受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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十六話

 

その日の稽古は、なぜかいつもよりずっと厳しかった。

 

師匠の木剣が俺の木剣に当たるたびに、腕がしびれる。

打ち込みも受けも手加減なし。

普段なら軽口のひとつも飛ばしてくるくせに、今日は一言もしゃべらない。

顔も怖い。いつもの師匠はどこに行ったのか。

 

休憩が入った瞬間、俺はルーデウスの隣に腰を下ろした。

 

 

「なあ、ルーデウス。なんかあったのか? 今日の師匠、やけに殺気立ってるけど」

 

 

「ちょっとした家庭の事情ですかね……」

 

 

「家庭の事情?」

 

 

「実は、母様が妊娠したんです」

 

 

「おお! それはおめで――」

 

 

「リーリャも妊娠したんです」

 

 

「………………は?」

 

 

変な声が出た。

最近はこんな声ばっかり出している気がする。

 

リーリャさんって、あの、グレイラット家のメイドさんの――?

いや、そんなはず……でもルーデウスが、嘘をついているような顔には見えない。

 

 

「え、ちょっ……相手って、まさか師匠……?」

 

 

「はい……父様が、リーリャに……」

 

 

ルーデウスは気まずそうにうなずいた。

俺の脳内で警報が鳴る。師匠、不倫。いや、え? 師匠……? おい、マジか?

師匠の「心の中に剣を持て」って言葉、ちょっと感動してたのになぁ

 

それに、あの夫婦は、少なくとも、

俺の目にはかなり仲が良さそうに見えていた。

師匠はいつもゼニスさんを気遣っていて、

ゼニスさんも師匠を信頼しているようだった。

家の空気も穏やかで、温かくて……

正直、羨ましいと思うくらいには、いい夫婦だった。

……なのに今、その師匠がメイドさんと不倫って、感動を返してくれ。

 

ふと前世の両親の顔がちらついた。

 

 

(ああ……これは、ちょっと危ないな)

 

 

このまま放っておくと、またあの感覚が戻ってきそうだ。

……冗談じゃない、俺は生まれ変わったんだ。

 

 

「……大丈夫ですか?」

 

 

「ん? ああ。平気だよ。ちょっと、考え事してただけ」

 

 

笑ってみせたが、内心はまるで平気じゃない。

正直、胸の奥で警報が鳴りっぱなしだ。

 

でも、ここで暗くなってもしょうがない。

ルーデウスの前で、前世のことを引きずるわけにもいかない。

 

俺は深く息を吸って、気持ちを切り替えた。

 

 

「それでその話が……なんで今日の稽古の厳しさに関係してるんだ?」

 

 

「それがですね……リーリャは、責任を取って家を出て、故郷で子供を育てるって言い出したんです」

 

 

「お腹に子供がいる状態でか……」

 

 

ぶっちゃけこの世界の治安は、日本よりだいぶ悪く、

盗賊、奴隷商人なんて奴らがいる世界だ。

身ごもったメイドが一人で旅をしようものなら、十中八九目を付けられるだろう。

下手すれば、途中で奴隷商人に見つかって――いや、考えたくもない。

 

 

「……そんなこと、ゼニスさんが許すわけなかっただろ?」

 

 

「なので僕が……その、すべての責任を父様に擦り付けました」

 

 

「というと?」

 

 

「母様の前で「父様がリーリャの弱みを握って脅した」と言いました。そのおかげで母様が怒りの矛先を完全に父様に向けてくれたので、リーリャは家を出なくて済みました」

 

 

「なるほど、それで……」

 

 

俺がなんとなく事情を飲み込んだところで、頭の奥から宿儺の声が響いた。

 

 

『己が悪く、あげくその修羅場を救った実子に八つ当たりとは――見事な父親ではないか』

 

 

(ほんとにな……)

 

 

『それよりも、あの餓鬼はずいぶん機転が利くな』

 

 

(わかる。ルーデウスの将来が楽しみだよ)

 

 

ルーデウスのほうを見ると、肩で息をしている。

師匠の稽古の厳しさに、疲れ切ってるのが一目で分かる。

 

稽古が厳しいのは構わない、稽古ってのはそういうもんだ。

だが、八つ当たりのせいで、

ルーデウスが被害を被っているのは納得できない。

 

 

「よし! ルーデウス! ちょっといいか」

 

 

俺が声をかけると、ルーデウスは顔を上げて頷いた。

耳打ちし、俺の考えを伝える。

ルーデウスは驚いたように目を瞬かせたあと、ゆっくりと笑った。

 

 

 

 

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 

 

 

 

師匠は木剣を肩にかけ、タオルで額の汗を拭っている。

その姿に向かって、俺は一歩前に出た。

 

 

「師匠」

 

 

「ん? どうしたんだ、カイン」

 

 

「俺とルーデウスの二人で、師匠に決闘を申し込みます」

 

 

「……二対一で、俺に挑むってことか?」

 

 

「せっかく二人で修行してるんです。今日は少し趣向を変えてみようかと」

 

 

隣でルーデウスも頷きながら続ける。

 

 

「僕も賛成です。実戦を意識して――魔術ありでいきましょう」

 

 

「魔術もか。それはつまり、遠慮なしってことでいいんだな?」

 

 

「「もちろん」」

 

 

 

俺とルーデウスが並んで構える、

師匠は、俺たちから十数歩先の位置に立っている。

互いに視線を交わし、短く頷く。

作戦はすでに決めてある。

短期決戦――一瞬で決める。

 

