受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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三十二話

 

二週間の滞在は、想像以上にあっという間だった。

 

バグラーハグラーの城での生活は、だいぶ体力を使った気がする。

何せ、あのバグラーは一日に五回の食事を取る。

 

しかもどれも宴のような規模だ。

料理人たちが交代で手伝ってくれたとはいえ、

毎食ごとに十数皿を作るのは地獄の修行だった。

 

それでも、バグラーがいい反応をしてくれるので手は抜けない。

 

食事以外の時間には、魔大陸の地理や種族、習慣など、

旅に必要な知識を徹底的に教わった。

 

一方で、アイシャにも変化があった。

最初のうちは、俺とバグラーが魔神語で話しているのを聞きながら、

ぽつんと黙っていたのだが。

言葉がわからない会話の輪の中で、

あの子なりに疎外感を覚えていたんだと思う。

 

三日目の夜、食後に唐突に言った。

 

 

「私も……魔神語、覚えたい」

 

 

それからは毎晩の勉強が日課になった。

単語帳を作り、発音を繰り返し、俺が書いた文字を指でなぞりながら覚えていく。

覚えた単語を使って、ぎこちない挨拶をするたびに嬉しそうに笑っていた。

吸収が早く、この調子なら魔大陸を出るころには完璧に話せるだろう。

 

――そして、出立の日の早朝。

 

バグラーは最後まで気前がよく、

「移動用の魔獣を用意してやろう」と言ってくれたが、

ミリス大陸に渡るときには結局置いていくことになるので、丁重に断った。

式神のほうが早いし、何より別れる時に悲しくなりそうだ。

 

それと、食料も詰めてくれた。

とはいえ、持ち運べるのは日持ちするものばかりだ。

干し肉、乾燥果実、固いパン。

その代わり、調味料は大量にもらった。

影に入れることもできたが、あまり詰めすぎると戦闘時の動きに支障が出る。

結局、重さを分散させながらリュックにぎっしり詰めた。

 

 

 

―――

 

 

 

――城門前。

 

仲良くしていた料理人たちが揃って見送りに来てくれていた。

 

「もう行くのか、カイン殿!」

 

「もっと料理を教えてほしかったのに!」

 

「戻ることがあったら、また作りに来てくださいね!」

 

それぞれが思い思いの言葉をかけてくれる。

 

 

「さらばだ、カイン。道中で面倒があれば言え。わしの名を出せば、だいたいは片付く」

 

 

「頼りにしていますよ、バグラー様」

 

 

「こんな状況だからこそ、存分に旅を楽しめ若者よ」

 

 

「はい!」

 

 

……よし、行くか。

 

玉犬を呼び出す。

いつもの倍近い大きさだが、

荷物の重さを考えればこのぐらいでちょうどいい。

アイシャを抱えて乗り込むと、玉犬の首元にぎゅっとしがみついた。

 

 

「バグラー様! ありがとー」

 

 

魔神語はまだ全部覚えてないから、ところどころ変だ。

バグラーは愉快そうに笑ってたけど。

 

俺も軽く手を挙げて応える。

 

玉犬が一歩踏み出すと、景色がゆっくりと動き出す。

前に進む感覚が心地いい。

向かう先は、リカリスの町というところだ。

 

 

 

―――

 

 

 

一時間もすれば城は、見えなくなっていた。

 

移動のあいだに出る魔物は、ほとんど『鵺』に任せている。

見張りも、追撃も、後始末も逐一命令してないといけないが。

 

俺はたまに気分転換で「解」の練習をする。

細かい制御を意識しながら、空気を媒介にした斬撃を飛ばす。

 

なんと、アトーフェとの戦いで宿儺の呪力を全て引き出したせいか、

俺の呪力出力はかなり上がっていた。

 

思えば、アトーフェには無詠唱の『解』じゃあ、

かすり傷しか与えられなかった。

 

けど今なら、同じ条件でも切断くらいはできるはずだと思いたい。

切っても再生されるだろうけど、ハメ殺しぐらいはできる。

……まあ、アトーフェのところに自分から行くつもりもないから、

考えるだけ無駄か……

 

