受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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二十八話

 

頭が痛い。

反転術式で頭蓋骨のひびを癒しながら、俺は瓦礫の上を駆けた。

 

 

「あの野郎……完全顕現した瞬間に、裏拳で俺を城の外まで吹き飛ばしやがって……」

 

 

だが、悪いことばかりじゃない。

外に出られたおかげで、外周を回り込める。

それに、ヘイトがアトーフェに向かったっぽいし。

 

それにしても、体の節々が悲鳴を上げている。

反転術式で、傷は全て塞がっているはずなのだが、

宿儺の呪力のせいか?

いや、戦闘中にはこの痛みはなかったから違うはずだ。

 

そんな疑問を持ちながら、俺は城の裏側に回り込み、足を止める。

石壁の向こうから、かすかな嗚咽が聞こえた。

壁を殴って壊す。崩れた石の向こうに、鉄格子の檻があった。

その中で、小さな影が震えている。

 

 

「アイシャ!!」

 

 

「お兄ちゃん!!」

 

 

顔を上げたアイシャの瞳が、涙で濡れる。

俺はすぐに駆け寄り、腕を振り抜き『解』を放つ。

 

鉄の檻が一瞬で切り裂かれ、火花を散らして崩れ落ちる。

アイシャを抱きかかえ、その小さな体をしっかりと胸に抱いた。

 

 

「もう大丈夫だ……」

 

 

周囲にはアトーフェの親衛隊がいたが、誰ひとりとして動かない。

全員の視線が、アトーフェと魔虚羅へ向けられている。

 

俺もつられて視線を向ける。

 

アトーフェは剣を振るい、魔虚羅は腕に絡まる異形の剣で応戦している。

押しているのはアトーフェだ。

力では魔虚羅が勝っているはずなのに、剣筋の鋭さが違う。

北神流の剣術に、対応しきれていないのが見て取れた。

 

 

「このままだと負けそうだな……」

 

 

万物への適応という能力以外に、

魔虚羅がどれくらい強いかは宿儺に知らされなかったが、

このままじゃ分が悪いだろう。

勇者は、カッコつけすぎたかもしれない。

そう思った俺はアイシャを抱えたまま影を広げた。

 

 

「『鵺』」

 

 

俺はアイシャを抱きかかえたまま、鵺の足にしがみつき、

ぶら下がった。

 

 

「行け、鵺!」

 

 

咆哮とともに、鵺は一気に宙へ舞い上がった。

俺は前を向く。遠くに海が見えた。

今いる場所の正確な位置は知らないが、

あの海沿いを歩いていけば、いずれ港町に着くだろう。

腕の中のアイシャが小さく震え、俺の服をぎゅっと掴んだ。

 

 

「時間、稼いでくれよ……魔虚羅」

 

 

 

 

 

 

 

―――ムーア視点―――

 

 

 

 

 

 

「まさか……二度もアトーフェ様に勝つとは……」

 

 

そう呟いた声は、戦場の轟音にかき消されそうだった。

そこには、耳鳴りのような衝突音が絶え間なく響いていた。

 

白い使い魔が咆哮を上げ、その腕に巻かれた剣が振るわれる。

一撃で石床が砕け、地が沈むほどの威力。

だが、その力任せの剣を、アトーフェ様は易々といなす。

 

 

「遅い、遅いぞ! そんなもので俺に届くかぁっ!」

 

 

アトーフェ様は、北神流の剣を極めたお方。

その太刀筋には、隙という言葉が存在しない。

使い魔はよろめきながら立ち上がる。

 

一撃の重みは、明らかに使い魔の方が上だ。

拳が地を砕き、アトーフェ様の体を押し戻すほどの威力。

ほかの魔王なら、その一撃で形も残らず吹き飛ぶだろう。

 

だが――それでも、勝てない。

 

確かにあの魔物の剣は速く、重い。

だが、剣を知る者からすれば、あれは未完成な暴力だ。

いくら力がある獣でも、技を持つ獣には勝てない。

 

そう考えているうちにも、アトーフェ様は剣を振るい、

魔物の両腕が空へ舞った。

床に落ちた腕が、音を立てて転がる。

 

 

「なんだ! もう終わりか!?」

 

 

アトーフェ様が声を張り上げた。

その余裕ある笑みを見て、誰もが勝負がついたと思った。

私も、親衛隊の者たちも、そう確信していた―――

 

 

 

―――ガゴンッ

 

 

 

鈍い音が戦場に響いた。

使い魔の頭上に浮かぶ輪が回転する。

 

