受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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二十五話

 

気づけば、俺はそこに立っていた。

 

頭上には天井すらなく、代わりに骨で編まれた巨大なアーチが空を塞いでいる。

足元には、数えきれない骸骨の山。

たまに訪れる宿儺の生得領域だ。

その中央――骨の玉座に、宿儺が座していた。

 

 

『滑稽だな、小僧』

 

 

「宿儺……俺、どうすればいいかな……」

 

 

返事はない。

骨の軋む音だけが響く。

いつもなら皮肉の一つでも返してくるくせに。

 

 

「こっから……アイシャを連れて逃げるには、どうしたらいいかな?」

 

 

『人間は――自己に甘い生き物だ』

 

 

「……確かにそうだけどさ。このままだと、殺されるんだよ」

 

 

『それだ。そのことを言っている』

 

 

「なにがだよ……!」

 

 

声が震える。焦りが喉を詰まらせる。

何を言いたいのか分からない。

分かりたくもない。

 

 

『なぜ俺に助けを求める? “俺を退屈させない”のではなかったのか?』

 

 

その言葉が胸に突き刺さる。

あの時、自分で言った言葉だ。

「退屈させない」と。

なのに、いざ目の前に死が迫った途端、

俺は逃げ道を探している。

 

 

「い、今する話じゃないだろ!? 俺は……」

 

 

『それになぜ逃げようとしている?』

 

 

「殺されるからだよ!!」

 

 

叫ぶように答える。

自分でも滑稽だと思う。

だが、もう何も隠せなかった。

怖いものは怖い。

 

 

『小僧は言ったな。あの魔王を倒す、と。それがなぜ、逃げるという言葉にすり替わっている? 殺されるからだと? 殺されることなど、最初から言われていたことだろう』

 

 

言葉が喉の奥で止まった。

何も返せない。

宿儺の声が、さらに低く沈む。

 

 

『自分だけは死なないとでも思っているのか?』

 

 

……そうだよ。

俺は自分は死なないと思ってたんだ。

 

どこかで、根拠もなく信じてた。

死んで生まれ変わって心機一転!

俺はこの物語の主人公で、どんな困難も、

最後には笑って乗り越えるんだって。

 

そんな甘い幻想を、

心の奥でずっと抱えていた。

 

死ぬ覚悟どころか、死ぬ可能性すら頭に入れてなかった。

 

馬鹿みたいだ。

何の力も確証もないくせに。

この先、全部うまくいくなんて、

どうして信じられたんだろう。

 

 

『小僧には決定的に足りていないものがある』

 

 

「足りないもの……?」

 

 

『ああ。力でも才でもない。そんなものは後からいくらでも埋められる。お前に足りんのは“目標”だ』

 

 

目標。あまりにも単純な言葉だった。

でも、その響きが妙に俺に刺さった。

まるで、自分がずっと避けてきたものを突然突きつけられたようで、

心がざわめいた。

 

 

「目標なら……言っただろ? 俺は“満足して死にたい”って――」

 

 

『満足して死にたいだと?』

 

 

宿儺の唇が、わずかに歪む。

それは笑いでも、怒りでもなく、呆れに近かった。

 

 

『小僧のそれはただの願望にすぎん。目標とはそんな曖昧なものではない“どう死にたいか”ではなく“どう生きたいか”を定めるものだ』

 

 

ぐっと喉が詰まる。何か言い返したくても、言葉が出ない。

 

 

『前にも言ったな。進む道を決めた人間は強いと。小僧には、その道が曖昧なのだ。何を成すために歩くのか、自分でもわかっていない。だからこそ、その信念がいかに本気であろうとも、いとも容易く折れるのだ』

 

 

その瞳は退屈そうに俺を見下ろしていた。

それは怒りでも呆れでもない、

ただ、どうしようもなく興味を失った目だった。

 

退屈そうな、空っぽの視線。見覚えがある。

あれは、前世で何度も見てきた、失望の目だ。

 

けれど今のそれは、比にならなかった。

宿儺の期待に応えられなかった。

ただその事実が、体の芯を凍らせる。

 

