受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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※本話には、いじめ・心理的トラウマを想起させる描写があります。
苦手な方はご注意ください。


三十八話

 

高校生の頃。

 

ある日突然、同じクラスの女の子が告白してきた。

正直、その時点では特別好きでもなかった。

ただ、まっすぐな目で気持ちを伝えられ、

「こんなふうに思ってくれる人がいるんだ」

と思った以上に嬉しくなったのを覚えている。

評価された、選ばれた、肯定された、

という感覚に近かったと思う。

 

それからの毎日は、驚くほど自然に変わっていった。

 

朝、教室に入ると必ず声をかけられて、

昼休みは弁当を並べて食べて、

帰りは駅まで並んで歩く。

改札前で別れるとき、ほんの一瞬だけ名残惜しさを感じる。

 

気づけば、それが「当たり前」になっていた。

 

変化は本当にゆっくりだった。

 

彼女が笑うと、理由もなく嬉しくなって、

話しかけられない日は、何か忘れ物をしたみたいにそわそわする。

無意識に歩幅を合わせている自分に気づく。

 

彼女が好きだと言っていたバンドの名前を、

家に帰ってから検索していたとき。

彼女が誰かと楽しそうに話しているのを見て、

胸の奥がちくりとしたとき。

 

気づいたら、立場は完全に逆転していた。

 

最初は「好かれている側」だったはずなのに、

いつの間にか、俺の方が彼女の一挙一動に振り回されていた。

 

だから、あの日の言葉を聞いたときも、

違和感はあったのに、断れなかった。

 

「放課後の教室で、キスしたい」

 

一瞬、意味が分からなかった。

キスって、そんなふうに事前に約束するものなのか?

頭の中でそんな疑問が浮かんだが、すぐに消えた。

 

嫌われたくなかった。

彼女の期待を裏切りたくなかった。

そんな気持ちが、疑問を全部押し流した。

 

緊張はしていた。

心臓の音がやけにうるさくて、

手のひらが少し汗ばんでいた。

 

それでも、教室へ向かう足取りは、

どこか浮ついていたと思う。

 

放課後の教室は、やけに広く感じた。

 

机と椅子だけが整然と並んでいて、

黒板には消しきれなかったチョークの跡。

窓の外では、部活の掛け声がかすかに聞こえていた。

 

日常の延長線にあるはずの空間なのに、

そこだけ切り取られたみたいに、現実感が薄かった。

 

距離が近づいて、

彼女の息遣いが分かるくらいになった、その瞬間。

 

教室のドアが、勢いよく開いた。

 

数人の「友達」が、雪崩れ込んできた。

スマホを構えながら、笑い声と一緒に。

 

 

「うわ、ほんとに来てるし!」

 

「マジで信じたんだアイツ!」

 

「ほら言っただろ? あいつ絶対その気になるって!」

 

 

言葉の意味が、すぐには理解できなかった。

音だけがやけに大きくて、

頭が追いついてこない。

 

でも、その中の一言だけは、

はっきり耳に残った。

 

 

「全部、罰ゲームなんだよ。ドッキリ。」

 

 

耳鳴りがした。

視界が、一段奥に引っ込んだみたいに遠くなる。

 

横を見ると、彼女がいた。

 

目が合いそうになった一瞬、

彼女は、慌てたように視線を逸らした。

 

一瞬だけ目が合いそうになって、

彼女は慌てたように視線を逸らした。

唇を噛み、困ったような顔をしている。

 

――もしかしたら。

 

彼女も無理やりやらされていたんじゃないか。

本当は嫌だったんじゃないか。

 

そんな希望が浮かんだ直後だった。

 

後ろから友達に肩を叩かれて、

彼女は、つられたみたいに笑った。

 

その笑顔は、

俺が知っている笑顔と、何も変わらなかった。

 

いやだ。

やめてくれ。

 

胸の奥でなにかがぐしゃりとつぶれる音がした気がした。

息が浅くなる。足元がふらつく。

まるで自分だけ違う世界に投げ込まれたみたいに、

周囲の笑い声が遠ざかっていく。

 

 

「この動画クラスラインに送ろうぜ!」

 

「ほら、お前もなんか言えよ!」

 

 

何か言わなきゃいけなかったのかもしれない。

怒鳴り返すとか、泣くとか、

教室を飛び出すとか。

 

