受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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十五話

 

あれからしばらく。どうにも二人の間に漂う空気がおかしい。

シルフィはルーデウスに対して、あからさまに距離を取るようになった。

 

以前なら当たり前のようにルーデウスの隣に座っていたのに、

今は距離を空けるか俺を挟んで座る。

会話だって、俺が間に入らないとぎこちなく途切れてしまう。

 

理由はひとつだ。ルーデウスがシルフィを異性として意識しており、

そしてそれを、シルフィがちゃんと感じ取っているのだと思う。

 

……いやまぁ、あんな事件があったあとだ。意識するなって方が無理だろう。

でもそのせいで、シルフィのほうも妙に構えちゃってる感じがある。

 

俺としては二人とも大好きだから、見てるだけでもどかしい。

けど、どうしたらいいのかはわからない。

 

今まで、人とあまり深く関わってこなかったせいで、

ここまで仲のいい友達なんていなかった。

だから、こういうときどう動けばいいのか、経験がない。

話を聞けばいいのか、間に入ればいいのか、それともそっとしておくべきなのか。

考えれば考えるほど、頭の中がぐるぐるしてくる。

 

そんなことを思いながら、俺はいつもの木の下で寝転んでいた。

風が気持ちいい。空は雲ひとつないし、鳥の声も聞こえる。

平和そのものだ。

なのに、頭の中はあの二人のことでいっぱいだ。

 

俺は木の枝を拾って地面にぐるぐると線を描く。

どうにかしてやりたい。

でも、下手に口出しして余計こじれたら最悪だ。

あーもう、こういう時だけ宿儺がアドバイスくれればいいのに。

……と思ったが、あいつが口を出したら絶対ろくでもないことになる。

うん、やめとこう。

 

そんなくだらないことを考えていると、背後から小さな足音が近づいてきた。

 

 

「カインくん……ここにいたんだ」

 

 

「シルフィか、どうしたんだ?」

 

 

俺がそう聞くと、シルフィは少しだけ言いにくそうに眉を寄せた。

 

 

「……ちょっと、相談があるんだ」

 

 

「相談?」

 

 

「うん。ルディのこと、なんだけど」

 

 

やっぱりか。だいたい察してたけど、改めて口にされると少し身構えてしまう。

シルフィはしゃがんで俺の隣に座り、草の上で小さな手をいじりながら話し始める。

 

 

「最近ね、ルディがちょっと変なんだ」

 

 

「変?」

 

 

「うん。ボクの顔を見ようとしなかったり、目が合ってもすぐそらすの、話してる時も変にそわそわしてる。前はそんなことなかったのに」

 

 

「それで……気づいたら、ボクのほうもルディを避けちゃってて……」

 

 

シルフィは少し困ったように笑って、目を伏せた。

 

 

「別に、嫌いなわけじゃないんだよ? むしろ前みたいに話したいのに、なんかうまくいかなくて……」

 

 

「ふむ……」

 

 

「前はさ、全然そんなことなかったのに。急におかしくなったの。もしかして……あの事で、ボクのこと嫌になったのかなって……」

 

 

「嫌われた、って思ってるのか?」

 

 

「うん……だって、前みたいに笑ってくれないし、避けられてる気がするし……」

 

 

「まあ、最近のルーデウスは誰の目から見ても変だったもんな」

 

 

思わずそう口にして、苦笑いする。

そりゃそうだ。あんな出来事のあとだ。

シルフィのことを男友達だと思っていたルーデウスの頭の中はぐちゃぐちゃだろうし、

シルフィを異性として意識してしまうのも当然のことだろう。

だが、そんな変化はシルフィからすれば、変だという印象しか残らないわけだ。

 

 

「……でもな、シルフィ。あいつ、別にお前のことを嫌いになったわけじゃないと思うぞ」

 

 

「え……?」

 

 

「ルーデウスはさ、なんでも器用にこなすタイプだろ? でも、そういう人ほど、失敗したときに引きずるんだ。特に、自分が誰かを傷つけた時はな」

 

 

勝手な偏見でしかないが、多分あっていると思う。

 

 

「たぶん今のルーデウスは、どう接していいか分からないだけだと思う。シルフィに嫌われたくないって気持ちが強すぎて、逆に変な態度になってる。そういうときってさ、頭で考えすぎて動けなくなるんだよ」

 

 

「……ルディが?」

 

 

「そう。シルフィが泣いたときのこと、相当気にしてるんじゃないか? 『また傷つけたらどうしよう』とか、そんなことばっか考えてる顔してたしな」

 

 

「そっか、そんなふうに考えてたのかな……ボク、てっきり、もう一緒にいるのが嫌なのかと思ってた」

 

 

「それはないって。むしろ逆だ。ルーデウスにとって、シルフィは一番大事な友達だよ。だからこそ、失敗したあとに慎重になりすぎてるだけだ」

 