息を整え、集中し、体に呪力を流し込む。

体の奥から熱がこみ上げ、血の流れも速くなり、視界が研ぎ澄まされていく。

 

師匠が木剣を肩から下ろし、短く言い放った。

 

 

「来い……!」

 

 

次の瞬間、視界が一気に伸びる。

地面が砕けるほどの勢いで踏み込み、俺は一直線に師匠の間合いへ飛び込んだ。

 

 

「……ッ!?」

 

 

予想外の速さに師匠の目が驚きに見開かれる。それでも、反応は速い。

呼吸を整えるより早く、剣を構え、迎撃体勢を取る。

だが、その動きには焦りが混じっている。

予想外の行動をされれば、誰だって一瞬は動揺する。

それは人間である限り、どんな熟練の剣士でも同じだ。

 

だから、見える。

いつもの動きに比べれば、はるかに読みやすい。

しかし、読み切ったところで受け流せるとは限らない。

 

師匠の剣は一撃必殺。

その破壊力を支えているのは、踏み込みの強さだ。

体重を乗せた一歩。

その瞬間の推進力こそが、あの人の剣を成立させている。

 

 

(真正面からじゃ、押し負ける……)

 

 

それでも、勝機はある。

あの一撃が成り立つのは、しっかりした踏み込みがあるからだ。

なら――その一歩を奪えばいい。

 

次の瞬間、師匠の足元がうねり、音もなく広がる泥沼が、踏み込みを奪う。

 

 

「……くっ!」

 

 

普段の師匠なら気づけたはずだ。

だが、今は違う。

一瞬の動揺、ほんの刹那、重心がずれる。

片足が沈み、体勢が崩れる。

それでも師匠は止まらず半ば強引に木剣を振り抜く。

足を沈めながら無理やり放った剣は、いつもの太刀筋には遠く及ばない。

 

 

(いける……)

 

 

程よい緊張感に頭の中が研ぎ澄まされ、時間が少しだけ遅く見えた。

師匠の剣の角度、腕の筋の張り、泥を跳ねる足の動き――

すべてが一瞬で読み取れる。

 

息を止め、全身の力を一度抜く。

力で受けるな。流れに任せろ。

 

剣と剣が触れ合う瞬間、俺は体をずらし、

刃をぶつけるのではなく、わずかに傾けた。

衝突の直前で、力の向きを感じ取る。

師匠の剣が押し込んでくる方向に、自分の剣を沿わせる。

剣は導かれるように横へ逸れていく。

師匠の剣が空を切り、その反動で姿勢が崩れる。

 

受け流した勢いをそのままに、返す。

ヒュッ、と風を裂く音が響く。

剣の切っ先が頬のすぐ手前で止まった。

 

静寂。砂塵が落ち着き、風の音が戻ってくる。師匠は動かない。

しばらく目を細めたまま俺を見つめ、それからふっと口角を上げた。

 

 

「降参だ」

 

 

そう言いながら師匠は剣を手放す。

木剣が地面に軽く当たり、乾いた音を立てた。

そのまま、苦笑いを浮かべながら言葉を続ける。

 

 

「まいったな。本気でだったんだが……まさか踏み込みを潰されるとは思わなかった」

 

 

「いえ、師匠の本気を引き出す前に勝負を決めただけですよ」

 

 

「魔術も使いましたしね」

 

 

「ははっ、だが、負けは負けだ」

 

 

「じゃあ、胸を張っておきます」

 

 

「それでいい、自信は大事だ」

 

 

ルーデウスは木剣を握りしめたまま、自分の手のひらを見ている。

 

 

「どうした? 師匠に勝てたのが嬉しいのか?」

 

 

「うーん……そうですね。父様に勝つことが、ずっと目標だったんですが、二対一とはいえまさかこんなに早く叶うとは思ってなくて……自分でもちょっと驚いてます」

 

 

「ちゃんと実力で勝ち取った結果だよ。俺たちは、ちゃんと強くなってる」

 

 

言葉にしながら、自分でもそれを実感していた。

この世界に来てから、どれほど鍛えても、

本当に強くなっているのか分からないことがあった。

 

――けど、今は違う。

 

目に見える形で結果が出た。

それは、何よりも確かな証だった。

 

 

「……でも、父様には、まだ全然追いつけた気がしません」

 

 

「そう簡単に追いつかれたら俺も立つ瀬がないなぁ」

 

 

「どうやら……このままだと、師匠を超える日も近いかもしれませんね」

 

 

冗談のつもりだった。

軽く笑いながら言ったのに、師匠の眉がピクリと動いた。

 

 

「……言ったな?」

 

 

ぞくりと背筋が冷えた。

師匠は、笑ってるけど、目が笑ってない。

 

 

「あ、あの、師匠……? 今のは冗談で――」

 

 

「安心しろカイン、弟子の鼻を折るのも、師匠の務めだからな」

 

 

その言葉と同時に、師匠の木剣が音を立てて肩に担がれる。

 

 

「ちょっ……待っ……!」

 

 

俺の抗議は、次の一撃でかき消された。

ルーデウスはいつの間にか遠くまで避難しており「がんばってください!」と応援していた。

あいつめ……

 

 

『ほら、小僧、頑張れ頑張れ』

 

 

そこから先のことは、あまり覚えていない。

気づけば、地面の上で大の字になっていた。

 

……弟子の鼻は、しっかり折られた。

 

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