受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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めっちゃ嬉しい!!


三十四話

 

石化の森を抜け、リカリスへ向かう道を歩く。

ブレイズは肩に荷物を担ぎ、

アイシャは玉犬につかまって揺られている。

 

あの後、赤喰大蛇の素材を回収しようと思って戻ったが――跡形もなかった。

高く売れるってブレイズが言ってたし、

影に入れておきたかったんだが。

……まあ、死体を放置してた俺も悪い。

言い訳は無しだな。

 

 

「依頼がブッキングしてな。石化の森には俺たち『スーパーブレイズ』以外に、『デッドエンド』ってパーティーと『トクラブ愚連隊』ってのが来ていたはずだからな。どっちかだろう」

 

 

「デッドエンドって名前もなかなかだが、愚連隊とかきょうび聞かないな」

 

 

「いや、○○愚連隊ってパーティーはちょくちょく見かけるぞ」

 

 

「まじか……価値観の違いってやつなのかな?」

 

 

「いや、リカリス愚連隊ってパーティーが昔いてな。それに憧れてんだろうよ……そんなことより、カインのパーティー名は何なんだよ」

 

 

「うっ。えーと……」

 

 

「なんだよ、歯切れ悪いな。言ってみろ」

 

 

横でそれを聞いていたアイシャが、胸を張って言った。

 

 

「アイシャ・カイン団だよ」

 

 

「ぷっ……ははっ……ハハハハッ! アイシャ・カイン団って……お前らそのまんまじゃねえか!」

 

 

「わ、笑っちゃダメなんだよ! かっこいいでしょ!」

 

 

「……わ、悪い。そうだな。いい名前だ。うん。その……覚えやすいしな」

 

 

「なんだったらブレイズもパーティーに入れて、アイシャ・カイン・ブレイズ団にしてやろうか?」

 

 

ブレイズは一瞬だけ固まった。

目をぱちくりさせ、そして苦笑した。

 

 

「そいつぁ……冗談でも嬉しいな」

 

 

そう言いながらも、表情にはどこか影が落ちている。

まだ「仲間」という言葉に、うまく向き合えないのだろう。

 

 

「ブレイズさんも、いっしょならたのしいよ!」

 

 

「ま、気が向いたらな。いまは……少し一人で考えたい」

 

 

「そっか。無理にとは言わない」

 

 

「もし本当にパーティー組むなら、もっとこう……かっこいい名前にしてくれよな」

 

 

俺はブレイズの言葉に軽くうなずいた。

 

そんなことを話しながら歩き続け、

特に何事もなくリカリスの町に、たどり着いた。

 

石造りの門。分厚い外壁。

だが、クラスマとは違い、

町の入口は妙にざわついていた。

 

 

「……なんだ? いつもこんな感じなのか?」

 

 

俺がそう思ってブレイズを見るが、

ブレイズも眉をひそめていた。

 

 

「いや、こんな空気は初めてだ……」

 

 

ブレイズが近くの男に声をかけた。

 

 

「なぁ、何かあったのか?」

 

 

「聞いてねぇのかよ? さっき、この町にスペルド族が出たんだとよ!」

 

 

スペルド族。

確か……とんでもなく凶暴な魔族で、

額に宝石があって、緑髪……

 

緑髪。シルフィの顔が浮かぶ。

だが、シルフィの額には宝石なんてない。

なら、本物のスペルド族なのだろう。

 

……とはいえ、やっぱり心配だ。

あの日に誰がどこに飛ばされたのかは分からない。

だが、シルフィは無詠唱の魔術師だ。

あの集中力と機転があれば、多少の危険なら切り抜けられるはずだ。

……さすがに魔王クラスの場所に転移したのは、

俺だけであってほしいけど。

 

 

「カイン、お前はこれからどうすんだ?」

 

 

ブレイズの声で我に返る。

 

 

「とりあえず、もう日が落ちるからな、宿をとって休むよ」

 

 

「そうか、俺はギルドに行く……パーティーのこと、報告しなきゃだからな」

 

 

「おう、またな」

 

 

軽く拳をぶつけ合って、

俺たちはそれぞれの道を歩き始めた。

 