 

「そうだよね! だってルディ、いつもボクのこと助けてくれるし」

 

 

シルフィの声がぱっと明るくなる。

さっきまでの不安げな表情がうそのように、笑顔が戻っていた。

 

 

「この前だって、ボクが転んだときすぐ手を引いてくれたし。あと、魔術がうまくいかなかった時も、できるまで一緒に練習してくれたんだ。ルディってほんと優しいよね」

 

 

「ははっ、シルフィはルーデウスのことが大好きなんだな」

 

 

「えへへ……カインくんも好きだよ、ルディもカインくんも、ボクにとってすっごく大事な友達だから」

 

 

「そうか。俺も、二人が大切だよ」

 

 

シルフィは俺の言葉に小さくうなずくと、膝の上でぎゅっと拳を握った。

その表情は少しだけ迷いを含んでいたけど、やがて何かを決めたように顔を上げた。

 

 

「……ボク、行ってくる」

 

 

「どこに?」

 

 

「ルディのところ。ちゃんと話してみようと思うの」

 

 

「そうか……きっと大丈夫だ。シルフィの素直な気持ちを伝えたら、ルーデウスもちゃんと分かってくれるさ」

 

 

シルフィは「うん」と小さく返し、立ち上がった。

俺は木の幹にもたれながら、その背中を見送った。

 

ふと思う、シルフィがルーデウスに向ける「好き」は、

ただの友達に向けるそれとは、少し違うと思う。

まだ本人は気づいていないんだろうけど、

あれは……もう少し踏み込んだ感情に近い気がした。

 

そんな考えが浮かんだが、すぐに打ち消した。

本人だって、その気持ちに気づいてないのかもしれない。

ならシルフィが気づくまではそっとしておくほうがいいだろう。

 

その想いが、少しでも報われるように――そう願うだけだ。

 

 

『愛か、やはり……下らんな』

 

 

その単語を打ち消したばかりなのだが……

そんな宿儺の声は、いつものような嘲笑混じりじゃなかった。

むしろ静かで、どこか遠い過去を思い出すような響きだった。

 

 

(……なんかさ、宿儺って、やっぱり世間が言うほど呪いの王って感じがしないよな。むしろ人間臭いっていうか)

 

 

『呪いの王としての俺は、呪術師どもに負けた時に死んでいる。あの時気づいたのだ。呪いとして生きるだけが全てではないとな』

 

 

(それで、生き方を変えるって言ってたのか)

 

 

『生き方は変えるが、俺は変わらん。それに、俺は呪いの王であったことを間違いだと考えて変えたわけではない。ただ、唯一の正解でもなかったというだけの話だ』

 

 

(じゃあ、せっかく掴んだ二度目の人生――俺と一緒に、思いっきり楽しもうぜ)

 

 

『それは慰めか?』

 

 

(いいや、約束)

 

 

『フン……ずいぶん勝手な道連れだな』

 

 

(なんで道連れって言い直すんだよ……でもさ、多分――宿儺に必要だったのは、強引な友達なんじゃないかって思って)

 

 

『何?』

 

 

(ほら、お前ってさ。誰より強くて、誰より傲慢で、誰の助けもいらない眼してるだろ)

 

 

否定の声は返ってこない。

 

 

(多分、お前に必要だったのは、無理やりでも隣に立って引っ張る奴なんだと思う。強引で、うるさくて、しつこいやつ)

 

 

『そんな奴など――』

 

 

宿儺は、いつものように切り捨てようとした。

だがその言葉は途中で途切れ、わずかに間が空く。

 

 

『――いや、ひとりだけいたな。俺にすべてを奪われておきながら、己の命を投げ出してでも、俺の手を取ろうとした愚か者が』

 

 

(そっか……じゃあ、もう一人増えても問題ないな)

 

 

『小僧がか?』

 

 

(そう。宿儺、言ってただろ。自分が選べなかった人生を見てみたいって)

 

 

『好きにしろ』

 

 

(……やっぱり、お前も人間なんだよ、宿儺)

 

 

『ああ、そうかもしれんな』

 

 

その返事は、いつになく穏やかだった。

ただ、遠い昔を懐かしむような声。

 

シルフィはきっと今ごろ、ルーデウスのところへ行ってるだろう。

うまく話せてるといいな。

あの二人なら、きっと、元の距離に戻れるはずだ。

 

……それにしても、俺まで変に疲れた。

修行の後のように、体が重い。

人の悩みに首を突っ込むのって、意外とエネルギー使うんだな。

宿儺に茶化されるより、よっぽど消耗する。

 

でも――頼られるのは、嬉しいもんだな。

誰に聞かせるでもなくつぶやいて、俺は木にもたれかかった。

安堵と疲れが混ざったような静けさの中で、まぶたがゆっくりと落ちていく。

 

今日も、少し成長できた気がする。

 

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