前の世界で感じた失望なんて、安いものだった。

どうでもいい奴の期待なんて、笑って流せた。

けれど、自分が認められたいと思った相手に、憧れた相手に、

見限られる怖さは、その何百倍も重いのだと知った。

 

沈黙が、永遠のように続いた。

宿儺はしばらく俺を見下ろしていたが、やがて、深く息を吐いた。

 

 

『……せめてもの縁だ。俺の呪力は好きに使わせてやる。あとは小僧の好きにしろ』

 

 

その言葉に、頭の奥が真っ白になった。

紅い瞳が、もう一度だけ俺を見下ろす。

その視線には、怒りも、興味も、何もなかった。

 

 

『小僧――俺は、がっかりした』

 

 

その言葉が落ちた瞬間、何かが崩れた。

胸の奥にあった熱が一気に冷え、世界が遠ざかっていく。

鼓動の音も、息の音も、何もかもが薄れていく。

 

 

 

そんな俺のことなどお構いなしに、激痛が全身を駆け抜けた。

意識の底から一気に引きずり上げられるような感覚に、喉から息が漏れた。

 

目を開けると、そこはもう現実だった。

冷たい石の床。そして、響く怒号。

 

 

「なんだぁ! 貴様はこの程度なのか!?」

 

 

アトーフェの耳をつんざくような声が響く。

その顔には怒りではなく、露骨な失望の色が浮かんでいた。

紅い瞳が、興味を失ったように細められている。

 

その表情を見ても、何も感じなかった。

心が、何も動かなかった。

 

もうどうでもいい――そう思った。

宿儺に失望され、今度は魔王に見下ろされ。

自分が何のために剣を握っていたのかさえ、思い出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―――宿儺視点―――

 

 

 

 

 

 

始めは、ただの気まぐれだった。

あの虚無のような空間で、なぜかそいつはそこにいた。

 

偶然か、必然か。そんなものはどうでもいい。

ただ目の前にいたから、話しかけてやった。

 

そいつの話を俺は下らないと思った。

夢も理想も、薄っぺらい。

だが、理解はできた。

“変わりたい”という意志だけは、確かにあった。

ただ、力が足りず、身の丈に合っていないだけだ。

 

ちょうどその頃、俺は退屈だった。

長すぎる生の中で、初めてそう思った。

殺すこと、壊すこと、奪うことに飽きていた。

 

なぜか、その時の俺は思った。

こいつについていけば、

何か“新しいもの”が見られるのではないかと。

そして、その予感は的中した。

 

元の世界とは別の世界、呪いも、術も、存在しない異世界。

秩序も価値観も違うこの場所で、

こいつがどう生き、どう足掻くのか俺は興味を持った。

 

しかし、それだけだった。

興味はあれど、情などない。

暇を潰すには、ちょうどいい存在だった。

 

俺はこいつを育てることにした。

そう、教師の真似事だ。

 

五条悟。

あの男が生前にしていたことだ。

なぜ、あれほどの強者が他者に期待する?

なぜ、己の時間を誰かの成長に費やす?

 

だが、これも理解はできる。

 

誰かに期待し、その誰かが実際に何かをやって魅せる。

それは、確かに面白い。

 

そう――最初は、ただの気まぐれだったのだ。

だから、そこまで力を入れていたわけではない。

どうせそのうち飽きる。

人間の成長など、見飽きた茶番の一つにすぎんと、

俺自身が思っていた。

 

だが、その考えが変わったのは、つい最近のことだ。

 

あの日、小僧が見せた『捌』は、俺の知るそれとは違っていた。

同じ御廚子でありながら、小僧は自分の理解で再構築していた。

しかも驚くべきことに、明確に俺のそれを凌駕していた。

 

大して興味も期待もしていない小僧が、

俺の期待以上のことをやって魅せたのだ。

今まで生きていて、感じたことのない熱が体を巡った。

「愉快だ」と思った。

「もっと見てみたい」と心のどこかで呟いた。

 

人は、自分以外の他人に“自分”を保管させ、

他人以外の何者かに変化させる。

家族、友人、恋人、このあたりか。

そうしてしまうから、

その人間の一挙一動に、知らず知らず影響を受ける。

 