俺たちはブレイズの勧めで《狼の足爪亭》

という宿に泊まることにした。

二人以上のパーティーで一部屋を使えば、

飯代が無料っていうサービスがあるらしい。

 

石造りの建物の前に立つと、

扉の隙間から酒と煮込みの微妙な匂いが漏れてきた。

料理のほうは、あまり期待できなそうだ。

 

……と、そのとき。

 

ほんの一瞬、耳に引っかかる音がした。

 

泣き声……のようなもの。

 

子供か、大人かは分からない。

ただ、楽しそうな泣き声じゃないのは確かだった。

声は小さくて、すぐに街の雑音に紛れた。

 

……まあ、そうだよな。

 

ここは魔大陸だ。

泣きたい理由なんて、いくらでも転がっている。

仲間を失ったか、依頼に失敗したか、金が尽きたか。

あるいは、もっとどうしようもない理由かもしれない。

 

……助けに行くべきか?

 

そんな考えが頭をよぎって、すぐに自分で打ち消す。

場所も分からない。状況も分からない。

下手に首を突っ込めば、余計な火種になることもある。

俺は万能じゃないし、世界全部を救えるわけでもない。

 

分かってる。分かってるんだが。

 

アイシャが、きゅっと俺の袖を掴んだ。

不安そうというより、俺の様子を気にしている目だ。

 

 

「……お兄ちゃん」

 

 

「大丈夫だ」

 

 

何が、とは言わなかった。

俺自身、何が大丈夫なのか分かっていなかったから。

 

俺はアイシャの手を取り、宿の扉に向き直った。

今日は休む。

休んで、食べて、寝て、明日また動く。

できることを、できる範囲でやるしかない。

 

部屋の鍵を受け取り、

一階の酒場のような場所で飯を頼むと、

出てきたのは……うん、茶色い何かだ。

よくわからない塊が浮かんでいる。

 

 

「お兄ちゃん、いいにおい……は、しないね」

 

 

「まあ、無料だしな。文句は言えん」

 

 

そう言って苦笑した瞬間、

 

――ガンッ!

 

椅子の脚が床を蹴った鈍い音が響いた。

 

 

「だから言ってるだろうが! スペルド族はいいやつだって!!」

 

 

……喧嘩か?

耳を傾けると、どうやらさっきの噂の件らしい。

声の主は、怒っておりその近くで、

腕が四本もある奴がそれをなだめている。

ちょっと宿儺を思い出すが、

宿儺よりもだいぶ小さい、子供だろうか?

 

 

「あの人は俺達の命の恩人だ、みんなが言ってる悪魔なんかじゃない!」

 

 

相手の声は聞こえない。

だが周りの人は「何言ってんだこいつ」っという視線。

 

嫌な予感がしたので、俺たちはスープを飲み干し、

そそくさと階段を上った。

酔っ払いの喧嘩に巻き込まれたくはないからな。

 

部屋に戻ると、ベッドが二つ。

……硬そうだ。いや、板じゃないだけマシか。

俺は水で濡らした布をきゅっと絞ってアイシャを軽くふいてやる。

 

 

「くすぐったい」

 

 

「じっとしてろ、砂だらけなんだから」

 

 

「はーい……」

 

 

布団へ潜り込む。

外の騒ぎはまだ微かに聞こえたけど、気にしない。

今日はもう疲れた。

 

 

「おやすみ、アイシャ」

 

 

「おやすみぃ……」

 

 

アイシャはすぐ寝息を立てた。

俺も目を閉じ疲れていたのかすぐに眠った。

 

 

 

―――

 

 

 

ふと、目が覚めた。

 

部屋は暗い。窓の外も真っ暗だ。

喉が渇いた気がする。

ついでに、尿意もある。

 

横を見ると、アイシャがいた。

寝る前は別のベッドにいたはずだが……

 

……わざわざこっち来たのか。

 

小さく笑って、ずり落ちてた毛布をそっとかけ直す。

 

ベッドを抜け、部屋を出た。

廊下は暗く、軋む床板が控えめに鳴く。

トイレは外の共同だ。ちょっとだけ面倒くさい。

 

外に出ると、ひんやりした空気が肌に触れた。

音が吸い込まれていくような、妙に静かな夜だ。

 

