受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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二十二話

 

ルーデウスがボレアス家に行ってから三年たった。

俺も、もう十二歳だ。

 

十歳のとき、

ついに宿儺から「十種影法術」の調伏の儀を行う許可が出た。

今では――

 

「玉犬」・「鵺」・「大蛇」・「蝦蟇」・「満象」・「脱兎」。

 

六体の式神を調伏することに成功している。

 

俺が十二歳ということは、ルーデウスとシルフィはもうすぐ十歳だ。

シルフィの一か月後にはルーデウスの誕生日ということもあり、

誕生日プレゼントを選ぶのにも苦労したかというと、そうでもなく、

大分前から準備していたので問題ない。

 

シルフィの誕生日には本を手渡した。

俺が知っている限りの料理が載っているレシピ本だ。

革の表紙を開くと、びっしりと書かれたレシピが並んでいる。

まだ、手に入らない食材も多いけど、

俺が世界を回っていろんな食材を手に入れるのでその日までは待ってほしい。

シルフィは最初こそ不思議そうに首をかしげていたが、

俺が、「その本があればルーデウスの胃袋はつかんだも同然だ」

と言うと、かなり喜んでくれた。

 

ルーデウスへの誕生日プレゼントはちょっと奮発した。

父さんの木こりを手伝って稼いだ金の半分以上を使って、

町で見つけた高めの魔術師用の杖を買い、ボレアス家へ送った。

ルーデウスがロキシーさんからもらった杖はシルフィに上げているし、

ルーデウスほどの魔術師が杖を持っていないのもおかしいからな。

 

グレイラット家には、ボレアス家から誕生日会の招待状が届いたが、

森の奥の魔物が活発化していたのと、

アイシャとノルンが熱を出したこともあり、参加を断念した。

 

 

 

 

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 

 

 

 

最近の俺は、グレイラット家でもっぱらアイシャの子守だ。

かれこれアイシャも三歳になる。

 

最初はそこまで乗り気じゃなかった。

泣いたらどうするんだとか、オムツ替えとか未知の領域だし、

何よりあの師匠が溺愛してる娘だ。

うっかり傷でもつけたら命がいくつあっても足りない。

 

……が、そんな不安は簡単に吹き飛んだ。

 

アイシャはよく笑った。

世界が一瞬で柔らかくなるような笑顔で。

俺が指でほっぺを突くと、くすぐったそうに笑う。

その顔はもう天使と言っても過言ではない。

師匠が稽古の時に俺に話したがる理由も分かった気がする。

今では俺の方からアイシャのかわいさを師匠に語っている。

弟子から自分の娘のかわいさを語られるのもおかしな話だと思う。

 

アイシャの笑顔は、とにかく反則級にかわいい。

修行の疲れなんか一瞬で吹き飛ぶ。

 

 

 

―――

 

 

 

今日も、どうしたらあの笑顔をもっと見られるだろう。

そう考えていた。

そして、ある名案が浮かんだ。

 

俺とアイシャ以外誰も見ていないことを確認し、俺はしゃがみこんで影絵を作る。

影が波打ち、地面から小さな白い子犬がぴょこんと顔を出す。

本来の玉犬は、もっと大きいのだが呪力出力を抑えて、

せいぜい子犬くらいの大きさにした。

 

アイシャの目がまんまるになる。

 

 

「うわぁ! ワンコだ!?」

 

 

小さな体で勢いよく近づき、玉犬に抱きついた。

玉犬は尻尾をぶんぶん振りながら、舌でアイシャの頬をぺろりと舐める。

 

 

「きゃっ、くすぐったい!」

 

 

アイシャは笑いながら、玉犬の柔らかい毛を何度も撫でた。

小さな指がふわふわの白毛をかき分けるたびに、

玉犬は嬉しそうに「くぅん」と鳴く。

 

 

「お兄ちゃん! この子、どこから来たの? お兄ちゃん家の犬?」

 

 

「えーっと……内緒。秘密にできるか?」

 

 

アイシャは小さな手を顎に当てて、考えるしぐさをする。

 

 

「うんっ、絶対に言わない!」

 

 

数分ほどの間、アイシャは夢中で玉犬と遊び続けた。

アイシャは両手をぱあっと広げて、抱きつく。

玉犬の尻尾がほうきみたいにぶんぶん振られて、

アイシャの服の裾がぺちぺち叩かれる。

玉犬は抱きつかれたまま、抵抗もせず横倒れになって転がる。

地面に背中をこすりつけながら、腹を見せてうっとりしている。

 

 

「いい子いい子~。おなか、ふわふわだね~」

 

 

よし。戦いになっても、玉犬だけは死守すると決めた。

そんなことを考えていると、

庭の外から人の気配がし、玉犬の耳がピクリと動く。

 

 

「戻れ」

 

 

短く呟くと、玉犬は影の中へ静かに溶けていった。

 

 

「あっ……いなくなっちゃった」

 

 

一拍の間を置いて、アイシャの顔がしゅんと沈んだ。

上目づかいで俺を見る。

この顔を見ていると、アイシャに何かしてやりたいという気持ちが沸いてくる。

 

 

「……また会えるよ」

 

 

「ほんと?」

 

 

「アイシャが、いい子にしてたらな」

 

 

「ふふーん、私はずっといい子だもん」

 

 

アイシャは胸を張って、にぱっと笑った。小さな八重歯が見える。

その笑顔を見て、俺もつられて口元がゆるむ。

 

 

「そうだな。アイシャはいつだっていい子だ」

 

 

「でしょー? お兄ちゃん分かってるぅー」

 

 

