受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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二十三話

 

目を開けたとき、そこは真っ白な空間だった。

上下も前後も分からない。

白い霧のような光だけが、どこまでも広がっている。

 

 

また、あの場所か?

 

 

声がやけに響く。

足元を見ても、地面らしいものはない。

ただ、確かに立っている感覚だけがあった。

そこで初めて、自分の体に違和感を覚える。

 

見下ろすと――そこにあったのは、俺の、カインの幼い体ではなかった。

何年間も鍛え続けてきた筋肉はなくなり、

手のひらは大人で、剣を振って出来たタコも残っていない。

前世の俺の姿。

何の取り柄もない、ただの●●の姿だ。

 

そう気づいた瞬間、

記憶が波のように押し寄せてきた。

押し潰されそうなほど鮮明に。

 

両親の過度な期待。

「お前ならできる」「期待してるぞ」

という言葉の重さ。

期待に応えられず、落ちこぼれ、腐っていく俺。

逃げるように日々を過ごして、何も選ばないまま終わった人生。

 

頭を抱える。

思い出したくもない記憶ばかりだ。

だが、止められない。

あの冷たい部屋の空気、無言の視線、

うつろな自分の瞳――全部が鮮明に蘇ってくる。

 

 

やめろ……今は、違うだろ……

 

 

そう呟いたが、声はかき消された。

気づけば、カインとしての記憶が霧のように薄れていくような気がする。

父さんの笑い声も、母さんの温もりも、

ルーデウスの努力も、シルフィの覚悟も、

アイシャの笑顔も、全てが遠ざかる。

 

 

ま、待ってくれ……!

 

 

膝が崩れた。

白い空間に、乾いた音が響く。

 

 

今からだったんだ……! 今から、やっと俺の人生が……始まるところだったんだ!

 

 

そうだ……宿儺ッ! 宿儺いるだろ!? 返事しろよ!

 

 

息を切らして叫ぶ。

だが――やはり何の反応もない。

……と思った、その時。

 

誰かが、笑いを必死に抑えているような声が、背後から聞こえた。

振り返ると、そこにそいつはいた。

 

白い――マネキン?

 

体の輪郭は人の形をしているが、服も皮膚もなく、

ただ真っ白で、マネキンみたいな奴。

 

だが、マネキンとは違い顔はモザイクがかっていた。

 

 

「やあ、初めましてだね。こんにちは、カイン君」

 

 

声は中性的。

男とも女ともつかない、どこか不安になる響きだった。

 

 

ここはどこなんだ?

 

 

問いかけても、こいつは首をかしげるだけ。

まるでわざと焦らすように、頬に手を当てる。

 

 

「ちょっと待ってくれよ~。こっちがせっかく丁寧に挨拶したのに、君は何も返さないのかい?」

 

 

そのふざけた口調に、思わず眉をひそめた。

だが、この状況では逆らう気にもなれない。

 

 

………俺の名前は、カイン・アルネス。

お前は誰なんだ。もしかして、神様とか、言わないよな?

 

 

「正解~! そう、ボクはこの世界の神様、人神だ」

 

 

ヒトガミ、マジで神様なのかよ……

なら、頼む。もう一回、あの世界に帰してくれ。

 

 

「その願いなら、ボクに頼まなくてもそのうち叶うと思うよ?」

 

 

本当か!?

 

 

「ああ。君はいま、ただ意識を失ってるだけだからね。君の目が覚めたら戻ってるよ」

 

 

そうか……よかった! てっきり死んだのかと思った。

それじゃあ、なんで俺はこんなところにいるんだ?

 

 

「君がここにいるのは、何を隠そう、ボクが呼んだからさ。見てたよ、君のこと。ずいぶん面白い力を持ってるじゃないか。前々から君のことをここに呼ぼうと思ってたんだよ?」

 

 

勝手に俺の人生覗き見すんなよ。

てか、前から呼ぼうとしてたなら、なんでよりによって今なんだよ。

 

 

「それがボクにも分からないんだ。普通はね、意識を失っていれば呼び出せるんだ。でも君の場合、寝てる時に呼ぼうとしても呼べなかったんだよねぇ」

 

 

寝てる時? ……ああ、それは多分宿儺が起きてるからじゃないか?

あいつ、俺が寝てるときは絶対に起きてるんだよ。なんでかわかんないけど。

ってか、宿儺ってわかるか?

 

 

「分からないから見させてもらうよ……どれどれ、両面宿儺に呪いの王ね。へぇ、彼もずいぶん面白そうだ」

 

 

……もしかして、俺、今記憶を覗かれてた?

