受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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十七話

 

ゼニスさんとリーリャさんの子供が生まれた。

俺は現場にはいなかったけど、

母さんが産婆として呼ばれて手伝いに行ってたらしい。

どうやらゼニスさんの方は逆子で、かなり危険な状態だったらしい。

だがリーリャさんの知識と、ルーデウスの治癒魔術があって、

どうにか、二人とも無事に生まれた。

 

ゼニスさんの子は「ノルン」

リーリャさんの子は「アイシャ」

どっちも女の子だ。

屋敷は赤ん坊の泣き声と、笑い声であふれていて、

正直ちょっと賑やかすぎるくらいだ。

 

……それはいい。

問題は、最近の師匠だ。

 

稽古の途中で、ちょくちょく言うのだ。

「ノルンは昨日、俺の指をぎゅっと握ってきてな……あれはもう最高だった」

とか。

「アイシャの寝顔は天使だな、まったく俺に似たんだろうな」

とか。

いや、子供を溺愛するのはいいことだ。

誰だって子供が出来たら自慢の一つでもしたくなるだろう。

だが――

 

「ノルンは夜泣きがすごくてな……」

 

「アイシャのほうは、ちょっと抱き方を間違えるだけで泣くんだ」

 

「ルディの方がよっぽど世話が上手い」

 

とまあ、稽古のたびにそんな話を聞かされる。

なぜか家族に言いづらいらしく、その愚痴の矛先が俺に向くのだ。

師匠の悩み相談を受けるたび、俺の精神修行が進んでいく気がする。

 

まあ、確かにルーデウスの世話の上手いのは本当のことだ。

赤ん坊のおしめを交換する姿が、妙に板についてた。あやすのも上手い。

……ルーデウスは、いったいどこでそんなスキルを身につけたんだ?

いや、兄になって本能的に覚えたのかもしれない。

 

俺がそんなことをぼんやり考えていると。

 

 

「そうだ、お前ら、学校って――」

 

 

そう師匠が言いかけて、口をつぐんだ。

そして、何事もなかったように木剣を構え直す。

 

 

「……なんでもねぇ、再開だ」

 

 

俺とルーデウスは顔を見合わせた。

 

 

「学校って、なんですか?」

 

 

「あー……学校ってのはな、ロアの街にある学び舎で、読み書き、算術、歴史、礼儀作法なんかを教えてくれる場所だ」

 

 

懐かしい響きだ。前世では嫌っていた場所。

人の目、噂、陰口――そういうのが詰まった場所。

正直、二度と行きたくないと思っている。

 

けど、今なら……少しは違うのかもしれない。

俺の周りには、ちゃんと向き合ってくれる友達がいる。

ルーデウスとシルフィがいれば、もし学校に通ったとしても、

前みたいにはならない気がした。

 

 

「普通は僕ぐらいの歳で通うものなんですか?」

 

 

ルーデウスが興味深そうに尋ねる。

 

 

「そうだな。けどお前は必要ねぇだろ。もう読み書きもできるし、算術もできる。むしろ先生になれそうだ」

 

 

「いえ、でも……同じくらいの年代の子たちと学べるのは楽しそうです。友達ができるかもしれませんし」

 

 

「そんな良いとこじゃないと思うぞ? 礼儀作法は堅苦しいだけだし、歴史も役に立たない。何より、貴族のガキばっか集まってくるんだ。お前らみたいな奴は、絶対にイジメられる」

 

 

「へぇー、やけに具体的ですね?」

 

 

「俺も通ってたんだよ。あいつら、自分が一番じゃねぇと気が済まねぇ。俺が剣術で勝ったら「庶民のくせに生意気だ」だとよ」

 

 

『くだらんな。知恵を磨く場で知恵でなく、立場で競うとは』

 

 

(だよなぁ……勉強の場ってそういうもんじゃないと思うけど)

 

 

「ところがだ、次の日になったら態度が一変してな」

 

 

「というと?」

 

 

「親にでも『あっちのほうが家格が上だ』って吹き込まれでもしたんだろう。今度は、『家に遊びに来ませんか?』『一緒に剣の稽古を』だとよ」

 

 

「うわ……露骨すぎませんか……?」

 

 

「だろ? あの時は心底思ったね。ここは俺の居場所じゃねぇなって」

 

 

ルーデウスはしばらく考え込むように顎に手を当ててから、ぽつりと言った。

 

 

「でも、貴族のお嬢様に可愛い子がいたら……ちょっと興味ありますね」

 

 

「はっ、やめとけやめとけ! 貴族の娘ってのはな、髪ガチガチに固めて香水プンプンさせてるくせに、いざ脱がすとだらしない体してるんだ!」

 

 

「それじゃあ貴族の娘は全滅じゃないですか」

 

 

「ま、たまに当たりもいる。剣術やってる子とかな。筋肉がちゃんとついてて締まってる体してると、いい女になる」

 

 

「経験談ですか……」

 

 

「おう。俺も若い頃は色々と学んだんだよ」

 

