受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

19 / 85
十九話

 

当日の空気は、いつもより少しだけ冷たかった。

グレイラット家へ向かう途中、道の先に一台の馬車が止まっているのが見えた。

おそらく、ルーデウスを連れていくための馬車だろう。

 

少し距離を詰めると、馬車の横に立つ人物が視界に入った。

褐色の肌、右目には黒い眼帯。腰には重厚な剣、鋭い猫耳がピクリと動く。

腰の後ろからは、尻尾がゆらりと揺れていた。

 

おお! 尻尾だ。しなやかで、表情があって、いい。

……いや、今はそんな話をしている場合じゃない。

 

見ればわかる。この人がギレーヌだ。

師匠の「筋肉ダルマ」という表現、

あれはあながち間違いでもなかったらしい。

腕も脚も、岩みたいに締まっている。

というか、この人露出が激しい。

ルーデウスの教育によろしくない気がする。

 

そんなくだらないことを考えているうちに、

推定ギレーヌの耳がぴくりと動いた。

 

 

「……なんだ」

 

 

「初めまして、もしかしてあなたがギレーヌさんですか? 俺はカインと言います。師匠……パウロさんから聞いていませんか?」

 

 

「ギレーヌでいい、カインか、たしか、友を切る役目を任された、あいつの一番弟子だったか?」

 

 

「はい、その一番弟子です」

 

 

「そうか、あたしもかつて友を切ったことがあるが……あれはいいものではない」

 

 

「ん?」

 

 

「どうした」

 

 

この人、比喩とかじゃなく俺がルーデウスを物理的に切ると思ってないか?

 

 

「あの、切るというのは比喩でして、実際に斬るつもりはありません」

 

 

「む、そうだったか……だが、その顔を見る限り、覚悟はまだできてないようだな」

 

 

「はい、ですが、やるべきことはやるつもりです」

 

 

「……あたしもお前らの戦いを見てもいいか?」

 

 

唐突な申し出に、思わず言葉を詰まらせる。

 

 

「どうしてですか? 俺はまだ水神流の上級までしか行ってませんよ。もちろん全力でやりますが、剣王のギレーヌさんからしたら、面白くもなんともないと思いますけど」

 

 

「ギレーヌでいい」

 

 

それだけを短く言い、片目を細めた。

 

 

「年は?」

 

 

「たしか……八つか九つです」

 

 

「そうか、その年で上級ならお前には十分剣の才能がある。パウロもすぐに追い越すだろう」

 

 

「剣王が言うと説得力ありますね。じゃあ、ルーデウスに気づかれないようにお願いしますね」

 

 

「ああ、心得ている。それと――」

 

 

ギレーヌは片目を細めたまま、尻尾をひと振りして言葉を継いだ。

 

 

「剣を振るうことに迷ったら、その迷いごと捨てろ。そしたら少しは軽くなる……師の言葉だ」

 

 

「はい……ありがとうございます」

 

 

意味はまだ掴めない。

だが、これはギレーヌなりの叱咤激励なのだろう。

ならば、心にしっかりと刻んでおこう。

 

 

 

 

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 

 

 

 

昼下がりの道は、朝より一段と陽が強い。

俺はひとり、握った木剣の感触を確かめていた。

 

 

(……迷うな、か)

 

 

意味は全部わかったわけじゃない。

でもためらいを抱えたままじゃ、剣が鈍るということだけは分かる。

 

ルーデウスをどうやって気絶させるかは、師匠から俺に任されている。

任された以上、手を抜くつもりはない。

だが、いちばんの問題はそこじゃない。

あいつが、俺に本気で勝とうとしてくれるかどうかだ。

 

 

『小僧、迷いを捨てさせる方法を教えてやろう。あるいは、迷いを忘れる方法でもいい』

 

 

(宿儺、ルーデウスが本気になるようなアイデアが何かあるのか?)