 

 

「うん、まぁ神様だからね。というか君、気づいてなかったの? ボクとの会話は、君の考えを読んで喋ってるんだよ?」

 

 

バーカ。

 

 

「聞こえてるよ」

 

 

マネキン野郎。

 

 

「だから聞こえてるってば」

 

 

……ほんとに俺の心が読めるのか。

確かに、神様っぽいな。

 

 

「だから、実際に神様なんだってば。まあ、君たちの世界で考えられてる神様みたいに全知全能ってわけじゃないけどね」

 

 

お前が、俺達をあの世界に送ったのか?

 

 

「残念、それはハズレかな、君をこの世界に呼んだのはボクじゃないよ。君たち……いや、君が勝手に来たんじゃないか」

 

 

今、「君たち」って言ったよな。なんで直した?

俺と宿儺の二人で「君たち」なんじゃないのか?

もしかして、俺たち以外にも転生してきた奴がいるのか?

 

 

「うーん、教えるつもりはなかったんだけど、ま、いいか。そうだね、いるよ。君以外の「日本人」がね」

 

 

へー、俺以外にもいるのか、しかも日本人。

 

 

「おや? あんまり興味なさそうだね?」

 

 

まあな。前の世界にそれほど興味ないっていうか……

前世のことは、なるべくなかったことにしたいんだ。

 

 

「その前世があるからこその今の君だろう?」

 

 

いきなり神様みたいなこと言うなよ。

確かに、前世のことがなかったら今の俺はない。それは分かってる。

でもな「反省はしても後悔はしない」って言うだろ?

前世の失敗を活かすことはやめない。

けど、その失敗自体に固執はしたくないんだ。

 

 

「ふーん、反省すらできてないように見えるけど」

 

 

?……まあ、いいや。

なあ、ヒトガミ。

打ち解けたところで聞きたいんだけどさ、お前の目的ってなんだよ。

前々から俺を呼ぼうとしてたって言ってただろ?

 

 

「ああ……それはねぇ、君に「助言」をするためさ!」

 

 

また、神様みたいなことを言い出した。

お告げ、ねぇ……俺、あんまりおみくじとか信じないタイプだぞ?

 

 

「神様本人の言葉でもかい?」

 

 

ああ、てかお前なら、なおさら信じられないな。

お前ってなんか胡散臭いんだよ。

俺、前世の癖でさ、人の顔色を読むのが得意なんだ。

お前の顔は、今まで会った奴の中で一番胡散臭い。

その変なモザイク越しでも分かる。

 

 

「心外だなぁ、ボクはこれでも、この世界で唯一の神様なんだよ?」

 

 

ほら、それだよ。その言葉がもう胡散臭い。

顔もそうだけど、さっきからの会話がずっと嘘くさいんだよ。

 

 

「ボクは君のためを思ってやってるんだよ?」

 

 

……なあ、ヒトガミ。もしかしてお前さ、

俺のこと、嫌いだろ?

 

 

「……」

 

 

なんか言えよ。

 

 

「……どうしてそう思うんだい?」

 

 

勘かな。

昔からなんだよ、相手が俺のことをどう思ってるか、なんとなく分かるんだ。

敵意があるやつなら、なおさらな。

人間不信の俺が恐怖をなくすために、身につけた特技だ、

それでも、相手の本心を完璧に読むことなんてできないから、

意味のない特技だったけどな。

 

 

「面倒くさい性格してるね、君」

 

 

それは自分でも自覚してる。

そんなことよりも、質問に答えろよ、ヒトガミ。

お前は、俺に危害を加えようとたくらんでるんだろ?

その様子だと、当たりか?

俺の勘は、神様にも効くみたいだな。

 

 

「……まあいいか。芝居にも飽きてきたしね」

 

 

なんだ、意外と化けの皮がはがれるのが早かったな。

で、お前はなんだ? 俺に何をする気だ?

 

 

「やだやだ、かっこつけちゃってさぁ、ボクは神様だよ? 嘘なんかつかないさ」

 

 

……信じられないな。

 

 

「本当に読めてるのかい?」

 

 

いいから、答えろよ。

俺に、何するつもりなんだ?

 

 

「だからさっきも言っただろ? 助言だよ」

 

 

ふざけてるのか?

 

 

「ふざけてなんかないさ、君のその「勘」ってやつで当ててみればいいじゃないか」

 

 

さっきも言ったが、この勘は確証のないものだ。

 

 

「あっそ……でも助言をしようとしてたのは本当だよ。もうする必要がなくなっちゃったけどね」

 

 

必要がなくなった?

どういうことだ?

 

 

「どこから説明しようか……ボクはね、未来が見えるんだ」

 

 

未来視……

 

 

「そう、ボクも含めて、この世界にいる人たちの未来を全部ね。まあ、力の大半はボク自身の未来を見るのに使ってるけど」

 

 

そんなことペラペラと言ってもいいのか?