そしてもう一つ、分かったことがある。

宿儺の呪力を100%供給している間は――

 

 

「あ! またお兄ちゃんに変な模様がでてる!」

 

 

そう、体に黒い模様が浮かぶ。

宿儺みたいな、線が皮膚の上に滲むように広がる。

自分で見ると、なんか強そうに見えるし、

正直ちょっとかっこいいと思わなくもない。

まあ、厨二っぽいと言われれば否定できないが。

 

だがアイシャからの評価は「こわいからやだ」らしい。

 

100%を引き出したときにしか模様はでないし、

アイシャがいるところでは、あまり見せないようにしよう。

ちょっと寂しい気もするが、仕方ない。

気に入ってるのはどうやら俺だけのようだからな。

 

 

 

――

 

 

 

数日が経ち、移動も順調。

昼は進んで、夜までに小さな町に、

そこの宿で休み、また進む。

この繰り返しだ。

 

そこまで快適じゃないけど、文句を言うほどでもない。

宿では夜遅くまで周囲を警戒するために起きているので、

多少寝不足だが、体も慣れてきた。

信用のできる仲間を作りたいな。

 

一度、アトーフェの城が視界に入ったときは胃がキュッとなったが、

何も起きずに通り過ぎた。

あそこでまた何かあったら、さすがに心が折れそうになる。

だが、俺に執着するほど、

あの魔王もそんなに暇じゃない……と思いたい。

 

このまま何事もなくリカリスまで――と考えていた矢先。

 

嫌な音が後ろから聞こえた。

地面をえぐるような衝撃、風を切る鈍い音、そして近づいてくる足音。

めちゃくちゃデカい何かが、こっちに突っ込んでくる気配。

 

振り返る。

 

……なんだあれ。

 

後ろから土煙を巻き上げて突っ込んでくる影。

近づくにつれ輪郭がはっきりしてきて、思わず二度見した。

 

灰紫の肌。常識外れの筋肉。

そして、腕が六本。

 

見た目だけならアトーフェとかバグラーの親戚。

魔王ってそんなに道ばたで湧くものなのか? 勘弁してほしい。

そいつは俺たちを視界に捉えると、

ニタッと口を裂かせて、速度をさらに上げてきた。

 

俺たちを追い越し、目の前に立つ。

六本の腕をぐいっと組み、胸を張る。

近くで見るとさらにデカい。

 

 

「フハハハハハ!!」

 

 

腹の底から響く爆発みたいな笑い声。

アイシャがビックリしている。

 

 

「我が名は魔王バーディガーディ!」

 

 

やっぱり魔王かよ。

魔王ってこんなスライム感覚で出てくる存在じゃないだろ。

 

 

「貴様がカイン・アルネスか! 我が姉アトーフェ、そして我が友バグラーより話は聞いておる!」

 

 

「魔王様が何をしに俺のところへ?」

 

 

「見物だ。人族の子供が、アトーフェを倒し! バグラーの知らぬ美食を作ったのだ、見に行かぬ理由がなかろう! ほかに理由はない!」

 

 

この魔王……純粋に、ただ見に来ただけなのか。

興味本位で魔王が高速ダッシュしてくるのは、ほんとやめてほしい。

 

 

「いや、一つ聞いておこう。」

 

 

バーディガーディの声色が、少しだけ低くなる。

その瞬間、背筋が反射的に強張った。警戒度が勝手に上がる。

思わずアイシャを抱き寄せ、玉犬に意識を向けた。

呪力を回し、戦闘態勢に入る。

 

来るなら来い。相手が魔王だろうが、やってやる。

魔王もこれで三人目だ。もう怖くなんかない。

 

ただし、アトーフェは例外とする。

 

俺の視線が鋭くなると、バーディガーディは手をひらひらさせた。

 

 

「待て。我輩に戦う気はない。見に来ただけと言っておる。」

 

 

「そういって、気が変わったとか言いませんよね?」

 

 

「ああ、もっとも、そちらがその気なら構わんがな」

 

 

少し息を吐いて、力を抜く。

必要以上に力んで殴り合うのは馬鹿だ。

 

 

「では聞こう。なぜ、そこまで強くあろうとする? まだ子供ではないか」

 