 

 

『ある、それは、怒りだ。怒りは、迷いと躊躇を忘れさせる。余計な思考を削ぎ落とし、人をただ一つの目的に向け収束させる。進むべき道を決めた人間は強いぞ。まあ、怒りに飲み込まれなければの話だがな』

 

 

(怒らせる、か……嫌われ役をやるつもりだったんだ。ちょうどいい)

 

 

俺は深呼吸をひとつして、庭へ向かった。

 

 

「ルーデウス、ちょっといいか。来てくれ」

 

 

「はい……どうしました?」

 

 

「……なあ、俺たちって、今まで一回も喧嘩したことなかったよな」

 

 

「それだけ気が合うということなんでしょう」

 

 

自信ありげに、少し照れているのか冗談めかして笑う。

 

 

「そうだな……」

 

 

俺は何でもないふうに、木剣の柄を持ち替え、ルーデウスに差し出す。

ルーデウスの目が一瞬だけ丸くなる。

受け取った指先が、ほんのわずかに汗ばんでいるのが見えた。

 

 

「ルーデウス」

 

 

「はい」

 

 

喉の奥で息を整える。「迷うな」というギレーヌの声が胸の奥で反響する。

 

 

「お前さ、模擬戦の時、手抜いてるだろ」

 

 

「……どういう意味ですか?」

 

 

「ルーデウスはさ、俺に向けて、使えるはずの攻撃魔術を一切使わないだろ?」

 

 

ルーデウスは困惑を隠そうともせず、木剣を握る手を下げたまま俺を見た。

 

 

「手を抜いた覚えはありません。ただ――」

 

 

「俺を相手に本気を出す意味はない、か?」

 

 

「違います。そんなこと、思ったこともありません」

 

 

「じゃあ、なんで攻撃魔術を使わない? 俺が対処できないと思ってるからか? それとも……下に見てるからか」

 

 

ルーデウスの口が、わずかに止まった。俺は淡々と続ける。

 

 

「もしかして才能あるからって、俺のこと舐めてるんだろ?」

 

 

「……いま、なんと?」

 

 

声の温度が一瞬で下がる。空気が変わった。

ルーデウスの目に、いつもの穏やかさはもうない。

代わりに、怒気と困惑が混じっていた。

 

 

「ルーデウス、お前が俺を下に見てるって話だよ」

 

 

「違う!!」

 

 

ルーデウスの声に熱が宿る。

 

 

「俺は……あんたのこと、尊敬してるんだよ!」

 

 

普段の丁寧な口調が剥がれていく。

これが彼の素なのかもしれない。

 

 

「俺はあんたのことを尊敬してるし、下に見たことなんて一度もない!」

 

 

(ああ、俺だってルーデウスの事を尊敬してるよ)

 

 

普段なら絶対に見せない感情が、表情の端々に滲んでいた。

拳が震え、木剣を握る手が強くなる。

 

 

「俺が剣術を頑張れたのは、あんたを超えたいと思ったからだ。だから、俺があんたを下に見てるなんて、嘘だったとしても、あんたにだけは言われたくなかった!」

 

 

言葉がぶつかるたびに、胸の奥がざらついた。

そこまで真っすぐに言われると、こっちの方が揺らぎそうになる。

 

 

「じゃあ……証明してくれよ、お前が手を抜いてないって、本気を出してるって証明をさ」

 

 

その言葉に、ルーデウスの呼吸が一度だけ荒くなった。

怒りと戸惑いが混じり合って、それでも彼はゆっくりと木剣を握り直す。

 

やがて、深呼吸を一つ。表情が、少しずつ静かに戻っていく。

 

 

「……正直、なんでカインが僕を本気にさせたいのかは、分かりません。」

 

 

聡いルーデウスのことだ。俺の下手な演技に気づいているのだろう。

だが、その怒りは明らかに本物だ。

 

 

「でも、そこまでやりたいってんなら、付き合いましょう」

 

 

ルーデウスは小さく息を吐き、問いかけるように言った。

 

 

「僕の本気が見たいんですから、もちろん魔術はありですよね?」

 

 

「もちろんだ。全部ありでいく。開始の合図は、いつも通りお前がやってくれ」

 

 

「わかりました、この戦いが終わったら説明してもらいますからね」

 

 

ルーデウスは軽く頷き、静かに片手を掲げた。

掌に淡い光が膨らみ、小さな火の玉が空へと放たれる。

 

俺は木剣を構え、重心を落とした。

向かい合うルーデウスも同じく、剣を斜めに構える。

 

火球が空で炸裂し、乾いた音が庭に響いた。

その音を合図に、俺は地を蹴った。

砂を巻き上げ、一直線にルーデウスへ向かう。

 

 

「行くぞ! ルーデウス!」

 

 

返事の代わりにルーデウスは腕が振るわれ、

圧縮された岩弾が空気を裂いて突っ込んでくる。

身体を傾けて避け、紙一重でかわす。

一発、二発――三発目は受け流す。

 

 

「ッ……!」

 

 

刃の角度を変えて、岩弾を滑らせる。

衝撃を吸い、流れのままに受け流す。

弾が軌道を逸れ、背後で地面を抉った。

ルーデウスが放った本気の魔術は、師匠の一撃より重かった。

しかし、軌道が単調な分、まだ対処できる。

 

ルーデウスは間合いを取りながら、次々と岩の弾丸を撃ち込んでくる。

 

飛んでくる魔術を、まとめて弾いた。

バン、と乾いた破裂音。

土魔術が剣先で砕け、粉塵となり視界を奪う。二段構えか。

 

次の攻撃が来る。

そう判断して足を止める……が、来ない。

 

 

(おかしい……撃ってこない?)