 

 

「その理由も後でわかるよ、で、ある日からボクの未来が、見えなくなっちゃったんだ。どれだけ覗こうとしても、真っ暗さ」

 

 

ハッ! 死んだってことか? 神も死ぬのか?

まさにお先真っ暗ってやつだな。

 

 

「黙って聞いてろよ……コホン、それでボクは、そうなる少し前の未来を見たわけさ。そこでは、ボクはバラバラにされて、四肢を別々に封印されてたんだ。そんなひどいことを、誰がやったと思う?」

 

 

さあな? 勇者とかか?

 

 

「ボクは神様だ、魔王なんかじゃない」

 

 

お前、自分が神様ってことにプライド持ってんだな。

勇者じゃないなら……わからないな。

 

 

「正解はね、子供さ。正確には、君の子孫。君とは別の子孫もいるけどね」

 

 

人間不信の俺に、子供?

とんでもないネタバレ食らったな。

相手とかって、教えてもらったりは……するわけないか。

別にいいけど。俺、ネタバレ嫌いだし。

 

 

「教えてやってもいいよ」

 

 

……さっきからずいぶん素直にしゃべるよな、お前。

それ教えて、もし俺に子供ができたら

お前の言ってた通りの未来になるんじゃないのか?

 

 

「そうなるね。いや、そうなるはずだったね。というべきかな?」

 

 

……どういうことだ?

 

 

「どういえばいいかなぁ? 君は今、自分に起きていることを理解しているかい?」

 

 

いきなり城にいて、ぶっ飛ばされたことしか分かってない。

いや、それは理解してるとは言えないか。

あ、でも俺をぶっ飛ばした奴らは魔神語で会話してたな。

なんだ? 教えてくれるのか?

 

 

「ああ、君がお願いしてくれたら、教えてあげないこともないよ」

 

 

どうせ教えるつもりなんだろ? 

なら焦らさず、さっさと教えろよ。

さっきからお前の話は遠回りしすぎだ。

 

 

「せっかちだねぇ、君とアイシャは今、魔大陸のガスロー地方にある城に転移したんだ」

 

 

魔大陸……魔神語勉強しといて良かった。

あの光に当たったせいってことなら、

父さんたちも、師匠たちも転移してそうだな。

光が来た方角は……たしかロアの町もあったはずだ、

てことは、ルーデウスも転移してる可能性が高いだろうな……

あの光が何か、とかいろいろ聞きたいことはあるが、今は置いておこう。

なぜ起きたかよりも、ここから先どうするかの方が大切だ。

 

 

「フフ……そうだね」

 

 

なんだよ、含みがある言い方だな。

転移する場所って、完全にランダムなのか?

 

 

「そうだね、バラバラに転移してるよ。海の上だったり、紛争地帯のど真ん中だったり、空の上だったり、君は……魔王アトーフェラトーフェ・ライバックの城だね」

 

 

アトーフェ、気絶する前に聞いた名前だ。

ってことは、俺が転移した場所って……魔王の城だったのかよ。

で、結局助言の必要がなくなったってどういうことなんだよ?

 

 

「今言ったはずだよ? 君がアトーフェのところに転移したからさ」

 

 

……意味がわからないな。

それと助言が必要なくなったことになんの関係があるんだ?

 

 

「関係大アリだよ。前々からボクはね、君に接触しようとしてたんだ。だって君は、ボクの未来を脅かす存在だからね」

 

 

俺の子孫がお前を封印するとかの話だろ?

 

 

「それもあるけどね、君の未来は、いつもずれるんだ。ボクが見ている世界の筋書きと合わなくなる。理由は多分、宿儺かな」

 

 

なんで、そこでも宿儺が出てくるんだよ

 

 

「それはね、ボクが未来を見る時は、その人の魂を覗くんだ。でも君の魂には君と宿儺、二人分の魂が宿ってるんだろ? だからなのかなぁ、ボクが君の未来を見ようとすると、未来が定まんないんだよ。それとも君の魂自体が特別か……」

 

 

未来が見えづらい、ね。

未来視に頼りまくってそうなお前には、

さぞ怖かっただろうな。

 

 

「ああ、怖かったさ。だから、さっさと殺しておきたかったんだよ」

 

 

まあ、自分が封印されるってのに、

呑気に傍観するわけにはいかないからな、

で? どうやって俺を殺そうとしたんだ?

まさか、俺をここに呼んでお前が直接手を下すってわけじゃないよな?

 

 

「もちろん違うよ、ここでは魂と魂しか存在できない。肉体がない限り、ボクも君も干渉なんてできないんだ。触ろうと思えば触れるけどね、でも魂同士で触れたって何の意味もないだろ?」

 

 

……じゃあ、どうやって?

