あの後、
ロキシーさんたちが部屋を使っていたので、
俺とアイシャはそれぞれ、
タルハンドさんの部屋とエリナリーゼさんの部屋に泊めてもらった。
俺はタルハンドさんと同室で、
アイシャはエリナリーゼさんの部屋だ。
あの豪快なイビキと酒の匂いは、
慣れるまでちょっと辛い。
それに、うとうとしている間、
どこからか視線を感じていた気がする。
……あんまり考えないでおこう。
翌朝。
アイシャの様子を見に、
エリナリーゼさんの部屋をノックして開けると。
「お兄ちゃん! みてみて!」
ぱっとベッドの上で立ち上がったアイシャが、くるっと回って見せた。
高い位置でまとめた綺麗なツインテールが揺れる。
「ツインテールか。似合ってるぞ、アイシャ」
「えへへ」
「お兄ちゃんに、褒めてもらえてよかったですわね?」
「はい! ありがとうございます、エリナリーゼさん!」
たった一晩でここまで懐くとは。
昨日の夜、何があったんだろうか?
いや、深掘りはやめておこう。
プライバシーの侵害だからな。
廊下へ出ると、タイミングよく向こう側から、
ノコパラ、ブレイズ、そしてロキシーさんが歩いてくるのが見えた。
ノコパラが俺を見るなり、ニヤリと口角を上げた。
「お、ちょうどいいところに来たじゃねぇか」
「……なんだよ、朝からニヤニヤして」
「昨日の夜、お前の料理の話になってな。最近食えてなかっただろう? だから――」
「その……カイン君の料理、食べてみたいです」
「……確かに最近作れてなかったしな、良いですよ朝ご飯、俺が作りましょうか!」
―――
宿の主人に頼んで、裏手の簡易かまどを借りた。
作るのは、軽めにサンドイッチ。
まずはパンを軽く炙る。
表面にカリッと香ばしさが生まれたら、
熱いうちにバターをひと塗り。
じゅわっと溶けて、香りがふわりと広がる。
ゆで卵を取りだす。
何の卵かはわからない。
鶏なのか、魔物なのか、
誰も教えてくれなかったが、味は問題なさそうだ。
茹でた卵を潰し、自家製マヨネーズと胡椒を混ぜて具にする。
うん、見た目は普通に卵サンドイッチだ。
俺は完成したサンドイッチを皿に二つずつ置き、
みんなの前へそっと配った。
「っぱ、カインの作る飯はうまいな」
「ああ。これはよいものだ」
「……む、これは胡椒か……粗挽きの刺激が卵の甘味を引き締めておる」
「とてもおいしいですわね……パンに卵を挟んだだけとはおもえませんわ」
「やはり、カイン君のレシピを見て作るより、本人が作ったものの方が数倍はおいしいです」
「お兄ちゃん! これ店だせるよ!」
「いや、店は無理だって……」
と言いつつも、心のどこかで、それもありだなと思っていた。
バグラーに協力してもらって小さな食堂でも出す。
まだ思いつきだけど、悪くない。
……まあ、この件が落ち着いたら考えればいいか。
そう思いながら、自分の皿に手を伸ばす。
「あれ?」
サンドイッチが、ない。
一つどころか、全部ない。
数を間違えたのか?
と、一瞬考えたその時。
視界に小さな子供が映る。
「もぐもぐ、うむ! うまい! なんじゃこれは!? 久しく食べておらんかった美味な食事じゃ! じゃがちと量が少ないのう……」
俺のサンドイッチを食べていたのは
全身ボロボロ、露出多めの黒い服。
その目は紫と黒のオッドアイの子供だった。
濃い紫の髪が腰まで垂れていて、
頭にはちっこい角まで生えてる。
なんだこのちびっ子……肌が出すぎじゃないか?
勝手に俺の朝ご飯を食べないでくれ……
と言いたい気持ちを必死に飲み込む。
細い手足に、ちょっと泥のついた顔。
見た目からして、相当腹を空かせてたんだろう。
俺も料理人の端くれ、食いてぇ奴には食わせてやる。
「……うまいか?」
「お? うむ! うまいぞ、これは! 毎日食べてもよいぐらいじゃ! ……あっ」
ようやく自分が何をしたのか思い出したらしい。
目を泳がせ、もぐもぐしながら口元にパンくずをつけたまま止まった。
「……もしやこの食事、お主のじゃったか?」
「まあ、そうだけど……うまかったんだろ? ならいいよ。君、名前は? お母さんとはぐれちゃったのか?」
「妾の母上はとっくに死んでおる」
「……それは、すまなかった」
「よいよい。何千年も前のことじゃ。もう気にしておらん」
何千年? 魔大陸でのジョークなのか?
