受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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三十五話

 

俺は今からノコパラを仲間にしようと思う。

 

理由は単純。

こいつは俺にない視点を持っている。

そして、俺に必要な視点を持っている。

 

理想だけじゃ人は救えない。

綺麗事だけじゃ、誰も守れない。

それは知っている。身に染みている。

 

あのときノコパラが言った言葉は、痛いほど現実的だった。

「信用が足りない」「悪用される可能性を考えろ」

……どれも、否定できない。

現実を見ているからこそ出てくる言葉だ。

 

張り紙の問題に対する対策は、

もう思いついている。

だが、それをひとりでやるのは遅い。

理想を押し通すなら、現実を知るやつの視点がいる。

ノコパラを仲間にすれば、

その計画はもっと早く現実になる。

俺が見落としている落とし穴を、

こいつなら最初に見つけるだろう。

 

俺が見えない角度から物事を見て、俺が気づかない穴を指摘できる。

それができる人間は、そう多くない。

――だから、必要だ。たとえ気に入らなくても。

 

……好きな奴だけで、世界を作れたなら最高だ。

信じたいものだけ信じて、優しい連中だけと歩けたなら、

それが一番楽なのだろう。

 

でも、何が無駄で、何が必要かを判断できるほど、

俺はまだ人生を積んでいない。

 

なら、嫌いでも利用する。

ムカつく相手からこそ、学べることがある。

それは、魔大陸で嫌というほど学んだ。

 

……と、偉そうに言ったところで、やることは単純だ。

 

どうやって口説くか、だな。

 

ギルドから少し離れた、裏路地。人通りはほとんどない。

ノコパラはそこで足を止め、ゆっくりと振り返る。

 

 

「ほら、来いよ。ガキに現実ってもんを教えてやる」

 

 

ノコパラは俺に先手を譲るようだ。

 

余裕綽々。

今のまま誘ったとして承諾はまず得られないだろう。

たとえ受け入れさせられても、裏切られる未来しか見えない。

 

だから……裏切られない担保を作る。

 

 

「ビビってんのか? なら泣きながら帰――」

 

 

俺は一歩踏み込み、腕を振るった。

 

空気が裂けるような音。

 

次の瞬間、ノコパラの手のひらが地面に転がった。

血が噴き出し、数滴が俺の頬に飛んだ。

 

 

「い、いっ……ぐっ、がああっ、な、なんだよ……これ……ッ!」

 

 

ノコパラは地面に崩れ落ち、悲鳴を上げる。

 

 

「お、お前が……やったのか!? なにを……なんの魔術だよ!!?」

 

 

「魔術じゃない」

 

 

「ま、待て待てっ……悪かった、悪かった! 俺が悪かった! 調子乗った! 生意気なガキだと思ってた! すまん、ほんとにすまん……!」

 

 

……謝れるのか。

へたり込むノコパラを見下ろしながら、少しだけ意外に思う。

プライドで噛みつくタイプだと思っていたが、

引くべき場所では引けるらしい。

ますます、パーティーに入れたくなった。

 

 

「謝る必要はない。やってほしいことがあるだけだ」

 

 

ノコパラの呼吸が荒い。

汗と血で顔がぐしゃぐしゃになっている。

必死に頷いた。

 

 

「な、なんでもやる……やるから……っ! だから殺さないでくれ……!」

 

 

「なら教えてくれ。さっき言ったよな、俺の張り紙を悪用する奴が出るって。何か対策を思いつくか?」

 

 

ノコパラは腕に布を巻きつけ、

荒い呼吸を整えながらこちらを見た。

血の跡が布ににじむが、動作は手際よい。

 

 

「……転移した奴の特徴、もしくはそいつらしか知らねぇことはあるか?」

 

 

「転移者は手ぶらのことが多いだろうな。あとは……転移する瞬間の空の色とかかな」

 

 

「……そういうのだ。そいつを合言葉にするんだよ……『転移の瞬間、空は何色だった?』ってな……」

 

 

「なるほど」

 

 

「あと……自分が居た地名も言わせろ……ここの奴らは中央大陸の地名なんて知らねぇ奴ばっかだからな……」

 

 

「即興で思いついたにしては、まともな案だな」

 

 

「だろ? だから見逃してくれよ……な?」

 

 

「まだだ」

 

 

ノコパラの肩がビクッと跳ねた。

 

 

「張り紙を信用してもらうには、どうすればいい? バグラーの印はあるが……あの人を知らない奴からすればただの魔王だ。信用できるはずがない」

 

