宿儺の声が響き、光の渦が激しく揺れ動く。
吸い込まれる意識の中で、俺は自分の心臓が高鳴るのを感じていた。
恐怖ではない、むしろ期待に似た何かだった。
やがて、暗闇の中に淡い温もりを感じる。
「おぎゃああああ……!」
小さな産声が部屋に響き渡る。
粘つく水に濡れた体が、優しく包まれた布にくるまれ、柔らかな手が俺の身体を抱き上げる。
その瞬間、言いようのない安心感と、何故か懐かしい匂いに包まれた。
(……ここは)
目はまだはっきりと開かない。だが、柔らかな肌の感触と、温かい腕の中にいることはわかった。
「―――――――――」
優しい声が耳に届く。だが何を言っているのか聞き取れない、どうやら言語が地球とは違うらしい
泣き疲れた俺の顔に、そっと手が触れた。それが母親の手だと分かった。
(俺は……生まれ変わったのか?)
頭の中がまだふわふわしている。だが、かすかな意識の底から、現実感がゆっくりと戻ってくる。
(ていうか俺、男だよな?女の子だったらどうしよう……)
そんな不安が浮かびかけたその瞬間、脳内に聞き覚えのある声が響いた。
『生まれたばかりで、真っ先に考えるのがそれか?小僧』
宿儺だ。
その声は明らかに嘲笑混じりで、だけどどこか楽しげでもあった。
(本当に、俺の中にいるんだな)
あの虚無の空間で交わした会話は、夢でも幻でもなかったと、今になってようやく実感が湧いてきた。
『俺は、このまま記憶も自我も洗い流されて消えると思っていたがな……まさか魂の器としてここまで馴染むとは』
(馴染んだ?俺が?)
『ああ。お前の“空席”は俺の居場所にちょうどいい。まるで最初から俺のために用意されていたようにな』
(そんなもん用意した覚えはないんだけど……)
俺がそう内心で返すと、宿儺は「フッ」と鼻で笑う。
『だが、悪くない感覚だ。小僧、お前は以前の世界では何もなしえなかったようだがこの世界では――違うのだろう?』
(……ああ)
確かに、前の世界では俺は凡庸だった。だけど、今の俺なら――いや、俺たちなら。
その時、腕の中の温もりが、再び俺の頬に触れた。
母の声が遠くで聞こえる。笑っているようだった。
初めて聞く声なのに、なぜか安心できる。たぶん、これが「愛されている」という感覚なんだろう。
(前の世界では、碌に愛されてなかったからな...)
ただ漠然と生きているだけの日々。必要とされることも、真っ直ぐに愛されることもなかった。
誰かの顔色を伺い、空気を読んで、言いたいことを飲み込む。
そんなふうに生きて、気づけば何も残っていなかった。
だけど、今この温もりは確かに俺を包んでいる。
無条件の愛情。存在そのものを喜んでくれる気配。
『フン……くだらんな』
宿儺の声が俺の中で響く。だが、その口調に刺々しさはなかった。
(宿儺も、そういうのに飢えてたのか?)
不意に、宿儺の気配がほんのわずか揺れた。
『否定はせん』
(……本当に呪いの王なのかよ。意外と人間臭いよな宿儺って)
心の中で軽口を叩いても、返ってくるはずの毒舌はなかった。
『……』
代わりに伝わってくるのは、ほんのわずかな、哀しみにも似た沈黙。
おそらく、宿儺は、誰も愛そうとしなかった。だから「呪い」になったのだ。
けれど今、この身体の中で、母親に抱かれた俺を通して、宿儺は“愛される感覚”に触れている。
『小僧は、勝手に人の心を代弁することが好きなようだな』
(あ、すまん、もしかして不快だったか? 人の顔色を窺ってきた俺の悪い癖なんだ)
『ああ、不愉快だ』
そんなやり取りをしていると、何かが身体を包んだ。温かな布。母の腕で、やさしく包まれていく。
「―――――――」
「―――――――――――――」
母親と父親らしき人が俺を見て笑いかける、この顔は俺に期待している顔だおそらく
自分たちの子供がどんな子になるかという期待だろう
(期待か)
前世では、だれかの期待に応えれたことなんてない。何かをなしたわけでも、誇れる力があったわけでもなかった。
ただ普通に、流されるように生きて、終わった。でも今は――
(やってやる。前世では、散々な結果だったけど、俺はこの人生無駄にしない)
『フン……口だけでなければ、悪くない。その言葉、忘れるなよ、小僧』
(おう、言っとくけど宿儺もちゃんと俺を巻き込んだ責任持てよ。)
宿儺はそれに何も言わなかった。
けれど、再び沈黙の中に宿る気配は、達観でも傲慢でもない――どこか、信頼にも似た静けさだった。
母の腕の中で、俺は目を閉じる。
微かに聞こえる心音、遠くで誰かの笑い声。
この世界の始まりが、確かにここにあると感じながら。