俺が不思議に思っていると、
ちびっ子は胸をそり返し、腕を組んだ。
「まぁ、よい! お主! 名を名乗れ!」
「か、カイン・アルネス……」
「よし! 妾はキシリカ・キシリス!」
「人呼んでぇ――魔・界・大・帝・!!!」
『な、なんですの? この子……?』
エリナリーゼさんが少し引き気味に人間語で俺へ耳打ちしてくる。
俺が聞きたい。
キシリカ・キシリス、
どっかで聞いたことがある気がするんだけど、どこだったっけな。
そう考えていると、当の本人は、
偉そうに顎を上げたまま言い放つ。
「妾が勝手にお主の食べ物を食べたのにも関わらず、笑って許すその器! 天晴れじゃ! カイン・アルネス! 生涯貴様を忘れることはないじゃろう!」
茫然としている俺にロキシーさんが近づいてくる。
「本当に……魔界大帝キシリカ・キシリス様ご本人で間違いありませんね?」
ロキシーさんが緊張した声で確認する。
「ん? おお、そうじゃぞ。最近は誰も信じてくれんがな。で、お主はなんじゃ?」
「ビエゴヤ地方、ミグルド族のロキシーと申します」
「ロキシーさん、知ってるんですか? この子のこと」
「知ってるも何も……魔界大帝ご本人ですよ」
「魔界大帝……強そうな名前ですね」
「強かったら魔界大帝ではなく、魔神と呼ばれておるわい、今の妾は弱いからのう……」
「魔神より、魔界大帝って名前の方がカッコイイと思いますよ」
「妾がカッコイイ? フハハ! そうじゃろう、そうじゃろうよ!」
「朝から元気だな。それで、ロキシーさん、魔界大帝ってどんな人なんですか?」
「えーと、魔界大帝というのは、たくさんの魔眼を持ち、かつて魔族を統べたお方です。配下へ魔眼を授けることもできるとかなんとか……」
「んー……あ! 思い出した! たしか、バーディ様の婚約者だとかなんとか」
「なんじゃ! 貴様、バーディの奴と知り合いじゃったのか! どれどれ?」
キシリカの目がぐるん、と不気味に回転し、
模様が変化しながら俺を穴が開くほど覗き込む。
「うっわ、おぬしとんでもなくでかい魂を持っておるのう! それにその魂の中にもう一つでかい魂がある、なんとも不思議なやつじゃ」
でかい魂が宿儺で、その中にある魂が俺のか?
というかそんなことまで見えるのか、さすが魔界大帝様だ。
いまだにこの幼女が魔界大帝なんて大層な人物だとは思えないが……
「そんなことよりじゃ! 妾にこれほどの食事を無償で提供したのじゃ! 褒美をくれてやろう! 欲しいものがあるなら、何でも申してみい!!」
なんでもか。バーディの時と同じ展開だな。
バーディの時は「闘気」を教えてもらった。
うーん……あ、そういえばバーディがキシリカは人探しが得意って言ってたな。
よし、じゃあそれにするか。
「キシリカ様は……居場所がわからない人を探すことはできますか?」
「うむ、できるぞ! この世に、妾の捜せぬ者などおらぬ!!」
「なら、俺の家族とルーデウスの家族、それとシルフィの居場所を教えてもらうことはできますか?」
「ほぉう……! たった一つの願いを、他人のために使うとは……やはり、あっぱれな奴じゃな! 世が世なら、魔王の地位を与えてやってもよいぐらいじゃ」
アトーフェから勇者をもらったばかりなのに、
今度は魔王とは……肩書の方向性が真逆すぎる。
「勇者の称号と魔王の称号って共存できるんですか?」
「む? 勇者の称号なんぞ、誰からもらった?」
「アトーフェからもらいました」
その瞬間、キシリカの体がビクンッ! と跳ねた。
地面に転がりそうになったところを、
自力で踏ん張り立ち直した。
「あ、あやつからぁ?! あの!! 傍若無人で! 考えなしで! 脳味噌まで筋肉でできておる女からかぁ? ま、まさか貴様……アトーフェに勝ったというのか?」
みんなの視線が一斉に俺へ向く。
「油断をついてギリギリ勝てただけですよ。最後は逃げましたし」
「は? おまえ“負けて命からがら逃げた”って話じゃなかったのかよ」
「あっ……」
「おい、説明してくれ」
「すまん……あとで絶対に詳しく話す」
場が微妙な空気になるが、
キシリカはそんなこと気にも留めず、
ぐいっと俺に身を寄せる。
「よし、妾がお主の願いを叶えてやろう!」
キシリカは言うや否や、目をギョロギョロと回し始めた。
見ているだけで酔いそうだ。
「一人ずつ言っていくからよく聞くのじゃぞ! まずはお主の父親からじゃ!」
「ごくり……」
「……おお! 母親も一緒じゃな。夫婦そろってアスラ北部におる!」
「おお!」
胸が一気に軽くなった。
足元から緊張という泥が溶け落ちていくようだった。
よかった。父さんも母さんも、生きていた。
二人ともアスラにいるなら、
フィットア領にも近いし、危険もない。
「次はゼニスとやらじゃが……ちょい待て」
キシリカはむむむと顔をしかめ、
目の奥にぎゅっと力を込める。
「ベガリット大陸、迷宮都市ラパンじゃな。じゃが……ちとおかしいのう。よく見えん」
ん? なんか雲行きが怪しくないか……?