 

「な、なら……お前が信用されりゃいい」

 

 

「……」

 

 

「お前も転移でここに来たんだろ? 同じ境遇の奴の言葉なら信用される」

 

 

「つまり、俺が有名になればいいってことか」

 

 

「そうだ……お前が良い奴って噂を流させれば……さらに信用されやすいだろうな……」

 

 

その案は俺も考えていた。

 

……だが、言うほど甘くない。

 

信用は、一夜で得られるもんじゃない。

積み上げて、積み上げて、それでも崩れる時は一瞬だ。

ましてや、それを魔大陸中に広めるとなると、

俺一人じゃ厳しいだろう。だからこそ――

 

 

「なあ、ノコパラ。俺のパーティーに入らないか?」

 

 

ノコパラの目が泳ぐ。

痛みで思考が追いついてないのか、言葉が出ない。

そりゃそうだ。腕が地面に転がった直後に、

雇われスカウトされる経験なんて普通はない。

 

 

「は……? はあ!? お、俺を……か?」

 

 

「そうだ。お前をだ」

 

 

ノコパラは一瞬固まってから、喉を鳴らす。

 

 

「断ったら?」

 

 

「別に、何もしない」

 

 

「本当か?」

 

 

「ああ。俺はお前を殺さないし、その腕もくっつけない」

 

 

「ッ! 治せんのか?!」

 

 

「完全にな」

 

 

「クソッ……一択じゃねぇか」

 

 

「俺がこの魔大陸で活躍する。だからお前は、俺の活躍を町中に広めてほしい。やり方はお前に任せる。できるか?」

 

 

「ああ! やってやるよ、やればいいんだろ?」

 

 

やけくそ気味だが確約は取れた。

ノコパラがふと不安そうに目を細める。

 

 

「で、お前……俺が裏切るかもしれねぇって考えねぇのかよ?」

 

 

「その時は、今日の続きだな」

 

 

「お前、ろくな死に方しねぇぞ」

 

 

「かもな。それと……お前の報酬の話だが……」

 

 

「は? 見返りがあんのかよ」

 

 

「もちろんだ、裏切られたくはないからな。俺が出せる見返りは、コネだ」

 

 

「ハッ! バグラー様のコネか? あの張り紙の印は偽造なんだろ?」

 

 

こいつ、まだバグラー印のことを偽造だと思ってるのか。

まあ、そりゃそうか。

こんな子供が魔王と繋がってるなんて、普通は信じない。

 

 

「嘘だと思うならそれでもいい。バグラーの親衛隊が近いうちに来るだろうからな」

 

 

ノコパラは息を吸い直し、鼻で笑う。

けどその目は—、さっきまでの嘲りじゃない。

疑いとほんの少しの期待。

 

 

「……その話が本当だってんなら、十分すぎる見返りだ」

 

 

「なら、契約成立か?」

 

 

「ああ、契約成立だ。だからさっさと手を治してくれ……いってぇんだよ……」

 

 

俺は、転がった手のひらを拾い、傷口を水で洗い流して、

ノコパラの腕にくっつける。

 

 

「動くなよ」

 

 

呪力の流れを整え、逆回転させる。

 

 

「うげ……まじで、くっつきやがった……」

 

 

ノコパラが呆然と手のひらをさすり、指を握って開く。

痛みの消えた指先を確かめるみたいに、何度も。

 

 

「これで文句はないな。俺はお前を利用する。だから、お前も俺を存分に利用すればいい」

 

 

「……あ、ああ。分かった」

 

 

「ギルドに戻ったら、仲がいいふりをしろ。派手に揉めてたってバレたら面倒だからな」

 

 

「へっ、わーったよ。派手に喧嘩した後に仲直りか。わかりやすくていいな」

 

 

意外と図太いなこいつ。

さて、アイシャのところに戻るか。

玉犬をそばに残しているとはいえ、やっぱり心配だ。

 

 

 

―――

 

 

 

俺がギルドに戻り、扉を開けた瞬間――

 

 

「お兄ちゃんっ!」

 

 

勢いよく小さな体が飛びついてきた。

反射的に抱きとめると、アイシャの顔が胸元に埋まる。

 

 

「……遅かったね」

 

 

「すまん。心配させたか?」

 

 

「ぜんっぜん! お兄ちゃんは強いからね!」

 

 

……ほんとに。なんでそんなに俺を信じられるんだろうな。

その言葉は本当に迷いがなくて。

疑いも皮肉も、打算もない。

まっすぐすぎて、こっちが目を逸らしたくなるくらいだ。

 