……と思った矢先、かすかなうめき声が耳に届いた。

 

声の方へ足を向ける。宿の脇の細い路地。

視界が闇に慣れると、地面に人影が二つ転がっているのが見えた。

 

一瞬迷ったが、駆け寄り、膝をつく。

血だらけで、殴られた痕がある。

ひどい有様だ。

 

手をかざし、体内の力を逆転させる。

光が掌から溢れ、二人の身体を包んだ。

 

傷がふさがり、呼吸が徐々に整う。

光が消えたあと、二人はかすかに呻いた。

 

こいつら、さっきの宿の連中だな。

 

スペルド族のことで言い争ってた奴。

そして、止めようとしてた四本腕のやつ。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

「ああ……助かった。あんた、誰だ?」

 

 

「俺はカイン。たまたまお前らを見つけたから治しただけだ。お前らは?」

 

 

「……クルト。そっちはバチロウだ」

 

 

「冒険者か?」

 

 

クルトは弱々しく笑う。

 

 

「ああ、三人揃って、『トクラブ村愚連隊』さ」

 

 

「『トクラブ村愚連隊』……って確か石化の森の依頼受けてたパーティーだよな。でも、三人揃ってと言うが――二人じゃん」

 

 

「ガブリン……もう一人は、昨日死んだ」

 

 

「……そうだったのか。悪い」

 

 

「いや、あんたが謝ることじゃないさ」

 

 

俺は少し間を置いてから、口を開く。

 

 

「……なあ、さっき宿で騒いでたろ。スペルド族は恩人だって。どうしてそこまでかばうんだ? スペルド族は悪い奴なんだろ?」

 

 

好奇心半分、警戒半分。

 

 

「石化の森でエクスキューショナーに襲われて俺たちが死にかけてるとき、あいつらが来て助けてもらったんだよ」

 

 

「あいつら?」

 

 

スペルド族は複数でいたのか?

そう思った瞬間、クルトは首を横に振った。

 

 

「いや、スペルド族の男と、人族の少女と少年だ。『デッドエンド』って名乗ってた。」

 

 

『デッドエンド』

依頼がブッキングしたってパーティーか。

 

 

「助けてもらったときは、まさかスペルド族だなんて思わなかった。髪を染めてたしな」

 

 

バチロウが付け足すように言う。

 

 

「まあ……命を救われたなら、スペルド族だろうが関係ないか」

 

 

「そうだ、恩人を悪魔呼ばわりされて、黙ってられなかった」

 

 

「……話してくれて助かった。もう無茶はするなよ」

 

 

二人と別れ、俺はゆっくりと歩き出した。

正直スペルド族の噂よりも、気になったのは人族の子供の方だ。

 

魔大陸は危険な場所だ。

昼間だって魔物はうろつくし、夜はなおさらだ。

そんな場所で人族の少年と少女が、スペルド族と一緒に冒険者……

 

普通に生きていたら、そんな命知らずな真似はしないはずだ。

きっと、何か理由がある。

……もしかして、俺と同じく、あの転移で飛ばされた人間か?

 

そうだとしたら。

 

バグラーハグラーの顔が頭に浮かんだ。

あの食いしん坊魔王なら、きっと転移者を保護してくれる。

俺やアイシャがそうしてもらったように。

 

そのためにも――

 

 

「……明日は、冒険者ギルドに例の紙を張りに行こう」

 

 

部屋に戻ると、

アイシャが毛布にくるまってすやすや寝息を立てていた。

 

 

デッドエンドね……どんな奴らなんだろうか

 

そう思いながら、意識がゆっくりと闇に溶けていった。

 

 

 

―――

 

 

 

翌朝。

 

鳥の鳴き声、というより、

どこかの魔物が喉を鳴らす声で目が覚めた。

アイシャはまだ眠そうに目をこすりながら、

俺の腕にくっついてきた。

髪はボサボサで、寝癖が跳ねている。

 

簡単に顔を拭いて、俺たちは食堂へ。

硬いパンと、昨日よりはマシな薄いスープ。

味も見た目も、まあ……冒険者宿って感じだ。

 