前々からアイシャには「お兄ちゃん」と呼ばれている。

……まんざらでもなかった。

というか、むしろちょっと嬉しかったのは否定できない。

だが問題は、ルーデウスだ。

ルーデウスは師匠や俺によく、

「尊敬されるカッコイイお兄ちゃんを目指します」

と言っていたのだ。

 

ルーデウスが帰って来た時が怖い。

俺は、その時をルーデウス視点で想像してみる。

遠くで働いていて、数年ぶりに家に帰ると、

自分の妹が他人に向かって「お兄ちゃん」なんて言っている状況を。

 

俺はその男をぶっ殺したくなる。

だが今のままだと、ぶっ殺されるのは俺の方だ。

俺はアイシャに「お兄ちゃん」と呼ばれていたいが、

それ以上にルーデウスと仲良くしたいのだ。

なので俺は、悩みに悩んだ末に苦渋の決断をした。

 

 

「なあ、アイシャ。『お兄ちゃん』って呼ぶのやめないか?」

 

 

「なんで? お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ?」

 

 

アイシャが上目遣いで俺を見る。

 

 

「アイシャには、本当のお兄ちゃんがいるだろ?」

 

 

「でも、顔も知らないし、それにお母さんがいっつも「ルーデウス様は素晴らしいお方」とか言ってるけど……なんか、ほんとかなぁ〜って思っちゃうの」

 

 

「まあ、アイシャがまだ赤ちゃんの時にこの村から出てったからな。そう思ってしまうのもしょうがないのか……」

 

 

「そうそう」

 

 

「でもなアイシャ、ルーデウスがいなかったら、アイシャは今ごろ生まれてなかったかもしれないんだぞ」

 

 

「なんで?」

 

 

「それは………………とにかく! 俺のことを『お兄ちゃん』って呼ぶのは禁止!」

 

 

「じゃあ、カインお兄ちゃんで」

 

 

アイシャは、またお得意の上目遣いで俺を見る。

それやっとけば俺が言うこと聞くって思ってるな?

 

 

「それなら……いいけど……」

 

 

抗えなかった。完敗だ。

軽い自己嫌悪でため息をつき、俺は空を見上げる。

 

そういえば、今日の空の色はいつもと違って、なんだか不気味だ。

 

茶色、黒、紫、黄色。

 

まるで絵の具が混ざりきらないような、嫌な色。

ただの自然現象とは思えない、不吉な気配が空一面を覆っていた。

 

宿儺が何か言いそうなもんだが。

よりによって、子守の最中はいつも寝てやがる。

 

家の中からリーリャさんが出てきた。

庭先に立ち止まり、眉をひそめて空を見上げる。

 

 

「この空の色、雨ですかね?」

 

 

自分で言っておきながら、そんなわけがないと思った。

 

 

「分かりません……私も生まれてこの方、あのような空は見たことがありません」

 

 

「……一応、家の中に戻りましょうか」

 

 

「そうですね」

 

 

「えーっ、もっと遊びたかったー!」

 

 

「アイシャ! わがままを言ってはいけません!」

 

 

リーリャさんが声を張る。

アイシャは口を尖らせたが渋々「はーい……」と返事をして、

リーリャさんから離れ俺の横に寄ってきた。

名残惜しそうに空を見上げるアイシャ。

 

そのとき――空の色が、急速に変わり始めた。

 

さっきまで茶色がかった混色だった空が、

まるで絵を上から塗りつぶすように、真っ白に染まっていく。

 

 

「なんだ……あれ」

 

 

遠くの地平線が白く光っている。

白い光の壁が、空と地を飲み込みながら押し寄せてくる。

それは水でも火でもない。

ただ、森を、田んぼを、家を、音もなく呑み込んでいく。

 

俺は反射的に、目の前にいたアイシャの体を抱き寄せ、覆いかぶさる。

 

 

「……っ、アイシャ!!」

 

 

叫んだ声が、光に掻き消された。

一瞬、視界のすべてが真っ白になり――何も感じなくなった。

 

 

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 

 

 

 

気づいたとき、俺は石造りの床の上にいた。

冷たい感触が背中に伝わる。

頭はぼんやりしているが、両腕の中に確かな重みがある。

アイシャだ。意識を失っているのか。

 

周囲を見渡すと、天井は高く、壁には見知らぬ紋章が彫られていた。

見覚えのない場所。いや、これは……城か?

 

 

「なんだ、ここ……」

 

 

まだ思考が追いつかない。

空の異変、光の奔流、そしてこの場所。

一体何がどう繋がっている?

 

 

「てめぇ! 俺の城で何してやがる!!」

 

 

怒鳴り声。

背後から、靴音とともに誰かが駆け寄ってくる。

反射的に振り向こうとした瞬間――

 

視界が、拳でいっぱいになった。

 

鈍い衝撃が顔面を直撃し、景色がぐにゃりと歪む。

思考が途切れ、世界が遠のく。

聞こえたのは、アイシャの小さな息づかいと誰かの慌てた声だった。

 

 

「アトーフェ様っ!!!」

 

 

耳の奥でその名が反響する。魔神語で話している。

誰だ……アトーフェ? どこかで聞いたことがあるような……

 

 

「お待ちください! まだ子供です!」

 

 

「知らん! 勝手に俺の城に転がり込んできたんだ、敵かもしれんだろうが!」

 

 

「ですが、人族の子供です!」

 

 

「ただのガキはいきなり目の前に現れたりしねぇ!」

 

 

「客人だったらどうするのです!」

 

 

「死にはせん、起きるまで牢にでも入れておけ!」

 

 

「ハッ!」

 

 

「……もしや、勇者か?」

 

 

それだけが耳に残り、瞼は重く閉じていった。

 

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