 

む。急にまっすぐ来るなこの人。

てっきり「戦いだ!」みたいな感じだと思ってたのだが……

少し姿勢を正す。こっちも茶化せる雰囲気じゃない。

 

 

「我輩は強さと名声を追い求めすぎた男を何人か知っておるが、ロクなものではなかったぞ。そんなものより、大切なものはいくらでもあるというのに」

 

 

……妙に重い言葉だ。

こういう重さは、年季がないと出せない。

不死魔族は長い時間を生きる。

バーディガーディも例外じゃない。

この人は、きっといろいろな人を見てきたのだろう。

 

 

「……バーディ様にとって“大切なもの”ってなんですか?」

 

 

「婚約者であるな! 貴様も一人見つければわかろうものだ!」

 

 

……即答か。

迷いゼロの言い切り。しかも全力で誇って言う感じ。

なんというか……うらやましい。

 

誰かひとり、迷いなく胸を張って大切だと言える相手。

そういうの、少し憧れる部分はある。

だが、人間不信の俺には絶対に無理な願いだ。

 

でも、守りたい人なら沢山いる。

父さん、母さん、ルーデウス、シルフィ、アイシャ……ほかに何人も。

その人たちを守りたい。

だから強くなろうとしている。

 

結局、わがままなんだ。

「誰かを守りたい」も、「強くなりたい」って願いも全て。

 

でも、そのわがままを貫くには――力がいる。

力がなきゃ、自分の選択すら守れない。

理不尽に踏み潰されて、後悔して終わる。

そんなのは、もう嫌なんだ。

 

だから、俺は強くなりたい。

 

――そう伝えた。

 

 

「ふむ……なるほどな。わがまま、か」

 

 

俺の言葉を聞いたバーディガーディは、少し目を細めて、顎をさすった。

表情は穏やかだったが、どこか納得したような笑みを浮かべている。

そして、ぽん、と手をひとつ打つ。

 

 

「良いぞ。己を貫くには、確かに力が要る。言葉だけで理不尽が退くほど、世は優しくないからな」

 

 

バーディガーディは静かに頷き、六本の腕をぐいっと組み替えた。

そして、ぽん、と手をひとつ打つ。

 

 

「よし、褒美をやろう」

 

 

「褒美?」

 

 

「うむ。知恵にせよ知識にせよ、力にせよ、望むなら授けよう」

 

 

知恵……?

さっきまで筋肉の塊みたいに思ってたけど、実はインテリ枠なのか。

いや、六本腕のインテリってなんだ。

 

何でも……って言われると逆に困る。

今の自分に足りないものはいくらでもある。

 

 

「あっ! じゃあ、人探しってできますか?」

 

 

「できんな、それは我が婚約者の領分だ。名を告げれば、どんな場所にいようと見つける。今度会ったときにでも聞いておこう、他の願いで頼む」

 

 

名前をバーディガーディに伝えておく。

無理と言い切られなかっただけで、十分すぎる。

どの道、俺は今、手段が少なすぎる。

頼れるなら、なんだって頼る。

 

さて……他に、何かあるか?

 

頭の中でぐるぐる回す。

欲しいもの。必要なもの。

けど、すぐには出てこない。

 

だいたいの知識はバグラーの城で聞いてるしな。

地図、主要都市、魔大陸の生態……etc

 

バーディガーディに聞くまでもない話ばかりだ。

 

じゃあ……俺が今知ってはいるが、理解してはいないことを聞こう。

 

――闘気だ。

 

この世界の剣士、いや体を鍛えていれば誰しもが日常的に纏っているというもの。

師匠も、アトーフェでさえ当然のように使っていた。

俺はうっすら纏えているようだが、いまだにコツは掴めておらず、

意識していないと、定着しないのだ。

呪力で誤魔化しているせいなのだろうか?

呪力強化も便利だが、あれを日常的に使い続けるのは、正直しんどい。

燃料を無限に吐き出せるわけじゃないし、集中が切れれば破綻する。

それに、もしもというときにガス欠になったら困る。

 

呪力と闘気がどう違うのか。

もし両方を扱えたら、どうなるのか気になるし……よし!

