受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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二十一話

 

最近、日課が一つ増えた。

シルフィに算術を教えることだ。

 

もともとルーデウスに教わっていた内容の復習に加えて、

日常生活で使う文も教えている。

お金の計算など、生きていく上で必要最低限の知識だ。

 

ただ、グレイラット家で勉強している都合上、

もちろん、ノルンとアイシャの二人もいるわけで、

ゼニスさんとリーリャさんの手がふさがっているとき、

シルフィは当たり前のように世話に回る。

泣いたらあやすし、ミルクを持ってくるし、おしめだって替える。

 

それどころか、二人の手が空いている時でも自分から動く。

 

その日も、シルフィはノルンのおしめと格闘していた。

真剣な目をして両手を忙しく動かす。

別に手伝わない理由はなかったが、

俺は横でその様子を眺めていた。

 

そんな時、ゼニスさんがふと俺の方を見て、微笑みながら言った。

 

 

「カイン君もやってみる?」

 

 

「え、俺ですか?」

 

 

「なんでカインがやる必要があるんだよ?」

 

 

(うわ、地雷を踏みに行ったな、師匠)

 

 

「旦那様、家事を女に任せるのは、時代遅れの考えですよ」

 

 

どうやらこの世界にも、そういう考えがあるらしい。

……いや、たぶんどこの世界でも同じだろう。

 

 

「そうよ。家事を妻とメイドだけに任せてたら、あの人みたいになるわよ?」

 

 

その一言で、師匠の動きが完全に止まる。

雲行きが怪しくなってきた。

だから俺はとりあえず、ゼニスさんの味方をすることに決めた。

 

 

「それは良くないですね。俺は……あの人みたいにならないようにがんばります」

 

 

「おい待て、今のどういう意味だ!」

 

 

「いい心がけね、カイン君」

 

 

師匠の抗議を背中で聞き流しながら、俺は視線を横に逸らした。

シルフィは、相変わらず落ち着いた手つきでノルンをあやしている。

 

 

 

―――

 

 

 

子供の世話に加えて、最近のシルフィは、

俺とリーリャさんに、料理も習っている。

火加減を確かめる仕草も、包丁を握る手つきも、

最初の頃に比べればずいぶん板についてきた。

だいぶ早めの花嫁修業だな。

そんなことを思う瞬間が、最近は増えた気がする。

 

といっても、俺が教える料理は地球の料理だけだ。

この世界ではどれも慣れない味らしく、

最初の頃はリーリャさんが「これはどこの地方の料理ですか」と首を傾げていた。

 

今ではすっかり俺の料理に興味を持ち、

二人で並んで味見をする光景が日常になっており、

気づけば、二人が俺の料理を学ぶ感じになってしまっている。

 

自分の作った料理を、美味しそうに食べてもらえるのは嬉しいのだが、

同時に悩みもあった。それは前々からの課題である、

この村の中だけで手に入る食材には、限りがあることだ。

みんなは「うまい」と言って食べてくれるが、

俺の本気はまだそんなものじゃない。

頭の中には、もっと多くの料理の記憶がある。

再現できないのがもどかしかった。

 

そんな思いもあって、最近は日に数回しか通らない馬車に朝から乗り、

片道六時間、往復で半日かける買い出しをすることが多い。

 

その日も、食材を買いにロアの町まできていた。

馬車を降りると、すれ違った行商人が、

何やら見覚えのある石像を持っているのが見えた。

 

 

「それ、見せてもらってもいいですか?」

 

 

「なんだ、坊主この石像に興味があるのか」

 

 

「はい、見覚えがあったので」

 

 

俺は行商人のおじさんから石像を見せてもらう。

とんでもなくクオリティの高い、子供の魔術師の石像だ。

……てかこれ、ロキシーさんだな。

なんでこんなものがあるのかとは思わない。

理由はだいたい察しがつく。

恐らく、ルーデウスが小遣い稼ぎのためにでも売ったのだろう。

それにしてもできがいい。

ルーデウスの作る人形は何度か見せてもらったことはあるが、

あの頃よりも格段にうまくなっている。

 

ちなみに誕生日プレゼントにもらったロキシー人形は、

大事に保管してある。というか、影の中に入れてある。

ルーデウスのやつ、人形作りの巨匠としても成功しそうだな。

もし、そうなったらファン一号として威張らせてもらおう。

 

あ、ローブが取り外せるぞこの人形、すごい作りこみだな。

……パンツを履いてる以外、殆ど全裸じゃねぇか。

ホクロも付いてるけど……イメージだよな?

実際に確かめて付けたホクロじゃないよな……?