 

 

視界が薄く晴れていく。

ルーデウスは動かず、こちらを見ている。罠か?

迷っても仕方がない。土煙を割って前へ出る。間合いまで、あと一歩だ。

 

 

(来る)

 

 

足下の土が、ぬるりと動き、泥沼があと一歩の位置に展開される。

想定通りだ。俺は先んじて詠唱しておいた土魔術を使い、泥沼を埋め、

あと一歩を踏み込む。

 

勝ち筋が見えた瞬間――

 

 

「カインなら、そこまで読んでくれると思ってましたよ」

 

 

――ゴッ

 

鈍い衝撃が頭を叩いた。視界が白く弾け、足がよろめく。

上からだ……いや、今は見えない。

何かがぶつかった。思考が一瞬遅れる。

 

思考が固まるより先に、俺の耳に風切り音が聞こえる。

ルーデウスが、風魔術で剣を押し出して加速させて振りかぶる。

この姿勢、この角度、受け流しは間に合わない。なら――

 

 

「――借りるぞ」

 

 

足元に、墨を垂らしたような黒が走った。

十種影法術で作った浅い影の沼、踏み込んだ右足がぬるりと沈む。

踏み込みが崩れ、剣の角度がわずかに狂う。

木剣の軌道が俺の耳元を掠め、風圧だけが頬を裂いた。

 

 

「なッ……!」

 

 

俺は半身で前に滑り込み、木剣で首筋を的確に打つ。

乾いた音。ルーデウスの視線がふっと上を向き、意識が落ちた。

 

 

「ギリギリだったな……」

 

 

倒れかけた身体を前から抱きとめる。

意識のないルーデウスをそっと地面に寝かせ、

頭の下に自分の上着を丸めて差し込む。

 

上を見上げる。さっきの衝撃、

恐らく土煙に紛れて上に放った岩が落下してきたものだ。

俺が読んだと思ったあの泥沼は、本命を隠すための囮。

 

内容だけ見れば、完敗だ。

 

 

「終わったか……カイン、お前ルディの作戦に完全にはまってたな」

 

 

「はい。さすがは師匠の息子です」

 

 

「お前それ言えばいいと思ってないか?」

 

 

「やめたほうがいいですか?」

 

 

「……いや、気分がよくなるからやめんでいい。そんなことよりあいつが放った魔術。ありゃ当たってたら死んでたぞ。まあ……お前がよけれるギリギリを狙ってたようだけどな」

 

 

「ギリギリを狙った」その言葉にふと、頭の中にいやな予感が湧いて出る。

 

 

(結局ルーデウスは手を抜いてたってことにならないか?)

 

 

考えが嫌な方向へ伸びる。

もしそうなら、俺がやったことは単なる茶番だ。

 

 

『違うな、あの餓鬼は小僧を殺したいのではない。勝とうとしたのだ。手を抜いたことにはならん』

 

 

宿儺の言葉を聞いて、少し整理がつく。

確かに、殺そうとすることと、勝とうとすることは違う。

ルーデウスは勝とうとしていた。それは認めるべき事実だ。

 

冷静に考え直す。俺の目的は何だったか。

 

厳密には、ルーデウスを本気にさせることじゃない。

狙いは、ルーデウスが俺に勝とうとすること。

そして、そのうえで俺が勝つこと。

 

そこだ。危うく目的を見失うところだった。

手加減だったかどうかなんて二の次だ。

重要なのは、あいつが勝ち筋を組み立てて、

なお勝てなかったという事実を刻むこと。

 

ルーデウスが自分の手で最善を尽くし、なお俺が上回る。

そういう敗北の方が、ただの叱責よりも効く。

その時の悔しさを糧に、あいつは自分で這い上がるしかなくなるからだ。

 

 

(ありがとう、宿儺。助かった)

 

 

心の中で小さく礼を言う。助言はいつも刺々しいが、的確だ。

──返事はない。沈黙が返ってくるだけだ。

 