 

(学んだ、ってそういう意味かよ……)

 

 

「じゃあ、学校に行くのはやめておきましょう」

 

 

ルーデウスがあっさりと結論を出した。

 

 

「俺も今のところはいいかな。なんか師匠の話聞いてると、勉強どころじゃなさそうですし」

 

 

「そうだな。学校に行くぐらいなら、冒険者にでもなって迷宮にでも潜ったほうがいい」

 

 

「冒険者ですか……?」

 

 

「そうだ。冒険者はいいぞ。化粧をする女なんていないから、綺麗かどうかが一目でわかる。剣士も戦士も魔術師も、みんな引き締まったいい身体をしているしな」

 

 

「やっぱり、基準はそこなんですね」

 

 

思わずツッコんでしまった。

ふと思い出したように口を開く。

 

 

「そういえば、俺の父さんと母さんも冒険者やってたんですよね?」

 

 

「ああ、何回か一緒に組んでやったが。お前の親父は無茶ばかりだったが、腕は確かだった」

 

 

「へぇ……カインの父さん、強かったんですね」

 

 

「けど、あいつは頭が悪い。真正面から突っ込むのが癖でな、何度危ない目にあったことか……まあ、それをカバーしてたのがセリスだ。あの二人はバランスが取れてたよ」

 

 

「母さん、ですか?」

 

 

「おう。セリスは回復魔術が得意でな。けど、それ以上に根性がある。ガランが瀕死でも涙ひとつ見せなかったくらいだ」

 

 

俺はちょっと驚いた。

いつも穏やかで、柔らかい笑顔ばかり見てるから、想像できなかった。

 

 

「カイン、お前の根性は母親譲りだな」

 

 

「そうかもしれません。母さん、意外と負けず嫌いですし」

 

 

「まあ、冒険者ってのは腕も大事だが、何より必要なのは仲間を信じることだ。ガラン達や俺とゼニスみたいに、命を預けられる関係を築けりゃ、一人前だ」

 

 

「そういうの、ちょっと憧れますね」

 

 

ルーデウスが小さくつぶやく。

 

 

「どうだ? 冒険者も面白そうだろう?」

 

 

「冗談じゃありませんよ、危険すぎます。僕は女の子の尻を追いかけてる方が性に合ってます」

 

 

「おお、さすが俺の息子だ」

 

 

「……似た者親子ですね」

 

 

「父様みたく、何人も囲うのが理想ですね」

 

 

「そうかそうか。けど、追いかける尻はひとつにしておいたほうがいいぞ」

 

 

師匠が、ちょいちょいと後ろを指さした。

二人で振り返ると、そこには、頬を膨らませたシルフィがいた。

 

俺はスッとルーデウスの肩に手を置き――

 

 

「がんばれ」

 

 

いつぞやの仕返しとばかりにそう言った俺は、

そっとルーデウスの肩から手を離し、そのまま師匠のほうへ避難した。

後ろではルーデウスが何やら必死に言い訳をしており、

シルフィが腕を組んだままプイッと顔を背けている。

 

師匠は腕を組んで、ニヤニヤと事の成り行きを眺めている。

 

 

「師匠、気持ちはわかりますが人の恋路を見て楽しそうにしないでください」

 

 

「ははっ、あれはもう修行の一環だろ。女心を読むのも鍛錬のうちだ」

 

 

「……剣より難しそうですけどね」

 

 

そんな軽口を交わしつつ、視線をルーデウスとシルフィに戻す。

二人はまだ話していた。

シルフィは頬を膨らませてプンスコしていたが、

ルーデウスが何か言うたびに、少しずつ表情が和らいでいく。

 

 

「さすが、師匠の子供ですね」

 

 

「ははっ、だろ?」

 

 

そんなやりとりをしながら、

俺たちは少し離れた場所で、二人を静かに見守っていた。

やがて風が吹き抜け、シルフィの笑い声がほんの一瞬だけ聞こえた。

……どうやら、仲直りできたみたいだ。

 

 

 

 

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 

 

 

 

最近はルーデウスの部屋に行って、三人で授業をすることが日課になっていた。

といっても、剣でも魔術でもない。学校で習うような座学の授業だ。

 

最初にこの提案をしたのはルーデウスだった。

曰く「無詠唱の理論を説明するのには、数学や理科を知っていたほうがいい」らしい。

だが、説明の内容がかなり専門的で、

ある日の授業で、ふと気になって、

どこで覚えたのかとルーデウスに尋ねてみた。

 

ルーデウスは少し考えてから、「本で読んだ」と答えた。

グレイラット家の本は俺も借りている。

だが、そんな本は見たことがない気がする。

けど、まあいいか。

あいつのことだから、

また俺の知らないところで知識を拾ってきたんだろう。

人を疑いすぎるのは俺の悪い癖だ。

 

俺たちがやっている授業は、主に二つ。

俺が算術を、ルーデウスが理科を教えている。

 