「キシリカ様……本当に大丈夫なんですか?」
「お、おう、大丈夫じゃとも! もしかして迷宮の中におるのかもしれん。迷宮は魔力が濃いからのう! じゃからそんな怖い顔をするでない!」
思わず頬をさすった。
無意識に、表情が強張っていたらしい。
それに俺が脅しているみたいになってしまった。
それだけアトーフェのことが怖いのだろうか、
もしそうだとしたら仲良くなれそうなもんだが。
「次にその息子じゃが……む?」
さっきまでの調子が嘘みたいに、キシリカの表情が曇った。
「どうされましたか?」
「見えなくなった」
空気が変わった。
キシリカはさっきの冗談めいた雰囲気を完全に消し、ゆっくりと目を閉じる。
沈黙。
いやな沈黙。
やがて、キシリカはゆっくりと目を開いた。
「……妨害されたな」
「だ、誰からですか?」
「人神じゃ」
あいつか。
こっちには直接干渉できないんじゃないのかよ……
舌打ち混じりに、心の中で毒づく。
俺がルーデウスを見つけると、
あいつに都合が悪い――そういうことなのか?
クソッ……せっかく希望の兆しが見えたってのに。
いや、落ち着け俺。
キシリカと会えたこと自体が、すでに奇跡みたいなもんだ。
損じゃない、損じゃない、そう自分に言い聞かせる。
俺は周囲を一瞥し、ひそっと耳打ちする。
「キシリカ様は、ヒトガミを知っているのですか?」
「なんてことは無い。ほんの4200年ほど前にな、利用されたのよ。ラプラスを殺したいヒトガミに、妾とバーディがな」
四千二百年……桁が違いすぎる。
利用された、か。
あいつの言葉に耳を貸してしまったのだろうか。
キシリカは小さく目を細め、俺に問いかける。
「お主は人神と敵対しておるのか?」
「はい。どうやら俺の子孫がヒトガミにとって害のある存在らしいので」
ヒトガミの名前は、あまり表に出したくない。
ヒトガミは俺の未来が見えにくいと言っていた。
なら、監視をつける。俺ならそうする。
実際、もう目星はついてるしな……
キシリカは顎に手を当てて呻る。
「やはり、戦いは避けられんか。なら一つだけ忠告……いや、お願いをさせてもらえぬか?」
「お願い……ですか?」
「ヒトガミと戦うなら、バーディガーディが出てくるやもしれん。奴は未だ、ヒトガミめに恩義を感じておる所があるからのう」
「それは、忠告では?」
「話を最後まで聞けい! アトーフェを倒し勇者の称号を持つお主なら、勝てるであろうが……できれば殺さんでくれ」
「状況によります。バーディ様が俺の大切な人に手を出すって言うんなら……不死魔王だろうが何だろうが、殺すつもりで挑みますよ」
「……そうか」
「でも、バーディ様も俺の大切な人の一人なので、できる限りは殺さないようにします。まあ、そう簡単に殺せるとは思いませんけどね」
「うむ! 不死魔族は、しつこいのが取り柄じゃからな」
「確かに、二回首を落としても死にませんからね」
「それは、もしやアトーフェのことか? あやつのことじゃ、どうせ油断でもしたんじゃろう。ざまぁないのう! ファーハハハハ!」
そう言って、キシリカは大笑いする。
よく笑うところは、ほんとバーディに似ている。
婚約者というだけあるな。
……よし、バーディにならって俺も笑っとくか。
「ワハハハハハ!」
「んで、行方不明者はどうなったんだよ」
「「うぎゃあ!」」
いつの間にかノコパラが、
俺とキシリカの間に割って入ってきていた。
こいつに、会話の内容聞かれてないよな?