いやぁ、何かとんでもない人形に対する執念を感じる作品だった。

 

 

「もう大丈夫です。ありがとうございました」

 

 

「なんだ買わねぇのか?」

 

 

「はい、作った人を知っているだけですので。これからどこに行くんですか?」

 

 

「なんでそんなこと聞くんだ? まあ、減るもんじゃねぇしいいか……シーローン王国だ」

 

 

シーローン王国か、今は確かロキシーさんがそこにいたはず。

本人に見つかったらまずいか?

まずいに決まってるな、自分にそっくりの人形があるとロキシーさんが知ったら、

気がきじゃないだろう。

 

 

「そこで、その人形は見せないほうがいいですよ。そこの王子はとんでもない人形嫌いという噂ですから……」

 

 

俺は、含みのありそうな顔でそう告げる。

根も葉もない嘘だけど。

 

 

「な、なんか知ってそうだな坊主……深い理由は、聞かねぇほうがよさそうだ」

 

 

どうやら、俺の意味ありげな顔でうまいこと勘違いしてくれたらしい。

 

さて、気を取り直して食材を探すか。

 

その後は調味料や食材を買い込む。

野菜の種とかを使って修行場の森で栽培するのもいいかもな……

植物の栽培なんて、小学校の時に育てたアサガオ以外やったことないけど。

まあ、何事も挑戦か。

 

 

―――

 

 

あらかた欲しい食材を買い終え家に戻る。

 

荷物は十種影法術の影の中に入れて運んでいる。

便利といえば便利だが、影に入れたぶんの重量は俺の体に返ってくる。

だが、大して重くはない。

 

なぜなら普段から、この特性を利用して、

あえて重めの石を影に詰めて持ち歩いているからだ。

日常生活の中で負荷を掛ける修行法。

悟空やロック・リーも同じようなことをやって強くなってたし、

効果はあるはず……と信じたい。

 

そうだな。将来は、地球の料理を再現するために、

世界を回るのもいいかもしれない。

もっと広い世界を見て、いろんな食材や料理を探し歩いて、

いつか、こっちでも地球の味を再現できたらいいと思う。

 

……でも、世界を回るってことは、いろんな国に行くってことだ。

つまり、いろんな言語を覚えなきゃいけない。

 

家の本棚にあった歴史書によると、

この世界には複数の言語が存在するらしい。

 

中央大陸で使われている「人間語」

ミリス大陸の「獣神語」

ベガリット大陸の「闘神語」

天大陸の「天神語」

魔大陸の「魔神語」

そして海で使われる「海神語」

 

ざっと六種類。

物理的に行けそうにない天大陸や海中はひとまず除外するとして、

やっぱり気になるのは魔大陸――魔神語だ。

あそこの地域は文化が独特で、

多種多様な種族が存在しているとロキシーさんからも聞いた、

ならば、それだけ食材も豊富そうだ。

 

それに、獣神語も覚えておきたい。

ギレーヌの尻尾を見て以来、ほかの獣族の尻尾も、

正直ちょっと気になっている。

感情に左右され、自由自在に動く尻尾。

あれに、どうしても視線を持っていかれてしまう。

 

……と、俺の趣味は置いておくとして、

言語を覚えようにも教えてくれる人がいないのだ。

以前ロアの町に行ったとき、本屋で魔神語の本を見つけたことはあったが、

最初の一ページで心が折れた。

発音記号のような文字がびっしりで、翻訳表もない。

獣神語に至っては、本すら置いてなかった。

需要がないのか、そもそも流通すらしていないのか。

 

どうしたものかと考えていると、ふと宿儺が口を開いた。

 

 

『あの青髪の女。あれは魔族だと言っていたな。なら、魔神語も知っているのではないか?』

 

 

言われて、ようやく気づく。

あの人は確かミグルド族の魔族だ。

ロキシーさんは魔大陸から旅をしてこの土地に来たと聞いている。

なら魔神語も知っているはずだ。

 

「思い立ったが吉日、その日以降はすべて凶日」

と美食家四天王も言っていたので、俺はすぐに手紙をしたためた。

今どこにいるかは、以前ルーデウスが受け取っていた手紙で覚えている。

たしか、シーローン王国だったか。

迷宮を踏破したことで名を上げ、その国の王子の家庭教師をしている、と。

 

近況報告のあとに、率直に「魔神語を学びたい」という旨を添える。

ついでに、彼女の好きそうな話題も忘れずに。

 