そんなやり取りのあと、ギルドの扉がもう一度開く。

少し遅れて入ってきたのはノコパラだった。

……服を着替えてきたのか。

血の跡はどこにも残っていない。

あれだけ派手にぶった斬られた直後とは思えない、

妙に落ち着いた顔をしていた。

 

 

「おーいガキんちょ、さっきは悪かったな! お前、なかなかやるな!」

 

 

ノコパラがわざとらしく声を張り上げる。

まるで喧嘩の後に意気投合したみたいな芝居口調だ。

 

 

「おう、ノコパラ。お前こそ、なかなか骨があるじゃないか。これからよろしくな、相棒」

 

 

……言った瞬間、鳥肌が立った。

背筋がぞわっとする。

自分で言っておいて、口の中がむず痒い。

ノコパラも一瞬固まり、口の端がピクつく。

 

 

「お、おう……よろしくな……あ、相棒……」

 

 

ノコパラの毛が逆立ってる。

多分、俺と同じ気持ちだ。

 

周囲の冒険者たちがちらちらとこちらを見てくる。

「なんだ、仲いいじゃねぇか」みたいな顔をしてる連中もいる。

よ、よし。これで表向きは十分だろう。

 

さて―――

空気が落ち着いたところで、俺は壁際の掲示板に歩み寄る。

持っていた張り紙を取り出し、貼ろうとしたのだが。

 

 

「……ん。この高さじゃ届かない」

 

 

腕を伸ばしても、端が指先にかすかに触れる程度だ。

うーん、もう少し背があれば……

背後からノコパラのバカ笑いが響く。

 

 

「ぶはっ! ギャハハハハ! おいおいおい相棒ォ! 届かねぇのかよ! イス持ってきてやろうか?」

 

 

……こいつ、仲がいい設定で俺が手を出せないからって調子に乗りやがって。

いや、これぐらいで手は出さないが。

 

さてどうしたもんか、と思ったそのとき―――

 

俺の体がふわっと浮いた。

腰を支えられ、そのまま持ち上げられる。

 

 

「この高さでいいか?」

 

 

低く落ち着いた声。振り返ると、そこにはブレイズがいた。

無表情のまま、俺を軽々と持ち上げている。

 

 

「あ、ああ……助かる」

 

 

声がわずかに裏返った。

周囲の視線が刺さる……恥ずかしい。

 

ブレイズは何事もなかったかのように腕を固定してくれている。

俺はそのまま掲示板の上の空いたスペースに張り紙を釘で貼りつけた。

 

 

「よし、完了っと……」

 

 

床に下ろされ、俺はブレイズに向き直る。

 

 

「ありがとな、助かった」

 

 

「気にするな。あんたには命を助けられたからな。このぐらいなんてことない」

 

 

「おいおいブレイズ。冒険者をやめたお前がここに何の用だ?」

 

 

ノコパラの声が割り込む。

さっきまでの軽口じゃない、少し低い声色で。

 

 

「なんだ、お前ら知り合いか?」

 

 

俺が問いかけると、ブレイズはわずかに目を伏せる。

 

 

「昔、ちょっとな……カイン、お前こそなんでこんな奴とつるんでるんだ?」

 

 

「チッ……俺はシカトかよ」

 

 

ノコパラが不満げに言うが、ブレイズは鼻で笑う。

 

 

「フン……お前に構ってもろくなことにならねぇからな」

 

 

ノコパラの肩がピクつく。

……この二人、どんな関係なんだ?

まあ、今はいいか。

 

 

「ノコパラには俺のパーティーに入ってもらおうと思ってな」

 

 

「その話だがよ、ランクはどうすんだよ? お前はFランクだろ? パーティーはリーダーの上下1ランクまでしか入れねぇの知らねぇのか?」

 

 

「あ? 一回抜けて再登録すればいいだろ。まさか嫌だなんて言うわけねぇよな?」

 

 

「も、もちろんだ……俺は相棒だしな」

 

 

……さっきまでの余裕はどこいった。

まあいい。

俺は今度はブレイズを見る。

 

 

「ていうかブレイズ、冒険者やめたんだな。これからどうするんだ? 別の仕事を探すのか?」

 

 

「そのことなんだが……カインのパーティーに入れてくれないか?」

 

 

「良いのか? Bランクだったんだろ?」

 

 

「ああ……だから昨日ギルドを脱退して再登録してきた。ほら」

 