食後、軽く荷をまとめてギルドへ向かった。

ギルドの扉を押し開くと、朝から賑やかな声が飛び交っていた。

大剣を背負った魔族、毛むくじゃらの獣人、馬みたいな奴。

魔大陸の濃さを朝から浴びる。

 

カウンターのほうへ歩み寄り、受付嬢に声をかける。

 

 

「あの、すいま――」

 

 

言葉がそこで止まった。

受付嬢が立ち上がった瞬間、俺の脳が処理を拒んだ。

なんと人間で言うところの二つの乳房がある場所に、

三つ目の乳房があったのだ。

情報が完結しない、魔大陸恐るべし……

 

 

「ご用件は?」

 

 

「あ、ああ……張り紙を貼りたいのですが」

 

 

舌が回らず、変な声になった気がする。

俺は慌てて懐から紙を取り出す。

右下には、丸っこいサイン入りのバグラー印がある。

 

受付嬢は紙をちらりと見て、眉をひそめる。

 

 

「……この印、本物ですか?」

 

 

「ええ、本物です。本人の許可もあります」

 

 

そう答えると、受付嬢は頷いて紙を受け取った。

そのままくるりと背を向け、奥の扉の向こうへ消えていく。

少しすると、受付嬢が戻ってきた。

 

 

「確認が取れました。本物のようですね」

 

 

続けて、受付嬢が丁寧に紙を差し戻してくる。

 

 

「ギルドとして張り紙の許可を出しますが……掲示はご自身でお願いします」

 

 

「わかりました、ありがとうございます」

 

 

紙を受け取り、礼を言ってから掲示板へ向かう。

転移者へ向けた案内は、

できるだけ目立つ場所に貼らないといけない。

このへんがいいか……釘を手に、紙を持ち上げた瞬間――

 

 

「子供がこんなとこに何の用だ?」

 

 

振り返ると、馬の頭をしたムキムキの冒険者が立っていた。

額から頬に走る浅い傷が、ただ者じゃない雰囲気を出している。

 

 

「……何か用ですか?」

 

 

俺がそう言うと、馬男は鼻を鳴らす。

 

 

「ここはガキの遊び場じゃねぇぞ。掲示板は冒険者が使う場所だ」

 

 

周囲の冒険者が視線を寄せ、ヒソヒソ声が漏れた。

 

「おい、またノコパラが誰かに絡んでるぞ」

「昨日スペルド族に糞までもらされたくせに、凝りない奴だな」

「うわ、災難だなあの子」

 

なるほど、ちょうどいい捌け口、そう見えてるんだろう。

俺は紙を掲示板にかざしたまま、ノコパラという男を見上げる。

 

 

「掲示物の許可はもらってます。貼るだけです」

 

 

「はぁ? だから何だよ。許可があろうがガキはガキだろ」

 

 

引くべきか、抗うべきか、ほんの一瞬、迷いが頭をかすめた。

けど、それもすぐに消える。

 

ここで引くのは悪手だ。

ただでさえ子供というだけで下に見られているのに、

ここで一歩でも退けば、その印象を決定づけてしまう。

俺がここで引けば、アイシャの居場所まで軽く扱われかねない。

敬語もやめるか……

 

 

「じゃあ聞くが……その張り紙にはなんて書いてあるんだ?」

 

 

ノコパラは、俺の手に持っている張り紙を指さした。

人間語で書かれた紙と、魔神語で書かれた紙の二枚だ。

俺は魔神語で書いた張り紙をノコパラの方へ差し出した。

 

 

「これだ。下にバグラーの印と、保護の旨が書いてある」

 

 

ノコパラは紙をひったくり、

眉間にしわを寄せながらも意外と丁寧に目を通した。

ざっと読み終えたあと、鼻で笑った。

 

 

「なんだよ、転移って。ごっこ遊びならよそでやれ」

 

 

「ごっこ遊びじゃねぇよ」

 

 

「じゃあなんだ。転移? 突然どっかに飛ばされた? そんな寝言、信じるやついると思ってんのか」

 

 

ノコパラの口角がゆっくり吊り上がる。

 

 

「まずな、転移って話自体が胡散臭え。ここじゃ“突然現れた奴”なんて山ほどいる」

 