ロキシーさんが甘いものに目がないのは、家にいたころから知っている。

ということで俺は、最近試作していた簡単なスイーツの作り方を紙に書き、

封筒の中に入れた。最後に――

「もしよければ、ロキシーさんの知る魔大陸の料理についても教えてください」

と一言添えて。

 

 

―――

 

 

 

返事が来たのは、それから一年後のことだった。

この世界では手紙の配達ができないことがよくあり、何通か送っていたが、

なかなか返事が来ず少し心配していたところだ。

だが、どうやらちゃんと届いていたようだ。

 

机に置かれた包みの中には木箱が入っており、思ったよりもずっしりとしていた。

中には二通の手紙と、分厚い本が一冊入っていた。

 

一枚の封筒には俺の名が、

もう一枚にはルーデウスの名が丁寧に書かれている。

 

俺宛の手紙を開く。

手紙の半分は焼き菓子のレシピへの賛辞で埋め尽くされていた。

 

「香りがよく、甘さが上品で、王子にも好評でした」

 

そんな言葉が並んでいて、読んでいるうちに少しだけ顔が緩む。

どうやら喜んでもらえたようだ。

 

後半には、魔神語の件が書かれていた。

 

「ルディとカインくんがもうすぐ十歳になる祝いも兼ねて、教科書を自作しました」

 

と書かれていた。

教科書を一から作るのに相当時間がかかったらしく、

その労力を思うと頭が下がる。

さらに、途中でルーデウスからも同じようなお願いの手紙が届いたらしい。

「二人はよく似ていますね」と書かれていて、少し照れくさくなった。

教科書は、俺が使い終えたらルーデウスに渡してほしいとのことだった。

だが、ルーデウスは、今文通を禁止されている。

などとお堅いことを考えてみたが、

あれはシルフィとの文通を禁止しただけだし、

こっちから一方的に送る分には、何の問題もないだろう。

勉強用だし。

 

魔大陸の料理についても触れられていた――

 

「味は中央大陸に比べれば、正直食べられたものではありません」

 

どうやら、食文化のレベルはあまり高くないらしい。

とはいえ、それはそれで興味をそそられる。

地球の食材だって、食べられたものじゃないものから、

誰かが工夫して、今の味を作り上げたのだ。

魔大陸にもそういう食材があってもおかしくない。

 

最後の一文には、力強い筆跡でこう書かれていた。

 

「他にもスイーツのレシピがあるなら、ぜひすべて教えてください」

 

本気でスイーツがお気に召したらしい。

 

肝心の本はというと、動物の革で丁寧に覆われており、

タイトルは書かれていない本だった。

 

読み進めるうちに、返事に一年という時間がかかった理由が分かった。

あらゆる魔神語が人間語に翻訳されており、

単語や文法はもちろん、細かな言い回し、発音の仕方、

会話での使い分けまで丁寧に記されている。

 

ページの端にはメモがあり

 

「この単語は喉を鳴らすように発音すること」

 

「ここで舌を巻くと意味が変わるので注意」

 

など、教師らしい丁寧な補足がびっしり書かれていた。

 

後半に進むと、内容はさらに濃くなる。

魔大陸に住むさまざまな部族の文化や風習が、挿絵付きで描かれていた。

 

「馬のような顔をした魔族はプライドが高く、豚のような姿の魔族とは相性が悪い」

 

など、ところどころに少しロキシーさんの偏見が入っている気もするが。

これがあれば、宿儺の助けがなくてもすぐに覚えられそうだ。

 

 

 

 

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 

 

 

 

魔神語を覚え終え、ルーデウスに教科書を譲るころには、

俺は十歳になっていた。

 

剣の腕も順調に伸びている。

水神流の修行は続き、師匠のもとでついに「上級」に到達した。

師匠曰く、上級までは基礎と応用の範囲なのだという。

構え、呼吸、足さばき、間合いの取り方、

それらを状況に応じて使い分け、完璧に身につけることができて、

ようやく「上級」であり、その先は、努力と才能の領域らしい。

その基礎の中には「闘気」というこの世界独自の力を使う必要があったが、

師匠の教え方が下手なのか、はたまた、

俺が転生者な事が関係しているのかは分からないが、

完全に習得することは出来なかった。

うっすら纏えている気がする程度の出来だ。

だから、そこは、呪力強化で誤魔化している。

効果はほぼ一緒だし大丈夫なはず……

 

上級に昇格してからは、時々森の奥に出没する魔物の討伐隊に、

参加させてくれるようになった。

見学ではなく、実際に戦いに加わる側として。

 

父さんも討伐隊に加わっていて、

参加を伝えたときは目を真っ赤にして喜んでいた。

 

「俺の息子が戦場に立つ日が来たか!」

 