でも、そのどれもできなかった。

 

彼女が笑っているのを見て、

俺はもう何も選べなくなっていた。

 

人を好きになるという感情が、その場で壊れたから。

俺の中の「恋」という形をした何かは、

そこで完全に死んだのだ。

 

泣けなかった。怒れなかった。

心が先に壊れたから。

 

気づけば俺は、ただ乾いた笑いを漏らしていた。

本当に、乾いた、音だけの笑いだった。

 

目の前の光景を、

どう処理すればいいのかわからなかった。

 

数人が満足したように笑いながら出ていく、その後ろで、

彼女が一瞬だけ、俺の袖をつまんだ。

 

 

「……ごめん」

 

 

その言葉は、

俺を傷つけたことへの謝罪じゃなくて、

自分が悪者になるのを避けるための言葉に聞こえた。

 

―――

 

家庭環境だったり、細かい出来事の積み重ねだったり。

理由を挙げようと思えば、いくらでも思いつく。

 

親の言葉の端々に滲んでいた不信感。

期待して裏切られた小さな約束。

善意だと思って差し出したものが、軽く扱われた記憶。

 

どれも無関係じゃない。

どれも、少しずつ削ってはいたのだと思う。

 

でも、多分あれが決め手で、

俺は人間不信になったんだと思う。

 

あれ以来、

誰かの好意は“罠”かもしれないと思うようになった。

優しさは“演技”かもしれない。

笑顔は“嘘”かもしれない。

 

そう考える癖が、

いつの間にか思考じゃなく、反射になっていた。

 

相手の言葉を聞きながら、

同時に「裏の意味」を探している自分がいる。

その作業をしていることにすら、

しばらくは気づかなかった。

 

……まあ、今ではそれなりに治ってきた。

この世界で、信じてもいいと思える人間も、少しずつ増えてきた。

一緒にご飯を食べて、背中を預けて、冗談を言い合える相手もいる。

誰かの言葉を、そのまま受け取ってもいいと思える瞬間も増えた。

 

昔の自分から見れば、

それだけでも十分すぎるほどの前進だ。

 

それでも……

 

相手の本心が分からないことが、どうしても怖くなる瞬間がある。

あの時の光景が、何の前触れもなく胸の奥から浮かび上がってきて、

「また同じことが起きるかもしれない」と囁く。

 

だから、治そうとはしている。

少なくとも、人と関わることをやめてはいない。

疑いながらでも前に進む選択はしている。

 

でも……誰かを恋愛感情で好きになることは、

もうないんじゃないかとも思っている。

 

人を好きになるということは、

自分の心の中心を差し出すことだ。

逃げ道を塞いで、

弱さや醜さや、どうしようもない部分まで含めて、

相手に預け、無防備になることだ。

 

そんなことを、

曖昧で、移ろいやすく、

感情に流され、

平然と嘘をつき、

時には自分でも理由を理解しないまま裏切る。

 

そんな不確実な人間という存在に、

自分の心を賭けることが、

どうしようもなく恐ろしく感じてしまう。

 

治し方も、向き合い方も、よく分からない。

専門書を読んでも、

他人の体験談を聞いても、

自分の中にすとんと落ちてこない。

 

そもそも、

無理に治そうという気持ちすら、

あまり湧かないのが正直なところだ。

 

人間不信は、改善したいと思っている。

それは、生きる上で邪魔になるから。

 

でも、恋愛まで元に戻したいかと言われると、

答えは、たぶん違う。

 

両親や、師匠たちを見て、羨ましく思うことはある。

支え合って生きていく人生は、きっと素晴らしいものなのだろう。

 

けれど、人生のすべてがそれの有無で決まるという訳じゃない。

他人に自分を満たしてもらわなくても、

自分の人生は、自分で完結させられる。

孤独と自立は、同義じゃない。

誰かを愛さなくても、

誰かに依存しなくても、

生き方は成立する。

 

……そう、思っている。

 

 

 

―――

 

 

 

――と、いうわけで、誰かに欲情する前に、恐怖が勝っちゃうんですよね」

 

 

前世の記憶があることは伏せて、

ロキシーさんとエリナリーゼさんに、かいつまんで話した。

いじめだの、罰ゲームだの、動画だのという言葉も使わず、“ひどい裏切りに遭った”という表現に留めて。

 

