受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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十八話

 

今日は、師匠に呼び出されていた。

グレイラット家のリビングの木の椅子に腰を下ろすと、

俺の対面に座る師匠が口を開く。

 

 

「お前に話しておきたいことがある。ルディのことだ」

 

 

「はい」

 

 

ルーデウスとシルフィは、今日も一緒に外に出ている。

 

 

「あいつは今、魔術のことで行き詰まってるらしい」

 

 

「らしいですね」

 

 

「聞いてたのか……それで、考えたらしい。次の段階に進むために魔術学校に行きたいと」

 

 

「意欲があっていいですね」

 

 

「で、ルディはああ言ってるが、カイン。お前はどうしたい?」

 

 

「俺ですか」

 

 

「前は、行かないと言っていたが改めて聞かせてもらう」

 

 

……正直、俺も悩む。

 

常識的に考えれば、学校には行ったほうがいい。

読み書きや算術だけじゃなく、

この世界の知識や仕組みを体系的に学べる場所なんて、そう多くないのだろう。

ロキシーさんを見て、勉強に意味があることぐらい分かってる。

だが――

 

 

「俺は、行きたいとは思いません」

 

 

「理由を聞こうか」

 

 

「俺は、まだこの世界のことを知らないですし。勉強とかで人から教えられて知るより、自分の足で見てみたいんです。森の向こうや、遠くの街。師匠みたいに強くなって……自分の足で見て回りたいんです」

 

 

「立派だな……だが、ルディは「カインとシルフィの三人で一緒に行きたい」って言い出したんだ」

 

 

「俺と……シルフィも?」

 

 

「カインはいいとしても、シルフィの家がラノア大学の学費を払うのは、難しいだろうな」

 

 

「まあ、そうですよね」

 

 

「俺がそう伝えたらあいつは自分とシルフィ二人分の学費をうちが出してほしいと言ってきた」

 

 

「……断ったんですよね?」

 

 

「当然だ。理由はいくつもあるが……一番は、あいつらの関係が「依存」になりかけてることだ」

 

 

「依存……ですか」

 

 

「ああ。お前もうすうす気づいてるんだろ?」

 

 

その問いに、俺は言葉を詰まらせた。

シルフィはルーデウスのそばにいないと不安定になり、

ルーデウスはそんな彼女を放っておけず、

必要とされることに安堵してしまっている。

 

 

「ゼニスもリーリャも、ルディの願いをできることなら叶えてやりたいと思ってる。あいつはわがままなんてこれまでしてこなかったからな」

 

 

「でも、今回は違うと」

 

 

「ああ、だが俺が拒否したら、今度は「仕事を紹介してくれ」と言い出した。「シルフィの学費は自分で稼ぎます」ってな」

 

 

「それは……」

 

 

言葉を失う俺に、師匠はわずかに頷いた。

 

 

「ルディもシルフィも、お互いを必要としてる。それ自体は悪くないんだが、あのままだとどっちも成長できない」

 

 

「俺も、見ていてそう思います」

 

 

「だろう? だからまだ間に合ううちに動く。依存が深く根を張る前にな。そのための仕事は用意した。」

 

 

「ルーデウスとシルフィを離れ離れにさせるんですね。ちなみにどんな仕事なんですか?」

 

 

「ボレアス家の家庭教師だ」

 

 

「それって多分貴族ですよね? 大丈夫なんですか?」

 

 

「ああ。俺の親戚筋だ。あそこの令嬢が家庭教師を探しててな。ルディなら十分務まるだろうと判断した」

 

 

「ルーデウスには、もう伝えたんですか?」

 

 

「まだだ。話しても言いくるめられるのがオチだろう?」

 

 

「じゃあ、いつ頃に伝えるつもりなんですか?」

 

 

「伝えねぇよ」

 

 

「……え?」

 

 

「実力行使で連れてくことにした」

 

 

「え、ええと……つまり、無理やり?」

 

 

「ああ、さっきも言っただろ。話しても言いくるめられるのがオチだって、ゼニスもリーリャも了承済みだ」

 

 

師匠は苦笑を浮かべたまま、どこか寂しそうに目を細めた。

 

 

「ルディは今の生活に満足してるからな。魔術の才能も、友も、居場所もある。だがな、それじゃダメなんだ」

 

 

師匠の声が低く響く。

まるで自分に言い聞かせるように。

 

 

「満足した時、人間は止まる。あいつはまだ七歳だ。なのに「もうこのままでいい」なんて顔をしてる。それじゃあだめだ、挫折して初めて見える景色もある」

 

 

満足、それは俺が目標としているものだ。

だが師匠はこの年で満足するにはまだ早いと思ったのだろう。

 

 

「つまり、鼻を折るってことですね」

 

 

「ああ、一度折れても必ず立ち上がってくる。あいつは、そういう奴だ」

 

 

ルーデウスが立ち上がれると信じている。

そこに一片の迷いもない。

 

 

(……親のエゴか)

 

 

