。

濡れたままでは確かに風邪をひいてしまうだろう。

 

 

「シルフ、俺は後でいいから先に二階で体を拭いてきたらどうだ? 風邪でも引いたらまずいからな」

 

 

そう言うと、シルフははっと顔を上げた。

大きな瞳に水滴が光り、しばし逡巡したのち、

小さく「ありがと」とうなずいた。

 

 

布をぎゅっと胸に抱えたまま、少し小走り気味に階段を上っていく。

そんな俺の隣で、ルーデウスがじっとこちらを見ていた。

やがて、布でまだ濡れた髪を拭きながら、首を傾げて口を開く。

 

 

「カインは行かないんですか?」

 

 

俺は思わず眉をひそめ、心の中で問い返した。

 

 

(なぜ俺がついて行く必要がある?)

 

 

風呂や着替えの場に一緒に行くのは、どう考えても場違いだろう。

 

だがルーデウスは、まるで「一緒に行くのが当然だろう」

とでも言わんばかりの目つきだ。

 

 

(……いや、まあ……年齢を考えれば、不思議でもないか)

 

 

子供同士なら、着替えや入浴を共にすることは珍しくない。

まだ小さな男の子が母親と女湯に入るようなものだ。

 

そう心の中で納得してから、俺は肩をすくめるように返した。

 

 

「俺はあとでいいよ。先に行ってこい」

 

 

そう返すと、ルーデウスは少しだけ不思議そうにしたが、

すぐに納得したように頷いた。

 

 

「わかりました」

 

 

そう言って布を抱え直し、シルフの後を追って階段を上がっていった。

布で濡れた髪を拭く床には、雨で濡れた小さな足跡がまだ残っていた。

 

玄関の扉が大きな音を立てて開いた。

外の雨音と一緒に、ひんやりとした風が吹き込む。

 

 

「ふう……ずぶ濡れにはならずに済んだな」

 

 

「あ、師匠。お邪魔してます」

 

 

「あら? まあ、カイン君もいたのね」

 

 

「どうしたんだ? 今日の稽古ならもう終わっただろう?」

 

 

「村で遊んでいるときに雨が降ってきたので……雨宿りを兼ねてこちらにお世話になっています。リーリャさんが二階にお湯を用意してくださったので、ルーデウスとシルフは先に体を拭きに行ってます」

 

 

「そうだったのね。カイン君も濡れてるでしょう? 一緒に上がった方がいいんじゃない?」

 

 

「いえ、俺は二人が済んでからで大丈夫です」

 

 

そう答えると、師匠がふと思い出したように言葉を差し挟む。

 

 

「そういえばな、カイン。お前あの子のこと「シルフ」って呼んでるが「シルフィ

エット」って名前らしいぞ」

 

 

「シルフィエット……?」

 

 

「さっきあの子の父親から聞いたんだ。見張り台で挨拶した時にな」

 

 

「……そうだったんですか、じゃあこれからはシルフィって呼ぶことにします」

 

 

そんな会話の最中――

 

 

「――いやぁぁぁっ!」

 

 

二階から甲高い悲鳴が響いた。

 

 

「……なんだ?」

 

 

短く呟くと、師匠はためらうことなく階段へと向かって歩き出す。

靴底が床板を鳴らし、足取りは早い。

 

俺は座ったまましばし迷った。

だが胸にざらつく違和感を覚えて、立ち上がる。

師匠の背に続くように足を運んだ。

 

その時だった。

 

階段の影から、小さな足音がぱたぱたと響いた、

現れたのは――シルフィだった。

だが、頬は涙で濡れ、肩を震わせながら、裸のまま駆け降りてきていた。

 

 

「シ、シルフィ!?」

 

 

思わず声が漏れる。ゼニスさんも目を見開き、すぐさま駆け寄った。

 

 

「ちょっと……どうしたのシルフィちゃん!」

 

 

そこへ、すぐにリーリャさんが奥から現れた。

落ち着き払った顔のまま、持っていた布と替えの服を差し出し、

震えるシルフィの体をそっと包み込むように覆った。

 