話し終えたあと、ふと思い出す。

 

……そういえば、ヒトガミが未来の俺は結婚して子供もできてる、そう言ってたな。

あいつの口から出た言葉を信じる気はない。

だが、もし本当なのだとしたら、

その人は、どんな人なんだろうか。

どんなふうに、この恐怖を越えさせたんだろうか。

それとも、ただ隠しているだけなのか……

 

いや……本気で考えすぎても、意味がないな。

 

 

「ひどい話ですわ、人の心をそんなふうに弄ぶなんて、許せませんわよ、そんな連中」

 

 

「ブエナ村の誰かなのですか? 名前を教えてください。もし出会ったら、私が懲らしめておきましょう」

 

 

俺は苦笑して、肩をすくめた。

 

 

「まあ……だいぶ昔の話ですし、俺も、全部引きずってるわけじゃないですから。それに……二人が、俺のために怒ってくれるだけで、十分うれしいです」

 

 

ロキシーさんは驚いたように瞬きをして、

エリナリーゼさんはそっと優しく微笑む。

 

 

「……あなたは強い子ですわ。でも、強がらなくてもいい時は、強がらなくていいんですわよ? 子供なんですもの」

 

 

その声音があまりに優しくて、

俺は思わず視線をそらした。

……危ない、ちょっと泣きそうになった。

 

だから、軽口でごまかす。

 

 

「エリナリーゼさんは……いい人なんですね。誤解してました」

 

 

「あら? わたくし、誤解されるようなことは一度もしてませんわよ?」

 

 

「どの口で言ってるんですか……」

 

 

「この口ですわ」

 

 

エリナリーゼさんはニヤリと笑い、

ゆっくり人差し指で自分の唇をなぞった。

舌を出して、わざとらしく艶めかしい仕草をする。

 

俺自身この問題を人生の最優先だとは思っていない。

エリナリーゼさんみたいに

「生きるか死ぬか」に直結しているわけでもないしな。

 

他者に対する恐怖から来ている自覚もある。

だから、一人のときには特に困らない。

治ったらいいな、くらいの感覚。

人生のメインクエストというより、

放置しているサブクエストの一つ、

という位置づけだ。

 

……まあ、その「一人のとき」ですら、

宿儺が見てるせいで成立しないわけだが。

 

最初の頃は、まだよかった。

 

思春期の子供みたいに、

あいつが寝た気配を感じ取ってから、

「今だ」とばかりにこそこそとやっていた。

 

……うん。

こうして言語化すると、

びっくりするほど情けないな。

やってることは、

親に見つからないように布団を被る中学生と同レベルだ。

 

そして、その慎ましい努力も、長くは続かなかった。

 

一度だけ。

本当に偶然。

タイミングが悪かった、としか言いようがない。

 

宿儺に、バレた。

 

何か言われたわけじゃない。

指摘も、皮肉すらなかった。

 

ただ一言。

 

『……フッ』

 

それだけだった。

 

それが、致命傷だった。

 

あれ以来、二度とエンジンがかからなくなった。

意識のどこかに「見られているかもしれない」

という可能性が居座って、完全に排除できなくなった。

 

というか、俺の前に宿儺を内側に抱えていた人は、

どうやってこの問題を処理していたんだろう。

先人の知恵を借りたい。

マニュアルはないのか。

FAQとか。

 

「見られているなら、見せてやる」

みたいな、豪胆な開き直りを堂々とやれていたのか?

 

それとも、

「どうせ見られてるなら関係ない」

と悟りの境地に至っていたのか?

 

いや、それはそれでどうなんだ。

男に見られて勃つなら、

それはもう別のジャンルなんじゃないだろうか。

 

そんなことを考えているうちに、

エリナリーゼさんが、くすっと笑った。

 

 

「表情がコロコロ変わって、面白い子ですわね」

 

 

……ん。

 

完全に顔に出ていたらしい。

 

この話題、掘れば掘るほど泥沼だ。

しかも、掘ったところで宝は出てこない。

自分の精神衛生のためにも、

ここで切り上げるべきだろう。

 

俺は軽く咳払いを一つして、

話題を強引に現実へ引き戻す。

 

 