次の瞬間、切り落とされたはずの腕が生えてきた。

使い魔はまるで何事もなかったかのように拳を握り直した。

 

 

「ほう……貴様も再生するのか! ならば、何度でも斬り刻んでやるだけだァ!」

 

 

そう、再生するのだ。

まるで、不死魔王のように。

いや、不死魔王ですら、

欠損した部位を0から生やすにもう少し時間をかける。

だが、あの使い魔は数秒もたたずに腕を0から完全に生やした。

 

あの少年も、腕を失ったはずの瞬間に再生していた。

無詠唱の回復魔術だと最初は思った。

だが、魔力の流れがまるで感じられなかった。

ならば、あれも“そういう存在”なのだろう。

 

分からないことは、深く考えていても仕方がない。

この使い魔も、理屈を超えた再生をしている。

 

アトーフェ様の言葉に、使い魔は答えない。

ただ、腕に巻かれた剣を持ち上げ、振るった。

剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。

 

金属音が重なり、爆ぜるような風圧が吹き荒れた。

親衛隊の誰も、近づくどころか息を呑むことしかできない。

 

だが――おかしい。

 

先の使い魔は、ただ力任せに腕を振るっていたはず。

乱暴で、読みやすく、いかにも獣じみた動きだった。

それが今は、ほんのわずかだが違う。

その剣筋に、わずかだが合理的な動きが見えた。

 

 

「まさか、剣術を……?」

 

 

脳裏に浮かんだ考えを、振り払うように首を振る。

馬鹿な。そんなことがあるはずがない。

あの化け物に技を学ぶ知性など、あるものか。

 

それに、たとえ剣術を学んだとしても。

数百年もの研鑽を積まれたアトーフェ様の北神流に敵うはずがない。

 

事実、使い魔は先ほどより傷を負う回数が減ったとはいえ、

技の精度、間合い、踏み込み

どれをとってもアトーフェ様のほうが数段上だ。

 

 

「フン……少しは学んだようだが、真似事で俺の剣は越えられん!」

 

 

アトーフェ様が笑う。だが、その直後――

 

 

――ガゴンッ

 

 

また、あの輪が音を立てて回った。

その瞬間、使い魔の動きがさっきとは明らかに変わった。

技、受け、反撃。

先ほどまで粗雑だった動きが、明確な合理を帯びている。

 

アトーフェ様の剣が振るわれる。使い魔がそれを受け流す。

まるで、長年鍛え上げた剣士同士の攻防のようだった。

 

 

「……ば、馬鹿な……! 互角……だと……!?」

 

 

思わず声が漏れた。意味が分からない。

つい先ほどまで、力任せに拳を振るうだけだったはずの獣が、

今や、アトーフェ様と互角に渡り合っているではないか。

 

 

「面白いやつだなぁ! お前!!」

 

 

アトーフェ様が笑い、踏み込みと同時に剣を振るう。

その太刀筋は、これまで以上に鋭い。

使い魔は、それを腕に巻きついた刃で受け止めた。

剣と剣がぶつかる甲高い音が、耳を打つ。

 

 

―――ガゴンッ

 

 

まただ。

頭上の輪が、低い唸りとともに回転する。

 

今度は、明確にアトーフェ様の剣が押されていた。

打ち込むたびに弾かれ、受けた反動で一歩、また一歩と後退する。

斬撃の精度も、間合いの読みも、すでに使い魔の方が上だった。

 

有り得ない――そう思っていたことが、現実になっていた。

 

アトーフェ様が、押されている。

北神流の極致に至ったあの方が、完全に後手に回っている。

剣が弾かれ、腕が裂ける

それでもすぐに再生するが、その速度よりも速く、

次の斬撃が叩き込まれる。

 

 

「ぐっ……ガアアアアアッ!!!」

 

 

アトーフェ様は咆哮と共に剣を振るい続けるが、

傷は確実に増えていく。

 

最初とは――完全に真逆だった。

押してるのはアトーフェ様ではなく、使い魔の方。

ほんの少し前まで、遊ぶように相手していた相手に、今は追い詰められている。

 

 

「こんな……馬鹿な……!」

 

 

思わず漏れた声で、唇が震えた。

理不尽、それ以外の言葉が浮かばない。

こんな存在、常識では説明できない。

 

 

「まさか……負けるのか?」

 

 

気づけば、隣にいた親衛隊の兵たちも皆、

絶句した顔で立ち尽くしていた。

 

 

―――ガゴンッ

 

 

そこから先は、一方的だった。

 