他者の心に入る方法は二つしかない。

一つは、相手の興味を引き、許可を得ること。

もう一つは、相手と同等、あるいはそれ以上の力を持ち、

力ずくで踏み込むことだ。

 

虎杖悠仁は、後者だ。

だが、虎杖悠仁が俺と同等なわけではない、

ただ意思の強さのみで俺と並んでしまった。

身の丈に合わない理想を、意思の強さで押し通し、

それによって無理やり俺の心へ侵入してきた。

俺は、それがどうしようもなく不愉快だった。

 

だが小僧は違った、

ほんの一部ではあるが、俺を超えるものを魅せ、

興味を持たせ、俺の心に入って来た。

そうして俺は小僧に影響を受けてしまったのだ。

そして満たされたと感じたのだ、この俺が。

 

そして、その影響を虎杖悠仁の時とは違い、面白いと感じてしまった。

 

小僧の言う「俺を退屈させない」という理想は、

明らかに小僧の身の丈に合っていない。

だが――出来るかもしれないと思ってしまった。

 

その日からだ。

俺は小僧に、期待し続けようと思った。

何があっても、どんな運命が待っていようとも、

この小僧がどこまで伸びるのかを、見届けてみたくなった。

 

小僧には、天賦の才がある。

それはこの世界に来て数年で気づいた疑いようのない事実だった。

 

肉体、感覚、適応力、成長速度。

どれを取っても、最初から“器”が違う。

生まれつき強者の器を持つ存在だと。

 

だが、どうにも噛み合わなかった。

 

本来、天賦の才を持つ者の成長の仕方ではない。

すべてが才能の器と釣り合っていなかった。

 

鍵穴と鍵が別物のような違和感。

 

その違和感の正体は、すぐにわかった。

原因は、転生による不具合だ。

転生によって、天賦の才を持つ肉体に、

小僧の“凡才の思考”が入り込んだ。

 

魂と器の不一致。

それがすべての原因だろう。

 

だから俺は興味を持った。

この体に入るはずの魂などどうでもよかった。

 

むしろ弱者の思考は、天賦の才を持つ器を、どこまで引き出せるのか。

その一点に、純粋な好奇心を覚えた。

 

だから――

 

 

『――わざわざこんな芝居まで打ったのだ』

 

 

小僧は弱者だ、肉体には天賦の才が宿っているが、

その思考は明らかに弱者のそれだ。

しかし、弱者がどうすれば成長できるのか。

それは、すでに理解していた。

虎杖悠仁を見て、嫌というほど思い知らされた。

 

奴は何度も絶望を喰らい、そのたびに立ち上がった。

強さとは、喪失を知った者が手にするものだ。

 

俺は閃いた。

同じ状況を、小僧にも作ってやろうと。

 

大切なものを失う恐怖を知れば、人は変わる。

壊れた心は、新しい形を得て再生する。

弱者が弱者のまま高みへと至る道は、それしかない。

 

だが、前世の小僧には、それがなかった。

 

失うものも、守るものもなかった。

故に、失う恐怖も知らなかった。

痛みを避けるように、現実から目を逸らし続けて生きていた。

 

……だから、わざわざ“期待”という名の餌を与え、

そして失わせ、飢えを教えた。

 

俺からの信頼を、自分の手で壊すという経験をさせたのだ。

信頼を失う痛み、見放される恐怖は、あればあるほどいい。

 

人は絶望の中で初めて、自分の価値を問う。

 

転移、小僧を俺の手元から離す、いい理由になった。

もう手を引く時期だ。この先は、自分の足で歩かせる。

 

 

『俺と一緒に、本気をだすなどという腑抜けた思考ではダメなのだ』

 

 

俺にも、この世界の魔力を使ってやりたいことがある。

ヒトガミとかいう神気取りの存在も気になるしな。

長く縛りつく気も、育ての親を気取る気もない。

だが、その片手間に、見ていてやるのも悪くない。

小僧が本当に折れるのか、それとも俺の期待に応えてくれるのか。

 

 

『――期待しているぞ、小僧』

 

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