受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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二十七話 本質

 

「……そうか、俺はずっと……怒ってたんだ」

 

 

そう口にした瞬間、胸の奥に長い間閉じ込めていた何かが、

ひとつずつ形を持ちはじめた。

 

生きていると必ず、どうしようもない理不尽にぶつかる。

理由もなく、大切なものを奪っていく出来事。

どうしようもない現実、抗えない運命、

どんな努力も踏みにじる理不尽。

誰もがそれを「仕方ないこと」だと飲み込み、大人になる。

俺も、そうやって諦めるのが当たり前だと思っていた。

それが、成長であり、現実を知るということだと。

 

でも違った。

諦めたくなかった。

認めたくなかった。

前世での事も。

突然転移させられたときも。

ヒトガミに死を告げられたあの時も、

そして今、魔王を前にして。

 

俺はずっと怒っていたんだ。

こんな理不尽、受け入れられるわけがない。

「仕方のないこと」と受け入れる、それも強さかもしれない。

でも、俺はその先で笑えないし、許せない。

 

だから、勝ちたかった。

抗えないと決めつけられたものに、抗ってみたかった。

だって……それが生きるってことじゃないのか?

 

そうだ。

 

本当は、勝ちたかったんだ、理不尽そのものに。

 

……目標を今一度定めよう。

アイシャを助けて、アトーフェから逃げるんじゃない。

 

 

「アトーフェに勝って、アイシャを助ける」

 

 

そう決めた瞬間、俺の中で止まっていた世界が回り始めた。

「穴」が埋まったのだ。

 

世界が、俺を祝福しているようだった。

 

俺以外のすべてが、俺の存在を中心に回っているような、

この世界は俺のために存在しているような、

そんな、圧倒的全能感で満たされた。

 

傲慢だ。

そう思う冷静な声は、どこか遠い。

 

だが同時に、ひどく腑に落ちた。

 

 

「……そうだ」

 

 

俺は小さく、しかし確信をもって息を吐いた。

 

俺に足りなかったものは、力でも、覚悟でもない。

 

イメージだ。

 

勝利への、明確なイメージ。

勝っている自分を、疑いなく信じること。

 

……宿儺だって、そうだったじゃないか。

 

あいつは、負ける未来なんて一度も想定しない。

勝つのが当然。

それ以外の可能性は、最初から視界に存在しない。

勝利しか、信じていない。

 

……だから、あれほど強かった。

だからこそ、理不尽をねじ伏せられた。

 

そして、今の俺には、それができている。

 

アトーフェに勝つ光景が、

曇りなく、揺らぎなく、

確定した未来として、

寸分の狂いもなく描けている。

 

それを、脳が「現実」だと理解している。

 

「できる」

 

そう思った瞬間、

世界がそれを否定しないことを、俺は確信した。

 

俺は左腕を前に突き出す。

肘から先がないその腕を。

 

「できる」と理解した脳は、肉体に命令を下す。

 

血が滲む断面から淡い光が滲み出し、筋肉が蠢き、皮膚が再び形を為し始める。

骨が組み直され、血管が繋がり、指の先端まで肉が伸び――腕が生えてきた。

 

 

「……ははっ」

 

 

傍らでムーアが目を丸くしているのが見えた。

親衛隊の連中が一斉に息を呑み、ざわめきが広間に広がっていく。

 

瓦礫の奥から、ゆっくりとアトーフェが姿を現した。

 

 

「いい、いいぞ……! オレをこんなにワクワクさせた奴は久しぶりだ!!」

 

 

「ああ……俺も自分にワクワクしてるよ。自分に期待したのなんて初めてだ」

 

 

世界のすべてが俺の呼吸に合わせて動いている。

今の俺ならできる、そんな絶対的な確信。

生やした腕をそのまま突き出しながら、言葉を紡ぐ。

 

 

「“龍鱗”」

 

 

アトーフェは口を吊り上げ、

背からコウモリのような翼を広げた。

 

 

「“反発”」

 

 

地面を踏みしめ、一気に飛び上がる。

コウモリのような翼が大きくはためき、

赤黒い軌跡を描いて俺へ迫る。

 

 

「“番いの流星”」

 

 

俺は一歩も動かず、ただ正面を見据える。

アトーフェが目の前に迫る。

 

 

「『解』」

 

 

刹那。

アトーフェの身体がピタリと止まり、

紅い瞳が一瞬だけ驚きに見開かれる。

次の瞬間、アトーフェの首が滑るように肩から離れ、

床を転がった。

 

 

「俺の……勝ちだ」

 

 

首と胴が離れ離れになったアトーフェを横目に、俺は牢の奥。

アイシャのいる方へ足を向けた。

これで後は帰るだけ……そう思った瞬間。

胸の奥を冷たい違和感が這い上がる。

 

 

「そうか!」

 

 

声が響く。

思わず振り返るとそこにあったのは、転がった首だった。

 

 

「なっ!?」

 

 

……アトーフェの体からは血が出ていない。

 

切り口は滑らかで、まるで切り離された瞬間に時間が止まったようだった。

その不気味さに、背筋を汗が伝う。

 