俺は不安そうにシルフィの顔を覗き込みながら、問いかけた。

 

 

「シルフ、じゃなくてシルフィ……何があったのか言えるか?」

 

 

「ルディが……ルディがぁ……!」

 

 

と泣きじゃくり、シルフィは首を横に振るばかり。

嗚咽で喉を詰まらせ、まともに言葉を紡ぐ余裕はなかった。

 

見ていられなかった俺は一歩前へ出て、シルフィの正面にしゃがみ込む。

視線を合わせるようにして、声をかけた。

 

 

「大丈夫だ。ここには俺も、ゼニスさんも、リーリャさんもいる。怖がる必要はない。ゆっくり、深呼吸してみろ」

 

 

そう言いながら、俺は自分の胸に手を当て、大きく息を吸って見せた。

わざと音を立てるようにして、吸って、吐いて……と繰り返す。

シルフィはしゃくり上げながらも、その真似をしようと必死に息を整え始めた。

 

 

「そうだ……その調子だ。ゆっくりでいい」

 

 

まだ涙は止まらない。

それでも、肩の震えは少しずつ弱まり、

言葉を繋ぐ余裕が戻り始めているのがわかる。

 

 

「落ち着いたらでいい。何があったのか、俺たちに教えてくれないか」

 

 

「ルディが……やだって言ったのに……ぼ、ボクの……パンツ……脱がせようと、して……」

 

 

「…………は?」

 

 

自分でも情けないくらい間抜けな声が出た。

あまりに突拍子のない告白に、頭の中が一瞬で真っ白になる。

耳に届いた言葉を何度も反芻するが、どうしても結びつかない。

ルーデウスが――シルフィのパンツ無理やりを脱がせた? 信じがたい。

いや、あいつのことだから何か勘違いして無茶をやらかした、

という可能性ならありえるが。

 

 

「……やだ、って言ったのに……ルディ、無理やり……」

 

 

言葉が喉の奥でつかえている。

だが、必死に伝えようとするその様子だけで、

どれほど動揺しているかは十分伝わってきた。

 

俺の胸がざわつく。

けれど同時に、どうしても疑問が拭えなかった。

俺の知っているルーデウスは、確かに好奇心旺盛だが、

友達が嫌がることを無理やりやるような人間じゃない。

 

――その時、耳の奥に低い笑い声がかすかに響いた。

 

 

『何を驚くことがある? 年相応の餓鬼らしい出来心ではないか』

 

 

(茶化すなよ宿儺、お前もルーデウスがそんなことをする奴じゃないって知ってるだろ)

 

 

『そうだな、だが人の心は移ろうものだ。それは貴様が一番よく理解しているのではないのか?』

 

 

胸の奥を、指でなぞられたような感覚が走る。

触れたくない記憶が、指先から這い上がってくる。

一瞬だけ、前世の記憶が脳裏をよぎりかけて――俺は息を整えた。

 

落ち着け。まずは事実の確認が先だ。

苛立ちを抑えつつ、目の前のシルフィに意識を戻す。

 

 

「……シルフィ、悪いけど何があったか、詳しく教えてくれないか」

 

 

彼女は一度ためらったが、やがてぽつりぽつりと語り始める――要約するとこうだ。

 

二階へ上がったあと、まずルーデウスが先にずぶ濡れの服を脱いだ。

俺は勝手に、子供のシルフィが人前で脱ぐことに恥ずかしさを覚えることはない、

と思い込んでいたが、実際の彼女は違ったようだ。

恥ずかしさで動けずにいると、

ルーデウスが、「脱がないと風邪になる」

と声をかけ、上着を手伝って脱がせた。

そこまではシルフィも我慢したらしいのだが、問題はその次だった。

ルーデウスはパンツまで脱がそうとしてきたという。

シルフィは当然、見られたくないという気持ちでと拒んだのだが、

ルーデウスにはまだ、

異性に裸を見られる恥ずかしさを理解できていなかったのだろう、

「隙あり!」と叫び、勢いのままパンツを下ろしてしまった。

 

以上がシルフィから聞いたことだ。

 