ごほん、と咳払いして俺は口を開く。
「両親の居場所と、ゼニスさんの大体の居場所まではつかめました。でも、他の人は調子が悪いらしく、今は無理だそうです」
「わしのせいにするでない! あれはヒトg――」
「ストーップ!!」
俺はとっさにキシリカの口を押さえた。
危ねぇ!いやもう言ってたけど!!
しかし、その瞬間ヒトガミという単語に反応した奴がいた。
決まりだな……
違って欲しかったが、まあいい。
説得して見せよう。
「なんだよ、たいそうなこと言ってたくせに、全然使えねぇじゃねぇか」
ノコパラが拗ねたように吐き捨てる。
「使えないとはなんじゃ! 使えないとは!!」
「まあ、行方が分からない人を三人も見つけたんだ、サンドイッチ2枚に比べれば破格の値段だろ?」
「そうだがよぉ……」
「……確かに、妾がお主の願いを完全に叶えられなかったのも事実じゃ。その代わりと言ってはなんじゃが……カインよ、ちこうよれ」
「え、あ、はい」
キシリカが手招きする。
なんだ? 秘密の話か?
言われるままに近づく。
「もっとじゃ……よし、顔を出せ」
「は、はい?」
「ほれ、ずぶしゅー」
右目に指が突き刺さった。
この世のものとは思えない激痛が脳天まで駆け上がる。
「ぎゃああああああああああ!!!」
もがき、逃れようとするが、
キシリカは信じられないほど強い力で俺の頭を押さえつけている。
「お兄ちゃん!?」
「このガキ! カインに何しやがる!!」
「待ってください!!」
え!? なんで止めるのロキシーさん!!
この、クレイジー幼女どうにかしてほしいんですけど!?
当の幼女は、俺の右目に指を突っ込んだまま、
ゴリゴリといじくり回している。
しばらくして、ズボッと抜いた。
確実に失明しただろう、反転術式で治せるが……
恐る恐る、右目をゆっくり開く。
瞬きを数回、ほらやっぱり見え……る?
「なんじゃ、その間抜け面。褒美の魔眼じゃ」
「魔眼……ですか?」
「うむ、名を『透視眼』と言う。壁や物を透けて見通せるが、生き物と魔力の濃いところは透けん。魔力を込めればより深く視えるようになるぞ」
そう言われて、俺はゆっくりと周囲を見渡す。
確かに宿の壁が透けている。
その先には、俺が泊まったタルハンドさんの部屋。
少し魔力を込める。
すると奥のさらに通路、
階段、外の建物の輪郭まで見える。
皆の方に視線を向ける。
服だけが透けて、裸が見えた。
ふと、エリナリーゼさんと目が合った。
視線がぶつかる。
エリナリーゼさんはきょとんとしたまま首を傾げている。
キシリカは魔神語だったから何のことかわからないのだろう。
その様子を見ていたアイシャが、むくれ顔で俺を睨んだ。
あ、やばい……もしかして。
アイシャは魔神語がわかる。
つまり、キシリカが言った透視の魔眼の説明を聞いていたのだ。
「変態……」
「へん……たい……?」
その一言で、俺はゆっくりと膝から崩れ落ちた。
右目の激痛よりも、アイシャの冷たい視線のほうがずっと刺さる。
そんな俺の心情なんて一切察することなく、
キシリカは満足げにふんぞり返って言った。
「魔眼を貰ってすぐにそれとは、すけべえなやつじゃのう! では、妾はそろそろ行くぞ! バーディのやつを探さねばならんのでな!」
「あ、ちょ、まて!」
「飯の件、大義であった。ではさらばじゃ! とうっ!」
ひょい、と軽く跳ねただけで、
次の瞬間には屋根の上に立っていた。
「カインよ! 困った事があれば妾を頼るがよい、ファーハハハハハ!! ファーハハハハハ!!!」
キシリカは高笑いを残し、遠ざかっていく。
……とんだ疫病神だ。