そんな言葉が浮かぶ。

子どもから見れば、勝手で乱暴で、押しつけ以外の何ものでもない。

「本人の意思」なんて、簡単に踏み潰されてしまうもの。

前世で嫌というほど味わった。

 

けれど――師匠はそれを分かったうえで押し通した。

ルーデウスが不快になることを知った上で。

それでもなお、彼の未来のために動こうとしている。

 

そのエゴが、ルーデウスの人生を豊かにすると信じているのだ。

 

 

「……それでなんだが、カイン。ルディの鼻を折る役目、お前に頼みたい」

 

 

「俺が……ですか?」

 

 

「そうだ……本当はな、俺がやるつもりだったんだが、同年代の奴に叩きのめされたほうが、悔しさが残る。あいつにはその悔しさが必要だと思ってな。」

 

 

師匠の声の底には迷いが混じっていた。

俺に、嫌われる役を押しつけるようなものだと分かっているのだろう。

 

 

「分かりました。俺がやります」

 

 

「自分で言っておいてなんだが……いいのか?」

 

 

「師匠が本気で考えてることなら、俺も本気で応えたいです」

 

 

「……損な役割を押し付けてすまんな」

 

 

 

 

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 

 

 

 

当日の作戦は単純だ。

稽古という体でルーデウスを庭に呼び出す。

木剣を持たせて、俺が本気で決闘を申し込む。

本気のルーデウスに俺が勝ち気絶させる。

気絶させたらそのまま、師匠の古い友人が乗っているという馬車に乗せ、

ボレアス家へ送り届ける――という流れ。

……ほぼ誘拐だなこれ。

 

当日までの一ヶ月で、

ルーデウスが馬車の中で読む手紙を師匠と一緒に書いた。

 

 

「よーし、書くぞ。気持ちのこもった手紙ってやつをな」

 

 

『我が愛する息子、ルーデウスへ』

 

 

「まあ、定番ですね」

 

 

『この手紙を読んでいるということは、俺はもうこの世にはいないだろう』

 

 

「早速ふざけ始めた……」

 

 

「いいだろ? 手紙を書くなら一回はやっとかないとな」

 

 

師匠は得意げにペンを進める。

 

 

『お前は、カインにボコボコにされて無様に這いつくばった挙句、縄でぐるぐる巻きにされて、囚われのお姫様のような情けない姿で馬車に放り込まれた。』

 

 

「ボコボコって……ハードル高くないですか? ていうかそこまでしませんよ」

 

 

「お前には、そのぐらいの気持ちで鼻を折ってもらわないと困るからな」

 

 

『全てはそこの筋肉ダルマに聞け……と言いたいが、そいつは脳みそまで筋肉でできているので、ロクな説明ができないだろう。』

 

 

「この『筋肉ダルマ』ってのは、前に言ってた師匠の冒険者時代の仲間ですか?」

 

 

「ああ、そうだ。昔は俺と同じパーティーで冒険者やってたが、今はボレアス家の用心棒をやってる」

 

 

師匠は少し懐かしむような顔をし、ペンを動かす。

 

 

『そいつは剣王だ。剣を習うなら、そいつ以上の適任は剣士の聖地にでも行かなければ見つからないだろう。腕前は父さんが保証する。父さんは一度も勝ったことが無い。ベッドの上以外ではな。』

 

 

「最後の余計な一言は置いておくとして剣王……師匠の二つ上の位、そんなに強いんですか?」

 

 

「ああ。今でもたぶん勝てん」

 

 

「じゃあ、その『筋肉ダルマ』呼ばわりは……命知らずですね」

 

 

「あいつはバカだし文字が読めないから大丈夫だ」

 

 

「なおさら悪質じゃないですか……後で、ぶっ飛ばされても知りませんよ」

 

 

全く悪びれる様子のない師匠はさらにペンを走らせる。

 

 

『さて、お前の仕事だが、フィットア領で一番大きなロアという都市に住むお嬢様の家庭教師だ。算術、読み書き、あと簡単な魔術を教えてやってほしい。すっげーワガママなお嬢様で、学校から来ないでくれと頼まれたぐらい乱暴だ。今まで何人もの家庭教師を返り討ちにしている』

 

 

「『すっげーワガママ』ですか、まあ、ルーデウスなら大丈夫ですよ。なんせ師匠の子供ですから」

 

 

「お、いいこと言うじゃねぇか」

 

 

師匠は嬉しそうに笑って、またペンを進めた。

 

 

『お前には、これから五年間、お嬢様の家に下宿して勉強を教える事になる。五年間だ。その間、帰宅を禁じる。手紙などのやり取りも同様だ。お前が村にいると、シルフィが自立できないからだ』

 

 

「さすがに……ここは真面目に書くんですね」

 

 

「さすがにな」

 

 

次の文で空気が少しだけ戻る。

 

 

『お前には毎月アスラ銀貨二枚が支払われる。あ、間違っても女なんか買うなよ。』

 

 