「日も暮れてきましたし……そろそろ、宿に戻りますか。まだ話したいこともありますが、それはまた明日ってことで」

 

 

「ええ、そうしましょうか……それとエリナリーゼさん、今日はもうやめてくださいよ」

 

 

「わかってますわよ……さすがに“今日は”自重しますわ」

 

 

「今日は」ね、呪いのことがあるからしょうがないが、他の宿でやってほしい。ほんとに。

 

 

 

―――

 

 

 

宿に戻り、ロキシーさんと別れて自分の部屋へ向かう。

 

 

「帰ったか」

 

 

「よう。遅かったじゃねぇか」

 

 

「あ……お前ら、何も言わずにどこほっつき歩いてたんだ?」

 

 

「なんだよそれ。俺らがいねぇと困ることでもあったのか?」

 

 

「……なにかあったのか?」

 

 

ブレイズは、緊張感のある顔で見てくる。

 

 

「実はな……」

 

 

今日の出来事を、順番に全部話した。

ブレイズとノコパラが、声を揃えた。

 

 

「「ロキシー?」」

 

 

次の瞬間、ガシッと俺の肩をつかんで揺さぶってきた。

 

 

「おい、カイン!! お前いまロキシーっつったか?! ロキシーって言ったよな?!」

 

 

「うわっ……な、なんだよ急に! あ、ああ……ロキシーさんがどうしたんだよ?」

 

 

「青髪で、ちんちくりんで、ミグルド族で、どじのロキシーか?!」

 

 

「そうだけど……え、なに? お前らもしかして知り合いなのか?」

 

 

遠くで黙って聞いていたブレイズが、口を開いた。

 

 

「知り合いどころか、昔のパーティーメンバーだ」

 

 

「……え? マジ?」

 

 

自分でも驚くほど変な声が出た。

三人で顔を見合わせたまま、しばし沈黙した。

 

……これは、確認しに行くしかない。

 

俺たちはそろってロキシーさんの部屋の前へ向かった。

 

ノックをすると、中から小さな足音が近づいてきて扉が開く。

 

 

「はい、どなたで――」

 

 

ロキシーさんの言葉が途中で止まった。

 

 

「よぉ。久しぶりだな、ロキシー」

 

 

「……えっ」

 

 

「本物だな、元気そうで何よりだ」

 

 

ロキシーさんは、見開いたままの目で二人を交互に見つめた。

喉が震えるように、小さく言葉が漏れる。

 

 

「……ブレイズに……ノコパラ、ですか?」

 

 

 

―――

 

 

 

俺の部屋には俺たちと、ロキシーさんが来ている。

エリナリーゼさんと、一緒にいたドワーフっぽい人にも声をかけたが。

昔馴染みとの再会を邪魔するのも悪いと、気を利かせて遠慮していた。

俺も邪魔になると思ったが、ノコパラに無理やり連れられてきた。

 

 

「まさか……カイン君が組んだパーティーメンバーが、ノコパラとブレイズだったとは……夢にも思いませんでしたよ」

 

 

「俺も、ブレイズとノコパラが、ロキシーさんと昔パーティー組んでたなんて驚きですよ」

 

 

俺はクッキーを差し出す。

 

 

「どうぞ。さっきアイシャに渡したやつの余りですけど……甘いもの、好きでしたよね?」

 

 

「!……ありがとうございます」

 

 

ロキシーさんはクッキーを受け取りながら、

ふと思い出したように小さく笑った。

 

 

「そういえば……カイン君の送ってくれたお菓子のレシピが書いてある紙、まだ持ってますよ」

 

 

「え、あれまだ持ってるんですか?」

 

 

「当然です。あれは魔術本より大切なものですから」

 

 

そんなに気に入ってくれたのなら、

送った甲斐があったってものだ。

そこへ、ノコパラがニヤつきながら口を挟む。

 

 

「俺はそのお菓子を、この一年でたくさん味わったけどな」

 

 

「はぁ……それぐらいでは、別にうらやましがりませんよ?」

 

 

ロキシーさんは涼しい顔をしている。

 

ノコパラが追撃するように指を折りながら言う。

 

 

「パンケーキに、クレープに、プリン……全部うまかったなぁ」

 

 

「……ごくり」

 

 

ロキシーさんの喉が、ごくりと動いた。

というか、「ごくり」と言った。

完全に甘いものへの興味を隠しきれていない。

 