算術では、生活に役立つ計算や売買の基礎を中心に。

ルーデウスが担当する理科では、魔術で扱う火・水・風・土といった元素の原理――

つまり「なぜ魔力がそう作用するのか」を教えている。

 

 

 

―――

 

 

 

「さて、シルフィ。三十六を九で割ると、いくつになる?」

 

 

「えっと……よん?」

 

 

「正解。割り算はもう完璧だな」

 

 

最近のシルフィは、

算術を暗算で答えを出せるようになってきた。

数の概念がしっかりしてきた証拠だ。

 

理科のほうはというと。

ルーデウスが小さな水球を作りながら、

シルフィに問いかける。

 

 

「水っていうのは、冷たくなると氷になる。でも逆に温めると?」

 

 

「えっと……蒸発、だっけ?」

 

 

「そう。熱を与えると、水は気体になる。つまり「水蒸気」になるんだ」

 

 

ルーデウスはそう言いながら、水球を蒸発させる。

 

 

「これも、魔力で温度を変えてるだけなんだ。冷やせば氷、温めれば蒸気」

 

 

シルフィの理解力もすごいが、ルーデウスの教え方のうまさにも感心する。

言葉の選び方が丁寧で、難しいことを当たり前のように、

分かりやすく説明できるあたり、やっぱり頭がいい。

 

そんなふうに感心していた時、

ふとルーデウスが手元の水球を見つめたまま小さくつぶやいた。

 

 

「……学校か」

 

 

「やっぱり、行きたいのか?」

 

 

「いえ、そうではないんですが……魔術学校というのもあるらしいんです。先生が言ったのを思い出しまして」

 

 

「ルディ……がっこうに、いくの?」

 

 

シルフィが小さく問いかけた。その声には、不安が混じっていた。

シルフィにとって、ルーデウスはただの友達じゃない。

彼女にとっての支えであり、初めて自分を肯定してくれた相手。

 

 

(……依存してる、のかもな)

 

 

そう思った。シルフィにとってのルーデウスは、

もう生活の一部であり、心の支えそのものだ。

それを失う想像をするだけで、不安に押しつぶされるんだろう。

 

だが同時に、少しだけ怖かった。

ルーデウスも、そういう感情には敏感なタイプだ。

頼られることに弱い。

求められれば、答えようとしてしまう。

そうして、自分をすり減らしていく、そんな予感があった。

 

 

「行くつもりはないよ。父様も「学校に行ってもイジメられるだけで何も学べない」って言ってたし」

 

 

「でもルディ、この頃……なんか元気ないよ?」

 

 

「最近、魔術も剣術もあんまり上達しなくてさ。前みたいに伸びてる感じがしないんだ」

 

 

(……停滞か)

 

 

言葉にはしないけど、分かる。

才能がある奴ほど、早く壁にぶつかる。

そして、ルーデウスは、その壁に寄りかかるように、

シルフィの存在に「安堵」を見つけてしまっている。

 

シルフィはルーデウスに依存し、

ルーデウスはシルフィの依存を受け入れることで、

自分の停滞を正当化している。

一見、優しい関係に見えて、その実危うい均衡の上で成り立っていた。

 

 

『一人で立てぬ者が、二人で歩む資格などない』

 

 

(厳しいな……)

 

 

『甘さが腐るのは早い。寄りかかり合う関係など、長くはもたん。いずれ片方が潰れるだけだ』

 

 

(けど、それでも支え合うことで強くなることもあるんじゃないのか?)

 

 

『支え合うとは立っている者同士でしか成り立たん。立てぬ者同士が寄りかかれば、崩れ去るだけだ』

 

 

……確かに、言ってることは正しいのだろう。

だが、頭で分かっていても、今この光景を見れば反論したくもなる。

 

 

「でも……ルディはすごいよ?」

 

 

「この年齢にしては、ね……そろそろ、次のステップに進まないといけないと思ってさ」

 

 

「どこか、行っちゃうの?」

 

 

小さな声。泣くのを必死でこらえているような顔。

 

 

「そうだな、この村でできることも少ないし……」

 

 

「い、いや……いやだよ……どこにも行かないで……!」

 

 

次の瞬間、シルフィがルーデウスの胸に飛び込んだ。

ルーデウスの目が見開かれる。

 

 

「し、シルフィエットさん? ちょ、カインなんとか……」

 

 

「やだ……ルディとカインくんがいなくなったら、ボク、ひとりになっちゃう……」

 

 

ルーデウスはため息をひとつついてから、そっとシルフィの頭に手を置いた。

優しく撫でると、シルフィの嗚咽が少しずつ小さくなっていく。

 

 

「……カインくんも、どこにも行かない?」

 

 

泣き顔のまま、シルフィがこっちを見上げた。

 

 

「え、あ……ああ、行かない。どこにも」

 

 

口が勝手に動いていた。

俺は、さっきまで「依存はよくない」

なんて格好つけて考えていたくせに、

いざ目の前で泣かれると、それを否定できなかった。

 

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