俺は深く息を吐き、顔を上げた。あとは段取りどおりだ。

師匠が手際よくルーデウスの手首と足首を縛る。

そして、門の外まで来ていた馬車へ向かう。

 

そのとき。

 

 

「ルディ!?」

 

 

甲高い声。振り向くと、

シルフィと、その父親のロールズさんが駆けてくる。

シルフィの顔が真っ青だ。

師匠に縛られているルーデウスを見た瞬間、目が見開かれた。

 

シルフィの掌から、鋭い風の矢が師匠の背へ一直線。

 

師匠は片手でルーデウスを担いだまま、木剣で魔術を受け流す。

師匠は難なく受け流したが、当たれば普通に死ぬ威力だ。

 

 

「シルフィ、やめなさい!」

 

 

ロールズさんがシルフィの肩を掴む。

振り払おうとする腕を、がっちりと押さえ込む。

暴れる肩を必死に押さえ、事情を伝えている。

 

 

(……シルフィにも、恨まれるかな)

 

 

胸の奥が少し重くなる。けれど、やることは変わらない。

 

俺と師匠は、馬車に向かう。

俺はルーデウスの頭を支え、静かに馬車の中に横たえた。

師匠が懐から封書を二通取り出す。

一つは赤い封蝋で封じた手紙。俺と師匠で仕上げたものだ。

もう一つの手紙は、

「ルーデウスが俺のことを下に見ている」という言葉の撤回と謝罪、

それと「俺もルーデウスを尊敬している」この二つの言葉を書いた手紙だ。

 

 

「目を覚ましたら読ませてください」

 

 

俺が差し出すと、ギレーヌは無言で受け取り、

胸当ての内側に差し込んだ。

師匠が一歩前に出る。

 

 

「頼んだぞ」

 

 

「ああ」

 

 

それだけ。二人の会話は本当にそれだけだった。

 

視線を庭の端に向ける。シルフィが立っていた。

目元は赤い。けれど、涙は止まっている。

震える肩をぐっと抑え、こちらを真っ直ぐ見た。

 

 

「……わかった。カインを倒せるぐらいに、強くなる!」

 

 

「聞いたんだな」

 

 

「うん、ボクが、ルディの邪魔になってた」

 

 

怒っている。いつの間にか「くん」付けもしなくなってるし。

まあ、離れ離れにさせた張本人だからな。

 

 

「ボクが弱いから、カインは何も言わないでやったんでしょ。ボクに話したら、止めるって思ったからでしょ」

 

 

「ごめん、シルフィ」

 

 

「いい、カインのおかげでボクわかったんだ。カインに勝てるぐらい強くなれば、ルディを支えられるぐらい強くなれば、ルディのそばにいてもいいって」

 

 

「……ありがとう、シルフィは強いな」

 

 

シルフィは小さく息を呑み、視線を落とす。

その顔は、少し悔しそうで、でも前を見ていた。

 

車輪がきしみ、馬が鼻を鳴らす。

手綱が引かれ、馬車がゆっくり動き出した。

 

 

(またな、ルーデウス)

 

 

心の中で短く告げる。言葉にすれば、余計に重くなる気がした。

感傷に浸りかけたところで、家のほうから声が飛んできた。

 

 

「――あぁ、私の可愛いルディが行ってしまうわ!」

 

 

「奥様。これも試練でございます! ルーデウス様は必ず、より逞しくなって帰って参ります!」

 

 

ゼニスさんとリーリャさんが、

やたら芝居がかった調子で門前に並んで見送っている。

肩を抱いて、わざとらしく嘆いて、次の瞬間には胸を張って励まして。

完全にひと昔前のドラマのようなノリだ。

 

 

(もしかしなくても、この二人、けっこう仲いいな?)

 

 

ゼニスさんが大げさにハンカチを振る。

やってることは、完全にコントだ。

 

ルーデウスが優秀なのを知ってるから、

根っこではそこまで心配していないのだろう。

 

耐えきれず、口元が緩んだ。思わず笑いが漏れる。

重かった胸の奥が、少しだけ軽くなった気がした。

 

次に会うのは五年後か——そんなことを考えながら、

馬車がゆっくりと動き出すのを見送る。

 

俺は馬車が完全に見えなくなるまで見送った。

次に会うとき、ルーデウスがどれだけ変わっているか楽しみだ。

俺は拳を握りしめ、胸に溜まった複雑な感情をひとつにまとめた。

悔しさも、期待も、不安も全部、力に変える。

ルーデウスに置いて行かれないよう、俺も本気で頑張ろう。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。