アトーフェ様の剣が振るわれる。

だが、その軌跡はすべて見切られていた。

使い魔は、まるでアトーフェ様そのものの動きを知り尽くしているかのように、

完璧にいなしていく。

 

 

「くっ……ぬぅッ!」

 

 

使い魔は、アトーフェ様の剣を受け流し、

懐に潜り込み、反撃の剣を打ち込む。

 

だが、アトーフェ様は不死。

腕を斬られても、瞬きの間に戻り。

胸を貫かれても、骨が鳴る音とともに元に戻る。

 

――それでも、斬られ続けていた。

 

アトーフェ様は笑いながら戦っていた。

だが、その笑いにはもはや余裕はない。

 

 

「ふっ……ふはははははっ! いいぞ……! もっと来い!!」

 

 

私は考えていた。

あの魔物の異様な強さのカラクリを。

 

最初は、ただの使い魔だと思っていた。

だが、違う。戦うたびに、確実に変わっている。

太刀筋の精度、反応の速さ、そして立ち回りの完成度。

 

おそらく――あの「輪」だ。

 

頭上で回る、あの禍々しい輪。

あれが何かをしている。

学習か? 模倣か?

いろいろな言葉が脳裏をよぎった。

そして、思考の中でただ一つ、ぴたりと当てはまる言葉があった。

 

 

「適応……?」

 

 

そう呟いた瞬間―――

 

 

―――ガゴンッ

 

 

輪が回る。

だが今度は、先ほどまでのように剣術を学んだ様子はない。

 

 

「なにをした……?」

 

 

剣では、アトーフェ様を完全に上回っている。

ならば、なぜ輪を回す? なぜ適応する必要がある?

 

違和感の正体には、すぐに気づいた。

 

 

「……なっ!!」

 

 

息が詰まる。

目の前の光景が、理解を拒んだ。

 

斬られた。確かに、斬られたはずだ。

だが、アトーフェ様の体は――再生していない。

これまでなら、瞬きの間に肉が繋がり、元に戻っていたはずだ。

なのに、いまは違う。

 

傷口は閉じず、ただ、静かに、裂けたまま。

 

使い魔の剣をよく見れば、淡く光っていた。

 

 

「まさか……再生そのものに、適応したとでもいうのか!?」

 

 

「なんなんだッ! 貴様はァァァァァッ!!」

 

 

腕を斬られ、足を斬られる。

そして――ついに、剣がアトーフェ様の首元へと迫った。

 

 

「アトーフェ様!!」

 

 

気づけば、私は駆け出していた。

詠唱を口にし、魔力を編み上げながら前へ出る。

しかし、間に合わない。

使い魔の剣が、首筋に触れ――

 

――首が、落ちた。

 

血は流れない。

不死であるはずのその肉体が、

まるで時間を拒絶するように、ただ静止していた。

再生の兆しは、どこにもない。

 

白い魔物は何の反応も示さない。

歓喜も、憐憫も、勝利の誇示もない。

ただ、ゆっくりと剣を下ろし、

首を失ったアトーフェ様の前に立ち尽くしていた。

 

――バシャッ。

 

乾いた音が響いた。

白い魔物の輪郭が、ぐにゃりと歪む。

次の瞬間には、黒い液体のようなものへと崩れ落ち、

床に滴り、広がり……消えた。

 

魔物が消えた瞬間。

静寂が、戦場を這うように満たした。

 

その静寂の中で――アトーフェ様の肉体が震えた。

そして、裂けていたはずの身体が、ゆっくりと、再び形を取り戻していく。

まるで世界が、再生という現象を思い出すまでに時間がかかったかのように。

 

アトーフェ様は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

肩で荒く息をしながら、赤い瞳を見開き、そして……ふっと笑った。

 

 

「……はは……」

 

 

アトーフェ様の肩が震えた。

それは笑いだった。最初はかすかな吐息のように、やがて爆発するように。

 

 

「はははははっ……! 死ぬかと思った……死ぬかと思ったぞ!!!」

 

 

その声は、恐怖と歓喜の入り混じった、底の見えない叫びだった。

 

 

「これが……死か!!」

 

 

「これが……あの時、味わうことのなかった死というものか!!」

 

 

アトーフェ様は、自らの手を見つめ、指を握りしめた。

 

 

「恐ろしいな!! ふはははははははっ!!」

 

 

笑い声が、崩れた城の壁に響き渡る。

 

 

「カイン・アルネス! このオレに死の恐怖を感じさせた二人目の人間として、貴様の名を、生涯忘れんだろう!!!」

 

 

その言葉とともに、アトーフェ様の笑い声が、広間に響き渡った。

 

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