ルーデウスに悪意があったとは思えないが、

シルフィはルーデウスに対し拒んだにもかかわらず、

シルフィの嫌がることをやってしまったことは事実だ。

 

だが……俺が頭の中でどれだけ考えを巡らせたところで、

ルーデウスをどうするかを決めるのはシルフィだ。

俺にできるのは、せいぜいシルフィ自身気持ちを聞き出してやることくらいだ。

 

 

「シルフィ、正直に教えてほしい。ルーデウスのこと怒ってるか?」

 

 

「怒ってはない、よ? こわかったけど、でもルディがボクから離れていくのは……やだ」

 

 

彼女にとって一番の恐怖は嫌なことをされたこと以上に、

大切な人がいなくなることだったらしい。

 

 

「そうか、ならルーデウスがシルフィに謝りに来た時に、今の気持ちを、そのままルーデウスに伝えればいい。そうすればきっと、いつも通り仲良しに戻れるはずだ」

 

 

「……ほんと?」

 

 

「ああ、本当だ。ルーデウスは師匠と同じで意外と調子に乗りやすいところはあるけど、悪いと思ったことはちゃんと謝れる奴だ、だから大丈夫だ、シルフィ」

 

 

少しの沈黙。やがてシルフィは小さく頷いた。

 

 

「わかった……じゃあ、ボク、そうしてみるね」

 

 

その様子を今までだまって見守っていたゼニスさんが、

シルフィの背に手を置きながら言う。

 

 

「……ごめんなさいね、シルフィちゃん。ルディが怖い思いをさせちゃって」

 

 

「ボク、怒ってないよ。ただ……ちょっと怖かっただけ」

 

 

「ふふ……ルディは本当にいいお友達に恵まれたわね。シルフィちゃんも、カインくんも……二人がこんなにルディのことを思ってくれているんだもの、母親としてとっても嬉しいわ」

 

 

「……ボクも二人のことが大事だもん」

 

 

シルフィが小さく答える。その言葉に、俺もうなずいた。

部屋の空気は少しずつ和らぎ、どうにか解決できそうな雰囲気になってきた。

シルフィも泣き止み、ゼニスさんも穏やかな表情をしている。

 

その時、階段のきしむ音がして、俺たちの視線が自然とそちらに向いた。

顔を出したのはルーデウスだった。

申し訳なさそうに眉を下げ、肩をすぼめるようにしており、

その目は真っ直ぐシルフィに向けられていて、

 

ルーデウスは階段をおりた後、真っすぐにシルフィへ向き合った。

 

 

「……ごめん、シルフィ」

 

 

その声は震えていて、どれだけ勇気を振り絞っているのかが分かる。

子供同士とはいえ、ここまで素直に謝れる人間は、なかなかいない。

 

 

「髪も短かかったし、今までずっと男だと思ってたんだ!」

 

 

「……へ?」

 

 

また間抜けな声が出てしまった。

何を言ってるんだコイツは、

てっきり、ルーデウスは友達だからそこまで気にせず脱がせた、

そういう理由だとばかり思っていた。

だが、まさかの男の子だと思っていたからだったとは……。

 

俺の頭の中で思考が一瞬空白になる。

隣を見ると、シルフィは目を丸くし、耳まで真っ赤に染めていた。

大粒の涙が、ぽろぽろとシルフィの瞳からあふれ落ちた。

 

 

『阿呆の極みではないか』

 

 

(うーん……否定できない)

 

 

情けなくも心の中で同意してしまう。

耳の奥で、宿儺の愉快そうな声が響いた。

 

 

「う……うぅ……ひっく……うわぁぁぁぁん!」

 

 

声を上げて泣きながら、勢いよくこちらから離れると、

近くにいたゼニスさんの胸元へ、飛び込むように抱きついた。

ゼニスさんは困り顔でシルフィの背を撫でている。

 

その後、ルーデウスは必死に謝ったり、褒めちぎったり、宥めたり、

見ているこっちが胃に穴あきそうになるくらいに四苦八苦し、

どうにか許してもらうことで、その場は事なきを得た。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。