「師匠、ルーデウスをなんだと思ってるんですか」

 

 

「男だ」

 

 

「いや、それはそうですけど」

 

 

『まあ、五年後にシルフィがお前についていくとは限らんし、お前の熱も冷めて心変わりしているかもしれんがな。』

 

 

「あの感じだと、五年じゃ冷めないでしょうね」

 

 

「お前もそう思うか?」

 

 

そう言いながら、少し寂しそうに笑ったその横顔が印象に残った。

ルーデウスが結婚するところでも、想像していたのかもしれない。

 

筆がまた走る。師匠は最後の一文を書きつける。

 

 

『五年間、まったく新しい場所で色々な事を学び、さらなる飛躍を遂げることを祈っている。知性あふれる偉大すぎる父、パウロより。

P.S.お嬢様には合意の上なら手を出してもいいが、筋肉ダルマは俺の女だから手を出すな』

 

 

「最後まで余計な一言が多い手紙でしたね。ルーデウスに恨まれますよ」

 

 

「なんでだ? 締めは大事だろ」

 

 

「だって、呼び出されたと思ったらいきなりぶっ飛ばされて、気づいたら馬車の中でこの手紙を読まされるんですよ? 理由が理由とはいえ、言葉にしたらだいぶひどいことしてますよ俺たち」

 

 

「でも、まあ、あいつならわかってくれるだろ」

 

 

「さすがのルーデウスでも、そこまで物分かりがいいとは限りませんよ」

 

 

「なんだよ「師匠の子供」なんだろ?」

 

 

「それは女の子の扱いの話で、物分かりの良さの話じゃないです」

 

 

俺がそう返すと、師匠は苦笑しながらペンを置いた。

 

 

「……お前も、なんか書かないのか?」

 

 

「俺が何を書いても、ルーデウスを裏切ったことには変わりませんよ」

 

 

「裏切り、か」

 

 

師匠は腕を組み、静かに息を吐く。

 

 

「責任感の強いお前ならそう思うだろうな。でもな、これはあいつを裏切ったんじゃない。前に進ませるために、背中を押したんだ。お前もそれを、わかってるだろ」

 

 

「わかってますよ。わかってますけど――それを、ルーデウスも分かってくれるわけじゃないですから……」

 

 

言葉にした瞬間、胸の奥で何かがずしりと重くなった。

あいつの顔が浮かぶ。信頼を裏切るようなことをするのだと思うと、

どうしても心がざらつく。

 

その時、脳裏に低い声が響いた。ぞくりとするほど冷たい声。

 

 

『逃げるなよ、小僧』

 

 

俺はハッとした。

罪悪感という言い訳を盾にして、また選ぶことを放棄しようとしていた。

この手で選んだ。師匠と共に、ルーデウスの背中を押すという道を。

 

ゆっくりと顔を上げると、師匠がこちらを見ていた。

 

 

「……やっぱり、俺も書きます」

 

 

「おう! そのほうがいい」

 

 

紙を一枚取り出し、ペンを握る。

手紙に書く言葉は、自然とスラスラ出てきた。

まずは、謝罪。

理由はどうあれ裏切りの形を取ったことへの謝罪。

 

次に、今のルーデウスについて俺が思っていたことを書いた。

どこかで満足しているように見えたこと。

努力をやめたわけじゃないのに、前へ進む気持ちが鈍っていたこと。

だからこそ、ルーデウスがまた立ち上がるきっかけを作りたかった。

そんなことを、拙い言葉で書いた。

 

それから、応援の言葉を添える。

「お前ならどこに行ってもうまくやれる」と。

 

 

(……真面目すぎたかもな)

 

 

『つまらん文を書く』

 

 

(お前……読んでたのかよ。てか、そういう宿儺は書けるのかよ)

 

 

『俺のいた時代は文が栄えていた。小僧よりは幾分ましな文章が書けるだろう』

 

 

(ああ、そういや宿儺って平安生まれだったな……ていうか、読んでたのか?)

 

 

脳裏に、不愛想な顔で『源氏物語』なんかを読んでいる宿儺の姿が浮かび、

思わず笑いそうになった。

少しだけ気が楽になった気がする。

 

最後に、妙に真面目すぎる空気をどうにかしたくなって、

思わず軽い冗談を一文添えた。

師匠が書くような、どうでもいい一言。

 

書き終えた瞬間、なんか無性に恥ずかしくなった。

 

 

「人のこと言えねぇな」

 

 

顔を上げると、師匠がにやりと口の端を上げていた。

手紙の最後に俺がさらっと書いたどうでもいい一言を、

しっかり見ていたらしい。

 

 

「そうですね」

 

 

俺は小さく笑って答える。

 

 

師匠は俺の書いた手紙をそっと受け取り、

手紙の蓋を丁寧に折りたたむ。

そして、蝋燭の火で封蝋を溶かし、赤い滴を封に落とした。

 

師匠はその封を押さえながら、静かに言った。

 

 

「これで――準備完了だな」

 

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