 

「貴様は今、この瞬間に……勇者になったということか!!」

 

 

ぞっとした。首が、笑っている。

転がったまま、アトーフェは俺をまっすぐに見据えている。

 

床に落ちた首が、ゴロリと動いた。

そして胴体が、勝手に歩いてくる。

首の方からも、煙が立ち上り、互いに引き寄せられるように近づき、

ずるり、と音を立ててくっついた。

アトーフェの身体が再び一つになり、立ち上がる。

 

ああ、そうだこいつ……自分で名乗っていたじゃないか。

“不死魔王”アトーフェラトーフェ。

てっきり、寿命がないとか、そういう意味かと思っていた。

だが、違った。

まさにそのままの意味だったんだ。

 

目の前のこいつは、首を切られたというのに、

何事もなかったように笑っている。

まさに理不尽。その言葉を体現した存在。

 

どう足掻いたって勝てない相手――なら、上等だ。

そんな理不尽に勝ってこそだろう。

 

 

「負けを認めよう!」

 

 

唐突なその言葉に、思わず警戒が緩む。

握った拳の力が、ほんの一瞬だけ抜けた。

 

だが――続く言葉が、それを打ち砕いた。

 

 

「と、いうはずだったのだがな……気が変わった!」

 

 

アトーフェは両手を広げ、笑いながら叫ぶ。

 

 

「カールは言っていた……人族は弱い。だが、しばらくすると、どんどん変わっていく! それこそが、人族の強さだと!!」

 

 

アトーフェの瞳は、再び俺を捕らえる。

熱と興奮に燃える獣のような視線。

 

 

「カイン・アルネス! 勇者となったお前の強さを、味わってみたくなった!!」

 

 

……まあいい。

どうせもう一度戦うつもりだったんだ。

とことんやろうじゃないか。

 

俺が構えを取ると、アトーフェは愉快そうに笑った。

 

 

「人族相手に、不死身のオレが再戦し直すのはズルいとも思った……が! オレが昔読んだ文献には、こう書いてあった!」

 

 

「……一応聞くが、なんて書いてあったんだ?」

 

 

「大魔王は、勇者に倒されても一度は復活するとな!!」

 

 

「つまりは、第二形態ってことかよ……まさしく魔王だ」

 

 

俺の皮肉に、アトーフェは嬉しそうに頷いた。

 

 

「そう! オレは魔王だ!!」

 

 

大広間に響き渡る声。

 

 

「今一度、名乗ろう! オレは不死魔王アトーフェラトーフェ・ライバック!! 俺に勝ったお前には“勇者”の称号を与えよう!!」

 

 

「カイン・アルネス。俺は――お前に勝って、アイシャを助ける」

 

 

そう名乗った瞬間、俺は息を吸い込み、迷わず叫んだ。

 

 

「『解』!!」

 

 

空気が裂ける音と共に、斬撃が走る。

目に見えぬ刃がアトーフェの身体を抉った。

しかし――それはほんの一瞬。

 

抉られた傷口は瞬く間に肉が再生していく。

まるで何事もなかったかのように、

アトーフェの体が元通りになった。

 

……やっぱりな。

詠唱なしの『解』じゃあ、

あの硬い闘気に覆われた体には通らない。

それに――もし切断できたとしても、すぐに再生だ。

どうしようもないように思えるが……策はある。

 

ただし、そのためには少しだけ時間が欲しい。

そして、アイシャから距離を取らなければならない。

 

 

「ふむ、珍妙な技を使うな……だが、その程度では俺を倒すことは出来んぞ! そんなものか?!」

 

 

その挑発に、俺も自然と笑みが漏れた。

 

 

「……いや、まだまだ、これからだ」

 

 

床を蹴る。

瓦礫の間をすり抜け、転がっていた一本の剣を掴み取った。

最低でも王級であろうアトーフェの剣術に、剣なしじゃ話にならない。

剣を当てることは難しいだろうが、いなすぐらいはしてみせよう。

 

柄を握り直し、息を整える。

アトーフェが踏み込んだ瞬間、地面が鳴った。

 

俺は後ろへ引く。

アトーフェはすぐさま追いかけ、剣を振るう。

 

一撃、二撃、三撃……

火花が散るたびに腕が痺れ、肩が軋む。

技術じゃ到底敵わない。だが、それでも何とか受け流す。

 

アトーフェの太刀筋は速く、正確で、力強い。

北神流といえば、フェイントや意表を突く動きが特徴の流派なのだが。

そのフェイントは、見られない。

アトーフェの攻撃力と耐久力ならば、フェイントに力を入れるより、

純粋に北神流の攻撃力の部分だけを抜き出すだけでいいのだろう。

だが、そのおかげで、

何とか致命傷になりうる攻撃だけは避けれている。

 

それでも経験の差で、

防ぎきれなかった、剣が飛んでくる。

そのたびに俺は、呪力を流し――

 

 

「『解』」

 

 

見えない斬撃が、アトーフェの剣を弾く。

アトーフェが目を細め、わずかに後退する。

 