 

 

「闘気について教えてください」

 

 

「なんと! 闘気も使えんというのに、我が姉を倒したというのか!」

 

 

「いや、まあ……そこは裏技っていうか、なんというか……」

 

 

別に呪力を隠す理由はない。

ただ、説明するとややこしくなる気がしただけだ。

 

 

「ほう、裏技とな……うむ、よい! 人には言えん秘密の一つや二つあるだろう」

 

 

ありがたい。話のわかる魔王で助かる。

アトーフェとは違うな、アトーフェとは。

バーディガーディは腕を組み、

わざとらしくうんうんと頷いたあと、声を張り上げた。

 

 

「闘気とはすなわち、魔力である!」

 

 

「えーっとつまり……体内の魔力を使って、肉体を強化するってことですか?」

 

 

「うむ、概ねその認識で合っておる。イメージとしては、体を作る肉片の一つ一つを魔力で覆い、押し固める感じだな!」

 

 

「肉片の一つ一つ……」

 

 

つまり、身体の隅々まで魔力を浸透させて、押し固める。

俺の呪力強化は“巡らせる”イメージだから、そこが違うのかもしれない。

 

ちょっとやってみるか。

全身の細かい部分、筋繊維の一本一本まで魔力を浸透させ、押し固める。

集中が必要だな。

 

……なら。

 

アトーフェと戦ったときの感覚を思い出すか。

全身が燃え上がるような、高揚と緊張と、理性の境界が細くなる感覚。

世界を見る目が研ぎ澄まされ、何もかもが手の中にあるような錯覚。

あの“全能感”は無理でも、確かに覚えてる。

あのときの体の隅々まで血が巡り、熱が走るような感覚。

 

その記憶を思い出しながら、

魔力を指先へ、足先へ、筋肉へ、骨へ──押し固める。

 

流すんじゃない。

染み込ませる。

埋め込む。

押し固める。

 

 

「……ん。なんか、しっかり纏えてる気がする」

 

 

「焦らずともよい。生き急ぐでないぞ。走り抜ければ見落とす景色もあるからな!」

 

 

……そうだな。まあ、あとは慣れだろう。

 

 

「……コツはつかめました。ありがとうございます」

 

 

「ふむ。役に立てたのならばよい」

 

 

なんというか……豪放磊落な見た目に似合わず、案外丁寧だ。

バーディガーディは興味深そうに俺を覗き込み、顎を撫でる。

 

 

「して、貴様はどこに向かっておるのだ?」

 

 

「リカリスの町です。魔大陸の主要な町を回って、人探しをしているので」

 

 

「ほう! リカリスか! なるほど、ならば我輩が案内してやろう!」

 

 

「……え、いいんですか?」

 

 

「よいとも! 何を隠そう、リカリスは吾輩の統べる町でもあるからな!」

 

 

至れり尽くせりだな。

地図はもらっているけど、

やっぱり現地を知る人が横にいるのとじゃ安心感が違う。

これ以上の保険はないだろう。

ありがたすぎて逆に怖いレベルだ。

 

 

「……また、魔王さま?」

 

 

声がちょっと震えてる。

まあ、六本腕で筋肉ムキムキで声デカくて、姉がアトーフェなら、そりゃ怖い。

若干雰囲気似てるしな。あっちはもうちょっと鬼みたいだったけど。

俺はアイシャの頭を軽く撫でる。

 

 

「ああ。魔王だけど……いい魔王だと思うぞ」

 

 

「怖がらずともよい! 娘よ、笑え! フハハハハ!!」

 

 

アイシャはビクッとしたあと、ぎこちなく真似した。

 

 

「……フ、フハハハハハ!」

 

 

その様子があまりにも微笑ましくて、つい俺も吹き出した。

 

 

「……ぷっ。ハハハハ……!」

 

 

「良いぞ、良いぞ! 我輩の婚約者も言っていた、どんな時にもとにかく笑えとな! フハハハハ!」

 

 

アイシャは、俺が笑ったのを見て安心したのか、今度は自然と笑った。

なんだか、魔王と子供の笑いが混ざるこの空間は、妙に平和で、

さっきまで身構えてた自分が馬鹿みたいに思えた。

 

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