と叫んで、酒を開け、最後は母さんに怒られていた。

 

 

 

―――

 

 

 

魔物退治当日、森の奥は想像以上に深く、

昼だというのに薄暗かった。

 

討伐隊は十数名。

だが、実際に戦えるのは師匠と父さんと俺、

シルフィの父親のロールズさんぐらいだ。

あとは、村を守るために適当に選ばれた普通の村民たちが集められている。

 

森を進みながら出てくる魔物を倒していく。

最初に現れたのは、黒毛の狼の群れだった。

影のように木々の間を走り抜け、牙を剥く。

そのあとには、腰ほどの背丈のゴブリンたちが現れ、

粗雑な棍棒を振り上げるが、

師匠の剣が首を落とし、父さんの斧が胴を両断する。

血の臭いが鼻を刺すが、不思議と心は静かだった。

 

戦闘というより、作業に近かった。

息を合わせ、動きを読み、ただ淡々と斬り伏せる。

 

討伐はあっけなく終わった。

地に倒れた魔物の数は多いが、

誰ひとり傷つくことなく帰還の準備をしている。

師匠は満足げに頷き、父さんは「よくやった」と言って何度も俺の肩を叩いた。

 

そのあと、父さんは師匠と久しぶりに話すと言って残った。

そうして、俺だけが帰路についた。

 

 

『小僧は、人を殺せるか』

 

 

唐突に、宿儺の声が頭の奥で響いた。

 

 

「これまた急だな……」

 

 

『……人間の造形をした魔物を殺したときにふと疑問に思ってな』

 

 

「ああ、ゴブリンのことか」

 

 

少し考えてから、俺は答えた。

 

 

「殺せるか、殺せないかでいえば、たぶん……いや、曖昧な言い方はやめよう。俺は、人を殺せる」

 

 

自分の声が、思ったよりも静かだった。

 

 

「だからって、進んで殺したいわけじゃない。躊躇がないわけでもない。ただ……選択肢の中に「殺す」って選択を入れてるだけだ」

 

 

『殺すことが小僧の選択肢の中にあることが、怖くないのか?』

 

 

「意外だな、宿儺もそういうこと気にしたりするんだ……それとも、知り合いがそのことで悩んでたか?」

 

 

『ああ。俺は、殺すという選択肢を取ることに、最後まで迷い続けた人間を知っている』

 

 

「そっか……なあ、宿儺。俺が死んだ理由って、知ってたっけ?」

 

 

『知らんな』

 

 

「俺はさ、殺されたんだ。夜道で、ぶつぶつ独り言を言ってる奴がいてさ。心配になって声を掛けたら……いきなり包丁を出して、刺されたんだ」

 

 

宿儺は俺の話を黙って聞いている。

 

 

「俺を刺した後、そいつは周りに俺しかいないはずなのに、俺以外の何かに向かって言い訳を続けてたんだ。『俺は悪くない』『仕方がなかったんだ』『だって』『でも』ってね」

 

 

『滑稽だな』

 

 

「滑稽か。そうだな、でもそいつを見て俺は思ったね、あれは「未来の俺」なんだって。何も選ばず、逃げ続けた果てに、残った選択肢が一つだけに見えてしまって、「これしかない」って錯覚に溺れていく。ほんとは他にも選択肢はあったはずなのに、手を伸ばす勇気も、意思もだんだん削れていって、最後には選ぶことすらできなくなる」

 

 

「だから俺は、そうなる前に選びたいんだ。その中に人を殺す選択が含まれていても、目を逸らさない。本当に怖いのは、人を殺すことじゃない。選択から逃げ続けて、何もかも他人事にして、自分自身を見失うことだ」

 

 

『それが小僧が人を殺せる理由か。言っていることは立派だな……実現できればの話だが』

 

 

「確かに、俺は人なんて殺したことないし、殺したいなんて思っちゃいない。だけど、もしそれで俺の信念が貫けるのなら、迷わずそうする」

 

 

『小僧の意志とは別の行動をとる……その生き方は、不自由ではないか』

 

 

「そうだな、不自由かもしれない。でも、俺はそれでもいいと思ってる。なんたって、自分で決めた道を最後まで貫ける奴が、カッコイイからな」

 

 

『クハッ……カッコイイからだと? 理屈を並べた結果、結局かっこつけたいだけとはな』

 

 

「分かってないなぁ宿儺は、カッコイイって思ったことを、全力でかっこつけてやるのが一番カッコイイんだよ」

 

 

『フン……俺はそうは思わんな』

 

 

「じゃあ、俺を見てそう思ってもらうように頑張るさ」

 

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