 

「ぬ……! 何かに、弾かれるな……」

 

 

アトーフェの猛攻は、さらに苛烈さを増していった。

一撃ごとに地面が割れ、風圧で石片が弾け飛ぶ。

剣を合わせるたびに腕が痺れ、骨が悲鳴を上げる。

 

俺はその嵐の中で、ただ一つの瞬間を探していた。

 

 

(……ここだな)

 

 

次の一撃、アトーフェの剣が俺の脇腹を切り裂く。

刃が肉を裂き、熱い血が飛び散る。

その勢いのまま、俺の体は弾き飛ばされた。

景色が回転し、重い衝撃と共に地面に叩きつけられる。

 

――だが、狙い通りだ。

 

地面に倒れながら、意識を集中させる。

全身を駆け巡る呪力を、逆流させるように組み替える。

内側から、正のエネルギーが溢れた。

 

焼けるような痛みと共に、

裂けた肉がうねり、血が引いていく。

傷が閉じる。

アトーフェが目を細めて俺を見た。

 

 

「む? 致命傷だったはずだが……回復魔術か?」

 

 

「悪いが、企業秘密だ」

 

 

吹き飛ばされたことで、アイシャとの距離が開く。

あとは、隙を作るだけだ、

そう考えたとき――ひとつだけ思い当たる事がある。

アトーフェの隙、それは再生の瞬間だ。

どれほどの再生能力を持っていても、

切断された部位を繋ぐにはわずかに隙が生じる。

 

そのためには、切断できる一撃を当てる必要がある。

『解』じゃあ、威力不足で通らなかった。

だが『捌』ならいける。

 

……ただし。

 

 

「……触れなきゃいけない」

 

 

小さく呟いた。

闘気をまとったあの魔王に近づく、それだけで死に直結する。

だが、触れなければ斬れない。

触れるためには隙が必要。

 

隙を作るための隙が要るってわけか。

 

俺は息を殺した。足元の影が、ゆらりと波打つ。

その黒の中に、呪力を流し込む

 

 

「『脱兎』」

 

 

影が波紋のように広がり、無数の白兎が生まれる。

四方八方へ一斉に跳ね、広間を駆け抜けた。

白い群れが床を叩き、壁を蹴り、空を飛ぶ。

 

 

「またそれか……っ、鬱陶しい!」

 

 

アトーフェが舌打ちし、剣を振るう。

剣が振るわれるたび、脱兎が弾け、黒いシミのように消えていく。

視界が乱れ、轟音と粉塵が広間を覆った。

 

兎の群れを一通り蹴散らし終えたとき、

アトーフェはわずかに息を整えた。

 

来た……こいつは自分が死なないからか、

戦闘中なのにすぐ油断する。

 

アトーフェの足元、長く伸びた影がわずかに揺らいだ。

その瞬間、低く、湿った音が響く。

 

ズッ――

 

影の底から、俺の手が現れる。

アトーフェが反応するよりも早く、

俺はその背中に触れた。

 

 

「なッ!?」

 

 

「『捌』!」

 

 

俺の声と同時に、斬撃がアトーフェの内側へと走る。

アトーフェの身体が弾けるように四散した。

四肢と首が切断され、宙に舞う。

 

これじゃあ、こいつは死なない。

そんなことはもう分かっている。

首を落としても、胴を裂いても、何度でも立ち上がる。

けど……これなら。

 

 

「アトーフェ……お前、まだ自分が死なないとでも思ってんだろ……」

 

 

俺は右腕の内側に左拳を添えた。

呼吸を整え、言葉を紡ぐ。

 

 

「『布瑠部……由良由良』」

 

 

静寂が、裂けた。

四方の床から“蝦蟇”が四体、ぬるりと姿を現した。

その背後から“玉犬”が六体、遠吠えをしながら並ぶ。

 

石床を踏みしめ、俺とアトーフェとの間に道を作る。

だが、それはアトーフェのためでもましてや俺のための道じゃない。

 

背後から、鈍い音が響く。

 

そこには、包帯でぐるぐるに巻かれた巨大な何かがあった。

繭のように膨らんだそれは、糸のような何かで縛られている。

生々しい鼓動のような震えが、そこから伝わってきた。

 

 

「『八握剣異戒神将魔虚羅(やつかのつるぎいかいしんしょうまこら)』」

 

 

名を告げた瞬間、空気が一変した。

広間全体が軋むように震え、光がねじれた。

包帯で覆われた繭が「ギギ」と音を立てて動き出す。

 

それと同時に、アトーフェの身体が、

再生を終えようとしていた。

断たれた四肢が繋がり、首が戻り、

皮膚の裂け目が再び閉じていく。

アトーフェは俺ではなく後ろの魔虚羅を見ていた。

わずかに瞳が揺れる。それが、恐怖か、歓喜かは分からない。

 

 

「言っとくけど……こっから先は」

 

 

「そっちが“勇者(チャレンジャー)”だから」

 




ちなみに、アトーフェは、2回目に首を切断された時点で負けを認めようとしていました。
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