 

「……」

 

 

「『俺は転移したんです〜』なんて言って、偽の身分で恩をかたる連中も絶対に出るだろうな」

 

 

言いながら、指で紙をトントンと叩く。

 

 

「それにな、こんな張り紙、誰も信じねぇよ。ましてやガキが張ったもんならなおさらだ」

 

 

突っかかってきた態度は、八つ当たりなのは間違いない。

スペルド族に恥をかかされたというのも、

さっき聞いた噂で分かっている。

 

けれど――こいつの言い分は筋が通っている。

 

確かに、この張り紙を利用して嘘をつく奴は出てくるだろう。

助けになるつもりが、害になることだってあり得る。

 

 

「だからって、何もしないのが正しいのかよ」

 

 

「……はぁ?」

 

 

「悪かねぇよ。ただ俺は……大人になれって言ってんだ」

 

 

「大人ってなんだよ」

 

 

「現実見ろってことだ。綺麗ごとで生きてける場所じゃねぇんだよ、ここは」

 

 

「ハッ! 夢を忘れることが大人だって言いたいのか?」

 

 

「分かってんじゃねぇか。そうだ、それが大人だ」

 

 

「違うな、お前のそれは、自分を納得させてるだけだ」

 

 

「……なんだと?」

 

 

「お前にも何か理想があったんだろうが。それを得られなかった。だから自分を励まし、慰め、納得させてるだけだ」

 

 

「てめぇに俺の何がわかる」

 

 

「わかるさ。お前みたいに、自分を納得させて諦めてきた奴を俺は見てきたからな」

 

 

「ガキのお前は勘違いしてるようだから言っといてやる。子供が“何者にでもなれる”ってのは幻想だ。ここを見てみろ。何者でもねぇ奴らのたまり場だ」

 

 

「勘違いしてるのはお前だ。何にでもなれるからこそ、何かになろうとしなければなれないんだよ」

 

 

ノコパラの顔が、怒りで真っ赤になる。

 

 

「……上等だ、ガキ。偉そうに夢だ理想だ語りやがって……テメェみたいな奴が一番ムカつくんだよ」

 

 

ゴキリと骨を鳴らしながら、ノコパラが指で路地を示した。

 

 

「ついてこい。現実を見れてないガキに俺が教育してやるよ」

 

 

こいつはこいつなりに現実を見てきたんだろう。

理想を笑う奴ってのは、だいたい一度は本気で信じてた奴だ。

 

でも俺も引く気はない。

 

目線をそっと横へ向けると、アイシャが不安そうに眉を寄せていた。

その姿に、胸が少しだけ痛んだ。

 

 

「お兄ちゃん……」

 

 

「大丈夫。ちょっと話してくるだけだ。だから、受付のお姉さんと待っててくれないか?」

 

 

アイシャの前髪を軽く撫でる。

受付の職員に目線を向けると、すぐに気づいてくれた。

 

 

「すみません、少し見ててもらえますか」

 

 

職員は俺とノコパラを見比べ、ため息ひとつ。

止めはしない。たぶん冒険者の世界じゃ、こういう場面は日常なのだろう。

職員が軽くうなずき、アイシャの肩に手を置いた。

その姿を確認してから、俺はノコパラの背中を追った。

 

ノコパラが無言で路地裏へ歩き出す。

歩きながら、頭の中でぐるぐる考える。

 

ノコパラの言い分は正しい。

「転移者です」と言えば、悪用する奴も出てくる。

そもそも、張り紙を信用する奴より、疑う奴の方が多いだろう。

俺の張り紙が役に立たないどころか、害になる可能性すらある。

 

……正直、ちょっと刺さったな。

張り紙ひとつでなんとかしようなんて、

甘かったのかもしれない。

 

ノコパラの背中を見ながら思う。

こいつはただの粗暴な奴じゃない。

言葉は乱暴で、態度はでかいし、絡み方も最悪だけど……

“現実”を知っている分、物事の裏側まで見えている。

 

いいことを思いついた。

こいつには、俺のわがままに付き合ってもらおう。

 




泣き声は、漫画版のルーデウスの泣き声です。
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