 

「名前だけでも……とてもおいしそうなものだとわかりますね……」

 

 

「ロキシーは相変わらずだな」

 

 

「む……成長してないって言いたいんですか? 言っておきますけど、私、今は水王級魔術師ですから」

 

 

「はぁ? 冗談きついぜ。洞窟で火の魔術ぶっ放そうとしてた奴が水王級?」

 

 

「そ、それは!  あの時はまだ私も子供だったからで……」

 

 

「疑うわけじゃないが……信じられないな」

 

 

「事実ですよ。信じられないなら、試して差し上げましょうか?」

 

 

その言葉で、ノコパラが俺の後ろへ回り込む。

 

 

「おう、試してみろよ。カインがいりゃあ、俺は死なねぇからな」

 

 

「……子供を盾にして恥ずかしくないんですか?」

 

 

「こいつが子供? バケモンの間違いだろ」

 

 

「赤喰大蛇も一撃だったしな……」

 

 

続けて、ブレイズまで腕を組んで頷きながら言う。

おい、いくら事実とはいえバケモンはないだろバケモンは。

 

 

「赤喰大蛇を一撃とは……すさまじいですね。それも神子の力なんですか?」

 

 

「ま、まあ……そうですね」

 

 

……これ以上ここにいたら、

また変な流れ弾が飛んできそうだ。

 

俺はさりげなくノコパラを引き剥がし、

膝の上でクッキーをもぐもぐしていたアイシャの頭を撫でる。

 

 

「よし、アイシャ。ちょっと移動しよっか」

 

 

「ん。分かった」

 

 

「昔馴染みとの再会を、邪魔するのも悪いからな」

 

 

そう言い残し、アイシャを連れてエリナリーゼさんの居る部屋へ向かった。

扉を閉める瞬間、ノコパラたちの笑い声が聞こえた。

俺は静かに苦笑し、そっと扉を閉めた。

 

 

 

―――

 

 

 

ノックをする。

 

 

「どうぞ」

 

 

扉を開けると、そこにはエリナリーゼさんだけが優雅に椅子へ腰掛けていた。

脚を組み替えながら俺たちを見やる。

 

 

「あら、こっちに来ましたの?」

 

 

「あ……はい。あっちは昔話みたいなので……」

 

 

ブレイズとノコパラの再会は、きっと色々あるだろう。

邪魔をするのは無粋ってやつだ。

 

それより──

 

部屋を見渡すが、もう一人のドワーフの人は見当たらない。

 

 

「あの……もう一人、一緒にいた人は?」

 

 

「タルハンドですわ、わたくしと同じ部屋が嫌と言って別の部屋を取っていますわ」

 

 

「これからのことで話したいことがあるので……呼んできてもらってもいいですか?」

 

 

「いいですわよ。どうせ暇していますしね」

 

 

そういうとエリナリーゼさんは、扉の向こうへ姿を消した。

少し経つと扉がひらかれ、

 

ずんぐりむっくりしたドワーフが入ってきた。

 

 

「おぬしが、カインか」

 

 

「はじめまして。カイン・アルネスです。よろしくお願いします」

 

 

「冒険者がそんな堅苦しい挨拶せんでもよい、ワシはタルハンド。見てのとおり炭鉱族じゃ」

 

 

意外と気さくな人だ。

炭鉱族は頑固で厳格なイメージだったが、

少なくともこの人はそうでもなさそうだ。

 

エリナリーゼさんが腰に手を当てながら俺を見る。

 

 

「それで、話ってなんですの?」

 

 

「まずは……お二人の予定を聞かせてもらってもいいですか?」

 

 

「わたくしたちは、この魔大陸中を回ってゼニスの家族を探すつもりでしたの。けれどあなたのおかげで、その必要もなさそうですわね」

 

 

「ロキシーから話は聞いておる、子供とは思えん働きじゃのう」

 

 

豪快な笑みを浮かべながら、

背中をドンッと叩かれた。

痛い。けど、嬉しい。

 

この雑さは父さんを思い出すな。

俺の頭をよく撫でてくれるんだが、

毎回ちょっと痛い。

 

 

「ありがとうございます……で、俺の予定なんですが」

 

 

全員がこちらを見る。

少しだけ間を置き、言葉を続けた。

 

