パウロに剣術を学びたいという子供が家に来ると聞いて、胸の奥が少しだけ強張るのを感じた。
(家族以外の人間には、用心したほうがいい――)
前世の癖だ。玄関のチャイムが怖かった頃の、あの感覚がまだ身体のどこかに残っている。
(パウロに悪意なんてない。そこは分かってる。それでも、俺は……)
俺にとって“外の人間”は未知数だ。期待と同じくらい、恐れもある。
パウロに呼ばれ庭に出ると、たくましい体をした大男とその隣には、子供がこちらを見ていた。
「おう、ルディ。こいつはガラン俺の冒険者時代の知り合いだ、そんで隣にいるのは今日から俺の下で剣術の稽古を習うせがれだ。たしかルディより1歳年上だったよな?」
パウロの声に背を押され、俺は一歩前へ出る。
「ル、ルーデウス・グレイラットです。よろしくお願いします、カインさん」
俺の声は少し硬かったかもしれない。
(あー……もうダメだ、テンプレ挨拶しか出てこない。こういう時どうすりゃいいんだよ……こちとら何十年も挨拶なんてしてこなかった引きこもりなんだぞ)
俺の言葉にカインは少しだけ目を丸くして、そしてすぐに柔らかく笑った。
その笑みには、俺のように無理に作ったものではない、自然な余裕があった。
「俺の名前はカイン・アルネス。よろしくな、俺のことはカインでいいよ」
そう言って、手を差し出してくれる。差し出された手を見て、一瞬だけ躊躇する。
(……こういうのって、どうすんだ? いや握るしかないんだろうけど。なんか……この距離感。こういうのが一番苦手だったんだよな……前世で同級生に俺の手汗がついて泣かれたこと思い出しちまった)
……ああ、クソッ子供相手に何びびってんだよ
目の前の子供――カインは、ただ静かに笑って、俺に手を差し出してくれてる。
その目には、悪意も、計算もない。ただ「友達になろう」と、そう言ってるように見えた。
「よろしくお願いします、カインさん」
そう言ったとき、俺の声は思ったより小さくて、ほんの少し震えていた気がする。
けれど、目の前の子供はそれを笑い飛ばすでもなく、馬鹿にするでもなく、まっすぐに頷いてくれた。
「ルーデウスだな。今日から、よろしくな」
それだけのやり取りだった。
だけど、それだけのやり取りが、どこまでも嬉しかった。
俺の異世界で初めて、外の人間に関わることができた瞬間だった。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
握手が終わった瞬間、ルーデウスの顔がほんのわずかに緩んだ。
硬さが抜けたというか、安心したような……そんな目だった。
(やっぱり緊張してたのか?)
口に出さず、俺が笑みを返したちょうどそのとき、パウロが大きく手を叩いた。
「よし、カイン! さっそく剣の稽古、と言いたいところだが、カインはまだ子供だからな、まずは体をつくるところから始めるぞ」
パウロは俺の肩に手を置き、腕の筋肉を確かめるように触れた。
「……ん? なかなか鍛えられてるな、いい体つきだ、なんだ鍛えてたのか?」
「はい、すこしだけですけど」
パウロはじっと俺を見て、ふっと笑みを浮かべた。
「そうか、向上心が高いのはいいことだ。だが、体の鍛え方には正しい順序がある。無理をして怪我でもしたら元も子もないからな。今日から俺のとこでしっかり鍛えていくぞ! あと、俺のことは師匠と呼べ」
「わかりました、師匠!」
そう答えると、パウロ改め師匠は満足そうにうなずき、剣術の稽古へと話を進めた。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
この世界には「三大流派」と呼ばれる剣術の体系があるという。
一つは剣神流。
圧倒的な速さで先手を取り、一撃必殺を狙う、とにかく相手に先に剣を当てるのを目的とした、速度重視の流派。
次に水神流。
防御とカウンターを重視した、受けの剣術。自ら攻めることは少なく、極めれば魔術や飛び道具に対してもカウンターを放てるという流派。
最後に北神流。
周囲の地形・道具を活かす、実戦主義の流派。奇抜な戦法が多く、剣術というより兵法に近く生き残るための戦い方を鍛える流派でもある。
剣術にはそれぞれ段位のようなものがあるらしく
「初級」 「中級」 「上級」 「聖級」 「王級」 「帝級」 「神級」
と、段階を経て強さを測ることができるらしい。どうやら魔術も同じよう分けられているという。
俺の師匠はなんとそのすべての流派において、「上級」の実力まで至っているらしく俺が尊敬の目でパウロを見つめると「まあな」と言いながらまんざらでもなさそうな顔をしていた。
「俺の指導は易しくないからな、しっかりとついて来いよカイン!」
見た目通り調子に乗りやすい人なのかもしれない、そう思いながらも、俺は気を引き締め、力強く頷いた。
「はい、師匠!」
ちなみに俺が習うことを希望した流派は水神流だ、俺は術式を主軸にしているため剣神流のような一撃必殺よりも、カウンターを重視した水神流と相性がいい・・・とは宿儺談だ。
その日から師匠の指導のもと、俺の剣術修業が始まった。
しかし師匠は感覚で動くタイプらしく教え方は大雑把で、細かい理屈や説明はほとんどなし。
「腕はこう動かすんだ!」とか「足の置き方はこうだ!」と声は大きいが、具体的なポイントは曖昧で、初心者の俺には戸惑うこともあった。
すると宿儺がため息をつきながら
『肩の力が入りすぎだ。力を抜け。腕は振り子のようにやってみろ』
俺が肩の力を抜こうとすると、宿儺はさらに具体的に指示を続けた。
『呼吸を深く、動きに合わせて息を吐け。足の踏み込みは膝を曲げすぎるな、腰から動かせ』
師匠が感覚任せに動きを強制するたびに、宿儺がすかさず補足を入れる。
宿儺の的確な指示もあり、俺は師匠の荒っぽい教えをうまく吸収することができた。
「……最初から宿儺が教えてくればよかったんじゃないか?」
『剣術自体は俺も詳しくはない。それに、この男の教え方は曖昧でわかりにくいものだが、こいつなりの感覚で理解している部分がある。それを俺が読み取り、小僧にもわかりやすいように説明してやっているだけだ』
(この言語化ゼロの教えを理解してる……?)
師匠は「そこはこうだ!」とか「もっとグッとだ!」みたいな、抽象的で直感頼りのアドバイスばかりだ。それをここまで理解できるなんて
(宿儺……本当に師匠の言葉から、そこまで読み取れるのか?)
『長く生きていれば、口下手な人間の思考くらいは読めるようになる。小僧、お前の体の使い方と、この男の伝えたい事……それを結びつけるのは造作もないことだ』
まるで当然のように言うその声には、自信と経験に裏打ちされた重みがあった。
俺は小さく息を吐き、気を引き締め直す。
「……頼りにしてるぞ、宿儺」
小さく呟いた俺の声に、宿儺はふっと笑った。
最初は、どうなることかと思ったが、宿儺のおかげでどうにか剣術を学べることができそうだ。