 

ブレイズは胸元から冒険者カードを差し出した。

 

【ランク:F】

 

本当に下げてきたのか。

Bランクから……Fランクへ。

言葉じゃなく、行動で示したってわけだ。

そこまでして、俺のパーティーに入りたいって思ってくれたのか。

 

 

「もちろんだ。よろしくな、ブレイズ!」

 

 

「ああ。よろしくな、カイン」

 

 

自然と手が伸びて、ブレイズとがっちり握手する。

ブレイズの握力は強かった。

戦場で背中を預けられる相手が、ひとり増えた。

 

……が。

横を見ると、ノコパラが不満げに腕を組んでこちらを睨んでいた。

鼻を鳴らしながら、まるで「なんで俺の時は脅しから始まったんだよ」

とでも言いたげだ。

 

 

 

―――

 

 

 

俺はブレイズにこのパーティーの方針を簡単に伝えた。

転移者の保護、信用の構築、そして情報収集。

ブレイズは真剣に頷き、すぐに要点を理解してくれた。

 

そこへ、隣でノコパラがやたら胸を張って割り込んできた。

 

 

「まあな! こいつの考えはだいたい俺が教えたようなもんだ!」

 

 

ドヤ顔。

この得意げな顔、だいぶムカつくが……

実際、張り紙の件でノコパラの助言が正確だったのは事実だ。

否定できない。

 

ブレイズは露骨に嫌そうに眉をひそめる。

 

 

「……鬱陶しいやつだな」

 

 

「なんだと豚鼻」

 

 

二人の言い合いが始まる。

仲いいな……いや、たぶん悪いんだろうけど

ロキシーさんの教科書を思い出す。

「馬の魔族と豚の魔族は相性が悪い」

あれは主観だと思っていたけど、

今見ると半分くらい当たってるな。

 

 

「……さて」

 

 

新しい仲間も増えたことだし、

考えなきゃいけないことがもうひとつある。

 

 

「パーティー名も変えるか」

 

 

ノコパラとブレイズが同時に俺を見る。

「アイシャ・カイン団」って名前を広めても、

転移者からしたら意味がわからない。

どこかの兄妹が遊びで作ったチームにしか見えないだろう。

 

アイシャがぱっと顔を上げる。

 

 

「「アイシャ・カイン団」じゃなくなるの?」

 

 

「あの名前のままだと、転移してきた人が見ても意味が分からないからな」

 

 

「……そっか。うん、わかった!」

 

 

表情は少ししゅんとしたけど、すぐに笑顔に戻る。

強い子だ。ほんとに。

 

 

「よし……なるべくかっこいい名前にしないとな」

 

 

「ほんと!? やったぁー!」

 

 

アイシャが両手をぶんぶん振って喜ぶ。

 

……とは言ったが、この世界の感性はよくわからないんだよな。

こっちの“かっこいい”と、俺の“かっこいい”が一致するか怪しい。

 

まあ、この世界のパーティー名を参考にするか。

 

条件は、転移者がすぐわかって、なおかつかっこいい名前。

……ハードル高すぎないか?

 

そもそも、転移被害の範囲はどれくらいなのだろうか。

光の方角からしてロアの町から来ていた。

だとしたら、俺のいたブエナ村——フィットア領の端っこだ。

そしてロアはフィットア領の真ん中。

 

フィットア領全体で被害が出ている可能性が高い。

なら、名前は―――

 

 

「よし「フィットア領愚連隊」ってのはどうだ?」

 

 

その瞬間、ブレイズとノコパラの声が揃った。

 

 

「だめだ」

 

 

「やめろ」

 

 

……ハモった。

二人して即座に否定。息ぴったりじゃないか。

さっきまでギラギラしてたくせに。

 

「絶望的にダサい」

 

「頭の悪さがにじみ出てる」

 

「センスがない」

 

「お前やっぱガキだな」

 

……なんで急に息合いめんのこいつら。

というかちょっと言いすぎじゃない?

俺そんなにセンス無いかな? 

 

だが、二人とも致命的な否定要素は出さなかった。

……意外と気に入ってるんじゃないか?

 

 

「……じゃあ「フィットア領愚連隊」はナシとして「フィットア領捜索隊」でどうだ?」

 

 

「悪くないな」

 

 

「まあ、愚連隊よりは百倍マシだな」

 

 

「うん。いい名前だと思う! かっこよくはないけど……」

 

 

「決まりだな。今日から俺たちは「フィットア領捜索隊」だ」

 

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