 

「一度、クラスマの町、バグラー様のところに戻り、そこで保護されている転移者たちと一緒に、船でフィットア領に帰還するつもりでした」

 

 

「なんと、船で帰るつもりか」

 

 

「はい。バグラー様は、海族の王様と友達らしくて……その縁で、俺たちも船を使わせてもらえることになっています」

 

 

「あなた……ずいぶん気に入られていますのね。それで「帰還するつもりでした」というのは?」

 

 

「師匠がミリスにいるとのことなので、まずはアイシャをそこへ預けようかと思っています。そこで、二人に……お願いがあるんですけど」

 

 

「ワシらがクラスマの方へ向かえばいい、ということじゃな?」

 

 

「はい……催促する形になってしまって、すみません」

 

 

「わたくしは、構いませんわ。もともとクラスマの町までは行く予定でしたし……それに、パウロには会いたくありませんもの」

 

 

「同感じゃな、パウロに会うぐらいじゃったら船の方が幾分かましじゃい」

 

 

……師匠、タルハンドさんにも嫌われてんのかよ。

何やらかしたんだ、あの人。

 

深くツッコむのはやめて、俺は本題に戻る。

 

 

「転移者の数が多いのでいったんミリスにいる師匠のところに預けてから、フィットア領まで向かわせようと思ってます。俺はそのことを直接……ミリスにいる師匠へ伝えに行きます。それで、アイシャを預けたら、両親や師匠の家族を探して、中央大陸北部を回ろうかと」

 

 

そう告げた瞬間――

 

袖がぎゅっと引かれた。

視線を向けると、アイシャが不安そうに眉を寄せていた。

 

 

「わたし、お兄ちゃんといっしょがいい」

 

 

「……アイシャ、子供はな。親と一緒にいるのが一番なんだ。だから――」

 

 

そう言い聞かせようとした瞬間、

エリナリーゼさんが俺の言葉を遮るように口を開いた。

 

 

「いいんじゃありませんの? その子の母親もまだ見つかっていないと言いますし。パウロが面倒見るよりも……あなたが面倒を見る方が、わたくしは良いと思いますわ」

 

 

「あのね、私の将来は「ルーデウス様に仕えること」って、お母さん言ってた」

 

 

「……え?」

 

 

「私、そんなの嫌。顔も知らないお兄ちゃんより……お兄ちゃんの方がいい!」

 

 

リーリャさん……そんなこと言ってたのか。

いや、言いそうだ。

ルーデウスのことをよく褒めてたし、

「将来はルーデウス様に仕えるのが幸せ」

って、どこかで決めてたのかもしれない。

 

 

「でも……ルーデウスはそんなこと頼んだわけじゃないだろうし。あいつもアイシャが嫌がってるのを知ったら、強制してまでメイドなんてさせないと思うぞ?」

 

 

「……お兄ちゃんは、私と一緒にいるのが嫌なの?」

 

 

「い、いや! そういうわけじゃないけど……」

 

 

「あなたなら、この子を守り切れますわ。魔大陸を生き抜いてきた、それが何よりの証ですもの」

 

 

「その歳で魔王とやり合い、ここまで来たんじゃ。パウロよりよほど頼りになるわい」

 

 

あの師匠と比較して頼りになる言われても、

素直に喜べない気もするが……

いや、強さだけを見れば師匠は頼りがいがある人だ。

 

俺はアイシャを見た。

 

不安と期待を入り混ぜて、ただ俺の答えを待っている。

 

 

「よし……一緒に行こう」

 

 

アイシャの体がビクッと反応し、目が一瞬で輝く。

けれど俺はすぐに、指を一本立てて付け加える。

 

 

「ただし。師匠がダメだって言ったら、ダメだからな」

 

 

アイシャは一瞬だけ頬を膨らませたが、

すぐに笑顔へと戻り、ぎゅっと拳を握りしめた。

 

 

「うん! 絶対説得してみせるね!」

 

 

……そういうことじゃないんだが。

 

どうしよう、師匠がアイシャにあっさりと説得される光景が容易に想像できてしまう。

あの人、自分の子供には甘いところあるしなぁ……

 

 

「じゃあ、決まりだな」

 

 

俺がそう言うと、

アイシャは、にぱっと笑い何度も頷いた。

 

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