 

 

「簡単さ、ボクには君の未来が見える。そして、記憶も、考えも、ぜーんぶ読める。だから――お告げを使うんだよ」

 

 

なるほどな……

 

 

「勘(笑)がいい君にはもうわかったみたいだね、簡単に言えば、君が幸福になるようなお告げをしながら、君の信用を得る。それから、君か君の相手が死ぬようなお告げを与えるんだ」

 

 

つまり、俺を操るってことか。

 

 

「操るって言い方は好きじゃないなぁ、ボクは神様なんだ「導く」と言ってくれよ」

 

 

ようするに、その助言をする必要がなくなったってことは……

 

 

「そう! 君はもうすぐ死ぬんだよ。アトーフェに殺されて死ぬんだ。だから、わざわざボクが助言をする必要もなくなったってわけ!」

 

 

…………

 

 

「どう? 絶望した? 死ぬって聞いて、怖くなった? それとも、信じられない?」

 

 

お前がさっきから、上機嫌な理由がわかったよ。

俺がもうすぐ死ぬから、煽って楽しんでるんだな。

いい性格してるよ、ホント。

で……死ぬ確率は100%なのか?

 

 

「絶対ではないよ、未来は無数にあるし、君の場合は特に見えづらい。でも、君が今アトーフェのところにいる以上、戦う可能性は高いだろうねぇ。君とアトーフェが戦えば、結果はひとつだ。アトーフェが勝つ。相手は魔王だよ? 未来を見なくても分かる……まあ、見るけどね」

 

 

そのアトーフェって魔王と、戦わない未来はないのか?

 

 

「無理だろうねぇ、アトーフェに話は通じない。あの城に入って、彼女より弱い奴が逃れたことはない」

 

 

詰んでるじゃねぇか。

 

 

「安心しなよ、もし君がアトーフェに認められるぐらい強ければ、彼女の兵士になれる。だから、必ずしも死ぬとは限らない」

 

 

俺が死なない可能性があるのに、

お前がわざわざネタバラシするってことは、

その兵士ってやつにもなんか裏があるんだろ?

 

 

「もちろん。アトーフェの兵士になった瞬間、君の未来は消える。結婚もできない。家族も持てない。十年戦って、二年の休暇。また十年戦って、二年の休暇。それを死ぬまで繰り返すんだ」

 

 

……まじかよ。

お前をぶっ殺したら、なんとかなったりしない?

 

 

「なるわけないだろ。それどころか、ボクという「神」が死んだら、世界が崩壊するかもしれないよ?」

 

 

へぇ、さすが神様だな。

 

 

「それに、さっきも言ったけど、ここにいるボクも君も、魂だけの存在だ。殺そうにも、君にその力はない」

 

 

……そうだな。

 

 

「君がそう言いたくなる気持ちは分かるよ。ボクに手を出したくなるぐらい、腹が立つんだろ?」

 

 

はあ……ならせめて、

アイシャだけでも助けられるように頑張るか。

 

 

「おや、随分切り替えが早いね。ボクとしてはもっと絶望してほしかったんだけど……まあ、そうだね。君にできることと言えば、それぐらいだ、さあ……そろそろ起きる時間だよ。せいぜい残りの人生を楽しむといいさ」

 

 

そういえばさ、神様に会ったら一度やってみたいことがあったんだよね。

ほら、手出して。

 

 

「ん? やってみたいことって……握手かい?」

 

 

ああ、神様と握手なんて誰にでもできることじゃないだろ?

 

 

「……いいよ。僕も神様だからね。そのくらいならしてあげよう」

 

 

俺とヒトガミの手が、ゆっくりと触れ合った。

ぬるりとした、体温のない感触。

まるで腐った果肉に触れたような気色の悪さだった。

 

 

「失礼だなぁ、君は」

 

 

なあ、ヒトガミ。

ひとつ、いいことを教えてやろう。

 

 

「なんだい?」

 

 

術式は、魂に刻まれる。

 

 

「?……何を言って」

 

 

もう手の内ってこった、神たま♡

 

『捌』

 

次の瞬間、ヒトガミの腕と足が一瞬で断たれ、宙を舞った。

 

 

なんだよ、心を読むって言っても、

読もうとしなきゃ読めないんだな、

神様も案外、凡人らしい。

 

俺の意識が薄れていく

 

 

「―――!? ―――! ――――――!!」

 

 

ヒトガミが取り乱したように何かを叫んでいたが、俺の耳には届かない。

 

モザイクの奥で口が動いているのが見えた。

焦ってる。動揺してる。

……いい気味だ。

 

お前が見た未来が、どうだったかは知らない。

けどな、俺は、俺にできることを、精一杯やるだけだよ。

 

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